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緊急家族会議!

「身を伏せて競技台に変身していた、ということなのですね」

 寮で開かれた優勝準優勝を祝う会で事の真相を知ったドーラさんは、それでもまだ理解できずにいた。

「試合開始の合図と同時に競技台に斜めの緩やかな傾斜が付いたのは、幻影魔法ではなく、みゃぁちゃんのスライムが広がって競技台に偽装していたのです!ですが、私たちが白く染めたパネル自体はみゃぁちゃんのスライムを突き抜けたため本物で、競技台が高くなっている実感が試合終盤までなかったのですわ!」

 最後の刺股の電撃攻撃まで気付かなかった、とデイジーが悔しそうに言うと、キャロお嬢様が鈴を転がすようないい声で笑った。

「私たちが身を伏せている上にスライムが覆いかぶさったのは作戦ではなく、みゃぁちゃんのスライムの思い付きでしたからね。数匹のスライムたちを試合中に自由に行動させていたのですよ」

 祝賀会でケインたちから実際に話を聞くまで、ぼくたちも鎧のステルス機能と幻影の魔術具の二重のトリックだと誤解していたが、本当はみゃぁちゃんのスライムも競技台の偽装をしたから三重のトリックになっていた。

 東方連合国合同チームとの対戦には綿密に計画を立てて幻影の魔術具を調整していたが、先読みのできるデイジー対策に遊撃手として何の役割もないスライム数匹を好き勝手にさせたら、あんな試合展開になったらしい。

「幻影の魔術具によって白の自陣から競技台を見ると、競技台の奥が広がっているように見えましたわ。鎧兜の装備で戦っているのがスライムたちで、皆さんがどこかに隠れているだろうと気付いたのですが、みゃぁちゃんのスライムが絨毯のように広がっていたのでは、どこに隠れていたのかわからないのも仕方なかったのですね」

 マリアの言葉に小さいオスカー殿下とアーロンが頷いた。

「私は遊撃のスライムたちの魔力に反応してしまい、皆さんはもう少し奥にいるかと考えていましたわ」

 デイジーが読み違いをしていた事を認めた。

「鎧兜のスライムは頬を上げる仕草や前髪を払う仕草がキャロライン姫そっくりだったので、戦っているのはキャロライン姫で、どこかに潜んでいる方がスライムたちなのか?と途中から訳がわからなくなりましたわ。手加減なんて一切できないくらい必死で戦っていたところに本物のみなさんの姿が現れたので、びっくりしました」

 呆気に取られていると、デイジーの雷撃をかわしきれなかったはずなのに薄く広がっていたみぃちゃんのスライムの下を電撃が走ったので事なきを得てホッとしたところを、ミーアの猫に膝カックンされてミーアに担がれ、気が付いたら場外にいた、とマリアが笑った。

「隠匿の魔法を解いた後、最も近くにいる選手を場外に放り投げることだけ決まっていましたから、大柄な男性だった場合に備えて、私の猫と訓練していたのですが、本番でキャロお嬢様がデイジー姫に突進していたので偶々私がマリア姫の前になってしまったのです」

 キャロお嬢様がデイジーにスライディングタックルを決めてしまったから、競技台中央でキャロお嬢様の補佐に回っていたミーアは必然的にマリアに相対峙せざるを得なかったのだ。

「東方連合国合同チームの代表の小さいオスカー殿下をケイン君が抑え損ねて、陰のチーム代表のデイジー姫を場外に落としたキャロライン姫が最優秀選手に選ばれたのは当然の帰結でしたね」

 オーレンハイム卿夫人の言葉に小さいオスカー殿下を仕留め損ねたケインが苦笑し、間一髪だった、と小さいオスカー殿下が笑った。

 食堂のおばちゃんたちはガンガイル王国留学生チームの優勝を信じていたが、どちらが勝っても祝賀会をする予定でたくさんの料理を用意してくれていた。

 美味しい料理にお腹を満たしつつ、競技会のトリックを理解できない面々が何度も同じ話を選手たちにねだるが、奇想天外な試合展開の興奮が残る選手たちは苦にならないようで、話しながら詳細を思い出して笑っていた。

 “……コワイコワイコワイコワイヤバイヤバイヤバすぎる!”

