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ラーメンこそ正義

 全校一斉健康調査が行なわれることになった。

 お腹の調子というものは精神状態にも左右されるので、今回の事件に全く関係のない人たちも不安に思ってお腹がゆるくなることがあったのだ。

 せっかくなので健康不安も精神不安もアンケート調査で聞き取って、呪い……じゃなくて、追跡魔法の断罪のその後について調べてもらえるように学校に依頼した。

 費用が掛かる事なので、父さんと相談してそれなりの額を学校に寄付することにした。

 袖の下の力なのか数日後、光と闇の神の魔法陣を学習する授業への参加を許された。

 クラスには辺境伯寮生とウィルしかおらず、魔力量が受講にふさわしいと判断された生徒だけに許可された特別講座だった。

 だからなのか、見学者が異様に多いのだ。

 王都の騎士団長、魔術具研究所所長、上級、中級、初級の各学校長、ウィルお父さんのラウンドール公爵もいた。

 偉い人は仕事を人任せにできるから、みんな暇なのかな?

 ラウンドール公爵は三大公爵のうち今回の異臭騒ぎで唯一()()()()()()()()()だから忙しいはずなのに、息子ラブが熱いのかな?

 新入生が光と闇の魔法陣を学ぶのは学校開設以来史上初らしく、注目を集めているのはわかるが、所詮初級学校の授業なのだ。

 面白いことなど起きるわけがない。

 もったいぶって受けさせてくれなかっただけなのを証明するかのように受講者全員一発で描き上げて合格となった。

 見せ場などどこにもなかったはずなのに、見学者たちは何やらうんうん言ってから囁きあっている。

「かなり魔力を持っていかれただろうに、君たちは大丈夫なのかい?」

 光の神の魔法陣を描き上げた瞬間、それなりに魔力が引き出された。

 祠に魔力奉納をするときよりも少なかったので、そのまま闇の神の魔法陣も描き上げたのだ。

 こっちでも魔力を引き出されたが、やっぱり祠に奉納するほどではなかった。

 ぼくたちは顔を見合わせてこんなもんで良いのかなと首を傾げた。

「祠に直接奉納するほど魔力は使っていませんよ」

「「「「「「祠に奉納!!!!!!!」」」」」」

 そんなに驚かれることなのだろうか?

 王都での七大神の祠巡りは父さんからは許可が出ていたのだが、先日の実習での事件を考慮してしばらくは登下校以外の外出は見送るようにと言われてしまった。

「五才で仮市民カードをもらったら七大神の祠に魔力を奉納するものでしょう?」

 辺境伯寮生全員が当たり前だと頷いた。

「祠巡りでポイントをためるのは平民の子どものお小遣い稼ぎだと聞いていたよ」

 ウィルはお坊ちゃまだから市中を祠巡りなどさせてもらえないだけなのではないのか?

 王都の貴族は七大神の祠に魔力奉納をしないものなのか?

「うちの両親は時間を作ってはできるだけ毎日参拝していました」

 ボリスがしっかりと貴族でも参拝するものだと言い切った。

 辺境伯寮生は口々に、神の記号を使って魔法陣を描き魔法を行使するのに、神々の祠で魔力奉納をしないなんて信じられない、と言い出した。

「魔法陣を作成し魔法を行使する際に魔力を奉納している。貴族はたくさん魔法を使うことで魔力を奉納しているから平民とは違うのだ」

「それでは王都では都市の結界の維持は、ほとんどが平民の魔力奉納で補っているのですか?」

 王都の住宅街は五階建て以上の建物が多く、人口は過密傾向にあるから大丈夫なのかな?

