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混沌の激戦

「あれはですね。私たちがあまりにも魔力量ばかり注目されて体力がないのでは?と思われていることが不快でしたから、敵選手たちを担ぎ上げようと考えたのですが、淑女が巨漢男子を持ち上げるなんて絵面が悪い、という意見が出たので袋詰めすることになったのですわ」

 帰寮後、キャロお嬢様の説明にミーアが深く頷いた。

 鎧兜で武装しておいて淑女もへったくれもないだろうと、誰もが思ったが口にする者はいなかった。

 明日の決勝戦に向けて選手たちは最終確認に訓練所に籠もった。

「魔猿の村でも評判がよかったし、南方諸島で帝国軍の襲来した地域に残る不発の魔術具の回収にあの魔術具を使いたい、という要望が上がっていたよ」

 ぼくのスライムの報告にハルトおじさんと寮長は満足そうな表情で頷いた。

「早めに販売できるようにしたいな。もう終戦を迎えたのに不発の魔術具が暴発して犠牲者を出すなんて忍びない」

「すでに問い合わせが数件来ています。元々は除草の魔術具を応用したにすぎませんから、魔術具回収のためだけなら貸し出しに、その後も農業用に魔術具として使用するなら販売にする方向で商会関係者と調整しています」

 ケインたちの努力が即座に実を結ぶ反応が得られてよかった。

 水竜のお爺ちゃんは図らずとも賭けに勝った男に奢られる結果になり、ご機嫌で夜の街に繰り出した。


 決勝戦の会場はガンガイル王国留学生チームと東方連合国合同チームの両チームのカラーの黒と白の布を持った人たちが半々といったところだった。

 第二皇子が出席するはずだったロイヤルボックスに皇帝が皇后を伴って臨席したことに会場内が総立ちになると白の布が増えたような気がした。

 小さいオスカー殿下が出場するチームを応援するのは帝国国民として当然なのだろうが、ガンガイル王国の商会関係の仕事をする人たちは黒い布を振り続けた。

 皇后がガンガイル王国出身で皇帝が皇后にメロメロなことは有名だったから遠慮をする必要はないのだ。

 両チームが整列すると大きな歓声が上がった。

 白と黒の自陣に下がった両チームの選手たちは試合開始の合図と同時に動けるように、さり気なくフォーメーションを組んでいる。

 ガンガイル王国留学生チームの全員が腰についている収納ポーチに手をかけている時点で、魔術具が飛び交う試合展開になることが予想された。

 競技台の両端からマリアとキャロお嬢様が向かい合うと、キリシア公国の火竜の姫!ガンガイル王国の男装の姫!と大きな声援が観客席から上がった。

 試合開始の合図とともにマリアの火竜が襲い掛かると、抜刀したキャロお嬢様の刀がマリアの火竜の炎を剣先で巻き取った。

 おおおおお!と大歓声が起こる中、キャロお嬢様が巻き取った炎を天井に薙ぎ払うと、炎が天井の結界に吸い込まれた。

「マリア姫の炎をデイジー姫が調整することなく直接対決できるのはガンガイル王国留学生チームだけですね」

 ハルトおじさんの呟きにぼくたちは頷いた。

 競技台中央の左右では小さいオスカー殿下とアーロンにボリスとケインが剣技で対決しており、二度目の炎を吐き出す火竜を肩に担ぐマリアの後方で横一列に並んでパネルを白く染める寄宿舎生たちの背後に刺股をかざしたデイジーが控えて、ガンガイル王国側からの攻撃を風魔法で払い避けていた。

 対する黒チームはキャロお嬢様を筆頭に先鋒を担当するケインとボリスの背後にガンガイル王国留学生チームの選手が横並びでパネルを黒く染め上げる後ろで、鎧兜を身にまとったみゃぁちゃんがまるで指揮を執るかのように睨みを利かせていた。

 両チームは自陣のそばのパネルを白と黒に染めておりほとんど左右対称になった陣形に、観客たちは推しのチームの色を叫んで応援した。

「特別な奇策もなく、マリア姫の飛竜さえ気にしなければ通常の競技会のようですね」

 今までの両チームの試合の中で一番派手さの欠けた試合展開になったことに、オーレンハイム卿夫人はがっかりしたように言った。

「通常ではありない試合展開ですわ。マリアは誰と戦っているのでしょう?」

「キャロライン姫はどこだ?」

 マイクとキャシーが、ガンガイル王国留学生チームの選手たちは鎧兜の中の人物が入れ替わっていることに気付いた。

「え?どういうことですか?」

「一部の選手はスライムだ!」

 オーレンハイム卿夫人が状況を理解できずに声を上げると、目を細めていたオーレンハイム卿が偽物のキャロお嬢様の正体を見抜いた。

「キャロラインに見える選手はキャロラインのスライムで本物のキャロラインはどこかに隠れているんだな!」

 ハルトおじさんの言葉にマイクとキャシーとドーラさんは目を皿のようにして競技台を見つめたが、見つけられずに首を傾げた。

「幻影魔法ではなくスライムが成り代わっているのですか!」

「わかりませんね」

「どうなっているのかまるで理解できません!」

「競技会の開始の合図の直後からガンガイル王国留学生チームの陣営は幻影魔法と現実が巧みに混ざりあっていて、私の脳が混乱しています!」

 アドニスの言葉にウィルが頷くと、商人風の格好をしたハントとガンガイル王国寮の従業員の制服を着たリリアナが、何を言っているんだ?と困惑した表情を浮かべながら首を伸ばして競技台を見た。

