洗礼式
市電の工事は夏場には行っておらず、ぼくは相変わらず馬車で祠巡りをしている。
馬車には五才になったケインの他にも、祠巡りを希望した子どもたち数人が乗っており指導員も一人乗車している。
洗礼式の踊りで七大神役を踊ったのは訓練場に頻繁に通う騎士の子どもばかりだっだ。
その子たちは毎日火の神の祠を参拝しており、魔力奉納をすると魔力が増えるのではないか、という仮説に基づき七大神祠めくりツアーが大流行したのだ。
馬車の渋滞が起きないように、子どもたちはみんなで乗り合わせて移動することになったのだ。
一つの祠にどれだけ魔力を奉納したのかは黙秘することになった。
子どもの魔力量は成長期に一番増えるため、幼児期に少ないことは気に病む必要はないのだが、他の子より少ないのに気がつけば、無茶をする子が出てくるかもしれないからだ。
学習館の時間帯に祠巡りをしたら、家に帰るのがはやくなるので、三つ子とたっぷり遊べる。
みんなと回ることは大歓迎だ。
子どもたちが熱心に祠巡りをしたら、付添の大人も必ず魔力奉納をするので、この町の結界も魔力がたっぷりになる。
良いことずくめなのだ。
チンチン。
市電が出発する合図だ。
カンカンカンカン。
踏切が降りた。
水の神と風の神の祠の途中で市電と交差する。
馬車が止まって市電が通過するのを子どもたちは御者台の窓にへばりついて見ている。
電車はロマンだよね。
訓練場には五才になったキャロお嬢様が、気合を入れて男装でやって来た。
「自分の身を自分で守れる強い淑女になるのです!」
ごっご遊びの変化球のシナリオに男装の騎士があったせいで、お嬢様の価値観がおかしくなっている。
あの領主様なら、お嬢様のこの変化も喜んでいるかもしれない。
ケインを相手にして、力量の差にリアルで地団駄を踏んだら足の身体強化を覚えてしまった。
そうなると全身に身体強化が使えるようになるのも時間の問題で、老師様がニコニコしていた。
だが、ぼくのバッタ跳びが出来るのは、まだぼくとケインだけだ。
お嬢様がひたすらピョンピョン跳ねているので、伸びる素材を強い糸と錬金術で精製してもらい、トランポリンを作ってもらった。
スケートボードも作っていたが三つ子が興味を持たないように封印していたから、ぼくの訓練にも丁度良かった。
ぼくとケインの手合わせは厳しいものになった。
うちに精霊たちが大集合していることもあって、ケインは精霊言語を取得したかのようにぼくの動きについて来る。
ケインの行動は予測できるのだが、ぼくの動きにあわせてケインは素早く対応してくるのだ。
“……ご主人様。ケイン様は手合わせの時のみ精霊言語を行使しています。ご主人様の動きを読んでいます”
ぼくがやっているようにケインは相手の筋肉の動きを先読みしている。
ぼくは魔力ボディースーツをウルトラなやつに変化させて、少しの情報も漏らさないようにした。
お兄ちゃんだもん。
弟に負けたくないもん。
こうしてぼくの無敗記録は更新された。
夏が過ぎるとボリスは王都に出発した。
次兄のクリスは帝国に留学するための合宿で夏休みも帰郷できなかった。
まだあと一年あるはずなのに成績優秀者になってしまったため、断れなかったとのことだ。
ボリスが騎士団は縦社会だからと、意味も分からずに言っていた。
そうなるとボリスもその運命から逃れられないのにね。
今年も豊作で、父方の村からお米が買えた。
作物は産地品質ごとに販売価格が変わり、品質管理も徹底されるようになった。
父方の村のお米は一等米だった。
頑張っているんだな。
麦やその他の作物も産地や種類が区別されるようになったので、小麦料理が一段と美味しくなった。
朝食にベーグルが食べられるようになった。
町のお食事処は、退役騎士の屋台に負けないように工夫を凝らして美味しいものを提供する店が増えたようだ。
事業拡大に伴い、保育所や老人ホームを増やして主婦の雇用を促進した結果、市民の世帯収入も増えたので、喫茶店や服飾などのちょっとした贅沢品の消費も伸びた。
学習館の指導員に魔獣のフィギュアを作ってもらったら手先が器用な人がいて、気がついたら不死鳥のフィギュアは人気商品となっていた。