「都市の結界は王宮にある結界を維持する魔術具に文官たちが魔力を供給しているものだ。祠の魔力は微々たるものだ」

「象の魔力には蟻が何匹集まっても敵わないということですね」

 見学の大人たちはわかっているじゃないか、という顔をした。

 貴族の認識はそうなのだろう。

 ぼくはそうは思わない。

 王都では子どもの人口も多いので、洗礼式が年に四回もある。

 冬の洗礼式で鐘が鳴った時、ぼくはいつものように結界を流れる子どもたちの魔力に自分の微細にした魔力を乗せて王都の結界を確認した。

 洗礼式の子どもの少ない魔力でさえ都市の結界の端まで届いていた。

 神に祈ればご加護が増える。

 ご加護が増えると学習能力が高まり、魔力の使用も楽にできるようになる。

 学習館で学んだ生徒たちはみんな知っていることだ。

 みんなはまだ何か言いたそうだったが、頭の固い大人に正論を言っても通じない。

 ぼくは目でみんなに黙るように合図した。

「子どもは祠のあの水晶に奉納できるのが嬉しいのです。王都の治安に問題がないのなら、みんなで祠巡りをしてみたいのですよ」

 ぼくは無邪気な子どもを装って、面倒な討論を避ける方針にした。

「まあ、田舎と違って都市では治安が良くない区域があるものだ。すべての祠を巡るのは子どもたちだけではお勧めしない」

 騎士団長がそう言うという事は、本当に治安の悪い地区があるのだろう。

「七大神の祠の水晶の台座に隠匿の魔法陣が施されていましたが、それぞれの神の魔法陣が刻まれていましたね」

「あったね。学習した後だとあれかなって思える箇所がわかるものだね」

「カイルが採取の実習のときに言っていた目が慣れるって、魔法陣もそうだよね」

「七大神の魔法陣は基礎の基礎だ。どこにでも使われているから目にする機会が多いからだよ」

 研究所の所長がぼくたちに言った。

 見学者が偉い人過ぎて担当の先生がなかなか発言してくれない。

 授業はぼくたちがあっという間に魔法陣を描いてしまったので、残りの時間は美しい魔法陣とは、といった魔法陣談議に費やした。

 偉い人たちは生徒たちの素朴な質問にも丁寧に答えてくれて、意外にも充実した時間となった。

 終了のベルが鳴ると、見学者たちがぼくに詰め寄った。

 理由は推測できる。

 あの事件の後、寮には謝罪に訪れる人が後を絶たず、寮長に対応マニュアルを渡して一括処理をしてもらっていた。

 その中に、魔術具の共同制作を持ちかける人もいたのだ。

 光と闇の魔法陣を知らないことを理由にすべてお断りしてもらっていたのだ。

 この授業の許可には袖の下の力以外もあったようだ。

 お昼休み前にこの講座があったのも作為的に感じてしまう。


 ランチについてこなかったのは初級の校長だけだった。

 ぼくが食堂を選ばなかったのは食中毒疑惑の風評被害への加害者だからではなく、辺境伯領から退役騎士の屋台がやって来たからだ。

 玉切れも、スープ切れも嫌なんだー、と叫んで、身体強化をして校庭を駆け抜けたのにおじさんたちもついてきた。

 次の授業がある中級学校の中庭で、味噌ラーメンを啜りたかったのだ。

 上位貴族ならこの音を嫌がってぼくから離れてくれるに違いない。

 だが、ウィルが面白がって自分も食べると言い出したので、板張りのテーブルを増設して折り畳み椅子に全員座り、屋台の元騎士が勧めるがまま大盛チャーシュー麵を注文してしまった。

