恐るべき子どもたち
お昼休みに食堂に行くと、ウィルもついてきた。
列に並んで注文して受け取るだけのことでも、自分だけでするのは初めてだ、と喜んでいる。
正真正銘のお坊ちゃまだ。
「みんな貴族の子どもたちなのに、地方貴族の子どもは自立してるんだね」
落ち着いて列に並び迷わず注文する学習館の仲間たちに、しきりと感心している。
「みんな平民のぼくと遊ぶような気さくな子だからね」
「ぼくは三男だし、父上の領地を継ぐこともないから、王都育ちで世間知らずなんだ」
それは箱入り息子だからだろう。
ボリスやマークとビンスが席を取っていてくれた。
完全に辺境伯領生ばかりのテーブルに、公爵のご子息が紛れ込んでいることに本人以外は困惑している。
内輪話がしにくいではないか。
簡単な自己紹介の後でボリスが切り出した。
「魔法陣の試験はどうだった。やっぱり一発合格かい?」
「全員ごうか………」
「みんなは合格したけれど、ぼくは合格できなかったよ」
仲間のようにウィルが言った。
場が凍りかけた。
「いや、ぼくたちの年代には一発合格はいなかったんだ」
マークが気遣いをみせる。
「去年は合格者が出てたよね」
「ぼくは円を描く練習をしていたから、合格できたよ」
「魔法の予習はできないと思い込んでいた。円を描くくらいなら予習ができたんだ。辺境伯領の生徒は先輩から学ぶ姿勢ができているのか。大きな声では言えないけど、通常は足の引っ張り合いだよ」
小声で教えてくれたのは、新入生代表の嫌がらせはウィルにされていたことだった。
三大公爵家の残りの二家が、ウィルと同い年の親族に家庭教師を派遣して新入生代表を阻止しようとしていたのに、ぼくが掻っ攫っていったのは痛快だった、と喜んでくれた。
「もう一年生の魔法陣は合格したから、二年生のクラスに編入するのかい?」
一年生の魔法陣の教科書は返却してしまった。
二年生のクラスを申し込めば二年生の教科書を貸し出される。
「昼休みの間に申し込んでくるよ。魔法を使える資格は早くほしいからね」
「初級の学習が終わってしまったら、帰省してしまうのかい?」
「中級の校舎まで行けば中級のクラスに編入できるよ。ぼくたちは、座学はすべて中級学校に行っているよ」
マークとビンスは辺境伯領初の飛び級をしている。
「優秀過ぎだね。そこまで力をつけてきているのは、不死鳥の貴公子が影響しているのかい?」
不死鳥の貴公子の噂は王都にも広がっているのか。
「不死鳥の貴公子についてウィル君は何を知っているの?」
「ウィルでいいよ。ご誕生の時に雲が赤く染まって不死鳥の形になって公子の誕生を精霊神が祝福したって噂だよ」
精霊神が祝福したことになっているのか。
こういう場合の回答は入寮時のガイダンスにあった。
「空に不死鳥の形が現れたのは事実で、ぼくたちもみんなで見たけれど、本物の不死鳥ではなかったよ。よくわからないものだったよ」
みんなで頷きあった。
ウィルは納得していなかったが、わからないものはわからないとしか言えない、と押し通した。
午後の授業は先ほど描いた魔法陣を実際に使用してみるものだった。
魔法出力の授業は、魔法陣を合格していない生徒も合同だったので、ウィルがいる。
魔法陣に合格した生徒は自分が描いた魔法陣を使用し、合格していない生徒は先生のお手本の魔法陣を使用してコップに水を出すのだ。
自分自身の魔力量の問題より、魔力を出すことに慣れていない生徒は苦戦していた。
魔力操作に慣れていても、自分の魔力と相性の悪い属性だとうまくいかないようだ。
学習館の仲間たちは魔力を出すことには慣れていても、コップ一杯の水を出すだけでふうふう言っている子もいた。
ぼくは問題なくコップの縁ギリギリまで水を出せた。
魔力出力には補助の先生がたくさんいたので、合格した子から順に火の玉を出す方に移っていった。
