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道端の誓い

 復興の日雇い労働者に紛れて日銭を稼いでいたところ、復興作業員への慈善活動として炊き出しの準備をしていた教会関係者に目撃されたアリオは炊き出しを受け取らずに町を出ていた。

 教会を出たぼくたちは祠巡りがてら町を一周し、目撃者から得た最新のアリオの容貌を精霊たちに伝え追加の情報を得た。

 腹痛を理由に復興作業から離れたアリオは民家の軒先に干してあった洗濯物を盗み、認識阻害の魔法を強化していたため、憲兵に魔術師が配属されていなかった資材搬入門から咎められることもなく町の外に出ていた。

 ワイルド上級精霊の誘導作戦に引っ掛かったアリオを追い詰めるのは難しくなさそうだが、不自然なのは精霊たちの目撃情報ではアリオは邪神の欠片を身に着けていなかったようで、ただの薄汚い爺だとしか精霊たちは認識していなかった。

 太陽柱にアリオの映像がないということは、精霊たちがちょっと不快に思う程度のほんのわずかな邪神の欠片を携帯しているのだろう、と推測できた。

 アリオが所持しているほとんどの邪神の欠片をすでにばらまき終えたのか、まだ隠しているのかわからないので、邪神の欠片の気配を探りつつアリオの行方を追うことにした。


 検問所を抜け街道に出たぼくたちは、装いこそ女装だけど身体強化をして走る速度は馬車より速かった。

「ちっとも隠密行動している気がしないですわ」

 ワイルド上級精霊が無言でイザークに貸した身体強化補助の魔術具のお陰で遅れずに走っているイザークが素朴な疑問を口にした。

「緑の一族の先行部隊なら、このくらいの速度で移動しているので不自然じゃないよ」

 マナさんの返答に、将来はカカシを目指すことも検討していたマテルはウッと言葉を詰まらせた。

「転移の魔法を使用してしまうとアリオの気配を察知できないから、今回は足を使う方が合理的だ」

 ワイルド上級精霊の説明にぼくたちは頷いた。

 光影の魔法の発動条件を利用して邪神の欠片の気配を探るのには、走った方がわかりやすい。

「女性だらけのキャンプなのにアリオが警戒しているのは、緑の一族は強い女性たちばかりだからなのですね」

「いや、先行部隊以外、そこまで体力お化けじゃないでしょうね」

 メイ伯母さんやハナさんを思い浮かべたウィルが言うと、そうじゃな、とマナさんは笑った。

 魔獣たちはそれぞれ鞄や収納ポーチに納まっていたが、スライムたちは分身をトンボに変身させてぼくたちより先を飛び、精霊たちに最新のアリオの容貌を伝え目撃情報の収集に勤しんでいた。

 精霊言語を取得しているマナさんとぼくとケインと兄貴は状況を把握していたが、ウィルとイザークとマテルは状況がわからず、ただ目的地に向かって走っている、と思っていた。

 砂粒のように小さく砕けた邪神の欠片の全てをばらまき終えたとも思えず、どこかに隠しているとしても老体のアリオの体力で移動できる範囲内なのでそう遠くないはずだ。

 街道を出たアリオについて覚えている精霊は少なく、汚くみすぼらしい男ならたくさん見た、という情報ばかりだった。

 そんな中、ぼくたちより先に飛行していたとんぼ型のぼくのスライムの分身がひどく動揺する感情が伝わり、ぼくは足を止めた。

 すぐさま足を止めた精霊言語取得済みの面々以外のウィルとイザークとマテルがだいぶ行き過ぎてから、どうしたの?と言って引き返してきた。

 ぼくのスライムの分身からの情報を頭の中で整理していたぼくたちは、ウィルたちの問いかけにも無反応になった。

「対処の優先順位を決めた方がいい」

 ワイルド上級精霊の言葉にぼくたちは頷いた。

「アリオは戦災孤児を集めて養っている退役軍人を装っているようなんだ」

 マナさんの説明にウィルとイザークとマテルはあんぐりと口を開けて言葉を失った。

 ぼくのスライムの分身が精霊たちから仕入れた情報によると、アリオは洗礼式前後の年齢の三人の少年を連れて乗合馬車に乗り、誘導先のドルジさんの新領都に向かっているらしい。

「帝国の孤児院での孤児たちの扱いが近年向上しているが、まだまだ地方、いや、食糧事情が十分でない南部の孤児院の状況は厳しく、食料を求めて孤児院を抜け出し泥棒をした少年をアリオが保護したようじゃな」

 アリオが連れている子どもたちの映像を太陽柱から確認したのかマナさんは端的に説明した。

「……そうなのですね。魔力の多い子ども、と限定しなければ、いなくなっても騒がれない子どもはたくさんいますからね」

 憤りを抑えるかのように大きく息を吐いてから言ったマテルの声は震えていた。

「アリオが日雇い労働の現場でしか目撃情報がないのは、子連れで移動しているから印象が違っていたのだろう」

 探し方が見当違いだった、とワイルド上級精霊が口にすると、マテルは怒りを抑えきれなくなったのか握り締めていた両手の拳をブルブルと小刻みに震わせた。

「……見当違いだったのは、私の方ですわ。少年たちが親を失ったのは、ラザル王国が戦争を回避できなかったからですもの!」

 涙を堪えて歯を食いしばってから胸の内を吐露したマテルの肩にマナさんがそっと手を当てた。

「東方連合国周辺地域のように戦争をせず併合と独立を繰り返し、戦争を回避する方法があった事をドルジの元で学んだから出てきた発想だろうが、南方戦争ではそれは無理だったよ。宣戦布告の直後に奇襲されたら、どの国だって引くに引けない」

