図書館はお悩み相談室…?
中級学校の食堂でご飯を食べていたら、ウィルがやって来た。
「ぼくもやっと魔法基礎は初級の卒業試験を受けられたよ。気がついたら辺境伯の寮生は初級の校舎からいなくなっているんだもん」
ウィルは毎朝一緒に登校しているけれど、朝のホームルームが終わったら中級の校舎に移動しているので、その後は会うこともなかった。
「光と闇の魔法陣を教えてもらえないのって、あれ意地悪だよね」
そこまではっきり言えるのは公爵令息の御身分あってのことだよ。
「平民の生徒が魔法学校で無双しないためのストッパーだもん。父上を使って断固抗議をするよ」
そうなんだ。
少年期の魔力は平民でも頑張れば貴族と変わらない。
努力次第では一時期なら平民の方が多いことだってある。
成績上位者が平民ばかりではカッコがつかない貴族によって、平民には難しい魔力量の授業にしているような節があるのだ。
初回の水魔法だって、量の加減を後でするのなら、スプーン一杯程度の水を出すくらいでいいはずなのだ。
「初級魔法学校では、上位貴族は冬の社交シーズンにあわせて子供を通わせて、情報収集をしたり、場合によっては噂をふりまいたりするくらいなんだよね。ここまで熱心に勉強しないよ。ぼくは母上のお茶会を断る口実になって有難いよ」
ウサギと亀ではないが、コツコツ努力したら平民が成績優秀者を独占してしまうが、年齢が上がらなければ受講できない講座をつくれば、成長した貴族の方が魔力量で圧倒的に優位になるのだ。
「受講に制限が出るのは仕方がないよ。ウィリアム君は魔力枯渇を起こしたことはないでしょう?あれは、一回やったらもうこりごりになるよ。死ぬ危険もあるし、甘く見ない方がいいよ」
「ボリスは魔力枯渇をしたことがあるのかい?」
「稽古で身体強化を使い過ぎて一回やったよ。物凄くまずくて、物凄く高価な薬を飲まされたおかげで、後遺症は出なかったけど、物凄く怒られたよ」
学習館の仲間たちはこくこくと頷いた。
ムキになって練習して、誰しも一度は経験する。
死なない程度で老師様が止めてくれるのだ。
「そんなことは家庭教師が許してくれないね」
「ぼくたちの恩師は、経験しなければ大人の目がないところでやってしまうから一度は限界まで見守る人なんだ」
「英才教育というよりは……そう、スパルタ?なんかそんな言葉があったよね」
「いや、みんなヤンチャなんだよ」
「負けず嫌いだね」
「カイルに一打当てたいじゃないか」
確かにヤンチャな負けず嫌いたちだ。
「なんだか騎士コースも面白そうだね」
「ぼくは中級では受講しないよ」
「じゃあ空いた時間はどうするの?」
「薬草学と看護学の受講を決めたよ。図書館で読める本が増えるからね」
「空き時間は図書館に行っているのか。休みの日はいつもパン屋さんに行っているよね。美味しいお店だけど、カイルも手伝いをしているの?」
なぜ休みの日のぼくの動向を知っているのだろう。
「親戚の家なんだ。従妹たちもかわいいから遊んであげているよ。新しいパンを考えたりして気分転換をしているよ」
ジャニス叔母に餡バターデニッシュを作ってもらった。
新メニューの開発もしているから嘘ではない。
「お土産に美味しいパンを持って帰ってきてくれるから、ぼくたちも嬉しいよ」
「……お休みの日に一緒に出掛けてみたいんだ」
箱入り息子が市中を散策してもいいのだろうか?
