素材採取
馬車の中は中級三年の女子二人と引率の教員一人とぼくとみぃちゃんとシロが乗っていた。
初級魔獣使役師のぼくは、みぃちゃんとシロの同行を許されたのだ。
スライムは、今年はまだ能力を隠していなくてはいけないので、ポケットの中で待機している。
みぃちゃんとシロはすっかり女子と教員のハートを掴んでしまい、肉球をぷにぷにされ、しっぽまで撫でられている。
“……あたいはベタベタ触られたくないからこれで良いのよ”
「こんなに可愛い魔獣ペットと一緒の馬車で、冷笑の貴公子に護衛される素材採取の実習になるなんて思ってもみなかったわ」
「冷笑の貴公子に護衛を申し込まれるなんて、どうしてそうなったのよ?」
冷笑の貴公子って……ウィルか?
図書館でゲラゲラ笑っているあいつが冷笑の貴公子?
皮肉屋なところはあるが、結構単純なやつだぞ。
「『守られるより、守れる人間になりたいのです。拙い私ですが、今回の素材採取の実習で私めに勉強の機会を与えてください』って膝をついて申し込まれたのよ!」
12才の護衛が7才で良いのだろうか?
「もう護衛のパートナーは決まっていたけど、公爵子息のお申し込みは断れないからと言って、代わってもらったのよ」
身分を笠に着てごり押ししたんだ。
ウィルは言っていることとやっていることが一貫していない。
採取場には厩舎があり、ポニーたちはそこに預けられた。
厩舎の奥の雑木林に今回の採取する植物が生えている。
辺境伯寮では春先に採取できる植物がもう花をつけている。
雪が降らないと冬が来た気分にならないな。
ぼくがあたりの気配を探ろうとしたら、ボリスに止められた。
「それは護衛の仕事だよ」
ボリスの魔力探査の魔力に、ぼくは微細にした魔力をのせて観察してみた。
雑木林全体に大型魔獣の侵入阻害の魔法陣が敷かれていた。
ボリスの魔力がもっと遠くまで探れるように、ボリスの魔力をぼくの微細な魔力の拡散の流れに巻き込んだ。
雑木林の奥に研究所の薬草畑がある。
そっちの魔法陣の方が強力な結界になっている。
「…いま手伝ってくれただろ」
ボリスが驚いたように言った。
「もっと奥の方に何があるか知りたかったから、ボリスの魔力を蹴散らしてみたらできた」
「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」
「なんだか面白そうだからぼくにもやってよ」
驚愕からいち早く立ち直ったウィルが言った。
「嫌だよ。素材採取に関係ないじゃん」
「護衛に必要だからやっているんでしょう。ぼくたち騎士も確認しなくちゃいけないから教えてよ」
「先生に聞きなよ」
「奥には研究所の薬草の栽培地がある」
「そっちは結界があるので入れませんよ。当初の計画通りにここで三種類の薬草を見つけ出して採取してください」
ぼくはサッサと三種類とも採取して教員の合格をもらうと、馬車に残していたピクニック用の折り畳み椅子とテーブルを取り出した。
みんなに文句を言われないように全員分持ってきたのだ。
みぃちゃんとシロが空いている椅子にそれぞれ丸くなって座っている。
日向ぼっこをしながら、可愛らしくしっぽでテーブルをポンポン叩いている。
お弁当にはまだ早いので、学習館で録音したケインとキャロお嬢様がデュエットしたレコードを蓄音器で控えめに流した。
魔獣の気配がわからなくなったとか文句を言われても困るからね。
ウィルは恨めしそうにこっちを見ていたが、パートナーの女子の採取が終わるまでは護衛の授業なのだ。
「カイル君の採取した薬草を見せてもらっていいかな?どうしても最後の一種類が見つからないの」
「私は何も見つからないわ。昨日の実習生に全部取られてしまったのかな?」
実習のグループごとに採取する種類と場所を変えているので、取りつくされていることはない。
ぼくは小型の乾燥機にしまっていた薬草を取り出した。
