鍛錬の冬
(行ったことがあるところなら)瞬間移動が出来るようになったのに、馬車に揺られて学習館に通っている。
大ぴらにできる能力ではないから仕方がない。
マナさんもきっと村に時々帰っているのだろう。
シロには時間をさかのぼる能力がないので、どこに行くにしてもトイレで用を足す程度の時間しか取れない。
皆が寝静まった後に出かけるにしても、夜間は死霊系魔獣が出る。
ぼくはビビりなので冒険はできない。
王都に進学するまではお墓参りにしか使えなさそうだ。
訓練場は雪が降ったので、投擲場は閉鎖された。
少しは訓練も楽になるかと思ったら、剣術の時間が増えただけだった。
火の神の祠への参拝が大流行した結果、魔力量を増やした子が数人ではじめたので、魔術具の剣の使用時間が伸びた。
ぼくの無双を阻止すべく手合わせを要求されるのだが、子ども相手では思考が駄々洩れ過ぎているので瞬殺してしまう。
今日も瞬殺されたボリスが険しい表情で相談しに来た。
「老師様は力任せの単調な攻撃だ、としか言ってくれないから、ぼくはこれ以上どうしたらいいのかわからないよ」
そうなのだ。老師様は特別な指導は何もしない。
ただ当たり前の事を指摘するだけなのだ。
「ボリスは行動が読みやすいんだ。剣を構えたらすぐに上段で突っ込んでくるもん。だからこそ、相手の予想以上の動きをしなければ勝てないよ」
「予想以上の動き?」
「素早く動いたり、技の切り替えをしたりだよ。他の人の手合わせを見て学べばいいよ」
ぼくは魔道具の剣を使う時以外は身体強化を禁止されて稽古をしている。
おかけで筋肉がついてきたとイシマールさんに褒められた。
ボリスだってなにかしら成長しているはずだ。あの猪突猛進を何とか出来ると、だいぶん変わるはずだ。
「魔獣だって予想通りの行動をしない時があるだろう?相手に手の内を読まれないようにしようよ」
みぃちゃんのお母さんの戦いがそうだった。
「うん。魔獣はすごいよね。ぼくも魔獣のようにやってみる」
ぼくのアドバイスを斜め上に受け取ったボリスは稽古に戻っていった。
魔獣のようにってどうやるんだ?
よくわからないけれど、手合わせに戻ったボリスの動きが変わった。
始めの声がかかっても突っ込んでいかず、じりじりと間合いを詰めている。
フェイントをかけたり、下がってみたりと、相手を誘うようなことをし出した。
ああ、気分は大山猫なんだな。
小競り合いを続けた後、ギィヤァーと奇声を上げて相手の剣ごと切り払い落とした。
老師様が手を叩いて喜んでいる。
「最後は力技になったが、ようやくまともな動きが出来るようになった。基礎訓練が大切なんだ。毎日同じことの繰り返しに見えても、敵より先に剣を振り切れなければ、即死につながる事だってある。地道な努力を続けるのだ」
ぼくはその瞬間を見たことがある。
黒く伸びた刀身の速さが勝敗を、いや生死を分かつのを。
あいつよりも速く動けるようにならなくてはいけないのだ。
兄貴にはそれができた。
見てから判断したのでは遅い状況で、一瞬でぼくの前に現れた。
兄貴はやってみたらできた、としか言わない。
実際そうとしか言えないのだろう。
ぼくの訓練の目標はスピードとスタミナに決めた。
その日から、ぼくとボリスは互いにアドバイスを求めて是正しあう稽古をするようになった。
ボリスもぼくに後れを取るまいと、身体強化を使いこなし始めた。
ぼくたちが手合わせを始めると周囲に人だかりができるようになった。
ボリスの攻撃は先読みするぼくには当たらないが、ボリスはぼくの攻撃を致命傷にならないように避けるようになった。
ボリスの肉を切らして骨を断つ作戦も先読みできるのでかわして背後に回っても、転げまわって逃げるようになった。
「騎士の戦い方じゃないだろう」
「泥臭い試合だ。サッサと決めろよ」
外野は言いたい放題だか、ぼくたちは気にしていなかった。
騎士らしいってなんだよ。潔く死んだらおしまいなんだ。
生きるためにあがく。
生きていていなくては、守りたいものも守れない。
ぼくは転がるボリスが立ち上がるところを狙って剣で足払いした。
「勝負あり」
とどめを刺す前に勝敗が決まってしまった。
「ボリスよ。おまえは右手以外のすべてを戦闘不能状態にされているぞ。致命傷が無くても、もう立ち上がれない。完全に負けだ」
ボリスは悔しそうに床に寝っ転がったが、悲壮感はない。
ただ今より強くなればいいと思っている。
「カイル、まだいけるか」
老師様の問いに、はいと答えた。
魔力も体力もまだ大丈夫だった。
「ロイ。相手をしてあげなさい。カイル、胸を借りるつもりでいきなさい」
指導員の一人と手合わせすることになった。
身長差が半端ない。
どうすればいいのだ?
