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中年の危機?年寄りの冷や水?

 ジャミーラ領の大岩に到着したスライムたちは小さいオスカー殿下に試験飛行の経過を記録した魔術具を恭しく差し出した。

 小さいオスカー殿下は、よくやった、と受け取るとすぐさまぼくに手渡した。

「競技会の予選が午後からあるので記録の確認をしている時間がありません!」

 スライムたちをポンポンと叩いて労う小さいオスカー殿下は、放課後から始まる競技会の予選に参加するために今すぐ下山することになっていた。

 小さいオスカー殿下とドーラさんが下山してもぼくたちはパンダのための踊るぬいぐるみの完成を優先した。

 “……ありがとう。これで全ての神の役の振り付けを覚えるよ”

 パンダが嬉しそうに完成したぬいぐるみの踊りを眺めながら精霊言語で言った。

「教皇猊下から洗礼式の踊りについての通達が出ているはずだけど、ジャミーラの教会の司祭に配役のバランスに気をつけるように念を押しておいた方がいいでしょうね」

 兄貴はパンダが七大神のどれかの役を担当してぬいぐるみでバランスをとっても、そもそも子どもたちの魔力量を司祭が考慮しないと事故が起こると指摘した。

「帰る前に司祭に話しておこう」

 オーレンハイム卿の言葉にダグ老師は頷いた。

「私も教会で相談したいことがあるので同行します」

 ぼくたちは大聖堂島に向けて飛行検証を再開したスライムたちを見送ると、お婆とオーレンハイム卿夫人は認識阻害の魔法をかけて、こそこそと下山した。


「スライムたちのタイルに乗って大聖堂島に行きたいって!本気で言っているのですか!」

 領城から転移した小さいオスカー殿下を見送ったドーラさんは、教会までぼくたちを見送りに来ると、ダグ老師が司祭に相談した内容を聞いて頭を抱えた。

「いずれ誰かが飛行検証しなければならないのなら、未来ある若者より老い先短い私がやった方がいいだろう」

「人間で検証するにしたって、魔法の絨毯で並行飛行するカイル君たちがついていて死ぬような事故が起こるはずないでしょう!」

 オーレンハイム卿に影響されて知的好奇心に目覚めたダグ老師に、何を言い出すのだ、とドーラさんが鼻息を荒くした。

「まあ、まあ、やってみたい、という気持ちは尊重しますよ。ですが、人間での検証はノア先生が楽しみにされていますから、最初の飛行検証はノア先生に拒否されるでしょうね」

 オーレンハイム卿は、ダグ老師の荒療治で中年の危機感を乗り越えようとする発想を否定することなく、現実を淡々と説得するように語ると、ドーラさんは安堵の表情を浮かべた。

「二回目でもいいからやってみたいのです。頭の古い私は新たな事に挑戦して凝り固まった思考を柔軟にする必要があるのです!」

「頭を柔らかくしたい気持ちはわかりますが、それは人様の研究の美味しいところだけを横取りするようなものですよ」

 ドーラさんは、陰の領主として生まれたゆえにいつもいいポジションを用意されていることに慣れ過ぎているダグ老師に、その考え方がおかしい、と苦言を呈した。

 “……何か新しいことに挑戦したい気持ちは理解できるぞ”

 洗礼式の踊りをしたい、と司祭に申し出ていたパンダはダグ老師に加勢した。

「お気持ちはノア先生に伝えておきますよ。今のところ(帝国で)安定して新素材を採取できるのはジャミーラ領しかないのですから、人間で飛行検証できる大きさのタイルを製作できるのはジャミーラだけです。そこのところを、ノア先生も考慮してくださるかもしれません」

 ウィルの言葉にダグ老師の表情が明るく輝いた。

 ダグ老師に希望を持たせる言葉に、あちゃー、とドーラさんは眉を顰めた。

「何か新しいことをしてみたいのでしたら、ぬいぐるみの外側だけでもたくさん製作してくださいませんか?」

 絶妙のタイミングで提案したお婆の言葉にぼくたちは頷いた。

「洗礼式で踊りを踊ることは世界的には廃れた習慣なので、振り付けを知っている教会関係者が少ないのです。パンダだけ踊れるようになって、子どもたちはただグルグル走りまわるだけでしたら、せっかくの奉納の踊りなのに神々はお喜びにならないのではないでしょうか?」