 突然、ぼくの掌が熱くなりぼくの肩の上で談笑を眺めていたぼくのスライムからとてつもない邪悪な気配がした、次の瞬間、ぼくはワイルド上級精霊の亜空間に招待されていた。


 ワイルド上級精霊の真っ白な亜空間にぼくのスライムはいなかった。


 言いようのない喪失感で胸が苦しい状態のぼくは、両手を真っ白な床につけ四つん這いになった。

 掌の熱は消えていた。

「カイル。色々と、しくじってしまったんだ」

 ワイルド上級精霊の言葉に顔を上げたぼくは亜空間に招待された面々を見て驚いた。

 兄貴とケインと父さんと母さんとお婆とジェイ叔父さんとウィルとイザークとそれぞれの魔獣たち。

 洗礼式を終えた家族と家族同然だけのメンバーだけだった。

「カイルのスライムの分身が邪神の欠片に取り込まれた。今、カイルのスライムの本体は、別の亜空間に閉じ込めている」

 どうして!とぼくたちが茫然とすると、亜空間に巨大スクリーンが現れた。

「あっという間の出来事だったから、少し前から現場を見ることにしよう」

 ワイルド上級精霊の言葉と同時にスクリーンに映像が映し出された。

 礼拝室の入り口の扉に食料を差し入れるためと思われる小さな扉が付いており、手紙が一枚落ちていた。

 温かい飲み物とクッキーを乗せたトレーを手にした領主一族の男性が落ちていた手紙を拾い小さな扉を叩くと、鍵が開くような音がした。

 小さな扉にトレーを押し付けると、猫の出入り口のように扉が下から開きトレーが内側に吸い込まれた。

「これは、通常の差し入れと変わらないものだった。手紙には昨日のおやつのカレーパンが美味しかったからまた食べたい、と書かれていて、これもまたいつものやり取りと大差なかった」

 羽虫のようなぼくのスライムの分身が小さい扉が閉まる前に中を覗き込んでいる。

「スライムの分身のこの動作も、いつもと変わらず、禍々しい気配がするだけで中は全く見えない」

 スクリーンには領主一族の男が手紙を読んで、カレーパンか、美味いよな、と呟いた瞬間、扉の奥から大きな呻き声がして領主一族の男の肩がビクッと上がった。

『何でなんだ!何で!ココアに白くてフワフワしたお菓子がついていないんだ!』

 元研究員の男が差し入れのホットココアにマシュマロがついていなかったことに激怒する声だ、とぼくたちが気付いた時には小さい扉の隙間から溢れ出た黒い霧にぼくのスライムの分身が反応して光影の魔法を発動し閃光を放ったが、ぼくのスライムの分身は黒い霧に包まれて小さな扉の隙間へと引きずり込まれた。

「ああ、この瞬間、ぼくのスライムは恐怖の悲鳴のような精霊言語を発したのか!」

 ぼくのスライムの悲鳴が聞こえたケインとお婆とジェイ叔父さんが悔しそうに眉を寄せた。

 兄貴と妖精型のシロは俯いて額に手を当てている。

「それで、カイルのスライムは、今、どうしているのですか!」

 母さんが心配そうな表情でワイルド上級精霊に尋ねると、ワイルド上級精霊はぼくを見た。

「分身が邪神の欠片に取り込まれてしまい、本体に精神汚染が始まっている。まだ、正気を保っている部分もあって、カイルに光影の剣で消滅させてほしいと望んでいる」

 ヒィっと母さんの喉の奥が鳴り、魔獣たちは気の毒そうに顔を見合わせた。

 ワイルド上級精霊の言葉に、ぼくは両掌を広げてじっと見た。

 ぼくのスライムが別の亜空間に閉じ込められているから、まだぼくの掌は熱くなっていなかったが、邪神の欠片だけを消滅させてぼくのスライムを救出する事を絶対に失敗したくなかった。

 イザークがぼくの肩を叩いて、大丈夫だ、と頷いた。

「それが、大丈夫ではないんだ」

 ワイルド上級精霊の言葉に兄貴とシロが頷いた。

 そういえば、祝賀会会場からワイルド上級精霊の亜空間に招待された時、ぼくはどうしてあんなに激しい喪失感に襲われて四つん這いになっていたんだろう?