「これは日向を好むから、この時間帯は茎をのばしているから見つけやすい薬草だね。薬効が高いのは朝方に背を伸ばす手前のだよ。だからあまり育ち過ぎたのは取らない方がいい。繁殖用に残しておいてね」
引率の教員もそうだと頷いた。
「これは木の影や背の高い草の下に生えているよ。日向にあるのは葉の形は似ているけれど別の種類だよ。毒はないけど薬効もあまりないよ」
間違えて採取した女生徒が捨てようとしたのを、食べられるから、ともらっておいた。
「カイルは優しいんだな」
ウィルがからかってくる。
「天ぷらにしたら美味しいんだよ」
寮の厨房に持ち込めばかき揚げに入れてくれる。
「見つけにくいこれは、寄生植物なんだ。実はこの辺りに一番多く生えている。下草に紛れて蔓が見えないけれど、寄生されている植物の葉の色が変わっているから、それを探すといいよ」
二人は薬草を手に取って匂いを嗅いだり葉っぱの色や形を観察したりしている。
図鑑では匂いや葉のけば立ちまではわからないから真剣だ。
「目が慣れてくると、採取したい薬草がその他の草とはハッキリ違って見えるから」
「じゃあこうやって、遠巻きに雑木林を眺めていても見つけたりするの?」
「ぼくの視線でどこに生えているかバレそうだから、見ないようにしていたんだよ」
ぼくは顔に出る自覚があるから、採取する二人にバレて、教えられたと再実習になったら困るもん。
終わったからと言って遊んでいたわけではない。
気配りの結果なのだ。
「確かに具体的な採取の場所まで教わってしまったら、合格にはできないね」
ふたりはぼくの助言を考察して、日影がどうこう言いながら採取に戻っていった。
「本当にどこに生えているか、わかるのかい?」
「特徴がわかればどのあたりに生えているかもわかるし、視力強化をかけたらここからでも素材としての良し悪しもわかるよ」
「ぼくにもわかるかな」
ボリスが薬草を観察するために群生地の方を見ている。
俯瞰してみたらあんなにたくさんあるのに、気がついていない当人たちは必死になって探している。
ぼくは帰る前にさっきの女生徒が間違えて取った植物をもう少し採取してもいいか、教員に聞いた。
多少なら問題ないとのことだったので、寮のみんなが食べられる分を採取しようとしたら、ちょっとした違和感に気がついて顔をあげた。
採取と護衛の生徒六人、薬草学と騎士の教員二人、それ以外の魔力を感じた。
「なんだかわからないけど厩舎の方に下がってください!」
ぼくが大声をあげると、みぃちゃんとシロが違和感のした茂みを囲んで警戒した。
ボリスも遅れず抜刀してぼくの前に出た。
全員が警戒態勢になり、戦えない薬草学の女生徒と教員を囲むように騎士の生徒と教員がかばいながら厩舎に下がろうとしたとき、茂みの中からラグビーボールサイズの白い繭が現れた。
雑木林の外側に魔獣が集まって来ている気配がする。
「「先生!魔獣が集まっている気配がします!!」」
ぼくとボリスが同時に叫んだ。
「採取場の結界を出る方が危ないかもしれない。あの白い繭を警戒しながら待機だ。私は救援の魔術具を上げる」
騎士の教員は救援を呼ぶ閃光弾を打ち上げた。
“……ご主人様。これは罠です。この中には傷つけられた猪の子どもがいます”
この繭は採取場の結界を誤魔化してウリボウを結界の中に入れるための魔力阻害の魔術具なのか。
“……ご主人様。仕掛け自体は単純な魔術具です。認識阻害と魔力遮断を重ね掛けして、設定した時間に解除するだけのものです。子どもがいなくなって探しに来た猪たちに生徒たちを襲わせるつもりなのでしょう”
猪を薙ぎ払うくらいなら、引率の騎士の教員で何とかなるのだろうが、結界の外に集まっている猪の数が問題なんだ。
「「先生50匹以上集まっています!」」
ボリスとウィルも気がついたようだ。
50匹ではきかない数の猪がどんどん集まって来ている。
「先生!白い繭の中に傷ついたウリボウがいます。閉じ込めている魔術具の効果が切れたら、怒り狂った猪たちに結界を突破されてしまいます」