ウィルは出力の方は楽に合格したようで、ぼくのそばに寄ってきた。
「できたら楽しいから、どんどん合格したくなる気持ちがわかるよ」
そうなんだ。
今までは、大人がやるのを見ているだけだったのに、自分で出来るようになるのがすごく楽しい。
精霊サイズの火の玉は学習館メンバーには簡単にできたし、ウィルもクリアーした。
みんなの興味は自在に操れるかの方に移ってしまって、各自が自分の火の玉を操作してグルグル輪になって回転させてみた。
教室中の耳目を集めてしまい、先生たちに指示されていないことはしないように、と怒られてしまった。
悪ふざけに参加してしまったウィルを含めて、ぼくたちは他の生徒たちの実習を見学するよう命じられた。
魔力出力の授業はもう一度受けなければならなくなってしまった。
「一年生は魔力で水や火を出すだけで、操作して動かすのは二年生だよ」
夕食の食堂でボリスから突っ込まれた。
「火を出すことができるようになったら、次は動かしてみたくなるのが人の性でしょう」
「大きさの訓練をしてから、操作の授業になるんだよ」
やらかしたようだけど、みんなでやれば目立たない。
でも、怒られるのは変わらない。
こうして入学初日は終わったのだが、一年生の実習で二年生の学習を済ませてしまった生徒たちが出たことにより、来年以降のカリキュラムが変更されることになるのだった。
翌朝は訓練場で汗を流してから朝湯にはいる。
この贅沢は寮ですごす醍醐味の一つだ。
朝食は焼き魚定食に納豆をつける。
一緒に稽古したメンバーで同じものを頼んでいる。
食事の好みはそれぞれでいいのに、ぼくと同じものを食べたら強くなれるとでも思っているだろうか?
朝食を食べていた女の子たちがそわそわし始めた。
中にはまだ残っているのにトレーを戻して、エントランスホールを覗いている子もいる。
「カイルお客さんだぞ」
職員に呼び出されたので、慌てて残りをかきこんだ。
来客用の応接間に居たのはウィルだった。
「おはよう、カイル。迎えに来たよ」
小学生が近所の子どもたちと登校するかのように、友達として公爵子息が迎えに来るのか!
「おはよう、ウィル君。随分早くに来たんだね。ぼくたちは歩いて登校するよ」
「ウィルでいいよ。騎士コースも受講するんだってね。鍛錬も兼ねているのかい?」
「いや、ただ単に近いからだよ」
女子がキャーキャー言っているのが、聴力強化をしなくても聞こえてくる。
「ぼくも歩くから一緒に行こうよ」
早く支度を済ませなきゃ、と悲鳴のような声が聞こえてくる。
朝から完璧なビスクドールのような容姿の貴公子が、うちの寮から歩いて登校するのだ。
便乗してついていきたい女子が大騒ぎになっている。
ウィルはそんな騒ぎを気にせずに馬車を帰してしまい、本当にぼくたちと徒歩で登校するようだ。
「身支度が終わっていないから待たせてしまうよ」
「かまわないよ。まだ時間は充分あるから」
そんなに早くに寮に押し掛けてくるのが非常識だよ。
「護衛がついているんだね」
「ウィル君にもいるじゃないか」
「ウィルでいいよ。そばに付き人がいないだけでも新鮮な気分だよ。ぼくはカイルが上位貴族に嫌がらせをされないか心配で迎えに来たんだ」
迷惑をかけに来たわけじゃなく、親切心からの行動だったのか。
「領主様から、庇護の証として領の紋章が刻印された指輪を預かっています。面倒なことが起こったら、領主様のご威光で逃れるつもりだよ」
左手の小指には五才の時に作ったお守りの指輪と、中指に領主様から預かっている大きな魔石がついた指輪をしている。
水戸黄門の印籠のように、効果があるのか試していないからわからない。
「うわぁ、やっぱりもうしっかり抱え込まれているんだ。昨夜、珍しく父上がぼくのために晩餐を開いてくれて、久しぶりの会話がカイルのことばかりだったんだ」
貴族の親子はコミュニケーションが足りないのが普通なのかな?
