東方連合国合同チームの事情
「よくマテルは我慢したよね」
長い一日を終えてぼくとケインの部屋でぼくのベッドに寝っ転がったウィルが、亜空間で仇敵の皇帝と対面しても冷静に対応したマテルを褒めた。
「ぼくは親の仇の皇帝と卒業記念パーティーでお目通りするだろうとわかっていたけれど、マテルはまったくの不意打ちだったからね」
何の予兆もなくいきなり亜空間に招待されたら皇帝がいた状況にマテルはよく耐えたと思う。
「マテルはね、本当によく悪い方に引っ張られなかった、と思うのよ。南方は本当に状態が悪くて、邪神の欠片も浮かびあがったし、死霊系魔獣も相当いたなか、親族からぞんざいに扱われていたのに、よくまあ、あそこまでまっすぐに育ったなぁて思うんだ」
ぼくのスライムの感想にベッドの上で寛ぐ魔獣たちが頷いた。
「イザークだってカッコいい少年に成長したけれど、出会った頃は最悪な印象だったよね」
「マテルは最初からいい子だったね」
みぃちゃんとみゃぁちゃんが遠い目をして言うと、イザークは前からいい子だった、とキュアがイザークの肩を持った。
“……イザークは苦労してきた子の気配がするから、なんかわかるが、あの引き籠りの男は邪神の欠片を内包しているせいで同情したくないのかもしれないけれど、微塵も可哀想だと思えない”
苦労人を労う気持ちが湧いてこないと水竜のお爺ちゃんが言うとぼくたちは頷いた。
「家族に恵まれたぼくが言っても説得力がないけれど、男をディーのように気の毒に思えないのは、そもそも特権階級に生まれて、攫われた子どもたちのようなひどい目に遭ってないのに、さも自分の人生が辛く厳しかったとしか感じていないことが不自然だからじゃないかな」
ケインの言葉に、そうだ、と水竜のお爺ちゃんは頷いた。
“……あの男の経歴程度の苦労なら場末の男たちもそう変わらない苦労をしているのに、あんなに負の感情に引きずられていないもんなぁ……。そうだ、儂は酒場に行かなきゃならないんだった”
水竜のお爺ちゃんはニヤリと笑うと、子供は早く寝るように、と言いおいて出かけてしまった。
「水竜のお爺ちゃんはねえ、今日のガンガイル王国留学生チームの最速完全試合達成に賭けていた男が勝ったら奢ってもらう約束をしていたんだよね」
ぼくのスライムの言葉にぼくたちは吹き出した。
「なんだよ!審判たちが揉めていたのはブックメーカーの賭けに完全試合の達成の項目があったからだったのか!」
ああ、とケインが叫びながらみゃぁちゃんを押しつぶすようにベッドに横たわると、ケインのスライムもケインに押しつぶされようとベッドとケインの隙間に潜り込んだ。
「あれ?最速記録も更新したから、もしかして当てた男は物凄い配当金を手に入れたのかな?」
ウィルの言葉に、だから水竜のお爺ちゃんはウキウキで出かけていったのか!とぼくたちはゲラゲラと笑った。
南方諸国の視察に出ているマテルのためにぼくのスライムの分身が競技会を中継しようと張り切ってマナさんたちについていったから、今日の試合を東方連合国合同チームの一員であるマテルは出張先で観戦できる。
マイクとキャシーは昨日の最短での完全試合の興奮が抜けないのか、売り子のお姉さんからポップコーンを購入せずドリンクだけにしていた。
「興奮しすぎてポップコーンをのどに詰まらせないように、と本物の護衛に注意されたからだよ」
小声で兄貴が呟いた。
キリシア公国皇太子夫妻のお忍び帝都旅行は二人が護衛しているドグーラ王国の使者が両殿下の護衛というあべこべな状態で、昨日の二人の興奮ぶりに本物の護衛から忠告が入ったようだった。
キャロお嬢様たちの試合であんなに興奮していては娘の試合でどうなるか、と心配する気持ちは理解できる。
チームカラー白と紫の両チームが競技台の中央に整列しただけでキャシーは大興奮で両手を振り上げて、白く染めろ!と叫んでいた。
両チームが自陣に下がると試合開始の合図が上がった。
マリアが火竜を出現させると同時に紫チームは一斉に魔術具を投擲した。
デイジーが刺股を振り回した時には競技台中央に一列に並んだ魔術具が防火壁を構築した。
おおおお!と被害が出る前に防御に全振りした紫チームの魔術具に観客たちから歓声と拍手が沸き起こった。
防火壁がどこまで持つかはわからないが、マリアの火竜の炎の第一派を抑えた防火壁の内側のパネルを染め上げた時点で、対戦相手に一枚もパネルを染めさせなかった昨日のガンガイル王国留学生チームの記録が抜かれないことが決定したので、よくやった、と観客たちは紫のチームを褒め称えた。
「ああ、やられてしまいましたわ」
がっかりした声でキャシーが言うと、仕方ない、とマイクがキャシーを宥めた。
「マリアの手加減が効いているのだから、これはいいことだよ」
怪我人を出さないように魔力の制御ができている、とマイクがマリアを褒めると、そうですね、とキャシーは頷いた。
幼い頃は全く紅蓮魔法を使用する気配がなかったマリアは、カテリーナ妃のように火竜を抑える訓練をキリシア公国で全くしていなかったので、火竜を出現させてから一度も他人に怪我をさせていないマリアを両親は褒めたくなるのだろう。