景気の良さに旅芸人も訪れるようになり、市電や生活魔術具の充実に驚いていた。
町は活気づき、ぼくの市民カードの貯金額は使ったはずなのに増えていた。
父さんにさらなる投資先を探すべく相談したら、ぼくが追加投資したら地下鉄が町を一周できると言われた。
もうすでに工事は始まっているが、需要がある区間のみの計画だったのだ。
町一周鉄道は男のロマンだ。
ぼくは追加の投資を決めた。
雪が降る前に一部の路線で地下鉄の運行が始まった。
地下歩行空間と地下街が出来上がり、町中の話題になった。
あまりの混雑に入場制限がかけられることになった。
ぼくたち家族で出かけるのは、混雑が落ち着いてからとなった。
残念だ。
そんなある日、チッチの鳴き声より先に、父さんが起こしに来た。
厩舎の掃除は人任せにして出かけようと、ぼくとケインを誘ってくれた。
貴族街に出かけるのは初めてだ。
大きなお屋敷が門から遠くに建っており、家の大きさで身分がわかるような気がした。
馬車はハルトおじさんの家に着いた。
「堅苦しい挨拶はいらないよ。今日は運行前の地下鉄を見に行って、それから家で朝食を食べよう」
ハルトおじさんの馬車に乗り換えて地下鉄の入り口に来た。
水の神の祠から風の神の祠まで開通したのだ。
「特別に運行してもらうから内緒だよ」
ハルトおじさんが楽しそうに言うが、領主様も一緒に乗っている。
ぼくたちが挨拶をしようとすると止められ、逆に鉄道事業への投資のお礼を言われてしまった。
難しい話になった時、領主様の真上にマナさんが乗っかったのだ。
どこから来たぁ!
…亜空間からか。
ということは、マナさんは一度地下鉄に乗っている!!
マナさんも鉄道好きだったのか。
領主様に乗っかるなんて、どう考えても不敬なのだが、この車両に乗っているメンバーは護衛も含めて知り合いばかりだ。
ここはマナさんの精霊の結界の中なのだろう。
「子どもの楽しみを大人の話で台無しにするんじゃないよ」
マナさんのお説教で、ぼくたちは地下鉄を楽しむことが出来た。
レールの継ぎ目の音がない。
ゴムタイヤ式なのか!
ぼくたちは運転室を覗き込んで、ああだこうだと話し込んでしまい、領主様の存在を忘れていた。
すっかり地下鉄を満喫した後で、領主様から依頼があった。
ぼくが王都の学校に進学したら寮の環境を整備するので、辺境伯領出身の学生たちを指導してほしいとのことだった。
ぼくは新入生で指導される側だからとお断りしたら、トイレの全面改修や食堂に退役騎士のコックを付けることを提案された。
大浴場とサウナ、みぃちゃんとシロを連れていく許可、思いつく限りいろいろ言って、断ろうとしたが、すべて認められた。
最年少のぼくが仕切るのは初級学校生のみということで妥協した。
王都の寮を学習館のようにしたいらしい。
好き勝手にしていいなら、楽しいことをするだけだ。
冬の楽しみは、赤ちゃんたちとそりを滑ることだ。
シロが張り切って五人兄弟が乗ったそりを引いている。
雪像や氷像を作ったら、屋台がやってきて冬まつりのようになった。
仕方がないから学習館に大雪像やかまくらをつくって楽しんだ。
精霊に聞けば吹雪の日を避けて開催することが出来たので、保護者達にも好評だった。
社交シーズンなのに王都に行かない人が増えていた。
春になるころには、三つ子たちもおしゃべりが上手になり、にーにーだいちゅき、とアリサに言われたら心が溶けてしまった。
三人分の文字カードを作り、手作り絵本で文字を教えたりしていると、王都に行きたくなくなる。
なんで領主様の依頼を引き受けてしまったんだ。
いや、領主様の依頼は断れないだろう。
そうこうしている間にぼくの洗礼式の日になった。
真っ白な晴れ着を汚さないように気をつけて教会に向かった。
五才の登録の時より行列が長く、ぼくの番まで時間がかかった。
司祭様が祠の水晶より小さい水晶に触れるように言った。
この水晶に触れたら鐘が鳴るのか。
ぼくが触れるとズワリと魔力を取られた。
大きめの音で鐘が鳴る。
「うむ。きみは探求者のようだ。興味のあることを学べば結果がついてくる。神学にも興味を持ってくれたら教会関係者としてはうれしいな」
職業選択は何でもいいという事なのかな?
