夢物語
赤ちゃんたちが三人ともお昼寝をしているからと、ぼくはベビーメリーを確かにとめたはずだ。
でもなぜか、おめめをパチクリさせたアリサがくるくる回るベビーメリーを見ている。
ぼくに気がつくと、あぅあぅ、と言って両手を伸ばして抱っこをせがんだ。
可愛さに顔がほころんでしまう。
まだ寝ている他の子を起こさないように気を付けながら抱っこをすると、アリサはベビーメリーの玩具に手を伸ばした。
兄貴がつけてあげたのかな?
“……違うよ。勝手についたよ”
誰が紐を引っ張ったんだ?
みぃちゃんもみゃぁちゃんも、スライムたちも知らないと言っている。
家族の誰かなのか、シロなのか?
“……ご主人様。私ではありませんが、精霊です”
うわぁ。
やっぱりアリサは可愛いから精霊たちにも愛されるよね。
“……ご主人様。ご主人さまのご家族はみな精霊たちに愛されております。ご主人様に近しいものたちがみな精霊たちに好まれているのです”
精霊神を祀る領なのだから本来はこうあるべきなのだろう。
まあ、ベビーメリーが回るくらいの危なくないことなら気にしなくてもいいかな。
精霊たちが身近な存在過ぎて、普通がわからなくなりそうだ。
毎日忙しい日々が続いていたが、雨降りの日には祠巡りは町一周もしないので、父さんとケインとぼくとで誕生日プレゼントにもらった最高級の繭から糸を紡ぐ作業をした。
この魔昆虫は猛毒を持っており、幼虫や成虫の時はとても危険だが繭には毒はない。
さらに父さんが作成した特別な魔術具で下処理されており、その魔術具から糸を取り出すように紡ぐだけの作業ですんだ。
ぼくたちは毒に触れる事もなく全くもって安全だった。
それぞれが糸巻きに糸を巻き取ると、誕生日プレゼントのポーチにしまうように言われた。
「そのポーチは劣化防止の機能もある。食べ物を腐らせず保存することができるから、おやつでも入れておけばいいよ。今回できあがった糸はとても特殊で、十年もすれば金属のように固くなるが金属と違って錆びない。将来剣を作るときに鋼に混ぜてもいいし、宝飾品を作ってもいい。硬化するまではしなやかかで伸びる素材なので、少量を使って、お守りの指輪を作ろう。」
さすが高級素材だ。
ポーチの機能もすごいものだし、とんでもなく高価な誕生日プレゼントをもらったんだな。
ぼくとケインがしみじみとポーチや糸を撫でていると、父さんはビーズのような小さな魔石がたくさん入った箱を出してきた。
「指輪用にいくつか選んだら、母さんが魔法陣を刻んでくれる。カイルのスライムを針にしたら母さんが刻んでも効果はあるはずだ」
こんな米粒みたいな魔石に魔法陣を刻めるなんて、母さんはなんて素晴らしい細工師なんだと感心してしまった。
「兄ちゃんとおそろいの色がいいな。何色にするの?」
いくつになっても弟は可愛い。
「父さんと母さんの瞳の色の緑と青にしようかな」
ぼくとケインはそれぞれ色の数を変えてビーズを選んだ。
「父さん、予備にもう一個作ってもいいかい?」
「なんだ。カイルも『三個用意しなければ気が済まない症候群』なのか」
なんなんだ、その症候群は。
「なにかおまえたちのものを用意する時、気がついたら三個作ってしまうんだ。三つ子が生まれる予兆だったのかな、なんてジーンと話していたんだ」
三つ子の分というよりは兄貴の分なんだけどね。
「思い出箱に入れておこうかなと思ったんだ」
「そうだな。それもいいな。おまえたちの指輪は成長に合わせて伸びるから小さいままの指輪は可愛いな」
「母さんが細工の量が増えて大変かな?」
「このくらいジーンなら朝飯前だ。橋の魔石の魔法陣を頼んだときは数百個単位だったぞ」
気が遠くなる量だ。よくやったな。
母さんを尊敬するよ。
指輪の仕上げは母さんが魔石の魔法陣を刻み終えてからとなった。
ぼくは父さんに、冬場の祠巡りについて相談した。
毎日全力で稽古して、全力で魔力奉納をしては、子ども用回復薬を飲んでいるので、日々魔力が増えているのを実感しているのだ。
冬の間、全部の祠を巡ることは積雪もあって難しいだろう。
そうなると魔力が余るのだが、家の生活魔術具のほとんどを猫とスライムが担当している。
ほかの子どもたちはどうしいるのだろう?
