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入学

「ただいま」

「「「「ただいま?」」」」

 真っ白な亜空間を経由して自宅の中庭に転移した。

「ジャニス!」

 ジャニス叔母さんは若返っているお婆に、この人は誰だ、と警戒するように子どもたちを自分の後ろにさげた。

 オーレンハイム卿のように一目でお婆の正体を見抜くなんて普通はできない。

「「ジャニス。お久しぶり」」

 父さんと母さんに声を掛けられて、さらに驚いた。

「王都に来ているのなら先に連絡してくれればいいのに!」

「いや、ここは王都ではないのだ。ジャニスたちが辺境伯領に転移して来たんだ」

「「!!」」

 何もわからない幼児はさておいて、ジャニス叔母さん夫婦は声も出せずに驚いている。

 中庭では三つ子が元気に遊んでいるし、若返っているお婆は自分の記憶通りの若い頃の母そのもので、理解が追いついていない。

 ぼくは従妹たちに兄弟を紹介して、おとなしく遊んでいる間に大人たちに説明を任せた。

 精霊神のご加護でお婆は若返り、精霊に気に入られたぼくには番犬としてシロが従っており、転移もシロがしていると説明していた。


 うちに頻繁に帰宅すると、お喋りをするようになった三つ子たちがよその人に喋ってしまわないように、ないしょの魔術具を身につけさせている。

 ぼくのことを家族以外に話そうとすると話せなくなる魔術具だ。

 ジャニス叔母さんの了解を得て従妹たちにもつけてもらった。

 きれいな魔石のついた腕輪だから二人とも喜んだ。


 お婆は初めて会えた王都の孫に涙して喜んだ。

 ジャニス叔母さん一家に打ち明けたことで、叔母さんのうちに泊まりに行くときは自宅でくつろげるようになった。

 お婆はときおりジュンナとして叔母さんのうちに滞在することになった。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎていき、叔母さんの家に戻った。

「ありがとう。お義母さんが元気になったのも、こうして孫の顔を見せられたのも、カイル君がジュエルさんの養子になってくれたからだ」

 寡黙な旦那さんに感謝された。

「ぼくを引き取ってくれた父さんのお蔭です」

「カイルが優しいから精霊たちに好かれたのよ。私たちはパンを焼くしかできないから、母さんの病気は気を揉むことしかできなかったの。こんな奇跡に遭遇できるなんて信じられないわ………」

 叔母さんの話は続いていたが、旦那さんはお土産のパンを籠一杯に詰めてくれた。

 寮のみんなの差し入れにしよう。



 図書館の利用許可が下りたので、行ってみることにした。

 ボリスも案内してやるとついてきた。

 敷地が広くて結構歩く。

 初級学校の校舎に図書室はあるが、図書館は研究所の近くにあり王国一の蔵書がある。

 ワクワクするね。

 図書館はぼくの期待を裏切らないカッコいいところだった。

 入館登録をして個室の閲覧室に入ると探している本が本棚ごと移動してきた。

 ボリスと二人で、おおおお、となった。

 ボリスも初めて図書館に来たようだ。

「初級学校の図書室に初級に必要な本はそろっているから、初級生でここに来る生徒はめったにおりませんよ」

 利用方法の説明に付き添ってくれた司書が言った。

「ボリス君の方が閲覧できる本が少ないのですが、カイル君は正式な入学前なので魔法関係の本は閲覧できません。同じ閲覧室を利用しているから、今ボリス君が読みたくても出てくることはありません。カイル君が閲覧できる専門書は、年齢規制がかかっていない限り同室のボリス君が閲覧することはできます」

 ボリスには年齢規制があるのにぼくにはないのかな?

「ぼくには年齢規制がかからないのですか?」

「試験に合格すると年齢制限はありません。カイル君はまだ実技を伴う教科は試験を受けていないので、有資格者と閲覧室に来ても見ることはできません。医学書などは裸の図解がありますから年齢制限があります。医学や看護学、薬学の試験に合格したらカイル君でも閲覧できるようになります。初級の実技に早目に合格できれば、実技の教科も上の学校で学べます。頑張ってくださいね」

 どこまで実技ができるかは、やってみなければわからないけれど、魔法の専門書ははやく読みたいから頑張ろう!

