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浮かべ!大聖堂島

 大聖堂島北の検問所には教会の転移魔法の部屋を使用した父さんが既に到着していた。

 地上から視力強化のできる治安警察隊員たちと仲良く手を振る父さんはタイルに乗っているからギリギリ地上に降りていない。

 あまりの非常事態に非常識な行動をしている父さんを誰も責められない状態なのだろう。

 現状は、段差がつきすぎた船着き場は使用不可能で、グライダーの魔術具で急いで帰らなくてはいけない人たちを運び出していた。

 父さんのスライムが五つの検問所から教会都市へと繋がるエスカレーターに変身し、巡礼者たちを避難させていたが、まだ順番待ちをする人たちが大勢いた。

 ぼくたちのタイルを目視した地上の人々から歓声が上がった。

 ぼくたちのスライムたちが分裂すると水鳥に変身し、それぞれの主の乗るタイルから各検問所へと分裂して飛び立った。

 ぼくたちのタイルが北の検問所の真上に到着する時には、ずらりと並んだスライムたちのエスカレーターが増設されていたため人の流れが格段に速くなり、ぼくたちが着陸できるスペースを十分に確保できた。


「何とか、再び大聖堂島が揺れ出す前に教会関係者以外の避難が完了しそうです。いつもながら、ご協力ありがとうございます」

 治安警察隊員は安堵の表情を浮かべてぼくたちに礼を言った。

「水竜のお爺ちゃんが必死になって嫁さんを励ましている姿を見た人々は、教会関係者たちが儀式を行ってもう一度大聖堂島を動かすことに賛成してくれたから、大きな混乱もなく避難誘導ができました」

