平和の使者の暗躍
大聖堂島で校外実習をしている飛行魔法学講座の実習生のうち競技会出場者たちが魔法学校に帰ってしまってもノア先生は飛行実験を継続した。
人間が乗れる大きさのタイルを制作し教会都市間で安全性を確認すると、ドグール王国に向けての飛行検証をすることになった。
「自動飛行に任せておくと魔力消費はほとんど実感しない。ドグール王国まで往復で飛行検証に成功する自信しかないよ」
翌日に控えた試験飛行に強気の発言をしたノア先生の言葉に、テスト飛行を体験した助手も頷いた。
宿舎の食堂では試験飛行の成功を願い、昼食はゲン担ぎのカツカレーだった。
「万が一のために舵を切る魔術具と脱出用パラグライダーの最終確認を済ませてから決行してくださいね」
墜落の心配がほとんどないと言い切れるのは教会都市内だけだ、とオレールが念を押すとノア先生は頷いた。
ジュードさんからたびたび呼び出されるぼくを当てにしないようにドグール王国までの飛行検証には水竜のお爺ちゃんが付き添うことになっている。
万が一墜落しても水竜のお爺ちゃんの背に乗せてもらえば大きな事故にはならないだろう。
南部にばらまかれたカプセル型の邪神の欠片の魔術具はアリオの自供によってすべて回収されたので、自由時間が増えた水竜のお爺ちゃんは冬山を克服したいらしく張り切っている。
元研究員の現状確認は教会関係者たちとシモンが暗躍しているから、ぼくたちはほとんど何もしていなかった。
それでもぼくとウィルが忙しい理由は、洗礼式の踊りについて問い合わせが多かったからだ。
マナさんに託した子どもたちが落ち着いて、みぃちゃんとみゃぁちゃんが戻ってくると、踊りの名手の猫たちから指導を乞いたい、とあちこちの教会から依頼が殺到するようになり、現地に行って指導することが増えたのだ。
わざわざ現地まで行くのは、教会の大広間に魔法陣がある教会とない教会があり、ぼくとウィルは魔法陣の研究も兼ねて踊りの指導に赴いた。
辺境伯領の教会のように大広間に魔法陣がある教会は古くからある教会に限られていたが、引継ぎしている司祭たちには存在が知られていなかった。
魔法陣が存在しない教会のために魔法陣の研究を始めると、教皇から特別司祭の称号を授かり各地の教会で魔法陣を設計する羽目になってしまった。
まあ、教皇をはじめとした教会幹部たちは、増設する神学校の準備や、元古代魔術具研究員のしでかしを再捜査する必要があり、多忙を極めていたから、雑務の一部を引き受けるくらいにしか考えていなかった。
世界に広がる教会の護りの魔法陣と古い護りの魔法陣が交差する地点の教会を優先に回り、世界中に魔力の循環がよくなることを目指した。
踊りの継続的な指導は、B級魔術具愛好倶楽部の部員たちと魔獣学講座の受講生たちの協力により、ご当地魔獣のぬいぐるみを制作して寄贈することになった。
一組寄贈するごとにその地域で廉価版の踊るぬいぐるみが爆発的に売れたので、B級魔術具愛好会の部員たちと造形デザインをした魔獣学講座の協力者たちの懐が潤った。
「山頂からドグール王国王都まで延長飛行をするのなら、帰りは高速飛行をしなければ競技会の抽選会の生中継に間に合いませんよ」
ジェイ叔父さんの忠告に、それはいかん!とノア先生たちは計画を練り直した。
ガンガイル王国留学生チームと東方連合合同チームはともに予選突破を早々に決めていたが、決勝トーナメントのどの山に入るかの賭けが行なわれており、教会都市でも話題になっていた。
「本戦からマリア姫が参戦するのでドグール王国でも話題になるだろう。いっそドグール王国で一泊してくるのもいいんじゃないでしょうか?」
お婆と水竜のお爺ちゃんに乗って世界中を旅したいオーレンハイム卿の魂胆が透けて見える提案に、それもいいかも、とノア先生と助手も乗り気になった。
「カイルたちはどうするんだい?」
「今日は帝都に戻ります。発注していたぬいぐるみを受取りたいし、選手たちの激励もしたいですからね。ノア先生の出発前に戻ります」
「明日は五軒ほど地方の教会を回ることになっていますけれど、抽選会の前に帰ってきます」
大聖堂島の宿舎の食堂で上映会をするのが恒例になっているので、ぼくとウィルの説明に宿舎の従業員たちは嬉しそうに微笑んだ。
「転移魔法を連発できる魔力量は羨ましい限りだな。競技会に出場しないのがもったいない」
「次の洗礼式までに洗礼式の踊りを復活させたいと願う地域が多いですからね。できるだけ多くの教会を訪問しますよ」
邪神の欠片対策のためにぼくたちはスケジュールを開けていたが、平和的な活動をするために時間を使うことになったのは嬉しい誤算だ。
オレールとノア先生と助手は聖人でも見るかのような眼差しをぼくたちに向けた。
「世界旅行を教会の転移魔法の間を使用してできるのですから、役得です」
ぼくの言葉に、確かに羨ましい、とみんなで笑った。
お互いに気を付けて、と声を掛け合い昼食を終えると、ぼくとウィルは久しぶりに帝都に戻った。
「予選全勝はガンガイル王国留学生チームと東方連合国合同チームだけだったね」
「東方連合国は初戦こそ派手だったけれど、後の試合はそれぞれの選手たちの腕試しみたいな試合展開で、対ガンガイル王国戦まで戦法を隠している、という噂だよ」
B級魔術具愛好倶楽部の部室で魔猿や黒豹や猛虎のぬいぐるみを受取りながら、競技会予選の一般的な感想を部員たちから聞いた。
「各国の留学生たちの寄せ集めのチームだから、それぞれに花を持たせる場面を作っているんだろうね」