 主役の子どもたちに踊りを教えるためのぬいぐるみが必要だ、と説明すると、教会関係者たちは力強く頷いた。

「私たちもガンガイル王国に研修に行く必要がありますが、振り付けを完璧に覚えて帰ってくる自信がありません」

 司祭の言葉にダグ老師は首を斜めに傾げて唸った。

「……私は手先が器用じゃないので……こんなに可愛らしい物には仕上がらないかと……」

 ダグ老師の言葉にドーラさんも頷いた。

「いえ、ちょっと不気味な仕上がりでもかまいませんわ。中身はB級魔術具愛好倶楽部で製作するので踊りに問題はでません!」

 振付を覚えるためだから見てくれは関係ない、とキャロお嬢様が力説しても、ダグ老師とドーラさんは心配そうに顔を見合わせた。

「パンダがぬいぐるみを教会に寄贈したら別に新たな魔術具を作らなくてもいいのですよ」

 オーレンハイム卿夫人の言葉にパンダは七大神のパンダのぬいぐるみを抱き寄せて、いやだ!と首を横に振った。

「私たちが作ったパンダのぬいぐるみを借りるより、ダグ老師が製作した方が、ジャミーラ領の子どもたちが健やかに育つことを願う気持ちが神々に届きやすいはずですよ」

 オーレンハイム卿の言葉に教会関係者たちがハッとした表情になった。

「教会関係者が資格を取得した後、地元に戻ることが認められやすいのは、洗礼式を行った地で神事を行うと神々に祈りが届きやすいと言われているからです。高位の司祭の赴任先は世界各地を転々としますが、最終的に地元に赴任することが一般的です」

 司祭の言葉にオーレンハイム卿が頷いた。

「神々の像を制作する時は祈りを込めて制作することが最も大事な事で、造形の出来についてはお目こぼしをしてもらえるのですよ」

「ええ、教会でもそのように教えられます。そうはいっても、教会では神々の絵姿や彫刻を制作する専門の部署があるので皆さんが目にする神々の姿は美しい物ばかりなのですが、上級魔導士が野営で簡易の護りの魔法陣を強化するために神々の絵姿を描くときには、造形美なんて構っていられないので、残念なお姿になってしまっても守ってくださるのです」

 司祭の説明にハルトおじさんの精霊神の像を思い出したぼくたちは吹き出した。

「いえ、司祭のおっしゃる通りなので、吹き出してしまいました。実は……」

 ぼくとケインのスライムたちがハルトおじさんとオーレンハイム卿の精霊神の像に変身して説明すると、ダグ老師とドーラさんは驚きの表情で話を聞いたが、教会関係者たちは、うんうん、と頷いた。

「こちらの像でも帝都魔術具暴発事件で帝都の各地で発生した瘴気から避難した市民たちを守ってくださったのですか!」

 ハルトおじさんの残念な造作の精霊神の像を、ハァ、と溜息をついて眺めたダグ老師の言葉に、ぼくたちは頷いた。

「オーレンハイム卿に制作していただいた精霊神の像は素晴らしい物ですが、こちらの像でもぼくたちが熱心に祈りを捧げているので、御心の広い精霊神様はぼくたちをお守りしてくださったのです」

「神々の御姿は人間が想像しただけのものですから、その美しさを造形できないことを神々はお許しになってくださいます。大切なのは神々を敬い感謝し魔力を循環させることなのです」

 ぼくの説明を補足した司祭の言葉にダグ老師とドーラさんは、わかりました、と納得した。

「ジャミーラを護る一族が、神々の役を踊る子どもたちのために、それぞれの神役のぬいぐるみを制作することで、神々に祈りが通りやすくなるのですね」

 ドーラさんの言葉に教会関係者たちは頷いた。

 “……儂も手伝うよ。儂もこの地を護る聖獣だ。あんまり不細工なぬいぐるみだったら子どもたちが可哀想だよ”

