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特殊な上級魔導士たちの変装

 新素材を使用したグライダーの魔術具の模型を飛行させたイザークのスライムが着陸すると、競技会の話はそこで終わった。

 大聖堂島の湖の五か所で採取した白砂を全種類混ぜた新素材は、どちらかの方向に向って飛行する性質はなく、風魔法を駆使して方向を決める必要があった。

 飛行に必要とする魔力消費は今までのグライダーの魔術具よりも圧倒的に少ないが、タイルの魔術具よりやや多く魔力を消費し、急降下ができない特徴があった。

「……もしかして、墜落しにくい特徴があるのかもしれませんね」

 ジェイ叔父さんの推測にオレールとノア先生は興奮気味に頷いた。

「墜落しない飛行の魔術具だなんて最高じゃないか!」

 飛行するタイルと同様に教会都市内では飛行中にあらゆる妨害が効かない特徴があるのなら、教会都市の外に出ない治安警察隊が使用する魔術具なので、ほぼ墜落しない飛行魔術具ということになる。

 詳しい検証は古代魔術具研究所内の実験室ですることにしよう!ということになり、ぼくたちが場所を移そうとすると、駆け寄ってきたジュードさんに声をかけられた。

「新しい魔術具の検証も順調そうですね。古文書の解析にちょっとカイル君たちをお借りしてもよろしいですか?」

 おなじみになったジュードさんの声掛けにノア先生は頷いた。

「ぼくも勉強のために参加します」

 上級魔導士試験を受けなかった兄貴が名乗りをあげると、行っておいで、とノア先生は笑顔で言ったが、いつもと違う状況にお婆とジェイ叔父さんが頬をわずかに強張らせた。

 ぼくのスライムの分身が水竜のお爺ちゃんと一緒に、光る苔の洞窟でアリオに変身して姿や特徴を知らせて精霊たちから情報を募った結果、古い物から新しい物まで広く集まっていた。

 全裸で逃走してからのアリオは教会関係者に発見されないように服装が変わっていたようで比較的新しい情報は農夫の格好をしていた。

 ぼくのスライムの分身と水竜のお爺ちゃんが精霊たちの情報をもとに現地に赴いても、邪神の欠片の魔術具を発見することがあっても、アリオの姿を確認することはできていなかった。

 アリオにばらまかれた邪神の欠片を消滅させる進捗状況は、北部では情報を共有していた辺境伯領主のスライムがガンガイル王国騎士団に指示をだし速やかに仕込まれた魔術具を回収をしたり、精霊たちの情報をもとに現地に赴いたぼくたちに怪鳥チーンから追加の情報を得たりしたので広範囲に消滅できた。

 西部や東部では、帝国留学の旅でぼくたちと縁ができた友人たちに関係がある土地も多く、不確定な精霊たちの情報の中でもつい優先的に対処してしまった。

 南部をマナさんに任せていたとはいえ、光る苔の洞窟で精霊たちから集まる情報は南部は極端に少なかった。

 兄貴とシロは戦争が続いた南部の精霊たちは疲弊しすぎて助けを求めに光る苔の洞窟に行く選択肢など念頭から消え失せていたところに、終戦後の復興の動きが活性化した今、明るい未来しか見ないようにしているのではないか、と考えていた。

 そもそも、すべてを自分たちにとって都合がいい方に解釈する気質のある精霊たちが、悪い未来の兆しを避けてしまうことを十分理解できたぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは、南部の精霊たちの情報を深掘りできず、核心的な情報は現地にいるマナさんに任せた状態だった。

 そんな現状で教会からもたらされる邪神の欠片の情報は南部以外はすでに対処済みな事が多かった。

 ここで兄貴が名乗りをあげるということは、今回の情報の結果は処理後の映像さえ太陽柱の映像にない、極めて処理の難しい邪神の欠片の魔術具か、アリオ本人に関する情報なのだろう、とぼくたちに緊張が走った。

 ぼくと兄貴とケインとウィルとイザークがジュードさんと大聖堂に向かおうとすると、ぼくたちが邪神の欠片を浄化する活動をしていると知っている面々が、気を付けて、と声を出さずに口だけ動かした。

 ぼくたちは頷くと、行ってきます!と笑顔で手を振って大聖堂の転移の間へと移動した。


「アリオと思しき人物を目撃した教会関係者からの通報です」

 噴水広場を離れるなりジュードさんが小声で説明を始めたので、ぼくは内緒話の結界を張った。

「緑の一族と情報を共有し、泳がせておくことになっていますが、なにぶん重要指名手配犯を目撃した教会関係者は素知らぬふりができたかどうか不安だ、と言っています」

 ジュードさんの話を聞いた兄貴と犬型のシロは眉間にしわを寄せた。

 “……ご主人様。太陽柱の過去の映像から確認したところ、アリオを目撃した教会関係者はガッツリ動揺した表情をしていましたから、アリオにバレていますね”

 面の皮が何重もある嫌味の応酬を真顔でする貴族でもない限り、邪神の欠片を世界中にばらまく極悪人を目の前にしたなら、普通の人なら平静でいられない。

 ああ、それならすでにその町からアリオは逃走しただろう、と残念がるぼくたちに、ジュードさんは首を横に振った。

「緑の一族の皆さんが教会跡地にキャンプを張り、アリオの逃走経路をことごとく塞いでいます」

 戦争の影響で街ごと消滅した地域が多々ある南部は教会跡地が多く、緑の一族が調査の名目で分散してキャンプを張っている。

 マナさんについていったぼくのスライムの分身が、さらに再分裂して緑の一族が点在するキャンプ地すべてに一体ずつ張り付いて邪神の欠片の気配を探っている。

 “……緑の一族のキャンプ地にアリオはまだ近づいていないよ。触手が熱くなる気配がしないもん”

