断罪
地面に寝っ転がってみぃちゃんとシロを両側に侍らせていたぼくの上に飛竜の大きな影が覆った。
「カイル、ボリス。無事だったか!」
イシマールさんが安否を問う声とともに、飛竜を近くに下ろした。
「大丈夫です。ちょっと魔力を使い過ぎて伸びていました」
ばくは身を起こして、心配するイシマールさんに元気いっぱいに見えるように、手を振った。
「回復薬は?」
「「「「「「飲みました」」」」」」
みんなも起き上がって心配ないとアピールするかのように、力強く答えた。
「猪がこんなにたくさん襲撃してきたのかい?」
「足跡でわかるかと思いますが70匹は超えていたと思われます」
引率の教員たちがイシマールさんに説明している間に王都の騎士団もやって来て、二度同じことを説明していた。
白い繭の魔術具は騎士コースの課題用に設置されたもので、本来はウリボウではなく角を落とした一角兎で、魔獣襲来の模擬試験だったはずだったのだ。
到着時の魔力探査には引っ掛からなかった不審物が出現した際の行動、中身が可愛いウサギでも安全確認ができるまで警戒することが課題だったのだ。
安全なはずの不審物を誰かが故意に入れ替えたのだ。
“……ご主人様。主犯は一人ですが複数人が便乗してこのような事態になりました”
シロによると、魔術具の中身を入れ替えたのは、ぼくに精製を何度もやり直させられた教員で、ウリボウの母親に襲われれば溜飲が下がる程度の悪意だったようだ。
そこにウィルの家族に反感を持つ高位貴族が、少し騒ぎを起こそうと白い繭に細工をしに来たら先手があったことで行動をエスカレートさせてしまった。
白い繭の中に魔昆虫をたくさん入れる程度の嫌がらせをするはずだったのに、先に仕掛けられていたウリボウを傷つけて母猪を激怒させようとしてしまった。
その貴族がいたずらをすることを知っていた、一部の生徒が悪ふざけにこの森の風上で魔獣に憤怒を抱かせ集団で凶暴化する香を焚いてしまったのだ。
魔昆虫が大量に押し寄せたら、いつも涼しげな顔をしているウィルでも醜態をさらすだろうと、確実に成功させて悦に入るつもりだったのだ。
“……ご主人様主犯の教員は捕まりますが高位貴族と悪ふざけした生徒は捕まりません。このままでは精霊たちが黙っていません”
教員一人に罪を押し付けて、他の奴らを見逃してしまえばウィル一家への嫌がらせは止まらない。
私刑は好きではないが、今回ばかりは白黒をはっきりさせたい。
「先生!ぼくはどうしても犯人たちを許せません。呪詛返しの魔法の行使を要求します」
「…呪詛返しは光と闇の魔法陣なしにはできないぞ」
「こんなに犯人の痕跡が残っているのだから、追跡は風魔法で、刻印を土魔法でします。成功しても犯人たちを物理的にきずつけることはしません」
「容疑者に危害を加えることなく刻印を刻めるのかい?」
救助に来たはずが、現場検証だけになってしまった、騎士団の隊長に聞かれた。
「少しお腹が痛くなるだけです。ぼくが調合した整腸剤を飲むまで少しずつ下痢が出続けるだけで、控えめにするので脱水症状は起こしません」
命は奪わないが屈辱を与えてやるのだ。
刑罰は法律に則って行われればいいのだ。
現場では教員と騎士団が話し合っている。
「騎士団でも追跡魔法を使うから、君もやってみてもかまわない。追跡がもれなく一致したら言い逃れのしようもないからな」
ぼくは鞄から最高級の魔紙を取り出して猪に破壊されたテーブルの片隅で魔法陣を描こうとしたら、イシマールさんが壊れたテーブルと椅子を魔法で直してくれた。
「生徒たちは下がっていろよ。この魔法陣は隠匿するからな」
人払いもしてくれた。
風魔法に現場に残っている魔力の残滓を追わせ、土魔法で犯人が口にした食べ物に付着した悪玉大腸菌に少しだけ活発に働いてもらうだけでいいのだ。