兄貴の感想にぼくたちは頷いた。
花火の音に怯えていたマテルはデイジーの雷撃戦法で苦手を克服し、次の試合でマテルは雷撃魔法を使いこなしていた。
「ガンガイル王国留学生チームの幻影の魔術具は評判がいいよ。どれが本物の選手かわからないぐらいにたくさんの幻影の選手が競技台いっぱいに溢れる作戦は、笑ったね」
立体映像の魔術具で出場選手の分身の映像を濫発し、スライムたちの分身が映像に重なり本物のような質感を出しているので、対戦相手を混乱に陥れ、映像の選手たちもスライムたちなので強かったのだ。
「あれはね、東方連合国合同チームの選手たちはカラクリを知っているから、対東方連合国合同チーム戦では使用できないんだよね」
予選からとっておきの魔術具を使用した理由をケインが言うと、B級魔術具愛好俱楽部の部員たちは、なるほどね、と納得した。
詠唱魔法が使用禁止になっているから魔術具の映像は事前に撮影したもので、一定の動きしかしていないことはデイジーたちにバレているはずだ。
「未成年だからブックメーカーで賭けられないけれど、ここにきて、ガンガイル王国優勝のオッズが低くなってきたよ。一番人気はオスカー殿下を擁する東方連合国合同チームだけど、昨年度の優勝チームに賭けて一山当てようとする流れがあるね」
部員の言葉に、ばあちゃんが一喜一憂している姿が目に浮かんだぼくたちは笑った。
「やるからには優勝を狙うよ」
ケインの言葉にガンガイル王国留学生たちの人数が多いB級魔術具愛好会の部員たちは、頑張って、と声をかけた。
寮の大浴場で寛いで一晩ゆっくり休み、早朝礼拝前の非常識な時間なのにもかかわらず食堂のおばちゃんに頼んでいたお弁当を受取ると、大きいオスカー寮長のおごりなのかプリンがたっぷりついていた。
いろいろと頑張ったご褒美で、なんと国王陛下からぼくたちへの労い予算がついたらしい。
帝都の教会までぼくとウィルを見送りに来てくれた寮長が笑顔でぼくたちに言った。
「二人も競技会の本戦を会場で観戦できるように、と辺境伯領主エドモンド殿下が教皇猊下に呼びかけて、教会関係者たちを辺境伯領の教会で研修させることになりそうだ。今日の訪問先の教会を回ればお役御免になるはずだよ」
「ええ、本当にいろいろとご尽力ありがとうございます。ガンガイル王国ガンガイル領で数回研修を行い、通常より早めに洗礼式を執り行ってもらい、主要都市の司祭たちが見学する運びになりそうなのです」
自分も研修に行くのが楽しみだ、と大司祭は話に聞くだけだった桃源郷に行けるかのように嬉しそうに言った。
ぼくたちが教会の小間使いのように働いているのは思惑あってのことで、今日の訪問先も下心がある場所があるが、今日で訪問したかった場所のすべてを回ることができるから丁度良い。
「みなさんのご助力のお陰で、ぼくたちも魔法学校生活を楽しめます。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ぼくとウィルはしおらしく大司祭に礼を言って大聖堂島に転移した。
ドグール王国に向かうお婆とオーレンハイム卿夫人にプリンをお裾分けすると、王太子夫妻へのいい手土産になる、と喜ばれた。
噴水広場からノア先生が乗ったタイルが北の教会都市の方向に飛行すると、見物人たちから拍手が沸き上がった。
巨大化した水竜のお爺ちゃんの背にオレールとノア先生の助手とお婆とオーレンハイム卿夫妻が飛び乗りドグール王国へと飛行を開始した。
ぼくとウィルとイザークとジェイ叔父さんは地上から手を振って見送ると、大聖堂の転移の間から依頼された町の教会へと転移した。
ジェイ叔父さんは初級魔導士の資格しかなかったが、ケインが不在だったので四人の特殊な上級魔導士の一人として教会関係者たちに扱われたが、特段訂正しなかった。
踊りの指導はみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちがメインでキュアが総監督のように口を挟む間、ぼくたちは大広間の魔法陣を点検し、ない場合は簡易の魔法陣を施した。
四つの町をササッと終わらせると、五つ目の町では寄り道することになっていた。
魔猿の村にほど近い五つ目の町の教会から事前に飛行許可を取ってあったので、魔法の絨毯で魔猿の村を訪問した。
猿の楽園で温泉を堪能し、持参したお弁当を食べながら競技会予選のダイジェスト映像を魔猿の村の村民と猿たちと楽しんだ。
あらかたの邪神の欠片の浄化が済んで気が楽になったぼくのスライムは、今年も分身が上映会をする約束をして村人たちを喜ばせた。
大聖堂島に戻ると宿舎の食堂でお世話になっている宿舎の従業員たちと本戦の抽選会の生中継を見た。
東方連合国合同チーム代表として小さいオスカー殿下がくじを引くと、チームカラーが白の第一試合になり会場内が盛り上がった。
続いてガンガイル王国留学生チーム代表のボリスがくじを引くとチームカラー黒で第一試合免除のシード枠になると、会場内も宿舎の食堂も騒然となった。
決勝戦まで両チームが対戦しないことが決定し、チームカラーと立場が昨年度と全く逆になったことで、優勝チームも逆転するのでは?と会場内から囁く声が聞こえた。
ガンガイル王国がシード枠に入ったことで、最終戦まで使用する魔力量が少なくなり優位になったのだが、王族だらけの東方連合国合同チームの方が優勝候補だと考えられているからだろう。