バッタは自分の体長の20倍の距離をジャンプできる。
ぼくは足の関節や筋肉に魔力をギュッと詰め込んだ。
「始め!」
指導員は小さいぼくに打ち込むことを躊躇い、まずは様子を見るようだ。
ぼくは大きく間合いを取りながら、スノーボードで培った空中での姿勢制御を思い浮かべた。
やれることは全部やろう。
足に詰め込んだ魔力を開放し、指導員の身長の2倍の高さまでジャンプしてそのまま切りかかれば、払われることまでは定石だ。
だから狙いは、相手の力をもらうことだ。
ぼくと指導員の剣がぶつかった力を空中でぼくが体を回転させて、ぼくの剣に力をのせる。
そのまま遠心力を利用して丁度体が逆さになる瞬間に、相手の胴めがけて真っ二つにするように切り付けた。
着地も無事、キチンと足からできた。
思い付きがここまでハマると気持ちいい。
「勝負あり!」
「「「「うぉぉぉぉぉ」」」」
喚声が上がるなかに、跳んだとか、回ったとか、魔法か、などが混ざっている。
「あれは、バッタか?」
老師様が言い当てた。
「はい!バッタです」
「はははは。そうか、バッタが現役騎士に勝ったのか。発想力は良い。だが、魔力に頼り過ぎだ。ロイが油断をせずに今の技をかわせたなら、もう魔力が足りずにやられただろう。奇想天外で魔力を消費する技は強力やもしれないが、諸刃の剣。決してそれだけに頼ってはいけない」
老師様は子ども元気薬を手渡してくれた。
「はい」
ちびっこは大人と戦う前に一目散に逃げるのが正解だと思う。
ぼくはどうやってあの技を習得したのか説明するのが面倒なので、投擲場にスノーボードのハーフパイプを設置してもらった。
特別にケインを入れてもらって、ダブルコークをきめて見せたら、おそろしい兄弟認定をされてしまった。
キャロお嬢様にずるいと連呼されたので、小さい子の庭に小さいハーフパイプが設置された。
来年はキャロお嬢様も訓練場にくるのだろうか?