 最低限の荷物で速やかに非難することを呼び掛けていた治安警察隊員たちは、大聖堂島の聖獣の危機に誰もが協力的だった、と語った。

 水竜のお爺ちゃんが大暴れしたら人間の命の危機に直結する事態に発展しかねないので、人々は所持品よりも速やかに避難する方を選んだような気もする。

「ぼくたちは大聖堂に向かいます。隊員のみなさんの避難まで完了したら、スライムたちがぼくたちの元に戻ってくるので連絡は不要です」

「わかりました。よろしくお願いいたします」

 ジェイ叔父さんとノア先生たちは父さんとグライダーを操縦できる治安警察隊員たちと逃げ遅れた人がいないか大聖堂島をパトロールすることになっているので、ここで別れた。


 ぼくたちが徒歩で大聖堂まで向かうと、傾いた島内は固定されていない物が全て流されてしまいあちこちの建造物に引っ掛かっていた。

 ぼくたちは北の検問所に着陸したことを早々に後悔した。

 体を反らせて踵で踏ん張ってブレーキをかけて歩かなくてはならないなら、下り坂より上り坂の方がまだマシだったろう。

 島内の様子を確認したくて徒歩にしたのだが、父さんみたいにタイルに乗ったままの方が絶対に楽だった。

 ぼくたちはお互いの顔を見合わせ、同時に収納ポーチからタイルを取り出して飛び乗ると、ようやく周囲を細かく確認する余裕ができた。

 傾く島内で三半規管をやられた帝都の中央教会の寄宿舎出身の神学生たちが、自分たちのできる限りのことをするために、よろめきながらも祠巡りを決行していた。

 志は素晴らしいが、身の安全を優先しよう、と声をかけると、カイル君たちが来た!と神学生たちは泣きながら喜んだ。

 タイルに乗るように声をかけると、神学生たちは這いつくばってぼくたちの元に駆け寄った。

 キャロお嬢様とミーアのタイルには遠慮して誰も近寄らないので、ミーアは自分のスライムにタイルの操縦を任せてキャロお嬢様のタイルに飛び移った。

 まだ島内をうろつく教会関係者たちがいるのか、とタイルに乗った神学生に尋ねると、教会の下働きの人たちが祠巡りをしている、とのことだった。

「大聖堂の建物はおそらく大きな魔術具です!次の揺れに備えて大聖堂に避難して下さい!」

 安全な場所で神々に祈るように、とぼくたちは道すがら大聖堂に残っている教会関係者に拡声魔法で声を掛けた。

 噴水広場の前まで来ると露店主たちは壊れたワゴンや商品を放置してすでに避難していた。

「壊れてから時間が経過しすぎていて、修復魔法も使えないね」

「気の毒だけど、どうしようもない。大怪我をした人たちはいない、と治安警察隊員たちが言っていたけれど、壊れたのが物だけで本当に良かった」

 ケインとウィルの話にぼくたちは頷いた。

「神々に祈りを捧げるために人々が集う神聖な聖地だから、神々に守られたのかもしれないね」

 ぼくの言葉に神学生たちは頷いた。

「私たちは神学校の書庫にいたのですが、ドサドサと本が棚から落ちたのに誰も怪我をしませんでした」

「書庫の奥でカイル君のスライムが競技会の映像を見せてくれたのでコッソリ上映会をしていたのです」

「決勝戦が終わるとスライムは消えてしまったのですが、ついつい試合の感想を語り合っていたのです」

 神学生たちを書庫に誘い出したのがぼくのスライムで、途中で入れ替わった母さんのスライムが上映会終了後、速やかにワイルド上級精霊に回収されたのだろう。

「ドン、と突き上げるような縦揺れが起こった後、ゆっくりと校舎が傾きだしました」

「校舎が倒壊するのかと考えて外に飛び出したのですが、外も傾いていたので驚きました」

「脳内に、イタイイタイ、タスケテ!という悲鳴のような声が聞こえて、どこかで誰か下敷きになっているのだと思い、みんなで声を掛けながら怪我人を探しましたが、転んだ、ぶつけた、程度の怪我人しかいなかったのです」

 水竜のお爺ちゃんの嫁の精霊言語の叫びで、人的被害が出ているのではないかと誰もが思い込み、みんなで声掛けしたことで、治安警察隊員たちが人々の状況を確認しやすくなったのだろう。

「湖の様子を確認しに行った人たちから、大きな水竜が湖面から顔を出し苦しそうにしている、と情報が入り、下敷きになっている人間の魂の叫びではなく、水竜のことだと気付きました」

「水竜のお嫁さんが大聖堂島に下敷きになっている話は知っていましたが、本当のことだったのかと驚きましたよ」

「カイル君たちと共に旅をしている水竜が飛んで帰ってくると、巨大化して大聖堂島に巻き付いた時は生きた心地がしませんでしたね」

「その後すぐに、大聖堂島の転移の部屋から教皇猊下と一緒にタイルに乗っていた紫紺の髪色の男性がカイル君の父だと一目でわかった、という話を人伝に聞いたのですが……」

「ぼくは養子だから容姿が似ているとしたら気のせいだよ」

「……似ているのはタイルに乗って転移するなんて奇抜な発想の方だと思うよ」

 神学生たちの話にケインがオチをつけると、疲労が滲む顔をしていた神学生たちにも笑いが起こった。

「ええ、そうですね。行動力がそっくりです。ジュエルさんはタイルで飛行したまま大聖堂を出ると即座に検問所に向かい、スライムたちを教会都市とをつなぐ動く橋にしてしまいました。どこに人々を避難させるのか?とおろおろしていた治安警察隊員たちは、教会都市に誘導すればいいだけになったので、その後の行動が円滑にできていました」

 事前に入念に教会都市の地図を頭に入れていたからできたことだが、父さんが複数のスライムを使役して瞬く間に橋を架けたことになっていた。

「次の揺れで大聖堂島は水平になるはずだから、成功してからあらためて橋を架け直すことになるかな。物資や巡礼者たちをじゅうぶん運べるほどの大きさのタイルを制作する素材がないんだよね」

 ぼくが見通しを説明すると、大空を飛んでみたいですね、と神学生たちは新しい橋よりタイルの魔術具の完成に期待を寄せた。

「洗礼式の踊りで大聖堂島を水平に浮かすことを成功させましょう!」

 キャロお嬢様の言葉にぼくたちは頷いた。


 大聖堂に到着すると神学生たちは礼拝所で祈りを捧げようとしたが、若い神学生こそ学ぶ必要がある、と教皇が判断して参列者に交ざることになった。

 名前を呼ばれて教皇から手渡されたスカーフは黒だったのでぼくが闇の神の役だと周知されると、おおお!と声が上がった。

 誰が光の神の役になるのかと注目を集める中、カイルの猫、と呼ばれたみぃちゃんだった。

 おおおおお!と上ずった声が上がるが、教皇は続けて、ウィリアム、と呼ぶと、ウィルが嬉しそうに白いスカーフを受取った。

 みぃちゃんの首輪の上から白いリボンを結んであげると、みぃちゃんは誇らしげに胸を張った。

 火の神役にはキャロお嬢様とキャロお嬢様のスライム、空の神役にはミーアとミーアのスライムとみゃぁちゃん、風の神役にロブとロブのスライムとみゃぁちゃんのスライム、水の神役にボリスとボリスのスライムとみぃちゃんのスライム、土の神役にケインが立ち位置に着いた。