 元騎士が商売上手になっている。

 ぼくはニンニク増量、焦がしネギ油足しで匂い攻撃をしかけた。

 これでぼくの口臭は耐え難いものになるはずだ。

 上級学校長はラーメンが出来上がる前に切り出した。

「上級学校の魔術具開発クラブに追加予算を出せるから、うちの生徒たちと共同で研究しないかい?」

 生徒会長の面談を断ったから校長が出て来たのか。

「カイル君は現在ほぼ中級学校生だ。中級学校のクラブに入るべきだよ」

 正式には初級魔法学校生だ。

 まだ卒業していない。

「カイル君の魔術具は研究所レベルのものだ。うちの研究所にぜひ見学に来て設備を見てくれないかい。国内最高峰の設備と人員がいる」

「いや、最高峰は騎士団の研究所だ。うちに見学に来ないかい?飛竜もたくさんいるよ」

 飛竜部隊の見学は心惹かれるものがある。

 だけど熱意が強すぎて行ったら帰って来られないような圧を感じてしまう。

「あいよ、おまたせ。味噌チャーシューニンニク増し増し、焦がしネギ油かけるから下がってね」

 レードルで熱々のネギ油をかけると、どんぶりに炎があがった。

 派手な演出もするようになっていた。

「いただきます」

「良い大人が子どもの飯を邪魔しないでやってくれよ。ラーメンは伸びる前にサッサと食べるものなんだ」

 ありがとう。屋台のおっちゃん。

 ぼくは味噌ラーメンと真剣に向き合うことが出来た。

 まずはニンニクをスープに溶く前にスープを飲む。煮干しと豚骨の合わせ出汁に負けない味噌を使っている。

 味噌の種類が増えたので合わせみそで味を調えている。

 それでいて、きちんと煮干しの風味や豚骨特有の甘みも後味に残っている。

 完璧!

 ぼくは屋台のおっちゃんに親指を立てて見せた。

 冬らしい濃くてしっかりとした味わい。

 よくぞここまで研究した!

 ぼくは人目も気にせずズルズルとラーメンを啜る。

 レンゲにニンニクを溶いたスープに麺を入れてミニニンニクラーメンを作って口に流し込む。

 すりおろしニンニクの辛みが味噌に良くあっている。

「おっちゃん。ぼくもニンニク追加で」

 半分食べ終わったボリスがたまらず注文した。

「あいよ。おまたせ。大盛り醤油チャーシュー麺五つ!」

 ウィルも大盛りなのか!

「これには炎は出ないのかい?」

「焦がしネギ油の注文の時だけでっせ。伸びる前に召し上がって」

「追加にニンニクなら頼めるのかい?」

 騎士団長はニンニクが気になるのか、ニンニク増し増しと追加注文した。

「まずはスープを味わって、それからフォークで良いから麺をすくって、啜れなかったらレンゲに入れて流し込んだらいいよ」

 ボリスが食べ方を教えた。

「「「「「!!!!!」」」」」

 あとは説明なんかいらなかった。

 雪が降らないとはいえそこそこ寒い王都の冬の外で食べるラーメンが人を虜にしないわけがない。

 ぼくたちの後から来る客は玉切れで断られていた。

 全力で走ってきて良かった。

 売り切れなんて切ないもん。

 全員がどんぶりを両手で持って、最後の一滴まで飲み干した。

「美味かっただろう。この麵を開発したのがカイルなんだ。スープの基本的な作り方を考えたのもカイルだ。もっと美味しくなるように素材を変えたり、新しい素材を探し出したりしたのが、カイルだ」

 全員の視線がぼくに集まる。

 麺やスープは最初にお婆と作った。

 大きな竈でスープをかき混ぜるために気がついたら身体強化を使っていた。

 製麺機を作ったのは父さんだ。

 うどんやそばやパスタにまで対応できるように改良された。

「この味を完成させたのはおっちゃんだよ。寒い中でもスープの脂が冷えて固まらないようにするのに大変苦労したと思うよ。このラーメンはおっちゃんの努力と技術の結晶だよ。とても美味しかったよ」

「クーッ。カイルに美味いと言わせたくて王都まで屋台を牽いてきたんだ!甲斐があるってもんだな!」

「ありがとう。王都でおっちゃんのラーメンが食べられたら、ぼくも元気が出るよ」

「どんな研究だか知らないが、カイルに任せておけばいいんだ。カイルは自分や家族の欲しいものを作るためにいろいろと研究するんだ。そうしてそれがみんなの役に立つときには情報を公開して俺たちに課題をよこすんだ。これを使ってもっと美味しくならないかな、ってね。カイルの研究を横取りするんじゃなくて、カイルをあっと言わせる研究をして、カイルを勧誘しなよ」