ぼくが調合した整腸剤を飲むまで腸内フローラのバランスを崩し続けるだけだ。
決して呪いではない。
騎士団が追跡魔法を始めたので、ぼくは魔法陣に魔力を注ぎ微細にして拡散するようにイメージした。
もちろん騎士団の追跡も漏れなく出来るように、ぼくの魔力を絡めて同時に拡散させた。
「反応がいくつもあります!とても多いです!!」
いたずらに参加した生徒がたくさんいたようだ。
ぼくは、後の調査を騎士団に任せて、シロが魔法で守ってくれていたお弁当を食べることにした。
大人たちが必死に現場検証をしている横で、綺麗に直ったテーブルにお弁当を広げて蓄音器で掛けるレコードを選んだ。
「みんなで食べられる分を作ってもらったから一緒に食べようよ」
生徒たち全員でテーブルを囲んだ。
稲荷ずしやおにぎり、サンドイッチに菓子パン、唐揚げにエビフライといった遠足のお弁当の定番をつめこんだら、野菜が足りないのでグリーンスムージーを全員に強制的に飲ませた。
「なにから突っ込めばいいかわからない状況での昼食だけど、どれを食べてもとても美味しいよ」
ウィルが少しずつ全種類を食べている。
魔力をたくさん使ったからお腹がすくのでたくさん食べた方がいい。
「この美しい歌声は誰の声なのですか?」
「来年入学してくる弟と、領主様のお孫さんだよ」
「「「「!!!!」」」」
「弟が来年入学してくるのか!」
「領主様のお孫さんって、不死鳥の貴公子!」
「いや。不死鳥の貴公子のお姉様だよ」
「……お姉様って、噂の公女様…」
「キャロラインお嬢様は『我儘公女』ではないよ。幼少期に幼児らしい我儘が少しあっただけで、素敵な小公女様にお育ちになったよ」
来年入学してくるキャロお嬢様の悪い噂は払拭しておきたい。
「いや。ぼくは『男装の麗人』と伺っているよ」
キャロお嬢様は男装して騎士のこどもたちと訓練をしているから嘘ではない。
だけど、六才の幼女に麗人は………ないわぁ。
「キャロラインお嬢様はお転婆ではないよ。活発なご活動をされる際にあわせた装いをなさることがあるだけだよ」
「物は言いようという事かい?」
「……来年お会いすればわかるよ」
ボリスが上手くまとめた。
お腹が膨れたぼくたちがレコードを選んだり、この実習では単位がもらえないだろうと話し込んだりしているうちに一人ずつ呼ばれて事情聴取を受けた。
ぼくが開発したタイルで飛ぶ魔法陣は価値が高く有用であると判断され、イシマールさんを証人として魔法陣特許をその場で申請した。
新しい魔法陣には価値が高いものは複雑な隠匿の魔法陣を重ね掛けするのに、急ぎで作成して使ったものには隠匿の魔法陣が施されていないので、いち早く申請しないと権利を奪われてしまうこともある。
そういう事態に備えて、騎士団では特許申請用のひな型を現場に持ち込んでいるのだ。
申請書が青く光ると仮登録の申請が済んだことがわかる。
ぼくはもう一度魔法でタイルを作って浮かせてみせてほしいと現場検証をしていた騎士たちに頼まれた。
飛行の魔法は上級魔法師や、上級魔導師にしかできない魔法とされているようだ。
「これは大発見だよ。誰でも簡単に飛行魔法ができる実用の魔術具ができあがるだろう」
魔法の絨毯ならぬ、魔法のタイルか……。
もうちょっとカッコいいのを考え出そう。
飛行船とかないのかな。
イシマールさんに飛竜の紹介をしてもらいながら、王都に居る理由を聞いた。
領主様が、来年には孫が入学するのに学校の食堂がメシマズだから、食堂の運営を任せるか新たにカフェテリアを作らせるかしろと、学校長に噛みついたのだ。
カフェの一角にパン屋と併設したケーキ屋の立ち上げを任されたので、しばらく王都に滞在するそうだ。
