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想定外の要素

「ホットココアにマシュマロは必須。他にも目新しい物があると、もう少し打ち解けるかもしれないから、帝国南北の森の恵みを集めた贅沢な木の実のタルトを用意しました」

 ぼくは領城の厨房に転移していたが、帝都では今頃、競技会の決勝戦の決着がついたケインやたった今時が戻ったことに気付いたデイジーが、問題なく振る舞える時間軸だった。

 月白さんが皇帝に圧縮した精霊言語で事の次第を伝えるので、今頃、皇帝は競技会会場を慌てて後にしているはずだ。

 教会関係者たちは、今すぐガンガイル王国で洗礼式の踊りの全体稽古をしろ!と天啓、もとい、月白さんの指示が脳内に響いているはずだ。

 洗礼式を予定している子どもたちと関係者たちにも同様の指示が出ているはずなので、今頃、辺境伯領は大騒ぎになっているはずだ。

 辺境伯領主エドモンドと教皇も洗礼式の全体稽古に参加する予定だから、強権を発動させ無茶苦茶な要求を押し通すだろう。

 ぼくのスライムアナベルは作戦会議に参加していないのに、光影の剣で消滅させられた直後、領城の厨房でのやり取りのところまで、時を戻され、たった今シロから圧縮した精霊言語を受取り、作戦内容を確認している最中だ。

 “……了解したわ!面白い作戦ね。家族会議の結果らしい作戦で、あたいはこういうの好きだよ”

 羽虫に変身しているアナベルが過去五回の精神汚染に打ちのめされていないかのように元気に振舞った。

 アナベルが上映会をしていた地域には競技会終了直後のケインのスライムとみゃぁちゃんのスライムを除いた家族同然のスライムたちが入れ替わっているから、アナベルはほぼ完全体な状態だ。

「かぼちゃの種にクルミにアーモンド、おや、イチジクまで入っているうえに、上質な蜂蜜とバターをふんだんに使用していますね。うわぁ、これは妹に食べさせてやりたい!」

 差し入れの内容を一部変更すると屋台のおっちゃんの反応も変化した。

 透過性の高い鎧兜を身にまとったキュアが厨房を飛行しているのに、料理人たちもガンガイル王国のスパイの元騎士も気付いていないが、屋台のおっちゃんはキュアが飛んでいる場所にさりげなくナッツを飛ばしている。

 隠密行動なのにつまみ食いをするキュアのせいで空中のナッツが消えていることに、料理人たちは誰も気付いていない。

 緊張感に欠けているが、何事も楽しむ心の余裕がないと、過度な緊張が負の感情になりかねない。

 透過性の高い鎧兜を身にまとったみぃちゃんはポーチの中で待機中だ。

「新しい調理助手はずいぶん若いんだね」

 男に差し入れをする領主一族の男性が厨房にやってくると、屋台のおっちゃんが味見のココアと木の実のタルトを用意し始めたが、ぼくはカップを普通のカップにすり替えた。

 屋台のおっちゃんと元騎士が、作戦変更か?とこめかみをピクッとさせると、領主一族の男性を呼びに来た使用人が厨房に慌ただしく飛び込んできた。

「皇帝陛下が抜き打ちの視察にいらっしゃいました!」

 厨房は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

「前触れもなく城の転移魔法の部屋に皇后陛下をお連れになった皇帝陛下がいらしたのです!両陛下はすぐさま領城の視察をされています!」

 口角から泡を吹き出しながら説明する使用人に領主一族の男性が取りすがった。

「あああああ!なんということだ!だから、勅命を遂行するために、礼拝室の扉を壊してでもあいつを引きずりだすべきだと言ったのに!」

 ガタガタと震える領主一族の男性を尻目に、厨房は皇帝陛下にお出しするお茶とお菓子に丁度いいものがあるじゃないか!と男に差し入れるココアと木の実のタルトを見て料理長が喜んでいる。

 皇帝の登場で差し入れは中止になりケーキが流用されることを想定して大きなタルトを用意していたが、皇后アメリアまでついてくる予定外の事態に、ぼくと魔獣たちは驚いた。

 “……ご主人様。数回、時を戻している間にアメリアは前前世の記憶を少し思い出したようで、競技会終了直後に緊急視察を決定した皇帝についていくと駄々を捏ねました”

 シロが精霊言語で説明すると、羽虫のアナベルが申し訳なさそうに震えた。

 “……あたいね。アメリアのスライムの指導役だったじゃない。アメリアの離宮にはアメリアのスライムしかスライムはいないから、話し相手にとちっちゃい分身を派遣していたんだよね”

 アナベルの分身が精神汚染された時にアメリアのスライムまで精神汚染に巻き込まれアメリアにも波及しそうになった時に、前世や前前世の記憶を思い出したのだろう。

 “……出産で亡くなる時に気にかけていたのが子供たちの将来で、前前世の皇帝が領地を分割して子どもたちに平等に分け与えたことに、領地経営に向かない子もいたのに、と思い出したアメリアが激怒したのです”

 皇后アメリアは子孫の状態を確認しにわざわざ乗り込んできたのか。

 まいったな。

 “皇帝たちが王宮から転移する際、ワイルド上級精霊様がジョシュアとウィルとイザークに女装させてアメリアの従者に仕立て上げました。只今、中庭で大地の神の祠で魔力奉納をしています”

