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アリオの自白

 大量のくず魔石が何を意味するのか察した兄貴とケインが厳しい視線をアリオに向けた。

 怒りで胸の奥がふつふつと沸き立つが、アリオのせいで人生を狂わされたのはぼく一人だけじゃない。

「明日も明後日も、今日の延長のような日常が続くと信じてみんな生きてるのです。あなたがしてきたことはそんな日常を突然転覆させるように、子どもを誘拐したり、暗殺現場から物を盗んだりしているのに、奪う側はどれだけたくさんの悲劇を生み出しているかなど気にしないのですわ。ですが、罪を償う順番が来たのです。教皇猊下に引き渡すのですべてを白状しなさい」

 ワイルド上級精霊の背後で叱責したぼくを小物だと感じたのか、アリオは捨て台詞のように言い捨てた。

「戦場で略奪なんて誰だってやっている!きれいごとだけで世の中生きていけるか!」

 悪びれないアリオにワイルド上級精霊が一睨みすると、ヒィ、と喉から奇声が出たアリオは腰砕けになった。

「教皇猊下に引き渡す前に軽く自白をさせてやろう」

 ワイルド上級精霊は、行くぞ、とぼくに声をかけると、雪景色の中にぽつんと地面の見えている山小屋襲撃事件の慰霊碑の前に転移していた。


 ケインのスライムに包まれたままのアリオとぼくとワイルド上級精霊だけが風花のような雪が舞う山小屋跡地に転移していた。

 山小屋は取り壊されていたが、ぼくにとっては切ない現場で、当のアリオはここに来てもピンときていなかったようにケインのスライムの中で、どこだ?と首をかしげていた。

「ならば、こうしよう」

 次に転移した先は、先ほど打ち合わせをしたワイルド上級精霊の亜空間で、隣の部屋からみぃちゃんとみゃぁちゃんと子どもたちの気配がした。

 この亜空間にはワイルド上級精霊とアリオ以外の全員が集合しており、先ほどはなかったモニターが部屋の壁にかかっていた。

 モニターには山小屋の現場を再現した亜空間が映し出されており、倒れている警備の騎士にモザイクがかかった状態だった。

 現場にいるアリオはケインのスライムがアリオの首輪として装着されていたので、自由に動き回ることができた。

 アリオは倒れている騎士の首元に手を当てすでに死亡していることを確認すると、自分の手に邪神の欠片の封印された指輪があることに気付き二度見すると、転移しようと試みるかのように四肢に力を入れた。

『ここは、お前が思い出さなかった、お前の記憶の奥にあった山小屋襲撃事件の場面を再現したに過ぎない』

 姿の見えないワイルド上級精霊の声を聞いたアリオはキョロキョロと周囲を見渡した。

 アリオの記憶が鮮明になってきたのか、鳥の鳴き声や虫の音や風の音が加わった。

『ここは特別な結界が張ってあったから、誘導されて転移したのかと思ったんだ。身ぎれいな騎士がいるということは、それなりの装備がある現場に隙をついて強盗が入ったのなら自分は出遅れた、と考えたが、一応小屋の中を確認しに入った』

 アリオが独白すると、山小屋の扉が勝手に開いた。

「カイル。大丈夫かい」

 アリオが山小屋の中に向かうと、マナさんがぼくを気遣い声をかけたが、死体と血痕にモザイクが入っているので、そこまで生々しく感じなかった。

 むしろ、ぼくは救助された後すぐに眠ってしまったので山小屋の状態を知らなかった。

「もう、ぼくもそれなりに成長しました。マテルじゃないけれど、怒りを実行犯にぶつけるには、あまりにディミトリーが気の毒すぎるし、皇帝の死を願うと世界が混乱をきたすし、かといってアリオはただの火事場泥棒のような奴で直接恨んでも仕方ない。だけど、奴が何か知っているのなら、あの事件の真相を知りたい気持ちの方が大きいです」

 皇帝の狙いは辺境伯領の鉱山で鉄鉱石を盗掘するか、あわよくば魔獣暴走を狙って極秘の鉱山入り口を探っていたが、事件後に転移してきた秘密組織はなにを狙っていたのがが気になるのだ。

 明るい日差しの中から山小屋に入ると中は薄暗かった。

 モザイク処理されている死体を跨ぐように二人の司祭服の男たちが家探しをしていたが、小粒の魔石が大量にあるだけの現場に、しけていやがる、といった声が上がっていた。

『ここには重要なものは何もなかったのに、踏み込んだのはどうしてだ?』

 ワイルド上級精霊の言葉に、アリオも首を傾げた。

『私がここに転移した時には、こうして複数の同業者が既にいて、ゾーイが子どもを探していたが遺体をひっくり返してまで探そうとしていなかった』

 アリオの言葉が終わる前に家探ししていた男の一人の顔がゾーイになった。

 息をのんだぼくたちの脳裏に浮かんだことは、この時、ぼくが誘拐されていたらアドニスの誘拐は計画さえされなかったのではないか?ということだった。

「……あいつらは片っ端から魔力のある子どもを攫っていたから、カイルが誘拐されていたとしても、アドニスは誘拐されたことに変わりはなかったじゃろうな」

 マナさんの言葉に、そうかもしれない、とぼくたちは頷いた。

『もう一人は私と同じく配達屋で、橋の設計図を探していたが何もなかった』

 もう一人の男の顔がはっきりと見えると、こいつは拘束済みだ、とマナさんが言った。

『私は追加の素材採取を求められていたから、ここに派遣されたのは、くず魔石でも大量にあることに意味があると考えて、現場からちょうだいした。資産というほどの物でもない、子どもの玩具にしかならないものだ!私は全く悪くない!』