今日はたまたま引退した飛竜が飼育されている厩舎を訪問したら、学校の森で救援を求める閃光弾が上がりそのまま飛竜で駆けつけてくれたのだ。
勝手に飛竜を持ち逃げしたようになっていないのか確認したら、上がった閃光弾の種類が、所属の如何に問わず今すぐ助けてくれという信号だったから問題ないとのことだった。
「飛竜がとにかく助けに行け、というように鳴いたのだ。猪がくたばっていたから、なんとかなった後なのはわかったが、カイルとボリスを見つけて驚いたよ」
「ぼくたちはイシマールさんが来てくれてとても助かりました」
騎士団から見たら初級魔法学校の生徒でしかないぼくたちが、実践の実習をしているのは理解できないだろう。
イシマールさんがあり得ないほど飛び級をしているのは辺境伯領の教育方針だと説明してくれたから理解を得られたのだ。
ぼくは飛竜に近づいて“助けに来てくれてありがとう”と思念を送った。
キュルル。
“……イシマールの義手のスライムを鍛えてくれてありがとう”
逆に飛竜からお礼を言われてしまった。
ちょっとした親切が巡って自分に帰ってくるのは嬉しい。
ぼくの心が温かくなったことに気をよくした飛竜は、怒涛の勢いでイシマールさんとの出会いから別れの日までの情報を思念で送りつけて来た。
長編映画のような激動の日々にぼくは声もなく涙を流した。
魔獣をたくさん飼っていた妹さんの影響でイシマールさんは他の人より魔獣の気持ちに寄り添ってくれる理想のパートナーだと一目で見抜いたこと。
エリートぞろいの騎士団の中で異例の出世を果たしたことで妬みを買い、意地悪をされそうになるのを二人でかわしたこと。
災害救助に二人で活躍した時は誇らしかったこと。
戦う意義がわからない戦場で、イシマールさんが自分の命を差し出して飛竜を逃がしたこと。
後ほんの少し早く停戦を知らせる魔術具が打ちあがっていたなら、イシマールさんは戦友や左腕を失わずに済んだこと。
王国に帰ってから戦えなくなったイシマールさんと別れることになってしまったが、もう別の人と使役契約を結ぶ気がないことも語ってくれた。
あの戦いの状況では飛竜がイシマールさんをかばわなければならなかったのに、人の一生の何倍も生きる飛竜こそが助かるべきだと手綱を引いて攻撃を自分の利き手である左手でかわそうとして失ってしまったのだ。
逃げろ、と言ったのだ。
おまえはもっと飛び続けなくてはいけないのだ、と砂漠に落ちながら飛竜に語り掛けたのだ。
“……死にゆくイシマールを救いに行くことが出来ず、停戦後の敵の魔法で一命をとりとめたのが歯がゆくて仕方がなかった”
自分の不甲斐なさを責めている飛竜の首を撫でてなぐさめた。
イシマールさんはそんなことを気にしていないはずだ。
自分の命を軽んじる人ではない。
けれど、守りたいものと守るべき人を見誤る人ではない。
“きみは護られるべき魔獣なんだ。人間のために戦い、人間に尽くしてきた魔獣は人間の勝手な争いのせいで死んではいけないんだ”
飛竜の目にも涙が浮かんだ。
ぼくは二人の心が落ち着くまで小さな両腕で飛竜をハグし続けた。
この出来事は王都の騎士団で『飛竜を一瞬で虜にした少年』という二つ名をつけられるきっかけとなるのだった。
のちのち、尾ひれがついて『飛竜の寵児』なんて一部で呼ばれたりもしたとかしていないとか。
ぼくは知らないけど。
採取場を片付けて学校に戻ると、学校での事情聴取が待っていた。
へとへとに疲れて寮に帰ると、謝罪のために寮を訪れる貴族の生徒を乗せた馬車が渋滞を起こしていた。
実行犯は騎士団や学校の事情聴取があってまだ訪れてはいなかったが、精霊たちは知っていたのに放置していた生徒にも、呪い…ではない、追跡の魔法をかけたようで、予想外にたくさんの生徒がいたのだ。
