ぼくの異世界生活はどうやら前途洋洋です。
最終回です。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
“……ああ、そうねぇ。いきなり上級精霊に昇格しても、ご主人様は少年なのに僕が成人の大きさの巨乳の上級精霊だと、ちょっと実体化しないでほしいわ”
アナベルの突っ込みに魔獣たちと兄貴とケインと父さんが笑った。
父さんは精霊言語を取得したのか?
“……まだだけど、家族の考えていることくらい共感できる程度かな”
兄貴の精霊言語に父さんは反応しなかった。
どうやらあと一歩、といったところなのだろう。
「聖鳥チッチのキラキラした涙はカイル兄さんの魔法でどうなったかしら?」
「あれはね、イザーク先輩の声の魔法の力を借りて邪神の欠片が再び浮上しないように、その土地の聖なる植物ががっしりと根付き地表を覆うように神様にお願いをしたんだよ」
アリサの疑問に答えると、それは凄い!とみんなが喜んだ。
「いい植物が生えても人間が根こそぎ採取してしまったら、台無しです。魔法については魔法学校に通わない一般市民は基礎知識さえ学べません。洗礼式で鐘を鳴らせない子どもたちでも禁忌事項と、なぜそれが駄目なのかを学ぶ機会があるといいですね」
マナさんの忠告にエドモンドとイーサンが頷いた。
「ねえ!あれが東方連合国の教会かな!」
子どもたちで競い合っていた南方諸国の教会の光を視力強化で発見することに出遅れたレナードが、必死に目を凝らして一番に発見すると、よく見つけましたね、とキャロお嬢様が声をかけた。
東方連合国は中央大陸の東端の一部と島々の小国で構成されており、中規模の島の教会が燦然と輝いていた。
“デイジー姫!キール王子!オーレンハイム卿夫妻!ディミトリー!ガンガイル王国の寮生たち!食堂のおばちゃんたちもだよ。みんなで世界中を、おっと、もう四分の三を回ってしまったわ。大聖堂島を経由して帝都まで夜間飛行を楽しみましょう!”
東方連合国の教会の上空で聖鳥チッチが呼びかけると、地上で歓喜する人々の輪から離れたところにいたディミトリーの肩が竦んだ。
「もういいんだ!ディミトリー!邪神の欠片はもう浮かび上がってこない!不死鳥の涙でこれから浮かび上がってくるかもしれない邪神の欠片を抑える魔法をかけることができた。もう、再び邪神の欠片に精神を乗っ取られることなんて心配しなくていいから、ディミトリーは自分の心の赴くままに生きていいんだ!」
秘密組織の残党の追跡に死力を尽くしたのにもかかわらず、元研究員の男を拘束する作戦には呼ばれなかったディミトリーは、強烈な負の感情を呼び起こす黒い霧を出す邪神の欠片と対峙しなくてよかった。
親の仇にここまで温情をかけるのか、とエドモンドが呟いたが、邪神の欠片に打ち勝った最終的な勝因はディミトリーを許すことにあった、とぼくは考えている。
もうどうにもならない過去に固執せず、前向きに現状を楽しんで暮らしていたから、黒い霧の誘導する負の感情にぼくたちは負けなかった。
だから、加害者でもあり被害者でもあるディミトリーは、失われた命は戻ってこないのだから、次の世代に目を向け、罪の意識を持ったままでも、明日に向かって生きていてほしいのだ。
聖鳥チッチの邪神の欠片の被害者へのはなむけの精霊言語が効いていたのか、ディミトリーはぼくの呼びかけに肩を震わせながら頷いた。
「みんな、幸せになろうよ!」
邪な気持ちは誰にだってあり、消えることはない。
ディミトリーの罪は消えない。
だけど、邪神の欠片から解放されたディミトリーは自分の人生を生きていいはずだ。
「これから再生する世界をこの目で見ようよ、ディミトリー。邪神の欠片に操られていないあなたが生きていることで、何かを次世代に繋ぐことができる。ぼくは、ただ、ぼくが生きていることで、生みの親の生きていた証を継承しているんだ。この世界の再生の手助けをしたけれど、まだ十一のぼくは、まだまだ過ちだって犯すかもしれない。でも、今日、ディミトリーの背中を押すことが、たとえ親不孝な行為だったとしても、今後のディミトリーの行い次第でこの決断が全く変わっていくことを、ぼくは信じている。一緒に見よう、新しい世界を!」
ぼくを見上げたディミトリーの目に涙が浮かんでいた。
「行くよ!カイルと一緒に。乗せておくれ!不死鳥よ!空に浮かんだ大聖堂島をこの目で見てみたい!」
“……任せておいて!”
