閑話#1
ジュエルは上司に息子たちとの”研究成果”を知らせたいようで…。
事務仕事なんて自宅でもできるはずなのに毎日仕事のために城まで来なければいけない理不尽さに、目の前に上司がいるのにもかかわらず憮然とした態度になる。
「何度言われてもしばらく現場には行きませんよ。あの子はまだほっとけない状態だ。現場は俺が居なくても動けるように後任は育っているはずだろ」
「あの惨殺の後だから文官は誰も行きたがらない。今年の採掘予定が崩れるからこれ以上の遅れはまずい」
「騎士団にでもやらせればいいだろ、ほら、非常事態だとか何とか言って。犯人の目星もつかないところに文官行かしても足手まといだ。後は設置だけだからあほでもできるぞ。そういう風に設計してあるんだから」
「騎士団に要請するのは俺の仕事じゃない。俺はお前に再度依頼したという事実があればいいんだ。誰が行っても橋が架かるのはわかっていることだ。面倒なのは重々承知だがこれも手続きの一つだ」
初老に差し掛かる小柄な上司が少しでも威厳を出すためだけに伸ばしている口髭をせわしなく触る。童顔というか存在自体が若く見えるせいで後ろを向けば年下に見える。なめてかかられそうだが、この領地で上から数える方が早いくらいに身分の高い御仁で、実際になめてかかる人はほとんどいない。
「偉い人の規則は守らないとならんのはわかるが、人を変えて何度も同じこと言われても、こっちの事情は変わらないから無理なもんは無理。できなきゃ辞めます」
「知ってるから。お前さんに辞められて困るのは俺と辺境伯だから辞めるって言わんといてね。あの子もちょっとは落ち着いたって聞いているけどどうダメなんだ?」
「保護したばかりの時のように虚ろな目で、ブツブツ小声で言ってたことを覚えていないのは変わらないし、あの暗い目つきで時々隅っこをぼうっと見つめているんだよ。一日に何度も。子どもらしく玩具でも遊ぶしケインの面倒もよく見るけど、とにかく働くんだ。家事を手伝ったり、婆の薬草を仕分けたり、手が空いたらとにかく働く。いるか?そんな三才児」
「働き者で、時々虚ろな目をする三才児ね。……もうすぐ四才でもいていいわけがないな」
「玩具作ってやると喜ぶんだよ。子どもらしく笑うし。改良点をすぐ指定してくるし。使いこなすの早いし。ほっとけないよ」
「……それ、お前さんが楽しんでないか?」
「いやぁ、実用性が高すぎてまいっちゃうよ。遊びだけにしておけないもんが出来上がるんだ」
「まさか…あれか?」
部屋の中に入ってきた時から気にしていたであろう、頭上を旋回している鳩を指差した。
この部屋に見知らぬものがあるのは珍しいことではなく、それを先に指摘したら話が本題に進まないのであえて無視するのが周知されている。
「この世界は多かれ少なかれみんな魔力があるけど、使わなければ風呂上がりの湯気のように体から滲み出ているんじゃないかって、カイルが言ったんだ」
「まあ意識しなければ駄々洩れだろうな。本当に聡い子だ」
「集めて玩具を動かせるかって聞くもんだから、物を動かせるほど漏れ出していないって言ったら、動いている物を動かし続けるくらいできるかもって独楽を作らせられたんだ」
「あれは鳩だろ。…ったく、話が長いぞ。本題を話せよ、ほ、ん、だ、い、を!」
「まあ聞けよ。ン?あれ、どこまで話した?」
「独楽作ったこと」
「ああ、姿勢制御と運動継続の魔法陣描いたんだが、ケインはできてもカイルは無理だったんだ」
「血縁ではないからな、魔力の質が違う」
「魔術具にするなら独楽だと大きくなりすぎるので鳥の玩具にするってハンカチに紐付けてブンブン回すから、飛ぶ動力は手動にして姿勢制御と方向指示つけて作ったんだ。子ども用は動力付けてないけど、俺用のやつは魔石も組み込んで推進力付けたら飛距離がえらく伸びてな。王都の妹のとこまで飛んだぞ」
「!、…そいつぁ…、」
「操作性がいまいちでな、精神力が必要だが、魔力はほとんど使わない。改良が必要なのは間違いないが、もともと場所を指定してそこまで飛ばすのはできそうだ。だからね、二三日でいいから家に籠らせて」
「…………却下。有用性は認めるけど、ほかの仕事が滞る。騎士団にも売りに行くな。うちで完成させる。間違いなく改良させるからここで仕事してくれ。あとその鳩、俺も飛ばしたい」
「家に帰った方が素材もいっぱいあるんだけどなぁ~……」
「なら、俺の研究室の素材を使っていいよ。早くバラしてみたいが、まず外で飛ばしたい。外から執務室に飛ばせるか?」
「窓ガラス割って侵入しますよ」
「…妹さんの家の窓ガラス割ったな」
「だから降りる場所をまともな場所に指定しないと」
「どうやって妹さんの居場所を特定したんだ?」
「王都までは方角で、細かい探査は妹の魔力の魔石を咥えさせて探させた」
「なるほど、相手の居場所が大まかにしかわからなくてもいいんだな!」
「それだと操作に使う精神力がもたない。特定の場所にした方が間違いが起こりにくいはず。それに今は旋回飛行時間の計測中だから貸さないよ」
「いつから飛ばしてるんだ?」
「昨日の晩飯後から」
「寝ている間も飛んでいるのか?」
「連続飛行継続中だからな」
「自動で飛び続けるのか?」
「飛ばす操作というか、飛び続けることを意識はしているぞ。…ケインのやつ、飯食いながら独楽を回し続けているんだ。ジーンはお行儀がってうるさいんだけど、すごい集中力だと思うだろ。だがな、書類仕事しながら魔法陣拡大時のずれを計算したりできるだろ。そんな感じに頭を使えばできるかなと思って試してみた」
「普通はできない」
「いや、吟遊詩人が歌いながら竪琴弾けるだろ、あんな感じ」
「ああ、最初はできなくても練習したらできるやつだろ」
「いや考えなくてもできるやつ」
「…普通は練習して成功経験を積み重ねることで、並行して別々のことができるようになるんだ。」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。私もその鳩欲しいんだけど」
「ジーンがまだ納得できる仕様になっていないからダメ」
「じゃあさ、じゃあさ、実験終わったら触るだけでも……」
「……」
「………」
「あのう…。次の会議のご予定が…」
いつの間にか部屋に数人が押し入ってきて上司を抱えて連れ出していった。
「私の鳩………」
廊下から小さく恨めしそうな声が聞こえてきた。