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入学試験

 十日ほどで王都についた。

 のんびり観光をしながら素材採取もしていたのだ。

 シロが観光名所や薬草が近くにあると教えてくれるので、ついつい寄り道してしまった。

 護衛を担当した人も出張手当が増えるからと喜んでいた。

 ぼくは毎晩家に帰るつもりだったが、疲れて眠い時には鳩を飛ばして連絡を入れた。

 スマホが欲しいよね。

 衛星でも打ち上げられたら通信手段は飛躍的に向上するけど、軍事転用されるのが目に見えるようで、とてもじゃないけど言い出せない。


 王都はとても大きな都市だった。

 運河を利用した物流もあり、発展している。

 辺境伯領が馬鹿にされる規模の町なのはわかった。

 魔法学校は王都の中心部近くにあり、研究所、上級学校、中級学校、初級学校とそれぞれの校舎が同じ敷地内にあった。

 辺境伯の寮は学校のすぐそばにあり王国内での序列の最上位の立地条件であった。

 王国内では三大公爵家の派閥があり、辺境伯は最上位公爵扱いなので、三大公爵家からは嫌味を言われる立場のようだ。

 そのあたりは王国が徐々に国の規模を拡大した際、後から併合した土地の力関係もあるらしい。

 歴代の辺境伯は王都の貴族が何を言っても気にしないおおらかな方々だし、領民も誰が何を言っても自分たちの領が最良の領だと信じている。

 孫たちの入学前に辺境伯領の真の実力を、領主様は示したくなったのだろう。


 寮はエントランスと食堂と娯楽ルームだけ男女共有で、その他は男子棟と女子棟にわかれていた。

 一階の真ん中までが初級学校生で、ぼくは三年生を差し置いて一番広い部屋に、二年生のボリスと共同で入居した。隣の部屋が三年生のマークとビンスで親しい人に囲まれている。

 領主様は約束通り四階に露天風呂つき大浴場を増築してくれた。

 サウナは研究所の人たちに大人気で、ぼくがこの大規模改装に関与しているのを知っていて、感謝された。

 トイレとお風呂とお食事の質が良くなったことに、寮の職員たちも喜んでいる。

 仕事も増えたが、増員昇給があったので、とても感謝された。

 食堂の二階の娯楽室には蓄音器や大型の魔獣カードの競技台があり、お嬢様が入学されるまで禁止されているスライムの使用が可能なのだ。

 まだ自分のスライムを持っていない学生も観戦して喜んでいる。

 父さんはスライムを育成する魔術具を貸出制にしており、悪用しない誓約書まで書かせて管理しているのだ。

 だから、一年の半分を王都で過ごしている学生では、帰省時だと倍率が高くなかなか魔術具を借りられないとのことだった。

 ぼくとボリスのスライムの戦いはエンターテインメントと化していた。

 みぃちゃんとシロは寮のアイドルになった。

 みぃちゃんとシロは女の子だから女子寮に入ることも許されたのだ。

 ぼくは、厨房にぼくの家の水をタンクに入れて提供してラーメンを作ってもらった。

 週に一回父さんの魔術具で運んでいると思われているが、ぼくが家に帰って汲んできている。

 美味しいもののためには妥協はしないのであった。

 味噌や醤油はメイ伯母さんの嫁ぎ先の本家から購入できた。

 いつのまにかうちは王都に醸造所を作っていたようで購入制限もなかった。

 豆腐が食べたい一心で、メイ伯母さんに塩田も作ってもらい、にがりを手に入れた。

 おかげで、稲荷ずしが食べられるようになった。

 学校は単位さえ取れたら自由時間が取れそうだ。

 海に行って生で食べられるお魚を探して、本格的なお寿司を握りたい!

 とりあえず厨房のコックさんにぬか漬けを頼んだ。

 朝ごはんに食べたかったんだ。


 学校に行って入学試験の申し込みをしたら、即日受験することができた。

 ここ数年、辺境伯領の生徒たちに飛び級が多かったので、今年はいつ来るかと待ちわびていたらしい。

 筆記用具は貸出、ポケットのスライムは預かってもらって、他言無用の誓約書に記名したらすぐに受験することが出来た。

 算数は代数や関数も出てきたが基礎数学程度なので難なく解けた。

 解けると次の問題が下から押しあがってきて解いた問題が紙から消えていく。

 なかなか楽しい仕掛けだ。

 どこまで解けるか楽しみにしていたのに、途中で止めるように声がかかった。

 気がつくと窓の外は暗くなっていたのだ。

 数学は研究所レベルだから、もういいと言われた。

 数学は研究したい学問ではないから研究コースには行かない、と言ったら残念がられた。

 他の試験は明日以降になった。

 頭を使うだけでお腹が減った。

 “……お疲れ様。あたいは飴玉をもらっておとなしくしていたわ”