急降下した聖鳥チッチはディミトリーに向けて尻尾の羽を伸ばすと、サッとディミトリーを掬い上げた。
“……おいで!デイジー姫!キール王子!オーレンハイム卿夫妻!”
聖鳥チッチが呼びかけたみんなを乗せている間に不死鳥がガンガイル王国寮生や食堂のおばちゃんたちを背中に乗せた。
“……さあ、行くわよ!噴水から吹き出す精霊たちが生まれた大聖堂島へ!”
地上で見送る教会関係者たちに手を振ると、大声を出し合ったぼくとディミトリーは気恥ずかしげな表情をして向かい合った。
「ご両親がまだ生きているか知らないけれど、家族に元気な顔を見せてあげて」
ディミトリーは無言で頷いた。
「ディミトリーのご両親は弟さんに譲位されたけれど、まだご存命ですわ。ディミトリーが行方不明になって以来、病気がちになって生前退位されました。東の魔女に当たり散らして大変な時期がありましたが、退位されてから、いえ、貴方の生存を伝えてから目に見えてお元気になられました」
デイジーの説明にディミトリーは曖昧に微笑んだ。
「正直、両親のことはほとんど記憶にありません。今さら国に帰っても、国を混乱させそうな気がします」
力なく言ったディミトリーに、ぼくは首を横に振った。
「ご両親には会うだけでも会ってみたらいいよ。王族でいるのが嫌なら、きちんと王位継承権を放棄して好きな場所で暮らせばいい」
ぼくの言葉にディミトリーは頷いた。
「……もう一度、会いたい人ならいます」
躊躇いがちに言ったディミトリーの言葉にオーレンハイム卿夫人とお婆の瞳が輝いた。
「帝都に行こうね」
もう一度会いたい人がノーラだと気付いたぼくの言葉に少しだけ頬を紅潮させたディミトリーが頷いた。
キャロお嬢様とミーアとマリアは劇団さそり座の大ヒット舞台のモデルの男性だと気付き、顔を真っ赤にして両手で口元を抑えた。
「……許す気持ちが世界を救ったのだから、私も東の魔女を許す時が来たのかもしれない」
ボソッと呟いたハロハロの言葉に、デイジーは控えめに頷いた。
「え!あの森に本物のパンダがいるの!」
ジェイ叔父さんとお婆が子どもたちにジャミーラ領の説明をしながら城の杜の方向を指さすと、子どもたちは身を乗り出して視力強化でパンダを探した。
「ええっと、今日は上映会を見るために領城にいたから……ああ、噴水広場で精霊たちと遊んでいたようね」
お婆のスライムがジャミーラ領での競技会の上映会を担当していたので、お婆はパンダの行動を予測して真っ先にパンダを発見した。
パンダは教会関係者たちと羨ましそうな表情で空を見上げていた。
「大きくなったら冒険者になって、世界中を旅してみたいです」
キール王子が呟くと子どもたちも頷いた。
「あらあら、みなさん冒険者になりたいのですか!」
「見聞を広めるのはいいことだが、立場を忘れたらいけないよ」
微笑ましそうに声をかけたオーレンハイム卿夫人と息子を心配するハロハロの声が重なった。
「キャロラインのように側近を固めて、危険のない範囲で活動するのなら、いい経験になるだろう」
エドモンドは不死鳥の貴公子に言い聞かせると、はい、と元気よく返事をした不死鳥の貴公子は三つ子たちを見遣った。
クロイもアオイもアリサも初級魔法学校を卒業したら冒険者登録をしたがっている。
きっと、この子たちが留学をするときは新米冒険者として旅をするのだろう。
ぼくが護衛に回ったら、過保護だと怒られるかな?