「デイジー姫の刺股で火力を調節してから攻撃に出ることを紫チームは解析していたようですね」
ロブの解説に、うちの姫が火力調節していたのではなかったのか!と二人はがっかりした。
「姫君はこれから成長するのですから、見守りましょう」
ハルトおじさんの言葉に二人は頷いた。
競技台上では紫のチームが必死に防火壁に魔力を注いで火竜の炎を防いでいるが、中央線よりやや手前に防火壁を構築したので染め上げたパネルの数は白が多く、試合終了まで炎を防いでもこのままでは敗北してしまう。
「壁を動かすことができなければ、この作戦は完全試合で敗北しないための苦肉の策にしか見えませんね」
「このまま防火壁を盾にして移動させるのは、防火壁にその場に固定される土魔法の要素が多い魔法陣を使用しているようだと難しいだろうね」
紫チームの作戦がすでに詰んでいる、とウィルが指摘すると、ジェイ叔父さんは既存の魔術具だと防御壁が動かないことを説明した。
「ジェイさんなら動く防火壁の魔術具をつくれるのですか!」
ドーラさんが興奮してジェイ叔父さんに尋ねると、できなくはないけど作らない、と即答した。
「紫チームは魔力の使用方法に長けていますね。耐火以外に使用していない魔力をここからどうするのかが見ものです」
ビンスの分析に、膠着状態じゃないの?とドーラさんが首を傾げた。
「もうすぐ動きますね」
マイクの言葉と同時に壁際に並んでいた紫チームの選手たちが肩に力を入れた。
防火壁の一部がどろりと融けるように歪み、白く染めろ!と東方連合国合同チームの勝利を確信した観客席からチャントが上がった。
だが、東方連合国合同チームはこの瞬間を待っていたと言わんがばかりに陣形を変えた。
マリアを最後尾に下げ、デイジーがマリアの前に立ちはだかり、左右を固めていた小さいオスカー殿下とアーロンが中央寄りになりその背後に寄宿舎生たちが横並びに編成した。
とろけた防火壁から砲弾が白陣営に向けて次々と発射されると小さいオスカー殿下とアーロンが飛び出し砲弾を一刀両断すると、後方の寄宿舎生たちが残骸を風魔法で防火壁に叩きつけた。
「見ごたえのある試合展開になりましたね」
ハルトおじさんの言葉にぼくたちは頷いた。
デイジーはマリアの火竜の炎を防火壁に均等に広げていたのを止めて、とろけた箇所に集中砲火を始めたが、砲弾は途切れることなく発射された。
「なかなかやりますね」
前半戦で攻撃に魔力を使用しなかったから余裕があるのか、連射される砲弾の量に観客たちから拍手が沸き起こった。
淡々と切り払うだけで反撃しない小さいオスカー殿下とアーロンに何か策があるのか?とぼくたちが注視していると、防火壁の一部が崩れ落ちた。
寄宿舎生たちが跳ね返している残骸の攻撃で防火壁の弱い部分を探し出し、それとなく多めに叩きつけていたのだ。
崩れた防火壁に火竜の炎が襲い掛かるのではなく、刀の先に砲弾を留めた小さいオスカー殿下とアーロンが敵陣に飛び込み砲弾を防火壁に魔力を注ぐ紫チームの選手たちに叩きつけると、選手たちが吹っ飛んだ。
寄宿舎生たちが一斉に防火壁を乗り越えて次々とパネルを白く染めると、白く染めろ!と叫ぶ観客たちの声が会場中に響いた。
競技台上に残った紫チームの選手たちを小さいオスカー殿下とアーロンが魔術具の刀を振り回し風魔法で吹き飛ばし、試合終了の声が上がるまでの間に紫一枚だけを残してすべて白く染め上げた。
「勝者白!東方連合国合同チーム!」
完全試合とはいかなかったが、見ごたえのある試合展開に会場中から惜しみない拍手が両チームに贈られた。
ちょっと残念そうに首を傾げる水竜のお爺ちゃんは、東方連合国合同チーム勝利方法の予想が外れたのだろう。
“……今回はねぇ、南の砦を護る一族の城で上映会をしているから、アーロンが活躍する必要があったんだよねぇ”
ぼくのスライムが精霊言語で呟くと、おや?と水竜のお爺ちゃんの首が伸びた。
“……ムスタッチャ諸国諸島の西方の砦を護る一族は、ガンガイル王国周辺国に火種をまき散らして西方の安全を維持してきたじゃない。やり方としては小狡いのだけど、まあ、こうして留学生たちが交流して正式に国交が再開したように、南方諸島も東西南北の砦を護る一族と交流の機会を持とう、とマナさんが働きかけているんだよ”
南の砦を護る一族を祖先に持つキリシア公国の姫の力を借り、東方連合国の姫とムスタッチャ諸国出身の王子と帝国皇子が共闘する、見栄えのいい展開が必要だった試合なのか。
水竜のお爺ちゃんは、それは仕方ないな、と頷いたが、今夜のただ酒が消えたことが残念なようだった。
「うちのマリアがお姫様として後方で守られるのを見ると、一段と可愛らしく見えますわ」
勇ましく戦うマリアを見に来たのに思いがけず手厚く守られた形の試合展開に意外にもキャシーは喜んだ。
「ふふ。可愛い女の子が後方で守られる姿は絵になりますものね」
オーレンハイム卿夫人の言葉にマイクとキャシーは頷いた。
女の子の親としての親心は娘に可愛らしいとカッコいいを両立させてほしいと望むのかもしれない。




