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想定外の歓喜

 “……外に出て空を飛べよ!カイル。この世界は美しい!”

 水竜のお爺ちゃんの精霊言語が脳内に響くと大広間のバルコニーへと続く扉が開いた。

 “……カイル、みんなを魔法の絨毯に乗せておいでよ!今、ちょうど、世界は昼と夜の狭間にある!”

 水竜のお爺ちゃんの誘いに、教皇が頷くと、ぼくたちはバルコニーへ駆け出した。

 水平になると走りやすい。

 大聖堂の建物全体が燦然と黄金色に輝き、精霊たちが飛び交っている幻想的なバルコニーで魔法の絨毯を取り出し振り返ると、教皇も高位の教会関係者もバルコニーへ駆け寄っていた。

 みんな、と呼びかけられた中に自分たちも含まれるだろうか、と控えめに後方にいる帝都の中央教会の寄宿舎出身の神学生たちを見遣り、一緒に行きたい、とぼくは視線で教皇に訴えた。

「魔法の絨毯を伸ばせば大聖堂島に残っている全員は無理でも、大広間にいる人たちぐらいは乗れますよね?みなさんも一緒に乗りましょう!」

 キャロお嬢様の誘いの言葉に、大丈夫だ、とぼくが答えると、教皇は頷き、我々も乗れるのですか!と教会関係者たちの表情が輝いた。

 大聖堂島が伝説のように少しだけでも浮かび上がったのなら、誰だって上から見てみたいだろう。

 魔法の絨毯を最大限まで大きくして膝の高さまで浮かせると先に飛び乗った人たちが手を差し出して、大広間にいる教会関係者を次々と搭乗させた。

「全員乗ったよ!」

 ボリスの声を聞いたぼくは魔法の絨毯を上昇させた。

 光り輝いているのは大聖堂だけではなく大聖堂島全体が輝いていた。

 水平を取り戻した大聖堂島は上から見ると、それほど高く浮かび上がったようには見えなかった。

 空を見上げるとはるか上方に二体の水竜が絡み合うように浮かんでおり、その周囲に土星の輪のように精霊たちが集まり、仲睦まじい水竜の夫婦を見守っていた。

 大空だけでなく地上にもそこら中に精霊たちが溢れていたが、噴水広場の周りが特に混みあっていた。

 “……ご主人様。湧き上がる精霊素から多くの精霊が誕生し、それぞれが自我を得た喜びにはしゃいでいます”

 精霊の赤ちゃんたちが地上付近で踊りまわっているのか。

「これが、大聖堂島で洗礼式をすると得られるご利益なのですね」

 ぼくの呟きに教皇をはじめとした教会関係者たちが唖然とした。

「子どもたちが正式に神のもとに名が登録され、神々に人の子として認められると、創造神は精霊を誕生させるのでしょうか?」

 ウィルの推測に、わからない、と答えた教皇の瞳に溢れる涙に教会の光と精霊の光が反射して輝いた。

「精霊使い狩りが流行してから、精霊たちの姿を目撃することがなかった。いや、目撃しても口にする者がいなくなってしまった。大聖堂では子どもが生まれないから洗礼式もない。文字と言葉を消失した時代に失ってしまった習慣が復活することがなかったから伝承されていない」

 感慨深げな口調で語る教皇の言葉を聞きながら、ふと、気になった。

 辺境伯領では洗礼式前に教会前の噴水広場で子どもたちが洗礼式の踊りを練習する。

 古の時代は子どもが生まれない大聖堂島でも洗礼式の儀式を行っていたようだ。

 洗礼式の踊りを踊ると噴水から精霊素が溢れだし、精霊たちがたくさん誕生する。

 辺境伯領は精霊神誕生の地でそもそも精霊が多い。

 ……もしかして大聖堂で誕生した精霊たちは洗礼式の踊りをする地域に、湧きだす聖水と一緒に引き寄せられて拡散しているのかな?

