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赤ちゃんと妖精

 春になってようやく帝国のオシム君から手紙が来た。

 内容は入学当初のものなのにだいぶん時間がかかったようだ。

 国境を越えてくる手紙とはこんなものだと言われた。


 オシム君の手紙を要約すると。

 勉強は難しい。

 騎士コースのレベルが高い。

 変な大会があって人数が足りないから呼ばれたらしい。

 ガンガイル王国を従属国扱いしてバカにしてくる。

 この四点だった。

 勉強が難しい。これはオシム君の口癖だ。

 騎士コースにはぼくは進まない。

 変な大会とやらはイシマールさんに聞こう。

 王国を従属国扱いしてくることは、歴史の勉強で気がついたことがある。

 属国という言葉の定義が王国と帝国で違うのではないかという事だ。

 これはうちでご飯を食べていたハルトおじさんに聞いてみた。

 帝国と不戦協定を結んだ際に公開された文章のなかに、帝国の要求で騎士団を派遣する際に帝国軍の所属となり従属関係になる、と記載されたのを帝国側が便宜上属国と言っただけなので、ガンガイル王国は独立国家である。

 負けた戦争を勝ったふりをしているのに過ぎないが、帝国ともめたくない王国が放置しているのが原因だった。

「不戦協定に記載されておるのだから強気で抗議してもいいのだが、帝国に破棄されれば戦争になる。公の場では独立国として扱われておるから、単なる嫌がらせだ。 帝国が欲しいのはこの辺境伯領だ。この鉱山を、戦争を続けるために欲しがっている。この領で産出される鉄鉱石は最強の武器の制作に欠かせないからだ。領外への出荷制限も帝国への牽制で厳しくしておる」

 だから、鍋騒動が起こったのか。

「市電のレールのような大量の鉄を人目に晒して大丈夫なのですか?」

「あれは、認識阻害の魔法がかかっている。事実を知るものには鉄の塊だが、知らないものには強化磁器に見えている。外せば割れる魔法陣が認識阻害の魔法陣の代わりに浮かび上がる仕組みもある」

 なかなか凝った仕掛けが施されているんだ。

「帝国は満腹を知らない狂った魔獣のようなものさ。この世界の隅々まで支配しないと気が済まない。うちは北の端っこだ。従属国扱いで戦争を回避できるのなら、私はそれでいいと思うのだよ」

 ぼくだってよその国の人たちに馬鹿にされるくらいで戦争が回避できるのならそれでいい。

 ただ、いつまでもそうはいかないのかもしれない。

「キャロラインが帝国に留学するのは決定事項だ。帝国の内情を探る機会をみすみす逃すわけにはいかないのだ。カイルにも帝国に行ってほしい。これは私の個人的な感情でしかないのだが、この世界の中心のような顔をしている帝都を見てきて君が何を思うのかを知りたいのだ」

 この世界で最も繫栄している都市に留学することに興味はある。

 それに、そこはかとなく感じる、いつまでも平和でいられるのだろうか、という疑問。

 真実を知るためには帝国に行った方がいいのかもしれない。

「まだ、初級学校にさえ行っていないので何とも言えませんが、興味はあります」

「君ならそう言うと思ったよ」

 ハルトおじさんと初めてまともな話をした気がした。

「そうだ。そのオシム君の手紙も見せてくれるかい?」

 もうあぶり出しした手紙はもとには戻らない。

 オシム君ってば、恥ずかしい内容をあぶり出しで書いて来るんだもん。

「うわぁ。その顔、なんか面白い事書いてあるんだ!見せて見せて!!」

 こうなったハルトおじさんを止めるすべはぼくにはなく、オシム君の名誉のために誰にも言わないことを約束して、手紙を見せた。

 あぶり出しで書かれていたのは、女の子の容姿や容貌ばかりだったのだ。

 王国より暖かい帝都では女の子の服装がずいぶんと薄着らしく、おっぱいがどうこう、素足がどうしただの、目線が中学生男子なのだ。

 ハルトおじさんが大爆笑するからみんなが集まってきた。

 男の子の事情だと言い訳して、父さんだけに見せることになった。

 ごめんね。オシム君。


 学習館と祠参りを終えて、夕食までの時間をまったり、クロイと遊んでいた。

 毛糸のボールを投げたらみぃちゃんとシロが走っていくのをクロイが追いかけていたのだ。

 オムツのお尻でヨチヨチ歩く姿は可愛い。

 つまずいて転ぶかと思ったら持ち直した。

 兄貴が干渉したようだ……。

 あれ!

 クロイが走った!!