 映像付きの精霊言語でシロがその様子をぼくと魔獣たちに伝えた。

 ガンガイル王国風の布をふんだんに使用したアメリア妃とお揃いのドレスを身にまとった美少女に三人は仕立て上げられている。

 行儀見習いで皇后陛下に付き添う高位貴族の少女たちの指導役のような立ち位置でドレス姿のワイルド上級精霊が控えていた。

 しょっぱなから予想外のことが起こったのに問題なく対処するワイルド上級精霊の手腕が凄すぎる。

「ホットココアは何人分用意できますか!」

 料理長は貴重な食材のココアパウダーの量を気にして、来賓全員に振る舞えるかを元騎士に確認した。

 慌ただしい厨房のことは元騎士と屋台のおっちゃんに任せ、ぼくは手洗いに行くふりをしてそっと厨房を抜け出した。

 トイレで隠匿の鎧を身にまとい、まだ時間があるので中庭を覗くとちょっとしたお茶会の準備に大わらわになっていた。

 ここで皇帝は接待を後回しにして、護りの結界がおかしいな、と口にして礼拝室前の廊下に行くことになっている。

 皇帝の小芝居が始まる前に、姿を隠したぼくと魔獣たちは礼拝室前の廊下に先回りした。


 自分たちの魔力の気配を外に漏らさないように注意しながら廊下に行くと、手紙が落ちていたが、放置して皇帝たちの到着を待った。

 ここで重要なのは、皇帝が結界を強化するまで男を刺激せず黒い霧を発生させないことだが、皇后アメリアの登場で、どうなるのか見当もつかない。

 使用人たちのざわめきが城内に広がったということは、皇帝が礼拝室の前を見たい、と言い出したことが伝わったからだろう。

 ほどなくして、領主を先頭に皇帝と皇后アメリアと兄貴とウィルとイザークとワイルド上級精霊が廊下の角を曲がってきた。

 神々の記号や絵姿が隠し絵として描かれている廊下の端で皇帝は立ち止まると、予定通りの小芝居を始めた。

「やや、これはずいぶんと古い魔法陣を使用しているな?其方、領主就任後に領地の護りの結界を張り直していないな」

 領地の護りの結界が世界の理と繋がっていない領地へ抜き打ちで視察に行っている皇帝は通常の仕事と変わらないのか、自然な口調だった。

 顔面蒼白の領主は言い訳もできずガタガタと震えていた。

「其方の処遇は後回しだ。早急に結界を強化せねばならぬ。アメリアは危ないからワイルドの後ろに下がっていなさい」

 黒い霧が発生しても愛しの妻に害がないようにワイルド上級精霊を盾にしようとしたが、ワイルド上級精霊は当然だという表情で皇后アメリアと兄貴とウィルとイザークを自分の後ろに案内した。

 おろおろするだけの領主にワイルド上級精霊が一睨みをすると、領主は一番後ろまで下がった。

 皇帝から処罰が下ることを恐れる領主は、負の感情が多すぎて黒い霧に取り込まれやすいから最後尾にいるのが妥当だ。

 ぼくと魔獣たちも邪魔にならないように廊下の奥に下がり、皇帝の動線に被らないようにした。

 皇帝は廊下の壁に手をついて魔力を流すと、礼拝室の中でガタっと音がした。

 中に人がいることを隠している領主の首が伸びたが、皇帝は気にすることなくそのまま壁に手を這わせたまま移動して礼拝室の扉に手をかけた。

「小さい扉が邪魔だな」

 皇帝は懐から魔法陣が描かれた紙を取り出すと小さい扉をすっぽりと覆うように張り付けた。

 羽虫になったアナベルはフワフワと飛んで封印が完璧かどうか確認しに行こうとしたので、やめなさい!と止めた。

 邪神の欠片がアナベルを執拗に狙っているのに近づくなんてもってのほかだ。

 皇帝は魔法陣の紙に魔力を流し漏れがないのを確認するとワイルド上級精霊に向かって頷いた。

 ひとまず、小さな扉の封印に成功したことにぼくたちは安堵した。

 皇帝は扉の前に落ちていた手紙を拾うと、カレーパンが食べたいのか、と呟いた。

 礼拝室の中でガタガタと大きな音がした後、バンと扉を叩く大きな音がすると、ヒェーと領主の喉から奇声が出た。

 小さな扉を封印されたことに激怒した男の怒りの力を使用して礼拝室内で黒い蔦が暴れまわっている音だろう。

「ガンガイル王国王家の姫の末裔なのに、いくら東西南北の貴重なスパイスを使用した高級品のカレーパンが食べられないからといって、そんなに激怒したらいけません!」

 後方に下がっていた皇后アメリアが突然大声で男に呼びかけると、男が驚いたのか礼拝室内の物音が止まった。

「私は帝国皇帝第一夫人に最近格上げになり、皇后陛下、と呼ばれるようになりました、ガンガイル王国前国王次女、アメリアと申します。あなたの家系にはガンガイル王国王族から嫁いだ方がいますのよ。私はあなたの親族なのです!夫があなたの体を心配して新しい義手と義足を用意する、といっているのにいつまでここに引き籠っているのですか!」

 ぼくたちの計画に入っていなかった皇后アメリアの言動は、図らずとも予定を前倒しにするものだった。

 だがしかし、この流れに乗ってしまうには予定時間より早すぎる。

 まだ辺境伯領で洗礼式の予行演習をしている最中で、今頃、三つ子たちが教会の鐘をガンガン鳴らし、七大神の配役を決めているころだろう。

 中庭の大地の神の祠に皇帝や皇后やウィルたちが魔力奉納をしたから、この領の結界は強化されているが、北側の端から神々の祝福が降り注ぐ恩恵のおこぼれを頂戴する予定が狂ってしまうだろう。

 皇后アメリアの行動をワイルド上級精霊が止めない、ということは、このまま様子を見た方がいいのだろう。

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