水晶の鑑定が終わった子どもたちは、控室のようなところに案内された。
朝から来ている子どもたちは両親と進学登録に行っているから、ここに居る子たちは町の子どもたちだ。
その後も数人が鐘を鳴らしたが別室に行くこともなくこの部屋に通された。
洗礼式の踊りの配役はいつ決まるのだろうと思っていたら、名前を呼ばれた。
ボリスの言っていた通りあれよあれよという間に舞台に立たされて音楽が流れて来た。
ぼくは闇の神役で、光の女神は訓練場でいつも一緒に張り合っていた騎士志望の男の子だった。
いかつい彼が薄布を被って踊っているのだ。
吹き出しそうになるのをこらえて、気持ちを切り替えた。
これは神事なんだ。
七才になれた喜びと、神様への感謝の気持ちを込めて踊るのだ。
神様に感謝をすると魔力を奉納しなければならないのだ。
足の裏から魔力が引き出され、舞台上の魔法陣へと流れ込む。
光の女神役の子がふらついた。
残りの五大神役は三人で一大神を担当している。
光の女神役の子が魔力枯渇を起こしてしまう!
ぼくは神様たちに手加減してくれるように必死に祈った。
モブ役の子どもたちが七大神の周りをぐるぐる回りながら踊りだした。
人数が増えた分足元から引きずり出される魔力の量が減って、光の女神役の子が倒れる前に踊りは終わった。
どんな魔法陣だったか、どこまで魔力がいきわたったかなんて、たどれる余裕は全くないまま、ぼくの洗礼式はおわった。
洗礼式の踊りは神事なので教会関係者しかおらず、魔法陣が光ったことは公にされなかった。
光の女神役の子が倒れたことで問い合わせがあって、魔力奉納が行われたことが発覚した。
不審に思ってシロに聞いてみたら、洗礼式の踊りで魔方陣が光るのは昔なら当然のことで騒ぐようなものじゃない、と言われた。
上位貴族の子どもが自宅で洗礼式をするようになったので、魔法陣を光らせるほど魔力が集まらなかっただけのようだった。
ぼくは父さんに来年のケインの洗礼式には気をつけるように伝えた。
父さんは子ども元気薬の薄めのものをはじめから飲ませておこうと対策を立てていた。
洗礼式を終えると仮市民カードが本物の市民カードになった。
父さんはぼくと旅行に行く計画を話してくれた。
街道が安全になったので、数人の護衛とぼくと父さんで素材採取をしながら両親のお墓参りに行くのだ。
素材採取は魅力的だが馬車での旅はきついだろう。
ぼくは父さんに行ったことがある所には行けることを打ち明けた。
「マナさんが地下鉄に乗り込んだ時みたいに、いきなりその場所にいるんだ」
「シロにそんなことができるのか!」
「人がいるところだとマナさんみたいに、誰かの上にいきなり出現するのはマズいけど、あそこには誰もいないから大丈夫だと思うんだ」
「確かに誰もいないだろうな。今すぐに行けるのかい?」
「亜空間を経由するけどすぐに行けるよ」
「やってみようか」
父さんの工房から真っ白な亜空間を経由してあの山小屋へ転移した。
「まちがいなくここだ」
石碑を撫でながら父さんが言った。
「一人で来たことがあるんだな」
責めるような口調ではなく、確認するように言った。
「転移できるかもしれないと気がついた時に一度だけ来たよ」
ぼくも正直に言った。
「ここには保全と魔獣除けの魔法陣が施されているから安全だけど、なにか思いついた時は相談してほしかったな」
「ごめんなさい。思いついたら、来たくなったんだ」
「転移の危険性を検討したかっただけで、墓参りは問題ないよ。マナさんがいつでも遺族が来れるように安全対策をしてくれたからな」
父さんは跪いて両親のお墓にお祈りをしてくれた。
他のお墓もひとつひとつ長い時間をかけて祈っていた。
亡くなったのは父さんの同僚だったのだ。
ぼくも両親に洗礼式を無事に終えたことを報告した。
「カイルはいつでもここにきていいんだ。ただ転移する前に結界が正常に機能していることを確認できたらいいな」
