第六師団長シモンの調査報告
出迎えてくれたジュードさんはケインのスライムに拘束された状態のアリオよりぼくたちの姿に驚いた。
ワイルド上級精霊は従者ワイルドの格好に戻っていたが、ぼくたちは緑の一族に変装したままだったのだ。
拘束の魔術具を手にした月白さんがケインのスライムに手を突っ込んでアリオの両手に手錠をかけると、お役御免だ、とばかりにケインのスライムがケインの肩に飛び乗った。
「申し訳ないけれど、着替えの部屋を貸してくれませんか?」
自分で話してから女の子言葉が抜けていることに安堵したように口元に手を当てたウィルに、ジュードさんは、そうですね、と頷いた。
「教皇猊下からみなさんの休憩の部屋を用意するようにと仰せつかっていましたので、ご用意してあります」
「ご配慮ありがとうございます」
ぼくたちは教皇に礼を言うと、教皇に口添えしただろう気の利く月白さんに視線を向けて、ありがとうございます、と目で語った。
月白さんの口が、似合っているよ、と動いたので、ぼくたちは苦笑するのを堪えた。
共犯者がいることを従者ワイルドが教会関係たちに告げると、教会関係者たちはアリオを睨みつけた。
「直ちに尋問を開始せよ!」
教皇の言葉に、はい、と教会関係者たちが返事をするとアリオは引きずられるように尋問の部屋へと連行された。
ぼくたちはジュードさんの案内で休憩室に案内された。
「緑の一族の民族衣装は体のラインが綺麗に見えるのに動きやすくてよかったね」
飛行魔法学講座のつなぎに着替えたぼくたちは緑の一族の衣装が楽だったとはいえ、つなぎの方が格段に寛げたから、体を伸ばしてストレッチをした。
「アリオを拘束したのに、まだ指示役がいたとなると、まだ、邪神の欠片の魔術具をばらまかれてしまう可能性が拭えないのか」
体をねじりながらウィルが嘆いた。
“……いや、もうこれ以上、邪神の欠片の魔術具をばらまく手駒がないはずだ”
唐突に魔本が嘴を挟むと、邪神の欠片にまつわる事柄が太陽柱の映像で確認できないワイルド上級精霊と兄貴と犬型のシロが眉間にしわを寄せた。
“……アリオを誘導していたと思われる隠居した研究員は右半身の欠損が深く、おそらく自分で行動できないはずだ”
収納ポーチから飛び出してきた魔本が古代魔術具研究所の事故処理の記録のページを開くと、引退時の研究員の容体が記録されており、右足と右手を関節部分から欠損した状態で、義手や義足の取り付けが難しく自力歩行ができない状態だった。
「自分で動けないから、教会を引退した後も秘密組織の人間を勝手に動かしていたのでしょうか」
ぼくの疑問にワイルド上級精霊は首を傾げた。
「アリオの記憶では、素材を提供すると次の転移先に報酬が置かれていた。引退後に年金が支給されているようだが、活動資金は年金では足りないだろう。協力者が他にもいる可能性がある」
「アリオが日雇い労働で日銭を稼いでいたことを考えると、最近は報酬がなかったのでしょうか?」
「裸で逃走後は自在に転移できなくなったことで、素材の備蓄場所に行けなかっただけだ。カプセル型の邪神の欠片をばらまかなければ報酬がでず、日々の暮らしに窮していたようだな」
アリオの隠し資産の追及は月白さんに任せておけばいいだろう。
ワイルド上級精霊の説明にケインが頷いた。
「これまで回収したカプセル型の邪神の欠片をばらまいたのはアリオ単独だと考えていいのでしょうか?」
「アリオの記憶と実際に回収した場所に相違点がなければ単独犯だろう。事実確認は教会関係者に任せればいいので、当面はアリオがばらまいた未回収の邪神の欠片の回収と浄化の対処だけで、魔術具の制作者についても教皇猊下に任せておけばいいだろう。魔法学校生活を楽しみなさい」