エントランスに入る前に、今後辺境伯領の生徒への嫌がらせを放置しないと誓約書に宣誓してもらってから清掃魔法をかけられて、謝罪の面会をした。
寮の食堂を開放して牡丹鍋を振舞ったぼくは、やり過ぎの制裁をしたわけではなく、あんな危険な目にあったのに謝罪があればきちんと許すことができる懐の深い人物として評されるはずだ。
意地を張り続けた諦めの悪い人物が謝罪に来なくて、痛い思いをし続けるのは、決してぼくのせいじゃない。
ただこの出来事が校内でのぼくの評判を大きく変えるとは思っていなかった。
『辺境伯寮の大審判』だなんて不本意だよ。
おまけ ~パティシエになる気はない退役騎士の呟き~
領主様から直接、王都でカフェの店舗を持ってくれないかと依頼があった。
辺境伯領の暮らしを気に入っているので即決で断ったら、従業員を育てたら任せてもかまわないとおっしゃるので、腕に覚えのある退役騎士数人と王都に行くことを承知した。
ジュエルの妹のパン屋に行くと、あのヘンタイ従者がみぃちゃんに威嚇されていた。
気の毒になったので、元騎士たちでローテーションを組んでパン屋を見張ることにした。
王都では魔法学校内でカフェを開くことになったので、カイルに会えるかと思っていたら、勉学に励んでいたようで、あり得ないほど飛び級をして、図書館に通ってばかりいた。
体がなまっていなければいいな。
王城に飛竜を見に行きたいと申請したらあっさり許可がおりた。
俺が退役してからあいつは使役契約を拒否するようになり、時折急ぎの用がある人物を乗せてやるだけになってしまったらしい。
それなら故郷に帰してやれたらいいのにな。
現実には飛竜は国王の所有物で、希少な魔獣が解放されることはないだろう。
久しぶりに会ったあいつは嬉しそうに俺に体を摺り寄せて来た。
俺の義手を見て驚いていたからスライムを見せてやったらとても喜んだ。
スライムを義手とのつなぎ目に装着するように勧めた少年の話をしていたら、魔法学校所有の森で救援信号があがった。
キュキュル!
行けと言うのだな。
俺は鞍を装着することもせずに、そのまま飛び立った。
現場に近づくと飛竜が首を左右に小さく振った。
魔獣を混乱させる香が焚かれた気配があったので、飛竜の周辺のみ浄化の魔法をかけた。
人為的に魔獣をけしかけた跡を消し去ってしまっては、証拠を隠滅してしまう。
最小限の浄化にとどめながら現場上空に来ると、暴れ猪たちはおとなしく森の奥に帰っている最中で、どうやら混乱は収まったようであった。
薬草の採取場はひどく荒らされており、何か強力な力で叩きつけられて絶命した猪が十数匹いる中に、年齢の違う六人の子どもと引率らしき教員が二人、死力を尽くしたようで伸びていた。
魔力は全員正常のようで、生きているのは間違いないが、カイルとボリスの気配を感じて驚いた。
初級学校の一二年生が実践的な実習に参加しているわけがないと思ったからだ。
秀才の子どもは天才だった。
飛行の魔法はおそろしく魔力を消費するので、飛んでいる最中に魔力切れを起こして墜落してしまうことがほとんどなのに、風を循環させて浮いているだけなのだ。
発想が凄いし、いくらジーンさんのお守りがあるといっても、あの緊迫した場面で作り上げる胆力が凄すぎる。
カイルが俺の飛竜と涙を流しながら無言で語り合っているのを見て、理解した。
カイルのスライムや猫はカイルと会話できるほど相互理解が出来ているから、あそこまであり得ないほど魔力量になり、学習し続けるのだと。
カイルのそばに居るものは、相応しくあろうとすればするほど、信じられない成長を遂げることが出来るのだ。
中級生に混ざっていることにも当たり前ような顔をしているボリスだって例に漏れない存在なのだ。