「カイルは大人になったら何になりたいんだい?」
エドモンドの質問にぼくは首を傾げた。
「成人したら辺境伯領に帰りたいですけど、旅をしたい気持ちもありますね。うーん、辺境伯領を拠点にする探検家になってみるのもいいかもしれませんね」
ぼくの返答に、探検家!?と、全員が声を揃えた。
「ええ、冒険者は依頼を受けて仕事をしますが、探検家は自分が行きたい秘境を探索しに行くのです。……前人未踏な秘境だけでなく、聖鳥チッチの涙の魔法がどうなっていくのかを観測してみたいのです」
自分から危険な場所に足を踏み入れるのか!と目を見開いた母さんとお婆を見たぼくは、秘境探索は建前で、世界中の状況把握が目的だ、と言い直した。
子どもたちから、カッコいい!と尊敬のまなざしを向けられ、ついていきたい!とウィルが即答すると、ウィルの執念を知る面々が爆笑した。
「あー、ぼくは探検家をサポートする新会社を設立しようかな?」
ケインが具体的なことを話しだすと、みんなが乗り気になった。
「いやいや、まだ思いついただけだから、上級魔法学校を卒業するまで、まだ時間はたっぷりあるよ」
ぼくたちは和やかに談笑しながら大聖堂島に向かった。
木の根の紐がついた状態で大空に浮かび上がる大聖堂島を見た初見の面々が大歓声を上げた。
噴水広場の前で教皇がぼくの名前を呼んでいた。
キュアがぼくを見てニヤっと笑った。
「ちょっと、キュアに乗って教皇猊下にご挨拶して来ますね」
ぼくの言葉が終わる前に聖鳥チッチの背中から飛び立ったキュアが、ぼくを乗せられる大きさまで大きくなると、ぼくとみぃちゃんは大きくジャンプしてキュアに飛び乗った。
「カイルはあらゆる手段で飛べますね」
ノア先生のぼやきにみんなが頷いているのが見えた。
「ずいぶんみなさん頑張りましたね」
大聖堂島の噴水広場に着陸したぼくは、壊れて散乱していた物が綺麗に片付いていることに驚き、教皇に声をかけた。
「いやいや、頑張ったのはカイルたちだよ!不死鳥が一体増えているし、世界中に聖なる魔法がかけられた。いやはや、これで、本当に当面の間、邪神の欠片の心配がなくなった!」
教皇の言葉に月白さんとワイルド上級精霊が頷いた。
「人間のやることには過ちはつきものだが、ほぼほぼ平穏な時代が当面続くだろう。神々のご加護を全て世界の安寧のために使用したカイルは、ますます神々のお気に入りになった」
月白さんの言葉にワイルド上級精霊は頷いた。
「カイルはカイルの思うままに生きなさい。神々の覚えめでたいカイルの人生は前途洋洋なのだから」
ワイルド上級精霊の言葉に、犬型のシロも、ぼくの肩の上のアナベルも、ぼくの足元にいるみぃちゃんもぼくの頭上を飛ぶキュアも頷いた。
これからのぼくの異世界生活はどうやら本当に前途洋洋らしい。
「これからも人生を楽しんで生きます!」
不死鳥たちや竜族や怪鳥チーンが飛ぶ空を見上げてぼくは言った。
「さあ、みんなを夜明け前に送り届けて来なさい」
ワイルド上級精霊の言葉に頷いたぼくはキュアに飛び乗った。
未来は不確かなもので、きっとこれからも大なり小なり大騒ぎをして生きていくのだろう。
それでも、家族みんなが幸せに暮らしていけるのなら、きっとぼくの人生は前途洋洋に違いない。
ほんとうのあとがき
何か初めてのことに挑戦してみたい、という軽い気持ちで長編異世界ファンタジーを書いてみることを決意してから、二年と四か月かかってようやく完結させることができました。
毎日投稿すれば必ず完結すると信じていましたが、予想以上に長くなりました。
継続して投稿できたのは、読者の皆様がいてくださったからです。
ありがとうございます。
誤字脱字どころか、名前間違い、はたまた、いたはずの人物を途中で書き忘れたり、投稿直前に没にした案を忘れてヒロインをマリアにしてしまったり、といろいろやらかしましたが、読者の皆様の温かいご指摘で軌道修正して完結させることができました。
思いがけない幸運に恵まれ書籍化作品となることができました。
よろしければそちらも、ご一読を……。
この物語の書き始めは、あの鐘を鳴らすのは……?という仮タイトルで、アリサが主人公の物語を書いていました。
800話の『光り輝く大広間』あたりから始まり、三人の兄と幽霊みたいな兄と異世界転生の魂を持つ義兄と二人の兄同然美少年がいる、妖精使いを目指す女の子の話でした。
何を書いているの?と家族に聞かれてあらすじを話すと、それはカイルを主人公にした異世界転生ものにした方がいい、と助言を受けこうなってしまいました。
続きを書くとしたら、アリサの物語も完結させてみたいところです。
本当に最後までお読みいただき、ありがとうございました。
有木 苫占
 