“……ご主人様。私が確認いたします”
「シロが転移する前に確認してくれるって」
「頼んだぞ、シロ」
父さんがシロをわしわしと撫でまわした。
「王都に進学しても毎日帰ってきてもいいかな」
「ボリスと同室だから誤魔化せるならかまわないぞ」
ボリスと同室なのか。
寝つきのいいタイプなら毎日帰って来られるかもしれない。
「なんだか王都でも楽しく過ごせそうな気がしてきた」
「ああ、向こうには俺の妹もいる。頼りにしてもいいからな」
父さんがぼくを肩車してくれた。
「お前がどんなに大きくなっても、俺は肩車をしてやるぞ!」
「父さんよりも大きくなって、いつかぼくが父さんを肩車するんだ!」
ぼくは父さんに肩車をされたまま家に帰った。
秋風が吹くころに王都に出発することになった。
帰省していたボリスやマークとビンスと一緒に行くから泣いてなんかいられない。
「行ってきます」
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
「「「……に~に~。……バイバイ」」」
三つ子がギャン泣きしたけれど、みんなが寝静まった後で帰るつもりなんだよね。
父さんはまだ家族に打ち明けていないみたいだから驚かせよう。
宿屋でみんななかなか寝付かないから一服盛ってやろうかと思ってしまったが、何とか抜け出した。
「ただいま!何か夜食ないかな?」
「「カイル!!」」
母さんとお婆は腰が抜けるくらい驚いたけど、すぐに笑い出した。
真夜中に帰宅すると子どもたちが寝てしまっているのが残念だ。
ぼくの王都での生活はどうなっていくんだろう。
おまけ ~とある弟の呟き~
ある日突然兄ができた。
ひとつ年上の兄は何でもできるすごい人だ。
ぼくは一つ年を取るたびに去年の兄と同じことが出来なくてはいけない、と思い込んでいた。
みゃぁちゃんもスライムも兄の猫やスライムと同じことが出来ている。
体を動かすのはぼくの方が得意だったはずなのに、五才になって訓練場デビューをしたら、そんな気持ちは粉砕された。
ケインが魔術具の剣を羨ましがるだろうから、黙っていたんだって、あんな動きが出来るのは兄ちゃんしかいないじゃないか!
その日からぼくは必死になった。
いかに効率よく身体強化をするか。
何故兄さんはぼくの動きを予測できるのか……。
キャロがキャアキャア言って挑んでくる。
お嬢様は魔力が多いから身体強化ごり押しで力任せで来るから行動が予測しやすい。
女の子を頭から切り捨てるのは、痛くない剣でも可哀想だから、胴体を真っ二つに切り捨てた。
手加減されたぁって言われても、手加減できないぐらいに強くなればいい、としか言えなかった。
ぼくは兄のようになることしか考えていなかった。
三つ子たちは可愛い。
いつの間にか妖精を捕まえてきたり、予測できないことをしでかすところは兄にそっくりだ。
けーにい、けーにい、けーにい、と言いながらぼくの後をついてくる。
縄跳びを回さずに蛇の様にくねらせて遊ばせていると、三つ子が身体強化をしているのがわかった。
この子たちも五才になったら老師様に身体強化を外せって叱られるんだろうな。
ああ、あの跳び方ではアオイは縄にひっかかる。
アオイは予想通り他の二人ほど跳べず縄にひっかかった。
わかった!
観察し続けるのだ。
体を動かすためには脳から指令が出ているはずだ。
体全身を観察して次の行動の指令を探せばいいんだ。
ぼくの右肩辺りに精霊がふよふよと浮かんでいた。
まるでよく気がついたね、とでも言っているようだ。
無敗の兄には勝てないけれど、兄の動きについていけるようになった。
まずはそれでいい。
来年までにできるようにするのだ。
兄の洗礼式では魔力が搾り取られたらしい。
祠巡りを頑張らなければ、来年のぼくの洗礼式では魔力枯渇を起こしかねない。