「そうだな。平民の子どもたちはそれほど魔力もないが、冬場は日が短くなるから明かりの魔術具とか、夏場は商店の冷蔵庫の魔術具に魔力を注いでポイントをためているぞ」
この領はポイント制度を利用して市民から広く魔力を集めている。
そのポイントは市民税の納付や大きな商店での支払いに利用できる。
市場のように、よそから行商に来る人たちは現金払いを好むそうだ。
「カイルなら製薬所でも醸造所でも魔力供給は歓迎されるぞ。もちろんポイントもつく」
「それなら近所だし、いつでもできるね。でもね、父さん。ぼくは今かなりの資産家になったでしょう。お金って、ためておいたら経済が回らないでしょう。どこかに投資でも出来ないかな?」
「投資って……子どもの発想としてどうなのかね…。いや、確かにそうなんだ。父さんは水田の開拓事業に投資をしている。カイルは、なにかやりたいことはあるのかい?」
やりたいことというか、あったらいいなというのはある。
「出来るかどうかはわからないけれど、町に乗合トロッコを走らせてみたいな」
「出来るかどうかはさておいて、面白そうだな」
ぼくは、町が光と闇の神の祠を中心に放射線状に広がっているから、その先にある五大神の祠を結ぶ環状線を馬車とトロッコが走れる市電のようなものが出来たらいいな、と父さんに説明した。
「道幅も十分あるし理論上は可能だ。だが、動力にする魔力の確保が問題だ」
「そうなんだよね。乗る人が魔力を供給できるのが一番いいのだけれど、そうすると魔力量の少ない人は利用できなくなってしまうし……」
「だが、案としては面白そうだ。トロッコなら線路以外は走れないから、乗合馬車とは競合せずに渋滞個所を減らすことができそうだ」
「将来的には地下鉄とか出来たらいいなぁ」
「地下鉄?」
「トンネルを掘って、線路を地下に敷くんだよ。そうしたら地上の雪も気にならないでしょう?」
ぼくは子どもだから荒唐無稽な夢を語ってもいいのだ。
「ははははは。面白そうだな。そうしたら吹雪の日も出勤しなければならなくなるな」
「猛吹雪だったら地上の除雪が追い付かないから、やっぱり休みになると思うよ」
それから、ぼくたちはレールの形はどうするかとか、摩擦は魔法でなくせないのかを熱く語りあっていたら、ケインにドン引きされてしまった。
町のジオラマを作って、祠巡りごっこをしてケインと楽しく遊んだ。
ぼくはその時は本当に夢物語だと思っていたんだ。
うちの領主様は夢を実現させる人だってことを忘れていたから。
マークとビンスから手紙が届いた。
入試はすごく楽しくて夢中になって解いたら、二人とも算数、国語、地理、歴史で卒業相当の判定がでて、理系は魔法学が絡むので一年生から履修することになったそうだ。
卒業相当がでた教科は中級学校の授業の履修許可が出たとのことだった。
教科別に飛び級が出来るのか。
オシム君は帝国留学メンバーの強化合宿に送り込まれて、秘密の特訓をしているらしい。
なんだろう、怪しいから行きたくないな。
新学期前の寮は人も少ないが、卒業研究で居残りしている人たちに最年少だからとても可愛がられており、家にいるよりくつろげると書いてあった。
ホームシックにならなくて何よりだ。
ぼくは三つ子たちと離れたくない。
転移の魔法が簡単に使えたらいいのに。
お城にある転移の魔法陣は魔力消費が多く、領主様の許可が必要なのだ。
“……ご主人様。行ったことがあるところには行けますよ”
なんだって!
“……亜空間を経由したら、ご主人様が行ったことがある所に行くことは可能です”
じゃあ光る苔の洞窟にも行けるの?
“……もちろんです。あの洞窟にも、大神の祠にも…お墓参りにも行けます”
もしかして、今までぼくが聞かなかったから言わなかっただけなのか?
“……ご主人様がお小さいから、おひとりで外出されないと考えておりました。”
まあ、そうなんだけどね。
でも、行けるのであれば行ってみたい……。
家に帰るように簡単にお墓参りができるのなら行ってみたい。
“……できますよ。亜空間にご招待いたします。トイレからなら不審に思われることもないのでは?”
トイレからお墓参り…何も言うまい。行けるに越したことはないんだ。
すぐに帰って来られるなら、大丈夫かな。
真っ白な亜空間を抜けるとあの山小屋の前だった。
風は冷たく、木々は黄色や赤に色づいていた。
あれから過ぎ去ってしまった時間を思うと、胸が痛んだ。
だけど、すぐ温かい家に帰れる安心感も同時にあった。
墓石の周りは下草が刈り取られて、立派な石碑が建っていた。
マナさんの言う通りにきちんと管理されている事、何よりそれが嬉しかった。
鎮魂の言葉と共にあの時の犠牲者と父と母の名前が刻まれていた。
ぼくは父と母の墓石の前で膝をついて誓った。
あなた方の子どもとして生まれてきたことに恥じない生き方をします。
ぼくはシロに頼んで家に戻った。
すっかり体が冷えてしまって、ぼくは手紙の返事を書く気力もなくなってしまった。
みぃちゃんが膝に乗ってきた。
“……大丈夫だよ。みんながいるもん”
そうだね。
ぼくはもっと心と体を鍛えよう。