ぼくは、昨夜はトイレに籠るふりをして自宅に帰って、新入生代表になったお祝いをしてもらったよ。
今後の授業のことや、寮での暮らしぶりとか、話は尽きなかった。
「その小指の指輪もお守りなのかい?」
「五才の時に家族と一緒に作ったんだ。弟も四才でおそろいの指輪を作ったよ」
「よッ…四才……!英才教育のレベルが違うよね。父上がジュエルさんの話を饒舌に話していたんだ。王都復興の立役者だって……。あれ?馬車より歩いた方が速い!?」
初級学校の校門には馬車の渋滞が起きているが、徒歩の門は人の流れはスムーズだ。
「馬車はいちいち止められるからね。毎朝こんな感じだよ」
ボリスが先輩らしく教えてくれた。
「じゃあ毎朝迎えに行くから一緒に歩いていこうよ。カイルたちと通う方が楽しいもん」
後ろを歩いている女子たちの黄色い声がした。
断れない。
というか押し掛けてくるだろうな。
騎士コースは体力測定と剣技の演武だけで試験を次々と合格してしまった。
スピードが違い過ぎて授業にならないからサッサと中級に行け、と追い出されてしまった。
ボリスと一緒に初級卒業試験まで受けて合格をもらった。
学習館の訓練場の指導は厳しすぎなんだよね。
初級魔法学校の学習内容が簡単すぎるから、中級学校から入学する子が多いのかな。
魔法基礎の実技試験に合格をしてから、初級魔獣使役師の授業を受けることが出来た。
クラスには学年の違う辺境伯領生しかおらず、数人混じっている大人も辺境伯の文官や騎士だった。
本格的な積雪の前に取得しに来た人たちだ。
魔獣の種類と習性の試験は簡単すぎた。
実技はみぃちゃんではなく、スライムで行うことにした。
真名を呼びながら魔術具ペンで使役の魔法陣を刻むのだが、他の人がやっているのを見たら、スライムが痛がっているのがわかった。
“……あたいは平気だよ”
そうは言っても痛いのは可哀相だ。
精霊言語で刻めないかシロに尋ねたら、出来ると言われた。
教員や他の受講者が、大きめのスライムを自慢している人に注目しているうちに、精霊言語を送ってサッと済ませた。
「出来ました」
ぼくは教員にぼくのスライムの刻印を見せて合格をもらった。
「魔法陣を刻むのが手早いな。ペンが違うのかい?」
教員の注目がぼくのペンにいったことで、精霊言語を使ったことはバレなかった。
このペンは母さんの力作で、自分の魔力をインクとして詰められるボールペンだ。
魔力の線を均一に簡単に引けるのだ。
洗礼式のお祝いに貰ったのだ。
“……ちっとも痛くなかったわ”
“……ご主人様の魔力をいただけるのだから痛くはありませんよ。他のスライムが痛がっているのは、使用している魔術具のペンに制作者の魔力が残っているからです。自分が使う道具は自分で作るか、それが無理ならきちんと手入れをすべきなのです”
初級の授業はそういうところが甘いのかな?
使役契約をしたがスライムに特別な変化はなかった。
“……ご主人様。ご主人様とスライムには元から名付けの関係にあります。使役契約は対外的に自分の魔獣であると示す効果があるくらいのものです”
あれ?
みぃちゃんの名付け親はケインなのか?
“……ご主人様。みぃちゃんはケイン様を名付け親と認識していないので関係ありません。お互いが真名を付けあうと決めていなければ成立しないのです”
寮に戻ってからみぃちゃんに使役契約をするかと聞いたら“はい、喜んで!”と即答だった。
みぃちゃんにも精霊言語で使役契約を結んだ。
“……そのへんの雑魚に攫われるヘマはしないけど、これであたしとカイルの絆がはっきりしたわ”
みぃちゃんは可愛いから誘拐されても、ぼくの猫だと主張できる証ができた。
自宅で三つ子たちがそり滑りを楽しむころ寮生を順調に合格させ続け、領主様との約束を果たした。
寮生全員を受験可能な初級卒業試験を受験させることができたのだ。
成績上位を目指すなら再受講してよいとのことだった。
王国や各領の各種奨学金があり、取得するには上位の成績が必要だ。
帝国留学を見据えて成績上位を目指すのなら後は自力でやってもらおう。
ぼくは中級の指導は断っている。
これで肩の荷が下りた。
初級生のネクタイを締めて中級学校の校舎に通う子は珍しくなくなっていた。
週末に自宅に帰るたびに父さんに進捗状況を報告していた。
父さんも初級卒業を早めに受けて、中級や上級の講座を受講していたから、帝国に留学した時に学業には困らなかったと言っていた。
魔力は平民には成長期に限界がきて、貴族との差に苦労するから、魔力を節約する研究に力を入れたんだって。