スノーボードは専門店もできてこの領を代表するウインタースポーツとなるのであった。
学習館では餅つき大会が今年も行われ、こっそり納豆を持ち込んで納豆餅も振舞ったら賛否がキッチリ別れてしまった。
キャロお嬢様はいける口だった。
ハルトおじさんが杵をついた餅は教会とお城の神様に奉納された。
そのうち餅つきは神事になりそうだ。
学習発表会も開催された。
ぼくはハンドベルだけで済んだけど、ケインは劇や合唱と引っ張りだこだった。
ボリスたち6才児は洗礼式の踊りをお披露目していた。
配役は親の身分の順番に七大神だったので、来年のぼくはモブで済みそうだ。
それぞれ家族が見に来ていたが、上位貴族は社交シーズンで王都に行ってしまっているはずなのに、なぜかハルトおじさんがいた。
ぼくの家族は赤ちゃんたちも全員見に来てくれた。
マナさんもイシマールさんも来てくれて、嬉しかった。
キャロお嬢様は、お母さんが来てくれた、とすごく張り切った。
不死鳥の貴公子のお披露目はなかったが、出産後初の公の場だったようで、周囲は騒がしかった。
学習館が出来て本当に良かった。
こんなの自宅でやりたくないもん。
次期領主夫人は、キャロお嬢様をそのまま大人にしたような容姿で、美貌の高位貴族といったゴージャスな出で立ちで周囲を圧倒した。
ぼくには、キャロラインと仲良くしてくれてありがとう、と言ってくれたくらいだったが、母さんとお婆とマナさんとはがっつり話し込んでいた。
学習館のこんな様子をマークとビンスの手紙に書いた。
返信には学校生活が綴られていた。
王都の生徒は地方出身者を馬鹿にしがちで、実技しか初級は一緒にならないから自分たちはまだマシだが、他の子たちがかわいそうだ。
座学の初級はパスできるようにみんなを鍛えろと書いてあった。
実技では魔力を出すことをイメージできない子が多かったが、うちの領の出身で魔獣カードを扱ったことがある子たちは楽勝だったとのことだ。
勝負に熱くなるうちにカードから魔力を吸い取られるのではなく、カードに魔力を出すようになってしまっていたようだ。
魔力操作はうちの領の全員が二年生の履修を認められた。
キャロお嬢様の進学に向けて、学校での領の地位向上を目指してみんなで頑張っているとのことだった。
この手紙は学習館の指導員に見せて、今後の学習に生かしてもらうことにした。
今年の猛吹雪は六日続いたが、赤ちゃんたちがつかまり立ちを始めたので、歩行器を作ったり、ピンホールカメラを作ろうと思ったら、インスタントカメラが出来上がったりした。
家族写真には魔獣ペットたちも入って賑やかになった。
みんなには見えなかったけど、写真には兄貴がいる気配がした。
本人もそれに気がついてとても喜んだ。
兄貴がここにいることは当たり前の事なんだって証明されたような気がして、ぼくも嬉しかった。
温かくなった日差しが雪解けを促した頃、ぼくは噴水公園まで魔力奉納に行くことを許された。
ケインと父さんとで馬車に乗って出かけた。
広場にはまだ所々に雪が残っていたが、退役騎士の屋台が出ていて人通りも多かった。
光と闇の神の祠に魔力奉納をすると、久しぶりだったので合わせて357ポイントも奉納させられた。
父さんも同じだけ奉納したということは、冬季間の出不精だった分を清算させられたのだろうか。
土の神や火の神の祠に行けたのは、たまたま家の近くにあったから魔力奉納ができたのであって、光と闇の神の祠を無視したわけではないのにな。
来年は何か対策を考えよう。
せっかく街の中心部に来たのだからお買い物でもしようかと、辺りを見たら人の流れが去年と違った。
南門の方から人がたくさんまとまってやって来たのだ。
「あっちに何かあるの?」
「ああ、試験運転が始まったんだ」
ええっ!
もしかして……。
父さんは嬉しそうにぼくたちの手を引いて歩き始めた。
教会の後ろの南門に続く大通りに、柵がついただけの簡易のプラットホームに客車と荷台が連結した市電が止まっていたのだ!
「冬の間に線路を引いたの?」
「魔獣退治が激減して、余剰人員になった騎士たちが活躍したんだ」
「レールの鉄はよく足りたね」
「出荷制限のおかげで在庫はたっぷりあるんだ」
生産制限による出荷制限じゃないのか?