柔和な表情でワイルド上級精霊がぼくたちに言うと、ぼくたちも肩の力が抜けた。
アリオの背後に新たな人物がいることが発覚して緊張感を保ったままだったが、魔術具を制作してもばらまく手段がないようなら、そう焦らなくてもいいはずだ。
古代魔術具研究所の実験室にいる飛行魔法学講座に合流すると、グライダーの模型を操るスライムたちが新たな遊びを開発していた。
「なんだか、凄いことをしていますね」
ノア先生にウィルが声をかけると、楽しそうにノア先生は笑った。
実験室を周回して先にゴールした方が勝ちの単純なルールだったのに、スライムたちは魔法攻撃が効かないグライダーの模型の飛行を阻害するために、操縦者のスライムたちの方向感覚を狂わせる作戦を考え出し、煙幕や幻影魔法で妨害して勝ちに出る手法を繰り広げていた。
「最速飛行速度は搭乗するスライムによる個体差はなく、教会都市での安定飛行が優先されているようだよ」
ジェイ叔父さんがぼくたちが不在の間の飛行データを見せながら、ぼくたちの笑顔を見て、拘束できたのか、と小声で尋ねた。
心配そうにぼくたちを見るお婆と、興味深そうな視線を向けるシモンと、ジェイ叔父さんにアリオ拘束の顛末を映像付きの精霊言語で送りつけると、三者三様の反応を見せた。
お婆は緑の一族に保護された子どもたちの惨状に顔を歪めたが、マナさんに保護された結末に安堵した表情になった。
シモンは脳内に直接送り付けられた情報の多さに頭を抱えたが、すぐ順応し、ぼくたちの女装にニヤリとしたが、拘束されたアリオをワイルド上級精霊が亜空間の山小屋に送り込んだところで真顔になり、何か考え込んだような表情になった。
ジェイ叔父さんは大聖堂に帰還後のワイルド上級精霊の説明に眉を顰めた。
「万事解決、とはいかなかったが、アリオが拘束されて良かった」
ジェイ叔父さんは小声で、よくやった、ご苦労様、とぼくたちを労った。
シモンがぼくたちをチラッと見て何か書きつけるような仕草をした。
従者ワイルドが、お婆とシモンとジェイ叔父さんとぼくたちを亜空間の会議室に招待した。
「うわぁ。ここが領主様のお話によく出てくる亜空間の会議室ですか!」
シモンは辺境伯領主エドモンドが初めてマナさんの亜空間に招待された時のようにキョロキョロと周囲を見回して、はしゃいだ声を出したが、失礼しました、とすぐに持ち直した。
「後ほどカイルと話す時間が欲しかったのですが、こうしてすぐに機会を作っていただき、ありがとうございます」
シモンがワイルド上級精霊に感謝の言葉を述べると、かまわない、要点を先に、とワイルド上級精霊が促した。
アリオ拘束の現場にいたぼくと兄貴とケインとウィルとイザークと向かい合うようにお婆とジェイ叔父さんとシモンが座り、ワイルド上級精霊が上座についた。
「事の顛末は脳内に一度に情報をもらいましたので、理解しました。私がお話ししたかったのはガンガイル王国辺境伯領での邪神の欠片の魔術具で転移してきたと思われる事例について、引っ掛かることがあったのでご報告させていただきます」
シモンはワイルド上級精霊に向かって話し出した。
「山小屋襲撃事件での主犯と、その後の泥棒たちが邪神の欠片の魔術具を使用して転移して侵入したように、辺境伯領、いえ、ガンガイル王国では町の護りの結界程度なら突破する不審者がいることに気付いていましたが、後手後手になっていました」
邪神の欠片の魔術具だけでなく、精霊が仲介する転移魔法の侵入を拒むためには、関係者以外の進入禁止を徹底し、その土地の精霊たちに好かれて部外者を入れないように協力してもらわなければ不可能だ。