 その日は、ぼくたちは王国以外の魔獣の図鑑を熱心に読み込んだ。

 魔獣カードの種類を増やすためだ。

 二人で手分けして知らない魔獣を書き写すことに一日を費やした。

 寮に帰ると先輩に勉強ばかりじゃなくて訓練もしろと言われた。

 ぼくは騎士になるつもりはない、と言うと、ボリスが猛抗議してきた。

 騎士にならなくてもいいから、騎士コースも受講してくれ、と泣きつかれた。

 来年は凄いのが来ると自慢していたようだ。

 先輩たちにも、素材採集に行くときに自衛ができた方がいいから、と説得された。

 領主様との約束もあるから一応受講しておこう。

 ぼくは新しい魔獣カードの開発になるから図書館通いはやめたくない、と言ったら、先輩が写本のバイトを引き受けてくれた。

 仕事にするなら、正確な情報が欲しいので、出没地域の環境や頻出分布を世界地図に番号をつけて落とし込む作業も依頼した。

 寮の職員がこういう依頼の相場を教えてくれたので、絵が綺麗などの出来が良い場合は報酬の上乗せをすることにした。

 こうして、うちの寮生は毎日図書館に足を運ぶことになった。


 寮の訓練所は学習館の訓練場より狭く、剣術と基礎トレーニングをする場所しかなかった。

 木刀で手合わせするのが嫌だったので、魔術具の剣を持ち込んだら、上級中級生に羨ましがられた。

 ぼくは初級の指導しか頼まれていないので、騎士団に問い合わせるように丸投げした。

 学習館の指導員は騎士や城の文官の出向者だ。

 しばらく訓練をさぼっていたので基礎トレのメニューだけこなせばいいかな、と思っていたが、打ち込み稽古に手合わせまでさせられた。

 痛くない剣だからといって、初級生全員で打ち込んでくるのは反則だと思う。

 ちょっとむかついたので、全員をコテンパンにやっつけてやった。

 初級生では相手にならないから、中級生を相手にしてほしいと言われたが、木刀は痛いから嫌だ。

「当たらなければ、大丈夫だよ」

 ボリスは王者の理論をぶちかましてきた。

 まあ、一対一なら何とかなるか。

 ………先輩をボコってしまった。

 それから、ぼくはトレーニング施設の充実を領主様に嘆願した。

 鍛え方が学習館の幼児に劣っているのは、設備や指導員の問題もあるはずだ。



 週末はジャニス叔母さんの家に外泊するようにして、毎週家に帰るようにした。

 魔獣カードの新シリーズは外国の魔獣になり、競技台も異国の森や砂漠などのジオラマつきにした高額商品を販売した。

 一般市民も経済力がついたので飛ぶように売れた。

 限定商品は高額転売が見込めるからだ。

 魔獣カードは領外持ち出し禁止商品だ。

 いずれ王都での販売許可がおりたら、価格が上昇するのが間違いない商品なのだ。

 知育玩具として作ったものだから、子どもたちに遊んでほしいよ。


 入学式まではこんな感じで日々が過ぎていった。


 入学式前日になって、新入生代表の挨拶があると寮に連絡が来た。

 入試で最高得点を出してしまったようだ。

 連絡が前日になったのは一部の上位貴族が直前に受験することで、新入生代表を予測させない嫌がらせをしているからだそうだ。

 辺境伯領からめったに新入生代表者が出ていなかったから、そんな嫌がらせがあることを寮の誰も知らなかった。

 去年の代表者がどんな挨拶をしたのかボリスに聞いたら覚えていなかった。

 ぼくも自分がかかわると思わなかったらそんなことは記憶にとどめていないだろう。

 ぼくの挨拶が辺境伯領を代表するものになるので、父さんに手紙を書いて、速達用の鳩を飛ばした。

 回答のひな型を父さんが送ってくれた。

 父さんは新入生代表者挨拶をやったことがあるので、初めの挨拶、本文、終わりの挨拶と構成を教えてくれた。

 初級魔法学校の入試は魔力の量はまだ関係がないから、平民でも成績次第で代表者になることもあり、お婆とよく図書館に通っていた父さんは代表になってしまったそうだ。

 手紙を読んだら気持ちも落ち着いた。

 貴族以外が代表になることだってあり得るなら、そこまで悪目立ちではないだろう。


