剣術指南
帰宅後にアリサを膝に乗せるとみぃちゃんとシロがぼくの両側に座った。
冬なら大歓迎だけど夏場は熱い。
アリサはシロのしっぽを捕まえて口に入れようとするけど抜け毛がないから安心だ。
アリサはピンクのクルクルの巻き毛をてっぺんで結んでいて、実に可愛いらしい。
大きくなってツインテールにしたら、ドリルみたいにクルクルな縦ロールができそうだ。
「父さんに変わってくれないか?」
父さんにアオイとアリサを交換させられた。
アオイはシロのしっぽが揺れると声を出して笑った。
赤ちゃんたちには癒される。
「父さんは仕事に戻らなくていいの?」
「明日早くいけば問題ない。それよりカイル、老師様に明日から指導されるって聞いたぞ。どうしてそうなったんだ?」
ケインがお婆とクロイと一緒に庭に居るうちに、剣術の見学からの流れを説明した。
「精霊神の祠の一件は口外法度だったが、城に務めているものならみんな知っている。キャロお嬢様が白い布を被って走り回っていたからな。その後の不死鳥の貴公子の誕生にあわせた過剰演出のお蔭で、隠す必要さえなくなった。俺が仕掛け人であることもバレている。布で魔力を抑える魔力操作のイメージだけで身元がわかったのだろう」
「ぼくとボリスを指導することになったから誘拐事件の一件も知っているのかと思ったよ」
「ああ、ご存じかもしれない。老師様は引退されたとはいえ元騎士団長だから」
父さんの説明によると、無敗の騎士という異名を持つ連戦連勝の猛者で、ご年齢を理由に引退されたが、現役の騎士でもいまだに模擬戦で勝てないほどの強さを誇っているらしい。
「どうやらおまえは魔力の使い方が上手いから、力任せだけのボリスと組ませたら、互いの成長を促せるし、他の子への見本になるから選んだって聞いたぞ」
あの場に居合わせた指導者の一人が、文官の子どもに老師の指導が耐えられるのか、とすぐに父さんに伝えに行ったのだ。
父さんはそれを理由に早引きして、アリサと遊んでいるのか…。
老師様の指導ってそんなにきついのかな。
「ボリスにはきつめになるかもしれないが、五才になりたてのおまえにはそこまでしないと思うぞ」
そうだったらいいのにな。
イシマールさんに老師様のことを聞いたら、老師様は雲の上の存在の人で、手合わせができたのは王都の騎士団の合格記念の時、それもコテンパンにやられただけで、あとは噂ぐらいしか知らないとのことだった。
幼児の指導をするイメージが湧かないと言われた。
老師様は領主様より年上に見え、体も一回りほど小さい白髪のお爺さんだ。
無敗の騎士にはとても見えない。
ぼくにはどんな指導になるのかは見当もつかなかった。
さすがに不安になって、老師様の訓練を受けても大丈夫かとシロに聞いたら、確実に成長しますし、ジュエル様が安全確認を済ませています、と返答した。
シロの言葉は信用ならないけれど、いまさら断れるものでもない。
これは諦めるしかなさそうだ。。
学習館に着くなり指導員に訓練場まで連れていかれた。
老師様は、ぼくとボリスのストレッチから素振りや投擲や馬術まで、すべての訓練についてきた。
小さい頃から筋肉をつけすぎると背が伸びなくなるなんて気にすることのない指導だった。
身体強化を部分的にかけてしのごうとすると容赦なく、身体強化を外せ、と一喝が来るのだ。
訓練時間は一つ一つはそれほど長くなかったが、終わるころにはぼくの体は悲鳴を上げていた。
「カイルは魔力に頼り過ぎている。ボリスは力の入れ方が間違っている」
老師様の指摘はごもっともで、お蔭でぼくは魔力だけはたっぷり残っていた。
これで終わりだと、二人とも地面に伸びていたら、再び剣術のところに戻された。
鬼畜の所業だ。
「二人で手合わせをしてみろ、これが今日の最後だから思いっきりやっていい」
ぼくたちは魔術具の剣で手合わせすることが許された。
………これは、何かの罰ゲームでしょうか?
