ぼくの魔術具
中級の魔法学はあっけないほど簡単に進んでいくことが出来た。
生活魔法の魔法陣はよく目にしていたから、隠匿の魔法陣が読み解けるようになると教科書以外からも学ぶことが出来た。
図書館でも閲覧できる本が増えたので、参考文献を探しに研究所の図書室にも通うようになった。
一人で行動しても良いのだが、ウィルが騎士コースの残りは来年にするからと言ってついてくる。
ボリスが心配して一緒に来てくれるから心強い。
ウィルのことは嫌いじゃないが、グイグイ押してくるタイプには引いてしまうのだ。
ウィルは研究所の図書室で研究室も見に来るようにと研究員に絡まれた時に、ひと睨みで撃退してくれるので役に立つ。
でも誰彼かまわず追い払ってしまうので、気がつけばぼくの周りには辺境伯寮生とウィルしかいなくなってしまった。
せっかく王都の学校に進学したのに新しい友人ができないのだ。
「同じクラスに二度出ることはほとんどないと、新しい友人はできにくいよ」
マークがカツサンドを食べながら言った。
カフェテリアができるまでは、中級学校の中庭は辺境伯領から出張してきた屋台に占拠されたままになりそうだ。
どこの学校の食堂よりも美味しい屋台なので、必然的にここに人が集まる。
ぼくに声をかけてくれる人は学生や生徒より、教授や教員の方が多い。
「マークもビンスも卒業試験は終わったんでしょう」
実質飛び級していても卒業年齢は変わらない。
「帝国の留学メンバーにほぼ内定しているから、そっちの対策に時間を取られてしまうんだ」
魔法学を極めるには今の王国では物足りない。
失われた技術が多いのに固定観念にとらわれ過ぎている。
身分制度や古文書を読み解けないせいで、魔力や魔法はこういうものだという価値観がいつから根付いたのか、本当にそれでいいのかという疑問が出てこない土壌なのだ。
学習館で学んだ子どもたちはみんな帝国に留学して外側からこの国を見てみたくなるのだ。
「ぼくも海にいきたいなぁ」
王都に居る間は本家に顔を出さなくてはいけないマークには、王都を出ることはいい気晴らしになるだろう。
「勉強会は絶対に出席しなくてはいけないのかい?」
「後援に王太子殿下がついていらっしゃるからね。王太子殿下の御子息が進学される前に影響力を上げなくてはいけないから、参加者は必死だよ」
「具体的には何をしているの?」
「入試対策の勉強だよ」
「それなら、個人別にできることでしょう。移動の馬車でも出来るから欠席して海に行こうよ!」
仲間は多い方がいい。
海に行くメンバーを話し合っていたら、ぼくたちが座っているベンチの向かいの花壇の奥で不審な動きをする男子生徒がいた。
こっちを覗き込んでいたのを辺境伯寮の女子たちに咎められている。
「何を揉めているの?」
ぼくが声をかけると、寮の女子も不審な動きをした男子生徒も肩をビクッとさせた。
あからさまにやましいことがある人の動作だ。
「この人が用もないのにカイルたちに付きまとっているから、注意をしていたのよ」
「用はあるよ。カイル君に騎士コースの受講を勧めに来たんだ」
金髪に緑の瞳。最近そっくりな人に会った。
「騎士団長の息子さんだね。そっくりだから間違えようがないよ」
辺境伯寮の大審判と呼ばれる、謝罪の大行列の中に彼は居なかった。
「ぼくはアレックス。父は騎士団長をしているが、父上に頼まれたわけじゃないよ。ぼくは今年で卒業したら帝国に留学してしまう。君と一戦交えるには今年が最後なんだ」
入試はまだ行われていないのに留学決定で話しているし、そもそも初級の騎士コースで他の生徒と辺境伯寮生との実力の差がありすぎて、模擬戦も何もできなかったのだ。
「留学が決定事項みたいに話しているけれど、模試の結果ではアレックスは一度も合格点を出していないじゃないか」