 おっちゃんの熱弁に感動した。

 鶏ガラスープから豚骨スープへと食材を変えた時に、こんなもん食えるのかって文句を言っていた。

 だけど毎日臭み消しの野菜を変えて丁寧に灰汁を抜いて、ビックリするほど美味しいスープに仕上げたおっちゃんは確かにぼくをあっと言わせた。

「カイルは一人でも面白い研究ができる。だからカイルを面白いと思わせる研究をしなければカイルを勧誘する資格がないのか」

 ウィルは難しく考えすぎている。

「当面のところ共同研究は考えていません。寮の敷地に耐魔法の施設を建設することになりました。浮くタイルの隠匿の魔法陣は家族が考えてくれました。すごくいい出来になりましたよ」

 新しい魔法をうちの家族がほっておくはずがないのだ。

 よその人と共同研究するメリットがぼくには全くない。

「ああ。君はジュエルの息子なんだ。最高の共同研究者に恵まれているんだね」

 上級と中級学校の校長は諦めてくれた。

「放課後で良いからうちの研究所に顔を出してくれないかい?カイル君の気に入る研究があるかもしれないよ」

「中級の魔法学に合格してから見学に行きます」

 この国の最先端の研究は見てみたい。

「上級まで一気に受講しないのかい?」

「勉強が進めば出来ることも増えるのでどんどん受講はしますが、今年は中級までにして、海を見に行くつもりです」

「「「「「「うみ?」」」」」」

「海水浴には早いだろう」

 バカンスに行くのではない。

「冬の海の幸を探しに行くのです。夏とはお魚の種類が違うはずです」

 鱈、鰈、アンコウ……。

 フライにしても鍋にしても美味しいよね。

「伯母さんが居るので再会するのも楽しみです。王都からはそれほど遠くないので訪問するのを楽しみにしています」

 一度訪れないとシロに連れて行ってもらえないのだ。

「父上。ぼくは王都から出たことがないからカイルと一緒に行ってみたいです」

「カイル君にはお世話になりっぱなしだから、先に我が家へ招待したいよ。君は息子の命の恩人だ。妻もご挨拶したいと言っている。手紙で済ませるより、君にきちんとお礼を言いたかったんだ。ありがとう」

 ラウンドール公爵は立ち上がってぼくの前で跪くと、ぼくの手を取って額につけた。

 これは困った。

 最上級の謝意を示されてしまった。

「ぼくたちはあの場で出来ることを精いっぱいやっただけです。ボリスもウィリアム君も慌てず出来ることを即座に判断して対応してくれました。ぼくたちが生き残れたのはみんながパニックを起こさなかったからです。どうか他のみんなと同じように生還を祝う程度にしてください」

「君の気持はわかったよ。でも妻も一言お礼を言いたいだろうから、あの時のみんなを招待しよう」

 ぐ……、これは断れない。

 ボリスも一緒だからなんとかなるだろう。

「謹んでご招待をお受けいたします」

「ああ。ありがとう。これで妻への面目が建つ。カイル君の伯母さんにはお手紙でお願いしておこう。ウィリアムをよろしく頼む」

 そっちもお断りはできないようだ。

「非番の騎士で護衛を出そう」

「護衛は個人で契約している方がいるので大丈夫です」

「それでは祠巡りの時にスラム近くを警備しましょう」

 スラム街があるのか……。

「それは有り難い。祠巡りは授業にしたかったのだが、希望者の安全のために見送っていたのだ」

 中級学校の校長は便乗しただけだよね。

「風と土の神の祠にはお礼参りに行きたかったので、授業であると助かります」

 この際だから、ぼくも便乗しちゃおう。

「騎士団の見学も授業に入れてほしいですね」

 騎士団長は食い下がる人だ。

「ぼくは中級では騎士コースは受講していません」

「なんだって!もったいない!!」

「寮で使用している魔術具の剣じゃないと相手に怪我をさせてしまうし、弟以外ぼくの速さについてこれません。受講するだけ無駄です」

 ボリスがこくこくと頷いている。

「魔術具の剣も気になるし、君のスピードも見てみたい。ボリスでもダメなのかい?」

「一度も一打を入れたことがありません」

「……一戦交えてみたい」

 失敗した。期待をあおってしまったようだ。

 そうだ!

 先延ばしをしよう。

「来年、弟が入学したら考えてみます」

 はやく海に行きたいから。もう授業は増やしたくないのだ。

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