「教会が秘密組織の摘発を始め、カイルが邪神の欠片の消滅を進めると、アリオ以外が辺境伯領に侵入した痕跡は確認できなくなりました。アリオに魔術具を供給していた人物の手駒が、アリオの他にいるとは考えにくい状況です」
ワイルド上級精霊がシモンの話に頷くと、ひとまずの事実確認をしたシモンは一息入れた。
「カプセル型の邪神の欠片の魔術具がガンガイル王国で多く発見されたのは、アリオが辺境伯領内から逃走し、本格的な冬になる前に北方地域にばらまいた、と考えていましたが、魔術具を制作した人物の名前に引っ掛かる所があるので、そこをお話ししたかったのです」
シモンの言葉に目線を一度上に向けたワイルド上級精霊が頷いた。
「前前世の皇帝の子孫だな」
ワイルド上級精霊の言葉にぼくたちが驚き、シモンが頷いた。
ちょっと待って!調べるぞ、と魔本が慌てて飛び出した。
「ええ、そうです。前前世の皇帝は領地を分割して愛する妻の子どもたちに相続させましたが、領地経営に失敗するものも多く、彼は領主交代が起こっている領の出身で、帝国北西部が拠点だから北部へのばらまきが多かったのでは、と推測できます」
魔本がページを開く前にスラスラとシモンが説明すると、あいつは子だくさんだから子孫が多すぎる、と魔本が精霊言語でこぼした。
それでも魔本が開いたページをぼくたちが覗き込むと、家系図ではなく日記らしき文章のページだった。
魔本はシモンの調査報告に被らない情報を探したようだ。
「父親が領地経営に失敗し、借金まみれになり領地を当時の皇帝に返上したため平民になったが、魔力量だけは多いので、教会で身を立てようと躍起になっていたようですが、教会もコネがなくては出世しない環境だったので、実力勝負ができる古代魔術具研究所の研究員になったようです」
よく調べたな、とワイルド上級精霊が感心すると、シモンは嬉しそうに頷いた。
「クレメント氏が帝国に行く、と言い出した時点で、前前世の皇帝の子孫に注目し、不幸せな子孫代表として彼に注目していました。キャロライン姫と教皇の面会でアメリア姫の待遇が変わらない時の切り札の一つになればと考えて調査していました」
多角的に皇帝に揺さぶりをかけるために調査していたことが思わぬところに繋がった、とシモンが言うと、ぐぬぬぬぬ、と歯もないのに歯ぎしりするかのように魔本が悔しがった。
「……恨みつらみの塊のような人物ですね」
魔本を覗き込んでいたウィルの感想に、何の本だい?とシモンが首を伸ばした。
「とある人物の日記の写しのようなものですが、おそらく、アリオに魔術具をばらまかせていた古代魔術具研究所の元研究員の手記だと思われます」
シモンの方に魔本を向けると、お婆とジェイ叔父さんも魔本を覗き込んだ。
「なんでカイルがこれを持っているのかが気になるのだが、そこのところは追及してはいけない事なのかい?」
「この本がぼくに読まれたがっていたから、ぼくを貸本屋に呼んだ、と言えば信じますか?」
ぼくの話に目が点になったシモンは、ハハハと笑った。
「いや、もう、私がここにいる事だって信じられない夢のような事だから、何でも記載されている本がカイルを呼んだ事なんて、信じられないけれど、あり得るんだろうね」
シモンの笑い声につられたようにジェイ叔父さんが笑った。
「私たち一家はいつも信じられないような事に直面していますよ」
ジェイ叔父さんの言葉にお婆が頷いた。
シモンは自分の隣にいる絶世の美女がジェイ叔父さんの母親で、ぼくたちのお婆ちゃんだとまだ知らないに違いない。