「もう、五回ほど時を戻して、やり直しているが、あまりいい状態にはならない。カイルの精神に負担がかかるから、やり直しの記憶を封じている」

「イザーク先輩の声の魔法の援助があっても、カイルのスライムは助からないのですか!」

 悲壮感の籠もった声色のウィルの言葉にワイルド上級精霊が頷いた。

「ココアの差し入れにマシュマロをつければ、あんなことにはならないでしょう!」

 震える声のお婆の言葉に兄貴とシロが首を横に振った。

「カレーパンが脂っこいと言って、翌日に同じことが起きます」

 シロの説明に、そんなぁ、とスライムたちが悲痛の声を上げた。

 ぼくの心がもたないから、とワイルド上級精霊の配慮で封じられている記憶が、みんなのやり取りを聞いていると、ほんのりと脳裏に浮かんでくる。

 初回のやり直しの失敗の原因はカレーパン。

 二回目はカレーパンの差し入れをそもそもしなかったのに、厨房で領主一族の男性が食べたカレーパンの匂いに、いいにおいがする!お前だけ何を食べたんだ!と男はブチ切れを起こした。

 三回目はココアもカレーパンも男に存在自体知られないように領城に持ち込まなかったら、何か足りない!とブチ切れされた。

 そのたびにぼくのスライムは、シロとみぃちゃんの真名を呼んでぼくに自分を消滅させてほしい!と悲痛な声で叫ぶのだ。

「……カサブランカ、ストレイチア、アナベル……」

 イザークが花の名前を列挙するとみぃちゃんとみぃちゃんのスライムとキュアがぼくの膝の上に載って号泣し、シロは姿を消してぼくの髪の毛の中に潜り込んだ。

 ぼくはぼくの魔獣たちの真名に花の名前を付けている。

 イザークもほんのりとやり直しの記憶を思い出したようで、声もなく両目から涙が溢れ出ていた。

「……ぼくのスライムの分身が邪神の欠片に取り込まれてしまったから、精神汚染をされているだけで、邪神の欠片そのものがぼくのスライムの本体の中にいないから、光影の剣をぼくのスライムの本体に使用すると、スライムごと消滅してしまうのですね」

 確認するようにぼくが言うと、ワイルド上級精霊が頷いた。

「カイルのスライムの分身は、世界中に散らばっている。邪神の欠片はその影響力が欲しいのか、カイルのスライムに狙いを定め、何度やり直しをしてもカイルのスライムを執拗に狙ってくる」

 五回やり直したうちの二回を全く思い出せない、ということはかなりひどい結果になり、厳重に記憶を封印されているのだろう。

 ワイルド上級精霊は何も言わずにぼくを見て頷いた。

「分身なら簡単に邪神に取り込まれてしまうし、本体をつれてやり直せば本体が攻撃を受けると世界中に散らばっている分身たちが精神異常をきたしてしまうのですね?」

 父さんの質問にワイルド上級精霊と兄貴とシロが頷いた。

「世界各地で競技会の上映会をしているカイルのスライムの分身たちを回収して、邪神の欠片との対峙に備える必要がある」

 強い口調のワイルド上級精霊の言葉には、ぼくが思い出せない二回の失敗による影響が世界中に及んだことが推測できた。

「上級精霊様!****が可哀想です!もう心が折れてしまいます!」

 ぼくのお腹に顔を埋めていたみぃちゃんがワイルド上級精霊を見上げて、やり直した記憶を消してもほんのりと覚えている恐怖感がぼくのスライムの心を折る!と訴えた。

「ああ、それでも本人はやり直すことを希望しているはずだよ」

 イザークの言葉にみぃちゃんが背筋を伸ばした。

「ああ、そうね。あたしもあの子に託されたわ。ディミトリーやアドニスが邪神の欠片から自分の精神を守ったようにあの子も必ずやり遂げる、と真名に懸けて誓ったのよね」

 みぃちゃんが思い出して言うと、ぼくの髪の毛の中に隠れていたシロが姿を現してみぃちゃんの手をとり、辛いけれどやるしかない、というかのように頷いた。

「わかりました。私たち家族が全力で、カイルのスライムに手を貸しましょう!」

 すくっと立ち上がった母さんの言葉に父さんが頷いた。

「世界中に散らばっているカイルのスライムの分身の代わりに、俺たちのスライムを派遣しよう」

「カイルのスライムはカイルを危険に晒さないために、全力で邪神の欠片の黒い霧に向かって行ってしまう!綿密な作戦を立てなくては駄目よ」

 母さんにつられて立ち上がった父さんに、お婆が釘を刺した。

「そうなんだ。カイルのスライムは時を戻しても邪神の欠片の影響を受けやすくなっている。カイルのスライムの強い正義感を逆手にとって、邪神に対する嫌悪感を煽るように黒い霧が挑発してカイルのスライムを扉の前に誘いだす……」

 すべてのやり直しの記憶がある兄貴の説明を頼りに、ぼくたちは緊急家族会議で入念な作戦を立てた。

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