 スライムは忘れないうちにと言って、控室で待っていた時の音声データを再生させた。

 蓄音器に変形しなくても録音できるようになったのだ。

 欠点は一日しか覚えていられないので、重要事項は魔術具にダビングしなければいけないことだ。

 控室での雑談には新情報はなく、スライムって綺麗ねとか、不死鳥の貴公子もスライムを飼っているのだろうか、と言ったものだった。

 スライム録音は自分の興味のあることに反応してしまうらしい。

 寮に戻ると試験の出来を聞かれたが、数学が研究所レベルで時間切れになってしまって、他の試験が後日になったと言ったら、ドン引きされてしまった。

 難問が出なかっただけなんだよ。

 試験内容は話せないので、説明できない。

「明日は朝一番に行って、サッサと終わらせるよ」

 ボリスたちとお風呂でまったりくつろいで、夕飯は生姜焼き定食にした。

 箸を使えるのは学習館出身者で、全員座学は飛び級している。

 ぼくだけ目立たないようにする作戦は成功したようだ。

 今日は疲れたので家には帰らず鳩のお手紙で済ませた。

 試験が終わったら父さんの妹に会いに行くことを書いた。


 翌日は卵焼き定食に納豆を付けてもらった。

 醗酵関係はメイ伯母さんのおかげで食べたいものが食べられる。

 試験は地理、歴史、国語、ともにレベルが上がると見た事のない文字が出てきた。

 これは声に出して読んではいけない、文字に違いない。

 試験官に質問しようと挙手をしたら、試験についての質疑は受け付けないと言われてしまった。

 呪われてしまうのでは、と怖くなってそこで終了した。

 問題を作った人は生きているのだろうか?

 試験を受けた教科はすべて上級学校終了相当なので、入学後に卒業資格試験を受けて良いし、興味があるならどのクラスの授業を受けても良いと言われた。

 図書館の入館証を渡されて、試験を受けたレベルに合わせた本の閲覧と貸し出しが可能になったことを教えられた。

 魔法関係の本は入学後に実技の授業を受けてからしか見ることが出来ない、とのことだった。

 語学の成績も良かったから、閲覧できる本の種類が多い、良かったね、と褒められた。

 図書館の利用を説明してくれた職員が親切で話しやすい人だったので、入試を作成した人は生きているのかを聞いてみた。

 試験内容は他言無用なので、禁忌の文字が使用されていることは言えない。

 だから、試験を作った人、試験官、受験者の、どこまでが呪われるのかを、たどってみたいのだ。

「だれが入学試験を作成したかは非公開だけれど、職員だったら推測はできます。ですから、おそらくお亡くなりにはなっていませんよ」

「原因不明の体調不良とかもないのですか?試験官や上級以上の受験者の体調の調査とかできませんか?」

「試験内容になにか問題があるのに言えないのですね。わかりました。上司に相談しておきます。カイル君が体調不良を起こした時もご連絡ください」

 察しの良い職員さんで良かった。

「はい、よろしくお願いいたします」

 呪いの適用範囲を領主様に聞いておけばよかった。

 でも、自分がそんなに古文書を目にする機会があるとは思うわけがない。

 “……ご主人様。目にしただけでは呪われません。今回のご主人様は呪いの対象外です”

 良かった。

 そういえば領主様は古文書を黙読している。

 読むぐらいでは呪われるわけないよね。

 この後、制服の採寸に行く予定だったけどなんだか疲れたな。

 お昼休みの学校の食堂があまりおいしくなかったから、元気が出なかったんだ。

 上位貴族の子息令嬢も通っているはずなのにね。

 そういう人はお弁当を持参するのかな?