「マリア姫の火竜が届かない範囲が幻影魔法の影響下にあります」

 ジェイ叔父さんが端的に説明すると、混乱をきたしていた面々が目を擦って競技台を注視した。

「目で見て判断すると混乱するし、目を閉じて魔力の流れで状況を判断するにはあまりに試合展開が面白すぎて目が離せない!」

 ハルトおじさんの言葉にぼくとジェイ叔父さんとウィルは頷いた。

 キャロお嬢様のスライムはマリアの火竜の攻撃を受け流すだけでなく寄宿舎生たちの方向に振り払うと、デイジーが刺股で受け流し、その間にも黒チームから飛んで来る魔術具や魔法攻撃から寄宿舎生たちを守っている。

 小さいオスカー殿下とアーロンと対決するケインとボリスのスライムたちは刀から電流やら放水やら多彩な魔法を組み合わせて派手な対戦をしていた。

 横一列に並ぶ各選手たちのスライムも魔法攻撃や魔術具の投擲を切らすことなく続けており、後方のみゃぁちゃんが紐のついた球体の魔術具の回収用の魔術具をヨーヨーのように宙に投げて白チームから投擲される攻撃用魔術具を回収していた。

 何がどうなっているか幻影の魔術具を調節している作業を目にしているぼくたちは理解しているはずなのに、脳が今見えている物を優先的に判断しようとしてしまうので、情報処理が追い付かない。

 ガンガイル王国留学生チームの選手たちは兜の中に三次元スコープを装着しているので虚像と実物の区別がつくが、観客席にいるぼくたちは、スライムたちと入れ替わっている選手たちと透過する鎧で競技台と同一視ししてしまう本物の選手たちが競技台上に存在しているはずなのに、頭の中の認識から彼らの存在感が消えてしまうのだ。

「魔術具の精度が上がったのもさることながら、みんな気配の消し方が上手いんだよね」

「いや、スライムたちの戦い方が主人の特徴をとらえていて、もう本物にしか見えないですね」

 寮長の感想にジェイ叔父さんも頷いた。

「ほぼ全部のパネルにスライムたちの分身が広がりましたね」

「「完全試合を目指しているのですか!」」

 兄貴の解説にマイクとキャシーが声を揃えた。

「どうだろう?デイジー姫は現状に気付いていると思うけれど、ぼくたち同様に相当混乱しているはずなんだよね」

 完全試合は無理だとしても、デイジーの混乱ぶり次第で試合展開が変わる、と指摘すると、全員頷いた。

 パネルの色が変化しない膠着状態の試合運びになったが、派手な魔法攻撃がそこかしこで展開されている状況に観客たちは総立ちになって推しのチームを応援していた。

 試合終盤に差し掛かると終了時間までのカウントダウンが観客席から起こった。

「マリア姫!火竜の火力を最大限にして横に広げてください!何人の侵入も許してはなりません!」

 デイジーの指揮にマリアの火竜が炎の壁を吐き出すと、競技台中央で身を伏せてステルス活動をしていた本物の選手たちが姿を現し、水の天幕を張って難を逃れると、デイジーが刺股を競技台に突き刺して電流を競技台全面に流した。

「あほか!」

 東方連合国合同チームの選手たちまで感電する手段に出たデイジーの作戦にハルトおじさんがボソッと漏らしたが、本当にあほだったのはスライムたちだった。

 パネルを染めるために羽虫のように小さくなって白く染まったパネルの上に潜んでいたのに、日頃から親しくしている寄宿舎生たちが感電することに耐えられず作戦を放棄して寄宿舎生たちを薄い膜上になって覆いかぶさり咄嗟に守ってしまったのだ。

「あなたたちはそれでいいのですわ!」

 予定外の行動に出ただろうスライムたちを責めることなく本物のキャロお嬢様はデイジーの足元に向かって低いタックルを決め、競技台端までスライディングしてデイジーだけを競技台から落とした。

 透過性の高い鎧兜を身にまとっていたミーアの猫がマリアの股下に潜り込み膝裏を叩いてマリアに膝カックンをすると、火竜を肩に乗せたままのマリアを本物のミーアが担ぎ上げた。

 ごめん遊ばせ、と口を動かしたミーアはマリアを場外にポイッと投げてしまった。

「「ああ、やられちゃった!」」

 マイクとキャシーはガッカリしたが、場外に落ちても受け身を取りどこも体を痛めた様子もなくマリアが立ち上がると、よくやった、と拍手をした。

 試合終了の合図までの短時間の間に、スライムに包まれた寄宿舎生たちは滑るように動くスライムたちによって場外に運ばれ、ジャンプで感電から逃れた小さいオスカー殿下とアーロンは本物のボリスとケインのタックルもかわし競技台に残ったので、二人がいた二枚のパネルだけ白く染まったままだった。

 圧倒的に黒に染まった状態で試合終了の声が上がり、観客たちから大きな拍手が沸き上がった。

 両チームの選手たちが競技台上で握手を交わすと多国籍チームの健闘を称えた観客たちが、世界平和万歳!と声が上がった。

 皇帝たちが退場するのを拍手で見送るとドーラさんがボソッと囁いた。

「大変見ごたえのある試合だったのですが、何がどうなったのか後で解説していただけると助かります」

 寮長は敗戦した東方連合国合同チームの関係者たちにも声をかけて寮の祝賀会で解説すると約束をした。

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