「騎士課程の入試は合格最低ラインが低いのに、それにもとどいていないから、来年度もきっと王都に居ることになるよ」
マークとビンスの知り合いのようだ。
「気にしなくていいよ。アレックスさんには新年度に会えますよ」
ウィルはアレックスが落ちる事前提で話している。
「ウィルも知り合いなの?」
「図書館でいつも出待ちをしているから、いつもアレックスさんが居ない出口から帰るようにしていたからね」
そういえば、中級学校に近い裏口から帰る予定を、研究所に面白い資料があるとウィルが言って出口を変えることが多々あった。
「ぼくも帝国留学を考えているから、そのうち本当に手合わせができるでしょう。今は受験勉強に専念してください」
アレックスは一応先輩なので、愛想笑いをしながら握手をして丁寧に対応しておいた。
マークとビンスが勉強会の会場にアレックスを引きずって行った。
「あの人はただぼくと手合わせがしたかった、という事なのかな」
「カイルは研究所の職員さんたちの対応に忙しかったから、寮のみんなで騎士コースがらみでうるさく言ってくる人たちを追い払っていたんだ」
「カイルに挑めるくらいに強くなってから接触してくるなら認めてやるのに」
ウィルが認めないとぼくに話しかけられないのか。
寮生が気を使ってくれるのは助かる。
毎日寮にそんな理由で騎士コースの生徒が押しかけてきたら煩わしい。
だが、ウィルは違う。
「ぼくの交友関係はぼくが決めるから、ウィルは何もしなくていいからね」
「……」
「ウィルが親切心からそうしているのはわかるけど、敵愾心むき出しで挑んできているわけじゃないのだから、相手の話も聞く姿勢がないとだめだよ」
ウィルが右口角を上げてすました顔をしているときは、人の話を聞く気がない時だ。
「ウィルが最初にぼくに話しかけてきた時に、ボリスは邪魔をしなかったでしょう?三大公爵家が辺境伯領を目の敵にしているのは有名なのだから、止める理由はあったんだ。でも、話してみたから友達になれたんだよ。ぼくだってせっかく王都に来たんだから、たくさん友だちを作りたいよ」
ぼくはお婆を見習って、しつこい相手には退路を断たずにやんわりとこちらの要求を通してみることにした。
「……ぼくたちは親友なんだから、他にも友人がいたっていいじゃないか」
「親友!」
「「そうだよ。親友だよ」」
ボリスも乗ってくれた。
なぜかウィルの機嫌を取りながら午後の授業に向かった。
生活魔法を一通り学んだぼくは、子どものころに上位貴族は呪文で魔法を使うと思っていたが、じつは魔法陣を描いた紙に魔力を流していただけだったことを知った。
事前に必要な魔法陣を幾つも用意しており、手元にある魔法陣を確認するために魔法陣の紙に名前や番号をつけてそれを呼んでいただけだったのだ。
手品の仕掛けを知った時のように、何だそんなことだったのか、とがっかりした。
呪文魔法は失敗が多く現在はほとんど使われていない。
失われた文字のせいだと思う。
その研究は呪われそうなので、スライムたちのように魔力を流せば魔法陣を出現させる魔術具を作ることにした。
魔法使いには魔法の杖があった方がカッコいいでしょう。
寮に新しくできた研究所にぼく専用の部屋を作ってもらったので、研究中につきドアを開けるな、と札を立てておけば自宅に帰れるのだ。
研究室にみぃちゃんかスライムを留守番させておけば誰が見に来たかもシロを経由して教えてもらえる。
ぼくはみぃちゃんに留守番を頼んで、杖の仕組みの要になる小さな魔石に魔法陣を描く技術を母さんに教えてもらうために自宅へ帰った。
魔昆虫の小さな魔石に必要な生活魔法の魔法陣を刻んで杖に仕込んでおくのだ。
スライムに極細の針になってもらって刻み方を母さんに学んだら、後は精霊言語で魔石に刻印すれば数がたくさんあっても楽にできる。