 マナさんの言葉に俯いて歯を食いしばっていたマテルは頷いた。

「ええ。そうですわ。だから私は落城して落ち延びる時に、皇帝一族への復讐を誓ったのですが、見当違いも甚だしかったのです!人が人を恨んでも、まともな解決策にはつながらないのですもの。たとえ、皇帝一家皆殺しができたとしても、祖国や家族の恨みが晴れるかといえば、晴れません!生きのこった旧国民たちをまた混沌した情勢に陥れるだけですわ」

 マテルの言葉にぼくたちは頷いた。

「祖国が帝国に攻め入られたのは、邪神の欠片がこの世界を滅ぼそうと人々を誘導しているからではありませんか!私が恨むべき物は邪神の欠片で、あの時、私が誓うべきだったのは、邪神の欠片を消滅させる事だったのですわ!」

 悔しがるマテルを見ながら小首を傾げたイザークをマナさんと上級精霊が感慨深げに見つめた。

「運命の巡り会わせとは数奇な物ですわ。ここにイザーク先輩が居合わせたのだから、マテルの願いはかなうかもしれませんわ」

 ぼくの言葉に顔を上げたマテルはイザークをまじまじと見た。

「私、声に魔力を載せることができるので、その願いを叶えて差し上げることができるかもしれませんわ!」

 すっかりぼくたちの言葉遣いや仕草が変わっていたことがイザークの魔法の効果を証明していたので、希望が差し込んだようにマテルの表情が和らいだ。

 邪神の欠片が突如出現したかのようにぼくの掌が熱くなったが、肩の上のぼくのスライムには変化がなかった。

 神々はマテルの願いが叶うことをお望みのようだ。

 光影の剣を出現させると、何事か!とあたりを見回したケインとウィルは、笑顔のままのワイルド上級精霊とマナさんを見て、邪神の欠片が突如出現したのではなく、邪神の欠片を消滅させる!と誓いたいと願うマテルの言葉に力を貸すために光影の剣が出現したのだと理解した。

「それ、私も誓いたいですわ!」

 割って入ったウィルに、ラウンドール公爵家の跡取り候補の一人なのに、とイザークが苦言を呈した。

「最近の兄上たちは、かなりまともになっておりますのよ。邪神の欠片が存在する限りカイルが消滅させるしかないのですから、微力ながら私も助力したいのです」

「そういうことなら、私も誓いますわ!邪神の欠片の存在を許しておけないのはもちろんですが、カイル兄さん一人に重責を背負ってほしくないのです。私の力はささやかでも何かの役に立ちたいのです!」

 ケインの言葉に兄貴も頷いた。

 みんなの気持ちがぼくの胸を温かくしたが、ちょっと待った!こんな道端で緑の一族の女装した状態で神々に誓っていいのだろうか?

 ぼくの困惑を察したワイルド上級精霊は微笑んだ。

「みんなで誓えば神々に願いが届きやすいでしょうね」

 この状況でもたおやかな笑顔を保つワイルド上級精霊の様子から察すると、神々はぼくたちの女装を楽しんでいらっしゃるということだろうか?

 ……いや、神々の趣向を推測するのは止めよう。

 光影の剣を囲んで丸く集まった民族衣装を着たぼくたちに、往来する人々が何をしているのだろう?と奇異な目を向けている。

「目立っているようですが、このままやっちゃいましょう!」

 開き直ったぼくの言葉に全員が頷いた。

 円陣を組んだ真ん中に光影の剣を差し出すと、マテルが剣の光る側面に手を振れた。

 兄貴、ウィル、ケイン、イザークと続けざまに光影の剣の光る側面に掌を乗せると、魔獣たちも次々と飛び出してきて剣先を下げた光影の剣に触れた。

「私の願いは、皇帝一族への復讐を誓うのではなく、邪神の欠片の消滅に私の人生を捧げる、と誓いなおしたいのです!」

「「「「「私たちは邪神の欠片の消滅を願い、善処を尽くす、と誓います!」」」」」

「私たちの願いと誓いは神々に届き、地上に出現した邪神の欠片を必ずや消滅させるでしょう!」

 ぼくたちの誓いにイザークが声に魔力を載せて補完すると、光影の剣から天に向かって垂直に光の柱が立ち上がり、闇が光を追いかけるように広がり、天に聳え立つ円柱状の光の空間に夜が来たかのように真っ暗になったが、次第に下方から闇が薄くなり、闇が大空に昇天したように見えた。

 光影の剣が消えた円陣の中心で剣に触れていたみんなの手が支えを失ってバタバタと落ちると、ちょっとおかしくてぼくたちはくすっと笑った。

 突如として道端から立ち上がった閃光に目が眩んだ人々や馬が衝突するような事故がなかったのは、ワイルド上級精霊がいたお陰なのか、眩しさに目を背けて何も見ていなかったからパニックが起こらなかっただけなのか、わからない。

 すべてが収まってから顔を上げた人々が、あれは何だったのか?というように首を傾げたが、歩く進路も速度も保ったままだったのは、ワイルド上級精霊のせいなのかもしれない。

「ちっとも隠密行動になっていないようですけど、いいのでしょうか?」

 ケインの言葉にマナさんは笑った。

「そのじつ、緑の一族についてなんて誰も詳しく知りもしないのだから、これでいいんじゃよ」

 これでいいのか?とぼくたちが首をかしげていると、マテルだけが街道の先をじっと見つめていた。

「……この先の町に、邪神の欠片があるはずですわ!」

 皇族の位置を察知できたように、邪神の欠片がどの方角にあるか、マテルは察知できるようになっていた。

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