 ぼくとケインだけが魔獣の付き添いがないのは、かつて光る苔の水をがぶ飲みしたから魔力量がおおすぎるからだ。

 眷属神役にケインのスライムが分裂して頭数だけ合わせ、キュアが先頭に立った。

 二人の上級精霊の見立てによると、足の短いキュアはほとんど飛びながら踊るので奉納する魔力を適量に留める調整役になるらしい。

 エスカレーターに変身していたスライムたちの分身が戻ってくる頃には大聖堂島の準備は完了していた。

 東西南北の教会に分身を派遣しているアナベルが、蓄音機の前で全教会での準備ができた合図として触手を振った。

 何度も踊ってきたぼくたちでも、掌に汗が出るほど緊張して膝の横で拭いた。

 斜めに傾いた大広間では目を開けると酔いそうになるのだ。

 薄く目を瞑って大広間の内装を見ず、重力を感じて立てば姿勢が整う。

 踊りながら立ち位置を変えるのだが、床の魔法陣を正確に踏まなければならず、かつ、神々の祝福を得られるように美しく踊らなければならない重圧がぼくたちにのしかかっているからだった。

 ぼくたちならやれる。大丈夫だ。

 ぼくたちが深呼吸をして気持ちを落ち着けると、アナベルが開始を告げる口笛を吹いた。

 蓄音機から音楽が流れると目を瞑りただ一心に踊り始めた。

 動き始めると体が温まり、いつもより足が伸びて大きくジャンプすることができた。

 着地した床に魔力を吸われる感覚があるので適切な場所で踊れている実感を得た。

 大広間の魔法陣が光っているのか瞼の裏に黄金の光が透けていた。

 跪いて魔力奉納をしている参列者の鼻歌が徐々に自信を持った力強い旋律になると、瞼の裏の光の色が真っ白になり、足首にかかる負担が次第に軽くなった。

 神学生たちの証言にあった、ドン、という突き上げる衝撃はなかったが、大聖堂島が浮かび平行になってきているのだろう。

 まっ平らになっただろうと確信して目を開けると、大広間いっぱいに出現した精霊たちがぼくたちに合わせ踊っていた。

 分裂したたくさんのケインのスライムたちがキュアを筆頭にグルグルと回るのに合わせて色とりどりの精霊たちが渦を巻くように回り、下から輝く魔法陣の黄金の光はキャンプファイヤーの炎のように揺らめき、大広間中に白い光の線が走る空間は光の嵐の中にいるようだった。

 これだけ光っているのに網膜に負担がない優しい光だった。

 戦争が終結し、邪神の欠片が消滅し、大聖堂島が浮かんで水竜のお爺ちゃんの嫁が解放され、これからは二匹の水竜が大聖堂島を守っていくでしょう、と神々に祈りを捧げると、体中がぽかぽかと温かくなった。

 東西南北の教会からアナベルが魔力奉納をした魔力が、世界中を巡って神々の御力を得て大聖堂島に戻ってきた感覚がした。

 ああ、ご神木を守るために必死だったパンダは、世界の理に触れて還ってくる魔力の中からぼくの魔力を見つけたのか。

 そんなことを考えていると音楽が終わっていた。

 ぼくたちが深々とお辞儀をすると、集まっていた精霊たちが一斉に天井を突き抜けて外に飛び出した。

 ぼくたちは平らになった床を触り成功を噛みしめていると、参列していた教会関係者たちから拍手が沸き上がった。

 大広間の扉が自動的に開き、おおおおお!と歓声が上がった。

 大聖堂にも魔力が満ちて細かな部分も動き出したようだ。

「大成功、と言っていいのでしょうか?」

 キャロお嬢様の疑問にぼくたちは返答できずに小首を傾げた。

 大広間が光り輝き精霊たちが狂喜乱舞して大聖堂は水平になったが、水竜のお爺ちゃんの嫁が脱出できたかどうかの確認ができるまでは、大喜びはできない。

 “……カイルッ!やった、やったぞ!ありがとう!”

 “……カイルさん。ありがとうございます”

 二体の水竜の精霊言語が脳内に響くと、ぼくたちは、ヤッター!と大声を上げた。

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