アニメ映画の名作にあった、甕形の飛行物につるされた幼体を助けに来た巨大昆虫の群れほどではないが、魔力を持った猪だ。群れれば充分すぎるほどの脅威だ。
「先生たちは繭の結界を強化してください。ぼくたちは土魔法で防御の結界を敷く許可を下さい」
「ウリボウの魔力遮断は試みているが、一度怒り狂った猪たちは止められない。土魔法では防御しきれない」
「ないよりましです。やってみます」
ぼくは人ひとり乗れる大きさのタイルを土魔法で作り、風と空の魔法陣を刻み付けた。
スライムたちがやるような空中階段を作るのには闇の魔法陣が必要だ。
ないものはないのだ。出来ることをやるだけだ。
ボリスやウィルは即座に真似をし始めたが、女生徒の二人は慌ててしまってタイルさえ作れない。
ぼくは二人のタイルも作り、タイルは作れても魔法陣がかけない騎士の生徒たちを手伝った。
結界が破れる気配がすると、地響きと土煙を上げて猪たちが突撃してきた。
「タイルに魔力を叩きつけろ!」
ぼくは魔法陣を描き上げたタイルを薬草学の教員に投げつけると、足りなくなった自分の分を作り始めた。
「カイル!間に合わない。ぼくのを使え!」
「邪魔になるから浮いていてくれ!ぼくのお守りは最強なんだ!」
ボリスとウィルが、自分のタイルを渡そうとするので、シロに命じて二人をタイルの上に固定してもらい、魔力の塊を飛ばして強制的に空中に浮かび上がらせた。
風魔法でピンポイントに上昇気流をつくり、空魔法で姿勢制御をしているだけだ。
浮いているタイルの周囲で強烈な下降気流が起こり、数匹の猪が押しつぶされる。
それをも突破してくる猪を母さんのお守りのベルトが、ぼくに接触する直前に弾き飛ばして後方の猪にぶつかる。
母さんのベルトの魔法陣は最強だけど時間制限がある。
サッサと自分のタイルを仕上げると、魔力を叩きつけて勢いよく垂直に浮かび上がった。
飛び上がり過ぎてみんなよりかなり上空まで行ってしまった。
空気が薄い。
魔力を調節して猪の少し上に浮かんでいるみんなのそばまで下降した。
みぃちゃんがタイルにジャンプして飛び移りながら、魔力の少ない生徒たちのタイルに魔力を補充して回っている。
ぼくはみぃちゃんに錠剤にした魔獣用回復薬を投げて与えた。
投擲を鍛えておいて良かった。
シロはウリボウのそばに取り残されていた騎士の教員をさりげなく守っている。
“……ご主人様が大丈夫なのがわかっていたから、この命令に従いましたが、不本意です”
シロなら威圧で猪を寄せ付けないように出来るのだが、不自然にならないように迫りくる猪の数を調整して教員に戦わせたのだ。
全員の無事を確認すると、救援が来るまで魔力が足りるか心配になった。
“……タスケテ…”
ウリボウの苦しむ思念がとんできた。
自分の家族が目の前でバッサリ切り捨てられているんだ。
強い思念だってでるよね。
事態を打開するために、ぼくはウリボウを助けて猪たちを森に返すことにした。
土魔法のタイルは浮かぶだけで移動ができないので、シロに最高級の回復薬の瓶を投げて、ウリボウにかけてもらった。
前足で瓶を固定して口で栓を取り、ウリボウに向けて瓶を蹴り上げて回復させたのだ。
襲ってきた猪たちには森に帰るように強い思念を送り続けた。
猪たちはウリボウを連れて森へと帰っていった。
ぼくたちはタイルに込めていた魔力をゆっくり弱めて地面に着地した。
辺りには死んだ猪がたくさんいたが、自分たちも疲れ果てて寝そべった。
「死ぬほどまずい子ども用回復薬があるけど飲む?」
全員無言でうなずいた。
念のために人数分持参してきてよかったよ。
ぼくたちがまずさのあまりに地面に転がっていたら、鳥ではあり得ないほど大きな魔力の塊が上空からやって来るのに気がついた。
「飛竜が来る!」
ボリスが叫んだ。
飛竜は王国の騎士団しか飼育していない。
やっと助けが来たようだ。