六才のボリスは一年も前からこんな稽古をしているが、ぼくは昨日が見学で、今日は訓練の初日なんだぞ!
最初の手合わせは同じレベル同士でするものじゃないのか?
「ボリスは経験者だからカイルには身体強化を認める。お互い、手加減なしにキッチリやってしまっていいぞ」
そうなんですね。
やっちゃっていいのですね。
こんな新人虐めみたいな手合わせなら、全力を尽くしてやる!
ぼくは魔力ボディースーツをライダー型にして、剣を握る手は魔力を出せるようにした。
スーツ全体に魔力をいきわたらせて、全身に身体強化をかけた。
手首に潜んでいた兄貴がぼくの全身に広がって動作補助を担当した。
いくら当たっても痛くない剣とはいえ、むざむざとやられてたまるもんか!
エリート騎士の息子なんかに負けてたまるか!
ぼくとボリスの両者が構えると、老師様が言った。
「始め!」
ボリスは開始の合図とともに上段から一足飛びに切りかかる。
その初撃は開始前から分かっていたので、ぼくは兄貴としっかり同期させて瞬間的に肩から腕に魔力を少し集中させるように強化しながらボリスの剣を下から勢いよく払いあげた。そして姿勢を低く、そして素早くボリスの懐に飛び込むようにして、腹を横一文字に切り払った。
キィン…!と金属音が響き、時代劇で使われそうなズバッというSEがついて来る。
剣の効果でぼくの一撃が実際にボリスの体を傷つけることはなかったが、ぼくの払いで剣を飛ばされていたボリスは丸腰になっていて、茫然とした様子だった。
「勝負あり」
「「「「「「「「「「おおおおおおおお……!!」」」」」」」」」」
勝負を見守っていたみんなが雄叫びを上げた。
ぼくが魔力ボディースーツを解除すると、兄貴は手首に戻って小さなかけらになった。
本体は家に居るのかな?
「この勝負は番狂わせではない。体格、力量ともにボリスの方がカイルより優れているように見えるが、一角兎が魔鼠相手に飛び出してきたように単調な攻撃だ。相手が格下で舐めてかかったというよりも、何も考えていないだけだ。カイルは豊富な魔力で全身に効率よく身体強化をかけて初撃に何が来てもいいような対応を取り、その攻撃に際してはボリスの向かってくる力も利用しながら肩や腕に魔力を集中させて剣を弾き飛ばした。力への理解と頭の使い方が勝敗を決したのだ」
悔しそうにしていたボリスが老師様に図星を指されて頭を抱えた。
「カイルはジュエルの予想通りの行動だった。魔力の用途は正しくとも、量の加減がなっておらん。敵も魔力が多かった時、今のような戦い方では自分の魔力が尽きてしまったら野垂れ死ぬ。魔力を極力使わず体を鍛えることが、今のお前に必要なことだ」
はい。そうですね。
実際、ぼくは今の攻撃でかなりの魔力を使ってしまった。
「ジュエルから預かっていたものだ」
老師様が渡してくれたのは、お婆の『子ども元気薬』だった。
「火の神の祠にお礼参りに行きなさい。今日の動きは神のご加護を授かったものの動きだった」
まずい子ども用回復薬を飲み干したぼくに老師様が言った。
「武勇の神は火の神の眷属神だ。五才になってすぐに魔力を奉納する真摯な態度にご加護がついたのだろう。体は辛いだろうが今日も参拝した方がいい」
確かに昨日の参拝で、家族を守れる力が欲しいと願ったよ。
それにしても、ご加護ってこんなに簡単にくださるものなのか。
「武は一日にして成らず。武勇の神のご加護は一回で使い切ってしまうぞ。だから毎日参拝しなければならない。私は毎日欠かさず参拝して魔力を奉納しているぞ、もちろん修練も欠かさないが」
老師様なら吹雪の日でも参拝していそうだ。
武勇の神のご利益は積み立てできないものなのかな。
回復薬で持ち直したぼくが訓練場を後にしてケインと合流したら、なぜかハンドベルを持たされていた。
午後からは穏やかに子どもたちの合唱にあわせてハンドベルを担当することになってしまった。