 ケインも同じことを考えたのか小さい子どもの頃のようにぼくの制服の裾を握ると、ボリスも頷いた。

「ガンガイル領の洗礼式前の子どもたちは噴水広場で踊りの練習をしています。古から何か伝わっているのかもしれないので、領城の古書を調べてみたいですわ」

 キャロお嬢様の言葉に頷いたミーアも似たようなことを考えていたようだ。

 収納ポーチからスライム用の小さいタイルを七枚取り出すと分裂したアナベルが飛び乗った。

 噴水の上空に飛行したアナベルの分身たちが踊り始めると、精霊たちが眷属神の役のようにアナベルの分身たちの周囲をぐるぐる回り始めた。

 興に乗ったアナベルの分身はそれぞれの神の役の色に体を光らせると、噴水からさらにたくさんの精霊たちが溢れ出た。

 “……ご主人様!魔法の絨毯を上昇させてください!”

 シロの警告にぼくは魔法の絨毯を急上昇させると、教会関係者たちは胃が持ち上がるような感覚に、うわぁ、と声を上げ、水竜のお爺ちゃんは嫁から体を離した。

 “……ありがとう!カイル。これが儂の嫁だ。若くてピチピチの美人だろう?”

 水竜の美の基準はわからないが煌めく水色の鱗にピンク色も混ざっておりとても美しい鱗だ。

「綺麗ですね。体に傷むところはありませんか?」

 “……ありがとうございます。いただいたお薬のお陰でどこも傷むところはありません”

 それはよかった、とぼくたちが安堵すると、大空を見てください、と水竜のお爺ちゃんの嫁が精霊言語で言った。

 “……どうだ、凄いだろう!東方連合国の教会はおそらく日没後に教会が光り輝き、西方のムスタッチャ諸国の教会は午後の傾いた日差しを浴びながら教会が光っているだろう”

 水竜のお爺ちゃんの感慨深げな精霊言語にぼくたちは頷いた。

 空は大聖堂島を境に昼と夜に分かれるように東の空はすでに暗く、西の空が茜色に染まりぼくたちは紫色の空に浮かんでいた。

 地上では大聖堂島全体が光っており夕方礼拝をしていた五つの教会都市の教会も黄金色に光っていた。

 大聖堂島の中心の噴水広場でアナベルの分身が踊る踊りを神々がお気に召したようで、新たに誕生した精霊たちが間欠泉のように噴き出していた。

「これは、壮観な眺めですね!」

 教皇の言葉にぼくたちは頷いた。

 “……カイル、大聖堂島が近づいてきていないかい?”

 キュアの言葉にぼくは身を乗り出して地上を見ると、ケインとウィルもぼくに続いて身を乗り出した。

「「「大聖堂島が上昇している!!!」」」

 ゆっくりと大聖堂島が魔法の絨毯に接近していることに気付いたぼくたちの言葉に、魔法の絨毯に乗る全員が代わる代わる絨毯の端に来て地上を覗き込んだ。

 ちょっと浮かんだ程度では済まない高度まで大聖堂島が上昇していることに、ぼくたち全員が唖然とした。

 なんてこった!

 ご利益の大盤振る舞いがこんな規模になるなんて!

 ぼくが頭を抱えると、仕方ないです、とシロが精霊言語で呟いた。

 “……ご主人様。太陽柱にこの映像はありましたが、かなり小さかったので、実現するとは考えていませんでした。どうしてここまで神々がお喜びになられたのかさっぱりわかりません”