なんだか政治の匂いがする。
この質問をするのはやめておこう。
「魔力問題はどう解決したの?」
「だから試験運行なんだ。運転士が持っているあの箱は、騎士団で大規模魔術を行使する際に使用する魔術具の下位クラスのものだ。転用できない上に、稼働魔力も控えめにしてある。盗難防止に専用ルート以外に持ち出されたら解体する仕組みになっている」
「自爆するのか!」
「ははは。爆発はしないよ。バラバラになって、魔力は町の結界に吸収される仕組みになっているんだ」
スパイ対策も安全仕様なんだ。
「カッコいいね。ぼくたちも乗れるの?」
「乗るつもりできたから、乗車券も買ってある」
乗車券を買う時に魔力を提供したら安くなるようにしたらしい。
足りない分は非番の騎士が魔力を売って副業にしている。
ぼくたちは座席指定の乗車券だったが、運転室が気になって、運転室の窓にへばりついてしまった。
アクセルとブレーキはレバーが採用されている。
速度計までついている。
ぼくがワクワクしていると、買い物帰りのお客さんがたくさん乗ってきた。
みんな実用というよりは物珍しさが優先で遊園地の乗り物のような感覚だ。
荷台には梱包された商品が積まれており、こっちは実証実験らしい。
運転前の点呼が行われ、ベルを鳴らしてから市電は走り出した。
ゴトン、ゴトンとレールのつなぎ目で音は出るが揺れも少なく快適に走り出す。
速度は馬車と同じくらいで、市電のルートは市電の走行時間は馬車の乗り入れが禁止されている。
ケインがすごいすごいと騒いでいるが、大人も同じように騒いでいるから問題ない。
真冬にこんな大規模工事を強行したなんて、うちの領主様の無茶ぶりは天井知らずだな。
おまけ ~とある騎士のボヤキ~
家計の助けになればと始めた非番時のアルバイトが楽しい。
子どもたちは礼儀正しくて聞き分けがいい。
ここに来る子どもたちは、家庭でキチンと躾された子どもしか来ていないからだ。
うちの子たちの幼児期にこんな場所があったなら、王都の学校で苦労せずに済んだのにな。
王都の中級魔法学校に通わせるのはお金がかかるから、下の子は領の学校で十分だと考えていた。
それなのに、これからは王都に進学させないと就職時に選択の幅が狭まるから行かせた方がいい、と上司に言われてしまったのだ。
命令ではない。
でも、上司がそう言ったのだ。
縦社会なのだよ。
妻に晩酌を止められないために始めたバイトは楽しかった。
……幼児にコテンパンにされるまでは……。
魔法の援助もなしに、身体強化だけで俺の身長の倍以上も跳躍するんだぞ。
それだけでもあり得ないのに、跳びながら体を回転させて、俺の剣を払った力を利用して切りかかってくる四才児………。
老師様は騎士団の面目のために、油断したという個所を強調されたが、あれが魔獣討伐であったなら俺は死んでいた。
いくつもの死線を乗り越えてきた四才児は死なないために戦うことを知っている。
だが、俺は現役騎士であり指導者なんだ。
俺がカイルに俺の持てるすべての技術と知識を教えてやるのだ。
それから俺は子ども相手の楽しいバイト気分を捨てた。
妻が出向先を変えろと言ってきた。
市電工事の方が報酬が高額だと、騎士の妻の間で評判だというのだ。
報酬は高額だが、……俺たちが聞いた噂では、吹雪の死霊系魔獣の討伐級にキツイらしい。
雪中強行大事業は、ふきっさらしか、もぐらになるか、が合言葉らしい。
何のことだかさっぱりわからないけど、みな、行けばわかるとしか言わない。
妻には老師様から大事な指導を任されているからと断った。
あなたが行かないなら、私はパートにでる、と言われた。
女性下着の最新作が人気過ぎて人手が足りないらしい。
妻の従業員価格で最新作がほしいという下心が透けて見える。
妻の稼ぎは期待していない。
ジェニエさんの最新の美容液に消えてしまうと知っているからだ。