『生涯神に祈ることを誓い、人々から尊敬を受ける立場にある者が、子どもを誘拐したり物を盗んだりすることを正当なように声高に叫ぶなんて、ありえないだろう。だから、邪神を信仰するようになるのだな』

 ワイルド上級精霊の突っ込みに、狼狽えたアリオは頭を抱えて叫んだ。

『あれは、邪神ではなく、新たな世界を創造する新たな創造し……』

 突如、風魔法がアリオの後頭部を直撃し、魔導士が口にしてはいけない言葉を封じたワイルド上級精霊は、真っ暗な亜空間へアリオを送り込んだ。


 アリオの首輪に変身しているケインのスライムが発光して暗闇の中のアリオを浮かび上がらせた。

 犬型のシロが中級精霊になる前を思い出したのか、ごめんなさい、と項垂れると、ぼくは笑った。

 今となっては、中級精霊になる前のシロのやらかしは、ワイルド上級精霊に庇護されるきっかけになった出来事で、ぼくのスライムが花火の魔法を開発した楽しい出来事に記憶がすり替わっている。

『創造神により世界を作り変えられた時に、天界の門をくぐった魂が新世界に転生するとは限らない。お前たちが夢見る世界の終焉の先を知る者など、誰もいないのだ!』

 ワイルド上級精霊の言葉に狼狽えたアリオは首を小さく横に振って、いやいや、と言った。

『あの方の魔術具は使えば使うほど体に馴染む!だから、私は魔術具を失った後も教会の魔法陣を使用すれば転移魔法を行使できるではないか!』

 邪神の欠片の魔術具を使いこなせば、世界が崩壊した後でも特別な存在でいられる、と信じているアリオは、ケインのスライムに首輪をされた状態でも自分が勝者であるかのような晴れやかな笑みを見せた。

『馬鹿か!創造神はすべての神々をお造りになったのだから、新世界を創造されれば邪神の存在もなくなってしまうのだぞ!』

 ワイルド上級精霊の容赦ない突っ込みにぼくたちは頷き、両手を広げて笑っていたアリオは困惑したように頭を抱えた。

『そんなことを考えていたから、アドニスに邪神の欠片を移植する人体実験をしていたのか!』

『あれは人体実験じゃない!選ばれし女性になるための試練だ!次の世界で生まれる子どもたちの母として相応しい少女ではないか!』

 アリオの発言に、何を考えていたのか、とぼくたちに戦慄が走った。

 アリオの発想だと、このまま世界が終焉を迎え新世界が想像された時に、生きのこるのは邪神の欠片を携帯したことのある秘密組織の男たちだけになり、アドニスを花嫁にでもする気だったのか!

「あー、可愛い女の子を狙って誘拐していたのも、それ以上考えたくないくらいおぞましいな」

 マナさんの嘆きに、キャロお嬢様やフエが狙われていた事を思い出したぼくたちは、うんざりした。

『だから、新世界ができたとしたら、何もかもが新しくなるんだ!お前の目論見など、どうでもいいから、邪神の欠片の魔術具を制作する男の話をしろ!』

 ワイルド上級精霊はアリオの企みなど一顧だにせず、まだ拘束されていない秘密組織の人間を追求した。

『本当に知らないんだ!組織がしっかりしていた時は上からの命令に従っていた。それでも、時折、勝手に転移先を変更させられて、そこにある魔術具を回収し、メモに指示されている素材を置いてきただけだ。だから、山小屋の時は素材を回収せよ、という意図があったと察して魔石を回収しただけだ』

 あくまで窃盗とは言わないアリオの言い方が癪に障ったが、ワイルド上級精霊はそこには触れず、ハハハハハ、と不敵に笑った。

『直接会ったことはなくても、誰か、というのは察しているのに、白々しいな』

『邪神の欠片を加工できる人間などそうそういないから推測しただけで、思い当たる人物がそうなのかわからない!』

 フッと鼻で笑うような音がすると、本当に知らないんだ!とアリオは叫んだ。

 アリオの思考を誘導したワイルド上級精霊にはアリオが誰を思い浮かべたのかわかったのだろう。

「古代魔術具研究所で暴発事故を起こした研究員はまだ生きているのだろうか?」

 アリオの証言から察しをつけたマナさんが疑問を口にすると、魔本が精霊言語で嘴を挟んだ。

 “……暴発事故で右半身に大怪我をして引退し、地元に帰った研究員がいるな”

 マナさんがニヤリと微笑むと、ウィルとイザークとマテルも引退した研究員が生きていると推測したように頷いた。

『まあ、いい。教皇猊下の取り調べで黙っていられるはずもない。今は大人しくしている水竜もお前の態度の悪さに辟易しているから、容赦ないだろう』

 現実を思い知ったアリオがガックリと膝をつくと、亜空間から転移する気配がした。


 廃墟の町に戻ると、アリオはケインのスライムの中でうつ伏せで四肢を縮ませて泣いていた。

「教会を引退した秘密組織の残党がいるようだ。教皇猊下に年金受給者の近況調査をさせよう」

 ワイルド上級精霊は様子を見に来たキャンプの代表者にざっくりと説明した。

「私たちは大聖堂の転移の間まで転移してしまうつもりだ。亜空間にいる子どもたちの保護を緑の一族に託してよいだろうか?」

「わかりました。喜んでお引き受けいたします。子どもたちが落ち着くまで、二、三日ほどみぃちゃんとみゃぁちゃんを貸してくれるかい?」

 マナさん言葉にぼくとケインが頷くと、再び転移の気配がしたので、ここで別れるマテルに、さよなら、と手を振った。

 ケインのスライムがアリオを包み込んだままの状態で、ぼくたちは大聖堂の転移の間に戻っていた。

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