 さっきまでヨチヨチ歩いたと思ったらいきなり走ったのだ。

 兄貴か……。

 “……無罪を主張する!クロイが頭から転びそうになったから、手足の筋肉の補助をしただけだ。そしたらぼくがいるうちに走り出したんだ。後は自分で身体強化をしている”

 あちゃー。

 身体強化を覚えちゃったんだ。

「すごいわ!アオイが走っているのよ!!」

 母さんの喜びの声がした。

 “……アオイは見て覚えて、母さんに自慢しに行った”

 天才だな。

「母さん、クロイも走っているから目が離せなくなったよ」

 ぼくはどこに行くかわからないクロイを抱っこして母さんのところに行った。

「アリサはどこ?」

「マナさんがついていてくれるけど、お庭にお花を見に行ったはずよ」

 精霊たちが騒いでいる。

 シロに何が起こっているか聞いてみた。

 “……ご主人様。アリサが妖精を捕まえてしまいました”

 妖精って上級精霊になれなかったやつ…。

 “……ご主人様。妖精になることを選んだ方々です”

 ああ、ごめん。言い方が悪かった。

 ……うちに妖精もいたのか⁉

 “……ご主人様。養蜂場のほうに何体もいます。あの子たちは蜂蜜が好きなのです”

 魔力探査に引っかからなかったのは何でだろう?

 “……ご主人様が妖精と認識していなかったからです”

 うん。心当たりある。

 妖精と言えばぼくの中のイメージはシロの妖精型だ。

 区別がつくとは思えない。

「ちょっと見に行くよ。アリサもいきなり走っていそうだ」

「母さんも行くわ。騒動の予感がするの」

 母さんの勘は正しい。

 ぼくは身体強化でクロイを抱っこした。

 自分で歩きたがって暴れそうだったからね。


 雑木林のそばでマナさんとアリサがしゃがみ込んで話し合っているのをケインやみゃぁちゃんが見守っていた。

 アリサは両手を合わせて何かを捕まえている。

 精霊の気配がある。

「放してあげなくては可哀相じゃよ」

「やーやー」

「マナさん。アリサは何を捕まえているのですか?」

「精霊を捕まえてしまったようだ」

 母さんはアオイを下ろして、かがんでアリサと向き合った。

「アリサもお家に帰れなくなったら嫌でしょう?精霊さんをお家に帰してあげなさい」

 アオイがちょろちょろ歩き出した。

 ぼくはクロイを下ろしたら脱兎のごとく走り出すのが目に見えていたので、ケインにアオイを捕まえるように頼んだ。

 遊んでもらっていると思ったのか、アオイはキャッキャと笑いながら逃げるし、腕の中のクロイも暴れ出した。

 締め上げてしまっても困るので、いったん下ろすとやはり逃げ出した。

 すぐに捕まえられると思ったから下ろしたのだが、養蜂場の方へ走り出したので、ぼくはダッシュでクロイを捕まえた。

 捕まえたクロイも両手を合わせている。

 中に精霊の気配がする。

「クロイも捕まえちゃったよ」

「アオイも何か捕まえた」

 赤ちゃんに捕まるなんて、妖精ってどんくさいのか。

 ケインがアオイの脇に手を入れてブラブラさせながら母さんのところまで運んだ。

 ぼくもクロイを同じようにして運ぶと、キャッキャと喜んだ。

「三人とも放してあげなさい」

 精霊って建物とかをすり抜けられるよね?

 “……ご主人様。できますが、存在を認識されている人間に捕まっているときは少々面倒です。相手に怪我をさせることがあります”

 危ないじゃないか!

 “……ですから、おとなしく捕まっております。赤ちゃんたちは精霊たちのアイドルです。傷つけたら仲間たちから袋叩きにあいます”

 精霊たちは攻撃的なのか。

 “……ご主人様。物の例えです”

 そうだよね。

 それにしても、これはどうしよう?

 自分が同じ目に合えばわかるかな?

「母さん。赤ちゃんたちを妖精と同じ目にあわせてもいいかい?」

「「ようせい?」」

「やっぱり妖精じゃったか。それにしてもまだ小さいな」

 そうなんだ。

 赤ちゃんたちの小さな掌で包み込まれてしまうなんて、小さすぎる。

 ぼくの妖精のイメージはシロやマナさんの精霊で、〇ービー人形サイズだ。

 あれでは〇ルバニア〇ァミリーより小さいかもしれない。

「妖精かどうかはともかくとして、同じ目にあわせるって、どうやってするの?」

「スライムたちに包んでもらうんだ。半透明まで色を薄くしてもらえば中の様子も見えるでしょう」

「いい案だと思うけど、まずは家に帰りましょう。あまりにも人目につき過ぎるわ」

 うちに帰る前に手放してくれたらよかったけれど、抱っこされても赤ちゃんたちは手を合わせたままだった。


「閉じ込められたら妖精さんも可哀想なのよ」

 母さんが再度言い聞かせても、三人は手を合わせたままだったので、スライムたちの出番になった。

 ぼくのスライムがクロイ、ケインのスライムがアオイ、母さんのスライムがアリサを包み込んだ。

 三人とも最初は喜んでいたが、ぼくたちの話し声が聞こえないのでだんだん不安な表情になった。

「もういい頃ね」

 母さんの一声でスライムたちは三人を解放した。

 ぺたんと座り込んだ三人は同時に掌を開いた。

 ……妖精?