「ご両親に了解を取ってよ。ぼくも家族の了承待ちなんだ」
「学校の登下校にも、親戚の家に行くのにも護衛がいて、カイルの家族は心配性なのかい?」
ウィルが首を傾げながら聞いてきた。
休日のぼくの行動に監視でもつけているかのように詳しいのが気持ち悪い。
「うちの領都の治安が悪いわけではないから、内緒にしておいてほしいんだ」
ボリスが前置きをして模範回答を言う。
「ぼくとカイルは小さいころ市場で営利目的の誘拐の被害者になったことがあるんだ。だからお守りをたくさん身に着けるようになったし、勝手に外出はしない約束なんだ」
非公開のところさえ言わなければ、過剰な護衛の説明として誘拐事件の話はできる。
昔危ない目にあったと言うよりも、本当のことを少しだけ言った方が詮索されにくくなるからだ。
「カイルの実家がお金持ちだって噂は本当なんだね」
「うちは、大人は仕事以外に事業も手掛けているからね。親戚も商売人がいるから販路はあるんだ」
「母上が辺境伯領の美容品が欲しいと言っていたよ」
「それは祖母の事業だよ。販売はぼくの親族のゆかりの商会が担当しているから在庫があるかくらいなら問い合わせられるよ」
「ありがとう。買える手はずが整えば、ぼくの外出に母上が口添えしてくれるだろうから助かるよ」
ウィルは母親の欲しいものリストを持っていて、それを交渉の材料にするようだ。
祠巡りをウィルとしていいのかを、父さんに聞いておこう。
薬草学の授業では座学は試験で合格したけれど、実技が面倒くさかった。
お婆の仕事を見て育ったので、薬草の処理や扱いが雑だと、腹が立ったのだ。
こんな事を学校で教えているからろくな薬師が育たないのじゃないか!
立場を忘れて怒りそうになったので、黙々と与えられた課題をこなした。
試験には一発合格したが、後日職員室に呼び出された。
「できあがった薬の品質が高品質になっているのだけど、与えられた素材以外は使用していないだろうな」
「辺境伯領主のお墨付きの天才児とか言って、素材を入れ替える不正をしたらいかんよ」
不正合格を疑われてしまった。
「ぼくが天才児なわけではなく、ぼくを育ててくれた人たちが立派なのです。あなたたち教師の目は節穴ですか?素材の仕分けも精製もきちんと立ち会っていたじゃないですか」
「確かに試験官は、不正はなかったと証言しているが、この素材からこの品質になるのはあり得ないことだよ」
「あり得ないほど粗雑なことを指導しているからですよ。それでは並んで一緒に作って検証しましょう」
ぼくは素材の仕分けで魔力のムラを取り除くところから教員と並んで検証した。
「先生の仕分けでは、まだ魔力のムラを取り除けていません」
「ほほう。この過程で粉砕しているように見えたのは小さい魔力のムラまで取り除いていたのか」
「使用する水の不純物が取り除かれていません。一つ一つの素材の精製が甘すぎます。授業中に怒り出さなかったことを褒めてほしいくらいですよ」
ぼくは教員が精製したものにダメ出しをして作り直させた。
教員がスライムに劣っているよ。
お婆のスライムは完璧な調合ができる。
ぼくのダメ出しのおかげで、教員も同じ素材で高品質の薬の調合ができた。
「中級学校の指導がこれだから、上級や研究所で苦労するんだ。これはきちんと学会として対応することを約束しよう。カイル君、疑ったりして済まなかった」
研究所の偉い人も見に来ていたようで丁寧な謝罪を受けた。
その後は、研究所の教授に不純物を取り除く魔術具や錬金術に頼り過ぎている現状を教えてもらった。
お婆の製薬所はどんな魔術具があるんだろう。
今度見学させてもらおう。
ぼくたちが熱心に製薬の話を続けている間に、教員たちがぼくを卒業認定しようとしていた。
「待ってください!」
ボリスと素材採取の実習を一緒にする約束をしていたのを説明した。
「そんなの何度もやったことあるだろうに」
「遠足気分でいってきます。子ども時代を楽しまなくては、もったいないじゃないですか。どこに行って何を採集するのですか?」
ぼくは素材採取の実習プランを詳しく聞いて、またしても怒りが湧きだした。
「薬草学の生徒が15人も同じ採取場に行って、15人の騎士コースの生徒に護衛させるのですか?採取場を荒らして魔獣をおびき寄せる騎士コースの訓練ですか?毎年同じことをしているのだったらなおさら採取場が荒れているでしょう。繁殖はどういう計画なのですか?」
この際だからと、この実習の問題点を洗い出して、長年にかけて荒らしてしまった採取場の改善点についても話し合った。
空き時間ができると図書館に通って、父さんから聞いた魔法書を読みふけることにしている。
閲覧室に一人でいると疑問点を、姿を消してついてきているシロに聞きやすい。