「カイルの口が肥えているだけだよ。寮の食事はすごく美味しくなったもん。」

「基本的に食事はお腹がいっぱいになればいい、というものだよ」

「帰省したら屋台飯がやたらと美味くてびっくりしたよ」

「市電の方が驚いたね。あれは街の中心部の馬車の渋滞解消だけではなく、物流の革命だね。南門の物流を市電の貨物に積み替える際にすべての荷物が検閲の魔術具に通される。密売防止になっている」

 門に到着した荷物は全てベルトコンベアに乗せられて魔術具でスキャンされる。

 それでも収納魔法で抜け荷ができるから完璧なものではない。

「やたらと自領が発展しているから、王都って広いだけなのかと思ったよ」

 今年の入学予定者は王都が大都市なのに後れていると思っている。

 数年前の王都病ではなくホームシックを起こすものが多い。

「来年、キャロラインお嬢様がご入学されると、解禁されるものが多い。今のうちに魔獣カードのデッキを充実させたいなら、アルバイトをしてお金を貯めるといいよ」

「精霊神の祠が寮の中庭にできたから魔力奉納をして、ポイントを貯めたらいいぞ」

 それから、先輩たちのバイトの経験談や節約術を聞いた。

 学生のバイトは魔術具への魔力供給が時短で報酬も高いが、授業に影響が出る欠点がある。

 便利な生活魔術具で一山当てるのを夢見る研究者もいた。

 ぼくもはやく自分で作ってみたいな。


 王都の市民はメシマズな自覚がない。

 だが、美味しいものがわからないのではない。

 その証拠に叔母さんのパン屋さんは繁盛していた。

「お忙しいところお邪魔します」

 ぼくが住居の玄関に行くと、従妹が出てきて、奥のパン屋の厨房から両親を呼んできてくれた。

「お昼の仕込みも済ませているから大丈夫だよ。カイルの話は手紙で知らせてもらったから、大歓迎だよ。三階に部屋も用意してあるから、学校がお休みの時は泊まりにおいで」

 お婆に似たジャニス叔母さんは気さくな人で、旦那さんは寡黙な職人で、打ち解けるまではなかなか話しかけてくれなかった。

 子どもたちは二人とも女の子で旦那さんに似た茶色の髪で、おしゃべりがとまらないところはジャニス叔母さんにそっくりだった。

「三つ子が生まれたなんてすごいわね。大変でしょうね」

「かわいいんでしょう」

「みんな同じ顔なの?」

 五才と四才の年子の従妹はそっくり同じ顔で大きさが違うだけだ。

 辺境伯領の家族の状況を説明するのは難しい。

「今日の午後はみなさんのお時間を頂戴してもいいですか?」

「ああ。店の方はもう従業員に任せても大丈夫だよ」

 父さんには了解をもらっている。

 今日はジャニス叔母さん一家を連れて家に帰るのだ。

「詳しい説明は後でします。食べ物屋さんにペットを連れてくるのはどうかと思ったのですが、犬と猫を出してもいいですか?」

「自宅の方だから構わないよ」

 ぼくはベルトに付けていたポーチからみぃちゃんとシロを出した。

 シロは出てきたふりだけどね。

「「「かわいい!!!」」」

 動物嫌いじゃなくて良かった。

「さあ、でかけますよ!」

 どこへ行くのか聞かれたが、説明するより会ってもらった方がいい。

 ぼくはおしゃべりが止まらないジャニス叔母さん一家を連れて帰宅した。

おまけ ~とある苦学生の呟き~

 金がないから帰省しないつもりだった。

 鳩の魔術具の定期便ができてから、安価に手紙のやり取りができるようになった。

 実家から家族ポイントを使ってもいいから帰ってこい、と連絡が来た。

 内職で木彫りの不死鳥を作ったら、バカ売れしたようだ。


 百聞は一見に如かず。

 まさにそうだった。

 市電と自動集荷の仕組みに驚いていたら、まだ序の口だと言われた。

 

 市場の屋台は食事についての価値観を変えてしまうほど旨くて安かった。

 祠巡りが大流行しているから、完全制覇をしようと誘われた。

 光と闇の神の祠を参拝した後、親父は何やらニヤリと笑って地下へと続く階段を降りた。

 地下に街があった!

 地下店街なんて積雪の多いこの町で冬場にも買い物が楽にできるのか!!

 驚く俺に笑いながら親父は祠巡りは終わっていない、と地下の歩道をどんどん歩いて行った。


 地下鉄に驚いたのは言うまでもない。

 各祠の周辺では土産物屋や喫茶店もできており、王都でも食べた事のないお菓子を提供しているのだ。

 

 領にこれほどの発展をもたらした、エントーレ家の長男が王都の学校に進学してきた。

 寮の設備は一新され自宅にもなかった、最新トイレに嬉しくて涙した。

 こんな快適な環境になる一因となった少年に親切にしてやろうと決めた。

 座学は得意なのだ。


 教えを乞うのは俺の方だった。

 少年は入試の全ての科目で上級卒業相当であった。

 学校開設以来史上初の偉業を成し遂げたのだ。

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