 そんな気楽な気分は、代表で名前を呼ばれた時の会場のどよめきで吹き飛んだ。

 聴力強化をしてざわめきの理由を探ると、三大公爵家のご子息が新入生代表を務めると誰もが予測していたようだ。

 そうだよね。

 地位がある家庭は教育費を惜しまないから優秀な子が育つものだよね。

 ぼくは父さんに言われた通り顔を上げて、学習館のお行儀教育で培った歩き方で壇上に登り、入学して魔法を学ぶ抱負を述べた。

 入学式が終わるとそのまま授業を受けることになった。


 一人一人に渡された入学のしおりにクラスわけが記載されていた。

 所属するクラスは特別クラスで、入試の上位20人のクラスだった。

 平民出身者はぼくだけだったが、学習館での仲間が五人もいたので心強かった。

 魔法基礎の授業のはじめに、創造神に魔法行使の規約を誓った。

 神の名のもとに魔法を行使するものは世界の理に反しない、というものだった。

 これを済ませないと魔法学は学べないのだ。

 魔法学の教科書をようやく手に入れることが出来た。

 授業は魔法とは何かを延々と先生が黒板に向かって話しているので教科書を読む方が勉強になった。

 この世界の全てのものに魔力があり、それを魔法として行使するためには神の名を語り長い祝詞を唱えなければいけないのだが、竈の火をおこす程度で神の名を語るのも烏滸がましいから、魔法陣による省略が始まった、と記載されていた。

 シロは魔法を使うのにいちいち神様の名を語っていないし魔法陣も使っていない。

 “……ご主人様。人間は精霊素の存在を知りません。魔力を魔法にするには精霊素が不可欠で、精霊素を呼び込むために神の名を語ります”

 存在は知らないが使用しているのか。

 “……ご主人様が魔法を行使する方法は精霊魔法とは違います。私は精霊だから精霊魔法しか行使できません”

 自分で魔法を使うためにはきちんと魔法学を学ばなくてはいけないのか。

「……神の名を語り魔法を行使できるのは上級魔法師、魔導師のみだ。まず、君たちは初級魔法の魔法陣で使用方法を学んでもらう。初級魔法陣を正確に素早く書くことが課題だ」

 教科書で課題の魔法陣を確認した。

 隠匿の魔法を重ねていないとシンプルだ。

 コップに水を出す魔法陣の練習が始まった。

 学習館の仲間たちと一発で描き上げた。

 先生が机間巡視に回ってくるときには、ぼくたちは手を膝に置いていた。

「練習を始めても良いのだぞ」

「「「「「「終わりました」」」」」」

 先生はぼくたちの魔法陣を集めて、歪みを確認したが、全員合格だった。

 ぼくたち六人は実用の魔法陣の作成のため隠匿の魔法陣の勉強に移った。

 魔法陣の試験すべてに合格したのは辺境伯領の生徒だけだった。


「辺境伯領の生徒たちは皆優秀だね」

 見事な銀髪に紫の大きな瞳の少年に声をかけられた。

 人形のように整った顔が喋っている。

 制服の生地も上等なものだ。

「みんな幼馴染でよく一緒に勉強をしていました」

「君は新入生代表のカイル君だね。ぼくはウィリアム。ウィルと呼んでくれるかな」

 ああ。要警戒同級生リストにあった。

 三大公爵の一つラウンドール公爵の三男、新入生代表の筆頭候補だった生徒だ。

「ぼくは平民出身なので、お名前を呼ぶのも烏滸がましいです」

「魔法学校では身分は関係ないんだよ。史上初の入試成績をだした君の方がすごいよ。友達になってほしいんだ」

 学校内に身分の差が無くても、忖度せねばならないと、入寮時のガイダンスにあった。

 身分の高い人からのごり押しは断れない。

 サッサと実技も合格してしまえばクラスも離れられる。

「ぼくの方こそ王都に知り合いが少ないので光栄です」

「じゃあウィルって呼んで。ぼくもカイルって呼ぶよ」

 ぐいぐい距離を詰めてくる貴公子だ。


 お婆に迫っていくオーレンハイム卿もこんなシチュエーションだったのかな?

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