「転移魔法が使用できない状態なら、まだ遠くに逃亡していない可能性があるのですね」

 ウィルの言葉にジュードさんが頷いた。

「教皇猊下は皆さんにアリオが目撃された地域の教会へ転移してもらい周辺地域を探ってもらえないか、と要請しています。現地でカカシさんが待っているそうです」

「わかりました。向かいます」

 ぼくが返事をするとみぃちゃんのスライムが分裂してジュードさんの肩に飛び乗った。

「連絡役はスライムということですね。わかりました猊下の元にお連れします」

 ぼくたちは転移の間でジュードさんと別れ、現場の教会へと転移した。


 到着した先の教会で転移の間の扉を開けると、特殊な上級魔導士たちが想像以上に幼かったことに驚いたのか出迎えた教会関係者の頬が引きつっていた。

 教会関係者が誤解したのも無理はなかった。

 出迎えてくれたマナさんはマテルと緑の一族を装ったのか黒髪に緑の瞳に変装したワイルド上級精霊と一緒だった。

 マテルは飛び級していない上級魔法学校生だから、特殊な上級魔導士の少年たちはマテルと同じ年頃だと教会関係者たちは勘違いしていたのだろう。

「忙しいところすまないね。よく来てくれた」

 マナさんがぼくたちを労うと、この少年たちはお使いではなく、こっちが本物の特殊な上級魔導師なのか、とさらに誤解していたらしい教会関係者は目を丸くした。

 この面々ならマナさんとワイルド上級精霊が特殊な上級魔導士に見えてしまうのは仕方ない。

「アリオを誘導するために、あえて緩い検問所を作ってある。アリオはドルジの新領地の領都に向かわざるを得ないはずだ」

 仕事の速いワイルド上級精霊はすでに行動を始めていたようだ。

「ぼくたちは隠密に行動した方がいいでしょうか?」

 アリオにぼくたちが追っていることがバレないように変装すべきか?とワイルド上級精霊に尋ねると、マナさんがいい笑顔で頷いた。

「変装するための衣装も用意している。着替えの部屋も借りているよ」

 微笑むマナさんの横で神妙な表情をしているマテルを見たぼくたちは、緑の一族らしく変装しなけれないけないことに気付いた。

「もう少し幼いころならともかく、けっこう体格がよくなってきた気がするのですが、大丈夫でしょうか?」

 不自然な女装にならないか?と暗に言うと、マナさんは笑ってイザークを見た。

「認識阻害の魔法を強化してもらうのですね」

「少女らしい雰囲気を強化してもらえば問題ないよ。みんな可愛らしい顔つきをしているからね」

 マナさんはそう言うと借りている一室にぼくたちを案内した。


「ふむ。なかなか全員似合っているよ」

 緑の一族の刺繡が入ったドレスを着たぼくたちを見てマナさんが言った。

 下着まで女性用を身につけるのに抵抗があったが、みぃちゃんとみゃぁちゃんが、ドレスが綺麗に見えるラインを出すためだ、と主張して譲らなかったから仕方なく着用したので、少しは少女らしい体つきに見えるはずだ。

「髪と目の色を変える魔法しかしていませんが、この髪型で大丈夫でしょうか?」

 声変わりの魔術具を使用しているマテルが少女の声でマナさんに尋ねると、えええ!と教会関係者が驚いて眉を上げた。

「うちの一族の活発な少女たちの何人かは髪が短い子もいるから、そのままでいいよ。カチューシャでもつけるかい?」

 マナさんがリボンのついたカチューシャを収納ポーチから取り出すと、ぼくたちは首を横に振り、こっちがいい、と収納ポーチから長めのエクステを取り出した。

 エクステをつけたぼくたちを見たマナさんが満足そうに頷いた。

 もともと美少年のウィルやイザークはもちろんだがケインも兄貴も母さんに似ているので美少女に変装できている。

 最年長のマテルも元王子様なので顔こそ美少女だが、がっしりとした肩の体格の良い少女になった。

「このままでも十分少女らしいが、駄目押しの一言を言ってもらっていいかな?」

 マナさんの言葉に、はい、とイザークが可愛らしい声で答えた。

「緑の一族の少女らしい格好をしたぼくたち、……私たちは、少女らしい雰囲気を醸し出し、少女らしい振る舞いができます!」

 イザークの魔法が発動したかどうかはぼくたちには実感がなかったが、ワイルド上級精霊と犬型のシロは満足そうに頷いた。

「私たちは走って移動するのでしょうか?」

 スカートの裾を摘まんで、走れるのかしら?と首を傾げるケインの口調も仕草もどことなくキャロお嬢様に似ていた。

「横にスリットが入っているから問題なく走れる。ズロースも動きやすい素材だから快適に走れるよ」

 下着からすべて女装の用意がされていたのは、このドレスで機能的に動くために必要だったからだろう。

「お世話になりました」

 マナさんが教会関係者に礼を言うと、ぼくたちの女装に呆気に取られていた教会関係者たちが、真顔になった。

「よろしくお願いします。成功をお祈りしています」

 教会内から起こった不祥事の後始末をすることになったマナさんに教会関係者たちは深々とお辞儀をした。

 ぼくたちは礼拝に立ち寄った参拝者を装うので教会関係者に見送られることなく教会を後にした。

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