今扱える魔法は基本の五種類。
なのに空魔法は単独では発動できない。
上級魔法師か、上級魔導師しか使えない。
空魔法の書籍は驚くほど少なかった。
資格が足りないからぼくが目にすることが出来ないのだろう。
“……ご主人様。神学を選択したら今すぐに光と闇の神の魔法陣を学べます”
神学を選択すればぼくでも魔導師になれる。
教会では親の身分に差別されないで、神学を極めることができるから上級魔導師にだってなれるはずだ。
上級魔法師は上級学校を卒業しただけではなれない。
母さんは上級学校を卒業したけれど、魔力量の問題で下級魔法師を受験したと言っていた。
王国の奨学金を受けていたので一定期間王国の仕事を引き受ける必要があったから、結婚後辺境伯に引っ越すことが決まっていたので、大きな仕事が来ないように控えめにする必要があったのだ。
依頼を受ける魔力の量を減らして、数をこなす方を選んだのだ。
魔力量は限界を試したことがないと言っていた。
ぼくにはお金の心配はいらないから、好きな勉強を好きなだけできる環境に居る。
出来ることなら上級魔法師の勉強がしたい。
リンリン。
閲覧室のベルが鳴ったので扉を開けると、笑顔で佇むウィルがいた。
「ぼくも入れてくれるかい?空き時間ができたんだ」
オーレンハイム卿はこうやってお婆に近づいたのか!
ウィルの後ろにはボリスもいた。
二人きりの閲覧室はなんだか胸騒ぎがしたが、ボリスもいるならまあいいかな。
ウィルは入って来るなり本棚の蔵書を確認した。
「初級学校卒でも光と闇の魔法陣が封じられていると蔵書のリストがしょぼいよね。明らかに何かの作為を感じるよね」
お坊ちゃま君は、ぼくの欲求を理解している。
学校はもう社会の延長上にある。
言動に気をつけなくてはいけない。
「使える魔法の幅が狭くて魔術具頼みになるのが、そもそも一般的なことなんだ。仕方がないよ」
平民の生活はその魔術具さえ安定して魔力供給ができない。
一般家庭に冷蔵庫も洗濯機も普及していない。
「ぼくの家の蔵書にここにない五大魔法の専門書があるよ。貸そうかい?」
何かの罠かな?
善意かな?
「貸し出しができるなんて、自宅に司書がいるのかい?」
司書がいないと魔法関係の本は貸出できないのかな?
「うちは上級魔法師も上級魔導師も輩出する家系だから専門書がたくさんあって、魔法書の管理は専門家に任せているんだ」
「ウィルは教会に入るの?上位貴族の次男三男って教会の上位者になる印象があるよ」
そういう世間の事情は、ボリスの方が詳しい。
魔導師も上級は上位貴族が独占しているのか。
「まだ決めていないよ。ぼくは三男だから自分で身を立てなくちゃいけないけど、次兄が騎士団を志望してから、父上は急にぼくに領地経営を学ばせようとし出したんだ。長兄は上級魔法師志望で領地経営には興味がないから、将来ぼくを補佐につけたいのかもしれない。今まで何の期待もされていなかったのに勝手だよね」
この閲覧室はお悩み相談室でしょうか?
「上のお兄ちゃんが好きなことをしているなら、ウィルも好きな勉強をしたらいいじゃないか。領地経営のことは、親のお金でご飯を食べているんだから学ぶべきだよ」
「両方やればいいじゃないか」
ぼくとボリスは即答した。
「ぼくは飛竜を育てる一族に弟子入りしたいけど、騎士団の飛竜部隊にも興味があるから、今は両方目指しているよ」
ボリスはまだあきらめていなかったんだ。
「うちの家族はやりたいことをやればいいと言ってくれている。大人はみんなそれぞれ別々の仕事をしているけれど、便利な魔術具を作るときはみんなで協力しているよ。だから、ぼくは上級魔法師も目指すけれど、生活魔法の魔術具制作免許は欲しいね」
「二人とも夢みたいなことと、現実的なことの両方を目指しているんだね」
「まだ子どもだもん。努力したらなれるよ」
「ボリスだって、飛竜を育てる一族に婿入りしたらそれほど荒唐無稽じゃないし、カイルなら平民には足りないと言われる魔力も何とかしそうだもんね」
ウィルの表情が明るくなった。
陶磁器のような顔色の頬に薔薇のような赤みがさした。
それからはやってみたい魔法や受講したい講座の話で盛り上がった。
「薬草学の採取の実習が、採取者と護衛のペアで三組の少人数になったんだってね」
「ぼくはボリスを護衛に指名して、もう申し込みは済ませたよ」
「楽しみだね」
「学校の所有地の採取場だから、危険なことはないはずだよ。お弁当を作ってもらって採取場でピクニックでもしようよ」
「騎士コースでも本格的な護衛というよりも護衛計画書の作成、実行の実習だって言ってたよ」
「いいなぁ。そういう楽しそうな実習」
「上級学校の実習には魔獣洞窟探索があるんだよ」
ダンジョンみたいなものかな?