研究室で食べるから、と作ってもらったサンドイッチは三つ子たちのおやつになった。
ケインや三つ子と遊んでいたかったけど、自宅に帰れる時間は貴重なので、ぼくのスライムに兄弟たちのスライムを遊びながら鍛えてもらっているうちに、父さんと違う魔術具を作った。
スケートボードにタイルの魔法に使った魔法陣の改良版を描いて、地面からほんの少しだけ浮かせて摩擦係数ゼロの移動を可能にしたのだ。
動力は蹴る力、数ミリだけ浮かせることで使用する魔力を最小にして石畳でも楽に移動できるようにしたのだ。
王都ではぼくの作るものは注目を浴び過ぎそうなので、実験は家の体育館ですることにした。
三つ子たちが乗るボードには三輪車の時のように速度制限をつけて、改良版の実験はケインがしてくれることになった。
本当はぼくが王都の祠巡りを、これに乗ってしたかった。
過去や未来に行き来する名画のワンシーンのようにやってみたかったけど、王都はそこまで治安が良くない。
沢山刻んだ生活魔法の魔石を、錬金術でオイル万華鏡のオブジェクトのように加工して一角兎の角に仕込んだ。
指揮棒くらいの大きさの杖の先端に、丸いガラス玉の中に色とりどりの魔石がスノードームのように動く綺麗なものが出来上がった。
ぼくが使いたい魔法の魔法陣を思い描くだけで杖の所定の位置に必要な魔石が移動して発動するので、簡単に無詠唱魔法ができる代物になってしまった。
「これは卒業制作として発表しても、作れるのは母さんとカイルくらいだから、大丈夫だ」
父さんに太鼓判を押されたので、これは王都でも公開できることになった。
論文の書き方を父さんに教わってから、ぼくは寮に帰った。
ラウンドール公爵家への訪問はお迎えの馬車がやって来たので、ボリスと保護者代わりに寮長さんに付き合ってもらった。
寮長さんには大審判の後始末とか本当にお世話になっている。
胃の当たりを押さえている寮長さんに口当たりさわやかな胃薬を渡した。
馬車の中で何事もなければいいと思うと、何かが起こる気がしてしまうのだ。
公爵家は、領都のハルトおじさんの邸宅のように大きく、広い前庭があった。
エントランスでは使用人たちが両側に並んでお出迎えをうけた。
別の馬車でやって来た女子生徒は二人とも小さく震えていた。
中級学校でお茶会の礼儀作法の授業はあったが、最初のお茶会が三大公爵家だなんて緊張するよね。
ウィルが洗礼式前の妹もいるから形式ばらなくても良い、とみんなにくつろぐように声をかけてくれた。
こういうところは貴公子然としていてカッコいい。
中庭が見える広い応接室にはウィルと同じ髪と瞳の色をした公爵夫人と小さな女の子がいた。
「今日はウィリアムと苦労を共にしたご友人やお世話になった先生方に御礼を申し上げたくてこのような場を設けさせていただきました。みなさん本当にありがとうございました。恐縮なさらずに、学校生活などのお話して楽しい時間を過ごしましょう」
優しいほほえみを浮かべた公爵夫人の言葉に場が和んだ。
ウィルの妹は、銀色の巻き毛に紫の大きな瞳が印象的でウィルよりもお人形のような美少女だ。
「エリザベスです。よろしくお願いします」
小さな声も可愛かった。
ぼくは思わず顔がほころんだ。
「エリザベスは可愛いだろう」
「ぼくにも同じくらいの年の妹が居るので、会いたくなってしまいました」
「まあ、妹さんは何才なのですか?」
「まだ三才で、ぼくが王都に出発する日は泣いて寂しがってくれたのです」
「エリザベスと同い年だから、魔法学校に進学するのが楽しみですね」
「まだ先の話ですよ」
ぼくと公爵夫人が話している後ろでウィルが、妹と結婚すれば兄弟になれるのか、と呟いた。
アリサはまだ三才なんだ。
結婚相手に狙うのはいくらなんでもはやすぎだぞ!