 シロの話にぼくの肩の上にいるアナベル本体も、はて?と首をかしげるように体を曲げた。

「カイル!どれほど大聖堂島が浮いたのか確認したいから、魔法の絨毯の位置をずらして横から大聖堂島を見ないかい?」

 教皇の言葉にぼくは大聖堂島を横から見える位置まで下降しながら魔法の絨毯を旋回させた。

 大聖堂島は湖の中で隠れていた木の根があらわになっており、初めて目にする教会関係者たちから、おおおおお!と声が上がった。

 ぼくたちが言葉を失うほど驚いたのは、木の根がうねうねと動いており、根っこに絡まっていた大きな岩が外れていくつか宙に浮かび上がっていることだった。

「カイル!凄いぞ!大聖堂島に挟まっていた浮かぶ岩が解放されて、そこら中に浮いている!」

 魔法の絨毯より低空飛行しているタイルの上でノア先生が拡声魔法を使用して叫んだ。

 父さんたちはタイルに乗って湖の上を飛行することで大聖堂島の揺れを回避していたから、上昇する大聖堂島を横から目撃していた。

 視力強化で下方を確認すると、浮かび上がった大聖堂島の下方にいくつもの大きな岩がゴロゴロと浮いていた。

「魔法の絨毯を広げ過ぎているので、下降すると岩に当たりそうなので、一旦上昇して大聖堂島に上陸します!」

「私たちも上陸する!」

 魔法の絨毯を大聖堂島の上まで急上昇させると、大聖堂の上昇が止まった。

 教会関係者たちは魔法の絨毯の急上昇に体がついていけずに首を引っ込め胸を押さえているので、ゆっくりと噴水広場の方に下降させた。

 噴水広場にはワイルド上級精霊と月白さんと兄貴がおり、タイルに乗ったアナベルの分身たちが三人の前で横並びに漂っていた。

 その周囲を精霊たちが取り巻いていたが、魔法の絨毯を精霊たちの方に寄せると、精霊たちは蜘蛛の子を散らすように拡散した。

 魔法の絨毯から飛び降りたぼくたちはワイルド上級精霊たちの元まで駆け寄った。

「一体全体どうしてこうなったのですか!」

 ぼくの問いかけにワイルド上級精霊は答える前に、ぼくたちに続いて噴水広場に到着した父さんたちを見遣った。

「東西南北の教会で飛行魔法学講座の面々がやらかした」

 ワイルド上級精霊の爆弾発言にタイルに乗ったままのノア先生が、ハァァァ!と奇声を上げた。

「カイルのスライムが噴水広場でタイルに乗って踊り始めると、共感性の高いスライムたちに興奮が伝わり、東西南北にいるガンガイル王国寮生たちのスライムたちが真似をしたがった。噴水広場の前でよちよちとスライムたちが踊っているだけだったら微笑ましい光景なだけだったのに、飛行魔法学の受講生がタイルをスライムたちに貸し出したのだ」

 辺境伯領にはパンダのぬいぐるみを躍らせるためにお婆が、東方連合国にはデイジーが、ムスタッチャ諸国にはアーロンが、南方諸国には小さいオスカー殿下が参列者として参加していた。

「あああああ、そうでしたか……。いえ、なぜスライムたちが踊ったら大聖堂島がこんなに高く浮かび上がるのですか!」

 訳が分からないのに納得しかけたノア先生が声を上ずらせながら質問した。

「わからないのか?」

 確認するようなワイルド上級精霊の口調に、ぼくと兄貴とケインと父さんは飛竜型の魔術具を制作した時を思い出して眉間にしわを寄せた。

「……空の神様でしょうか?」

 ぼくの言葉にワイルド上級精霊はうなずいた。

「七大神の中で最も若い空の神の記号は他の魔法の補助に使用されることが多く、祝詞も単独で使用されない」

 ワイルド上級精霊の言葉にぼくたち家族も飛行魔法学の面々も教皇も教会関係者も頷いた。

「洗礼式の踊りを飛びながら踊ったことに喜んだ空の神様が、ご利益を大盤振る舞いしてくれたのですか!」

 教皇の言葉に、ちょっと違う、と二人の上級精霊は口を揃えた。

「気をよくされた空の神がご利益をふんだんに振舞うと、七大神全ての神々だけでなく眷属神たちまでふんだんにご利益を振る舞った結果、こうなった」

 月白さんの説明にぼくたちはあんぐりと口を開けて聞き入った。

 “……ご主人様。打ち合わせになかったアナベルの行動をジェニエや寮生たちのスライムが真似ることまでは想定できましたが、スライムたちを飛ばしてみようと、考えるなんて、デイジーでしたらするでしょうが、ジェニエやアーロンや小さいオスカーまでタイルを提供するなんて、可能性としてはかなり薄いと考えていました”

 ご主人様と付き合いが深くなるとご主人様のような突飛な行動をいきなりやるようになる、とシロが思考を漏らすと、兄貴とケインと父さんがくすっと笑った。

 あれ?

 もしかして、父さんも精霊言語を取得する間近なのだろうか?

 “……ご主人様。あり得ないことなど、ないのかもしれませんね”

 世の中わからないことだらけです、と犬型のシロは小さく溜息をついた。

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― 新着の感想 ―
最後、いつもはアナベルたちより未熟な思考をすることが多い シロが、哲学者のように達観していて笑えました!(≧∇≦) 水竜夫妻が自由に空を飛び回れるようになって良かったです~ おじいちゃんが目覚めてか…
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