 ハルトおじさんの像に変身したぼくのスライムを見ながらパンダが呟くと、ダグ老師は頷いた。

「やります!ジャミーラの子どもたちの健やかな成長を願って、可愛いぬいぐるみを制作します!」

 中年の危機による焦りから冒険心ばかり先立ってしまったダグ老師の思考を冒険から切り離せた、とお婆が安堵の吐息をついた。

 機転の利いたお婆に、互いの推しを尊重し合っているオーレンハイム卿夫妻は嬉しそうに微笑んだ。

 ダグ老師の暴走を教会関係者たちに抑えてもらうように目で合図したオーレンハイム卿の視線に司祭が頷くと、ぼくたちは安心して大聖堂島に戻ることができた。


「なんだ、お断りしたのですね。私はドグール王国へ飛行するタイルで検証するつもりでしたから、ジャミール領のルートはジャミール領の関係者に一番をお譲りしてもよかったのですよ」

 治安警察隊員の飛行訓練に付き合っていたノア先生はぼくたちからダグ老師の話を聞いて、あっさりとダグ老師の飛行検証を認めた。

「息子さんのドーラさんが心配そうにしていましたから、様子を見てからお返事した方がいいでしょうね」

 ドーラさんは年寄りの冷や水を心配しているようだ、とオーレンハイム卿が言うと、ノア先生は笑った。

「確かに、私が検証して問題ないことを確認してからの方がいいですね」

「冬山の頂上を目指す検証から始めるのはどうかと思いますよ?」

 ジェイ叔父さんの指摘にノア先生は目を輝かせた。

「だからこそ、チャレンジするのですよ!……いやいや、私も中年の危機を打破したいとかそんなことじゃないよ。魔法の絨毯同様にタイルに乗っている間は快適な温度で飛行できるようだから、いずれしなければならない冬の飛行をやってしまおうと考えているだけだ」

 ぼくたちの冷たい視線に、冒険心に駆り立てられての行動ではない、とノア先生は否定した。

「着陸しても下りずに引き返したら寒さに凍えなくてもいいかもしれませんね」

「そうなんだ。山頂の天候がよければ山頂の積雪状況を調べたいし、実用化を考えたらドグール王国の麓の町まで飛行する検証もしたいんだ」

 ノア先生は、積雪による視界不良で予定通りに検証できないことを考慮し、冬場に嵐の少ないジャミーラの飛行は安全だから任せてもよい、という発想になったらしい。

「皇帝陛下の勅令で飛行検証を邪魔する者はいなくなりましたが、ジャミール領に取り入ろうとする勢力に、神聖なる杜への立ち入りを禁止されている状況で、部外者の我々が立ち入る回数を減らしておく方が無難なのですよ。ジャミーラ領も一枚岩ではないのです」

 シモンはジャミーラ領の内情まで調査していたのか、飛行魔法学講座が頻繁に城の杜に立ち入ると、ジャミーラ領内で他領に買収された貴族たちがつけ入る口実になる、とノア先生に指摘していたようで、ノア先生の言葉に頷いた。

「なるほど。ジャミーラ領の検証はジャミーラ縁の小さいオスカー殿下が飛行検証するのが一番いいのですね」

「そうなんですが、殿下は今年度も競技会の全試合に出場されるようなので、お時間がないでしょうから、ダグ老師でもドーラさんでもどちらでもいいのです。私が指名すると揉めそうなので、その時は、水竜に決めてもらいましょう」

 親子の揉め事に巻き込まれたくないノア先生は、決定権を追跡飛行に付き合う水竜のお爺ちゃんに丸投げした。

 儂が決めるのか!と水竜のお爺ちゃんが困惑気味に眉を顰めると、キャロお嬢様がポンと手を叩いた。

「可愛らしいぬいぐるみを作った方を指名すればいいのですよ!」

 ぬいぐるみ?とジャミーラ領に行かなかった面々が困惑した表情を浮かべたので、ジャミーラ領の洗礼式の踊りに話題が移った。

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