ぼくは誘拐の時に原野で魔力暴走をして、ボリスとの魔力の差に気がついた。
祠巡りで魔力を増やしたが成長期が来たらボリスに抜かれるかもしれないのか…。
父さんに基礎魔法を学んで気がついたことをいくつか質問した。
「光と闇の魔法陣は魔力使用量が多いからと、まだ受講できなかったけど、その他の五つの魔法陣は合格したんだ。よくわからないのが、空の魔法陣なんだ。単独で使うことはなく、風や、土の魔法と組み合わせるしか使うことはない、と教わったけど理論上は使えそうな気がするんだ」
「よく気がついたな。使えるけれど、使用する魔力量が半端ない。収納魔法が一般的じゃないのはそのせいだよ」
使えるマナさんが凄いんだ。
「上級で理論は学べるけれど、光と闇の魔法陣を学ばなければ受けられない講座だから、図書館で五大神の魔法陣の研究書から推測してみると面白いぞ」
魔力量を増やさないと学べないことが多すぎる。
「王都の街中の祠巡りをしてもいいかな?」
「警備の担当者と相談してからでもいいかい?」
「もちろんだよ」
安全第一だよね。
中級学校の職員室で興味のある講座の申し込みをしていたら、ひとりの教員に声をかけられた。
「ユナちゃんの息子はやっぱり優秀だね」
ユナ母さんの担当したことのある教員は、逸話をたくさん教えてくれた。
薬学で無双して、初級生にして上級学校や研究所にも足を運んでいた才媛で、初級学校を卒業してから、村に帰ってしまったことを惜しんでいた。
「カイル君は騎士コースも受講しているから、研究所まで足を運ぶ時間はないよね」
「今年は領主様に初級生の指導を頼まれていたので受講しましたけど、中級では騎士コースは受講しません」
隣でボリスが抗議しているが、無視することにした。
「ジュエル君も騎士コースは受講しなかったね。素材採取のときは騎士コースの子と組んでいたよ。カイル君が何でもできたら、ボリス君の出番が無くなってしまうよ」
中級の薬草学の授業に素材採取の実習があって騎士コースの護衛の実習と合同で行われるとのことで、ようやくボリスは機嫌を直した。
おまけ ~小さな恋の物語(?)~
学習館のころからずっと好きだった。
同い年で、洗礼式が一緒だったのも、すごく嬉しかった。
光の女神に選ばれるために、踊りの練習も、光の神の祠にも、たくさん魔力を奉納したの。
それなのに、男の子に女神役を奪われてしまった。
おかげで倒れずに土の女神を踊りきることが出来たの。
無様にカイルのそばで倒れるなんて、みっともないことにならなくて良かったわ。
入学式はカッコよかった!
王国の名家の子息令嬢を押しのけて新入生代表を務めあげたのよ!!
艶やかな黒髪に灰色の瞳。
その神々しい美貌は、まさしく闇の神の申し子よ。
魔方陣の授業は学習館で図形の練習をしていたから楽勝だったわ。
合格したのは私たちだけで、とても注目を集めたわ。
そうしたら、ラウンドール公爵御子息にお声をかけていただけたのよ。
目の前で二人の美少年が友情を育んでいる!
神のみ使いのように美しい二人の間に、ボリスが入り込むのが残念でならない。
美しいものを見続けたら目が潰れるから、仕方がないのかしら。
きぃあぁぁぁぁ。
火魔法でお二人とダンスをしたような気分よぉ。
怒られたけど、幸せ過ぎだわ。
毎朝お二人の登校を見守れる幸せな学校生活が始まったわ。
騎士コースの生徒が先行して人払いをしてくれるので、私たち女子が後方の野次馬を遠ざけるのよ。
お二人の平穏な学校生活を私たちが守るのよ。
カイルは初級の生徒全員の学業の指導を熱心にしてくれるの。
授業の内容が理解できない時は耳元で囁くように教えてくれるの。
幸せ過ぎて鼻血が出そうよ。
学習館での予習があるから大丈夫………ではなかった。
目標は一年生課程修了ではなく、受講可能な初級学校の課程すべてを終了レベルにすることだったのよ。
領に居た時に夢見ていた、王都の喫茶店でデート、なんて無理!
休日も必死に勉強や実技の練習しないと、女子寮のみんなが許してくれないのよ。
あなたが足を引っ張っているのよ、と言われたら、頑張るしかないじゃない。
みぃちゃんとシロが時々女子寮に遊びに来てくれるから慰めてもらうの。
フカフカのシロの毛に顔をうずめて思いっきり息を吸うのよ。
ボリスから聞いているから知っているの。
カイルはみぃちゃんとシロに挟まれて眠っているんですって。
みぃちゃんとシロの匂いを嗅いだら、カイルの匂いを嗅げるでしょう。