「魔獣暴走を起こして廃鉱になった鉱山の調査の後方をちょこっと警備するだけだと兄上が言っていたよ」
「学生にとってはそれでも前線にいるつもりになれるんだよ」
考え方ひとつで実習のワクワク度が違うものだ。
リンリン。
ドアを開けると顔なじみの司書にもう閉館が近いから、借りたい本を決めてほしいと言われた。
風魔法の本が少ない理由を尋ねたら、光と闇の魔法陣が記載されているせいで閲覧できないだけだから、研究所の図書室で論文を探せばいいと言われた。
やっぱりプロに聞くべきだった。
「研究所に行くときはぼくも一緒に行くから声をかけてね」
「あら、仲良しなのね」
「親友の研究を手伝うのは当たり前です」
いつからぼくはウィルの親友になったのだろう。
「親友はぼくだよ。親友はいつも苦楽を共にするものなんだ」
「そうね。魔法学校時代の友人は一生の友達になることは良くあるわね」
親友って宣言してなるものじゃないと思うよ。
素材採取の実習は馬車で移動し、護衛役がポニーに乗って警護してくれていた。
ボリスの後ろのポニーにウィルが乗っていた。
いつの間にか騎士コースも中級に上がって、この実習に割り込んできていた。
周囲にもぼくたちは親友として認識されているようだ。
何事もなく終わればいいな。
賑やかな護衛たちを見ていると少しだけ心配になった。
おまけ ~招き猫がやって来た~
カイルの猫が使役魔獣契約を済ませてから、日中見回りに来るようになった。
パン屋の店舗には入れてあげられないので、表にベンチを置いて娘たちと遊んでいたら、行列ができるようになってしまった。
お客は新商品が焼けるのを待つ間みぃちゃんを愛でているのだ。
忙しいのは有り難いが、週末は母さんの家に行くのが楽しみだから、人手が足りない。
母さんが気を使って手伝いに来てくれたのだが、母さん目当てのお客が店の外で出待ちをするようになってしまった。
お貴族様の執事で間違いなく紳士的に接しているのだが、なぜだかこの人に母さんを見せてはいけない気がするのだ。
夕方パン屋を閉めるころ、建物の隙間からこっそりこっちを見ているのだ。
後ろ手に花を持っているから、襲ってくるような人ではないのだろう。
けれど、気持ち悪い。
その日は珍しく夕方にみぃちゃんがやって来て、ベンチに座っていてくれた。
みぃちゃんが夕方に来ると、パンの売れ残りが出ないのよね。
店仕舞いをしていると、普段はおとなしいみぃちゃんが建物の隙間に向かって威嚇していた。
尻餅をついた紳士が、手に持っていた花を放置して去っていったわ。
みぃちゃんが退治してくれたのね。
新商品が大ヒットしたうえ、辺境伯寮の売店でパンの販売が決まったので、店内の目立つところに従業員募集の張り紙をした。
身元のしっかりした、いい子が来てくれるといいな。
寮での販売が好評を博して、なぜか関係のないラウンドール公爵令息から大絶賛されて、学校内の売店でも販売することになった。
忙しすぎて目が回りそうなのに、辺境伯領主様から学校内にカフェテリアを作るから出店してほしいと依頼がきた。
人手がないからと断ろうとしたが、退役騎士に仕事をやってほしい、とおっしゃられたそうだ。
素晴らしいご領主様だ。
とてもいかつい男性だけど繊細なデザートを作る人が来た。
助手も数人連れてきてくれたが、みんな強面の男性なので店の治安の問題も解消した。
こうして、みぃちゃんはおとなしい招き猫に戻ることが出来たのだ。