 親指サイズの白い光はシロが初めて姿を見せた時よりはるかに小さいが、精霊の光より大きい。

 中級精霊が妖精になるんだよね?

 なんでさらに小さくなるんだ?

 “……ご主人様。私は中級精霊になる際、集まった精霊がとても多かったので最初からこの大きさでしたが、通常は時間をかけてこの大きさになります”

 つまり、あの妖精たちはまだ幼いということか。

 “……そうです”

 光たちは手放されたのに三人のそばを離れない。

「いい子にしていたら、また遊びに来てくれるかもしれないよ」

 妖精たちにおとなしく消えてくれ、と思念を送った。

 “……ここに居たいよ”

 居てもいいけど、約束してくれるかな。

 “……内容によるわ”

 ぼくの家族に危害を加えない、他の人の前では消えている、母さんの許可をもらうこと、この三つは譲れない。

 “……わかったよ”

 三つの光は母さんの前に並ぶと、羽の生えた親指姫サイズの男の子がふたり、女の子がひとり現れた。

「「「私たちは養蜂場に遊びに来た妖精です。ここは精霊素がたくさんいて過ごしやすいところです。いたずらはしませんから、どうかここにおいてください」

 おとぎ話のような展開だ。

 赤ちゃんたちも話が分かるかのように、あうあうと母さんを説得しようとしている。

「私だけでは決められないから夕食の時にみんなで決めましょう」

 赤ちゃんたちの周りを妖精たちがくるくる飛び回っている。

 メルヘンな絵面だ。

 ぼくは気にかかることがあって、マナさんに精霊言語で話しかけた。

 もしかして、赤ちゃんたちは精霊言語を取得しているのかな。

 “……いや、まだそこまでではない。だが、かなり近い状態だ。お前の剣の師匠のように精霊言語の取得手前と言ったところじゃ。時と場合によってなんとなく理解できる、くらいのものじゃ”

 よかった。

 普通に喋るようになってからじゃないと、口で話す必要性を感じなくなるかも、と心配したよ。

 “……それでは人間として問題が出るな。妖精たちに釘を刺しておこう”

 こういうことはシロよりマナさんの精霊の方が適役だろう。


 父さんやお婆も交えて話し合った結果、妖精たちがうちにいることは認められた。


 妖精たちは赤ちゃんたちを気にかけてくれたので、とても助けになった。

 オムツ交換のタイミングや、危ないことをしそうになったら知らせてくれたりするので、家族の役に立った。

 ぼくのスライムは、この家に居るのだったらはたらくのが当然だ、と言っている。

 魔獣ペットたちが妖精たちに躾をしているようだ。

 こうして我が家には精霊素、精霊、妖精、中級精霊が居ることになった。



 夏が来るとボリスの洗礼式になった。

 ボリスが鐘を鳴らすと、町の結界に流れる魔力をたどりこの領の魔力が充分あるのを確認して、今年も安心した。

 ボリスは自分の親よりも身分が高い親を持つ子どもがいたのに自分が闇の神様役をやった、と驚いたように報告してくれた。

 教会では身分にかかわらず、魔力の量や質で判断するらしい。

 ボリスは魔力量が多いのか、闇の魔力の要素があるか、どちらかの理由で選ばれたらしい。

 教会は選定理由を開示しないのが慣例なのだ。

 来年はぼくが七大神役に選ばれるかもしれないからしっかり練習しろ、と言われた。

「踊りを踊る舞台には、魔法陣が描いてあるかもしれないよ。ぼくが踊っていると足元が少し光ったんだ。カイルはそういうのを確認するのが得意だろう。何が出てくるか楽しみだな」

 どうやら他の子は光らなかったらしい。

 なにか違いがあるはずだ。

「わからないや。闇の神様役はやらないと思って練習をさぼっていたから緊張したんだ」

 そうだね。

 ぼくも自分はやらないと思っていた。

「全部の練習をしておかないと大変な目に合うよ。ダリルが光の女神様役で吹き出しそうになったもん」

 なんだか、自分の洗礼式がオソロシイよ。

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