以前反射神経を高める練習として一人で一曲分をなめらかに鳴らすのを練習していたことがあったからだ。
ぼくのスライムが物陰で蓄音器になって録音している。
ケインの声変わり前の独唱を録音できるのは嬉しい。
なんとかしてレコードにダビングしよう。
肉体を酷使した後に聞くケインとキャロお嬢様のデュエットは天使の歌声だった。
帰宅前に迎えに来たマナさんと、火の神の祠に今日の勝利の御礼と家族を守る力を得られるように祈願した。
ぼくが66ポイント、マナさんは200ポイントも魔力奉納をしていた。
「一族の繁栄を祈願したから、ゴッソリと持っていかれてしまった」
ぼくの昨日より多い4ポイント分が今日のご加護の御礼分なのかな。
おまけ ~とある騎士の驚愕~
冬の魔獣討伐はきつい仕事だが報酬が高額だ。
だが、この冬はどこからも派遣の要請がなかった。
吹雪に乗じて領都に出没する死霊系の魔獣も、5日続いた吹雪があったのにもかかわらず出現しなかった。
平和なのは良い事なのだが、我が家の家計には厳しかった。
妻のあたりもきつくなっている。
晩酌の回数を減らせと迫ってきた。
臨時のバイトを増やそう。
割のいい出向先を探していたら、幼児相手の剣術指南のバイトがあった。
初級学校生の夏休みの指導でさえだるいのに、5、6才児の指導なんて、ぼっこを振り回すのを止めるだけだろ。
そんな気分で最近できた学習館の訓練場に行ったら、半端な気分がぶっ飛んだ。
とにかく広くて設備が整っていたのだ。
キャロラインお嬢様のためと思われる、ポニーの乗馬場は理解できる。
基礎体術や剣術は、先日ご誕生になった不死鳥の貴公子のためだろう。
だが、投擲場は前線の下っ端の訓練だろ!
領主様は本気でこの領の子どもたちの底上げをするつもりのようだ。
子どもたちの練習用の魔術具の剣は、子どもたちが居ない時に大人も夢中になって振り回していた。
魔力量によって光量や効果音が変わるから、自分の格を知らしめるには格好の魔術具だ。
当たっても痛くもないので防具を付けずに全力でぶつかれる。
このところ派手な討伐のない騎士たちにうけるのも当然だ。
この剣が評判になれば、この訓練場のバイトはそのうち抽選になるだろう。
今のうちに信頼される指導者と認められておかなければいけない。
そんな下心で、見学に来たジュエルの子どもを丁寧に指導した。
昨今の領の繁栄はジュエル家がかかわっている。
身分こそ平民上がりの準男爵だが、経済力は領主一族並みだ。
カイルはおとなしくて一度の指導で型を覚える賢く扱いやすい子どもだった。
こんなに楽して恩が売れるなんて、俺はついていると思ったら、老師様に横から搔っ攫われた。
世の中そんなにうまくはいかないものさ。
翌日、老師様の幼児の指導を見ようと、非番の騎士が多数見学にやって来た。
カイルとボリスの基礎訓練を見守る様子は特別な指導はなかったが、カイルが5才で身体強化を使っていることに驚いた。
5、6才児の訓練などすぐ終わってしまうが、老師様はここで二人に残りの力を振り絞らせる模擬戦をさせたのだった。
向かい合う両者。
ボリスの構えは一点突破を狙っているようにも見える。力勝負はボリスの方が上だ、文官の子どもなどせいぜい躱せるかどうか、ってところだろう。
ボリスの初撃がカイルに振り下ろされんとしたその瞬間、俺は目を疑った。
カイルは力任せだとわかるボリスの剣を下から払い上げたどころか弾き飛ばして見せた。さらに瞬時に腹部へと剣を滑らかに………。あの年齢にしては見事なものだ…。
そして何よりもあの青白く輝く刀身と凄まじい音は現役の騎士と変わらぬものだったのだ。
五才の、平民上がり文官の子どもにあんな魔力があったなんて……。
この勝負は口外法度となった。
カイルは普通の5才児ではなく、何度も死線を潜り抜けてきた、生存の達人であったのだ。
口外法度の誓約書に書かれていたカイルの事柄が本当ならば、俺なら二度死んでいる。




