特殊な上級魔導士
事態を飲み込めないジュードさんへの説明をケインとウィルに任せ、ぼくは邪神の欠片が埋められていた場所まで歩き土を掘り返した。
邪神の欠片が消滅して残ったカプセルの残骸は祝福の魔術具を仕込んで埋め戻すのではなく、掘り起こした穴に魔力枯渇状態の白砂を入れ掘り起こした土を周囲に撒き散らした。
「部分的に魔力枯渇を起こして拡散したかのように偽装しているのかい?」
イザークの質問にぼくは頷いた。
「ちまちまと数ばかり多くばらまかれると回収するのが大変だから、効果が薄いように偽装して一個の魔術具に邪神の欠片を仕込む量を増やすように促して、奴の在庫を減らしたいんだ」
世界中に転移できるアリオは教会関係者に目撃されないように教会跡地に転移するから、現場は森の奥や原野ばかりになる。
シロに転移してもらう時はいいが、教会から転移する時は走り込まねばならず、正直、面倒だった。
「人里離れたところにばらまかれているから被害が少ないのはありがたいけれど、不便だもんね。でも、一個あたりの邪神の欠片の量が増えたら、被害の規模が大きくならないかな?」
「後手後手に回っているけれど、だいぶ奴を追い込んでいるはずだから、埋められてすぐ回収できている魔術具が増えているんだ。被害が出る前に回収するよ」
ディーと回収作業をしているぼくのスライムの分身は、まだ土が柔らかい埋められた直後と思われる魔術具を回収している。
ワイルド上級精霊はアリオが禁じられた魔法陣を再構築しようとするかのように魔術具を埋めていると予想したので、改良した祝福の魔術具は少しずらしてから埋め戻している。
「奴を目撃した精霊の情報もないわけではないから、そう遠からず捕まえて見せるよ」
「その時は招集してくれよ。ぼくも協力する」
イザークの言葉は頼もしい。
「ああ、その時が来たら真夜中でも、たたき起こすよ。よろしくね」
ぼくとイザークが握手を交わすと、ジュードさんに説明をしていたウィルが羨ましそうにぼくとイザークを見た。
「アリオを追い詰めた時の協力をお願いしていたんだよ。ケインとウィルにも活躍してもらう予定だから、よろしくね」
ぼくの言葉にケインとウィルが頷いた。
「なるほど。邪神の欠片を消滅するだけでなく、逃走するアリオを追い詰めるために急いで上級魔導士になる必要があったのですね」
生活するために町に入り込んでいるはずのアリオが最短で転移しようとするなら最寄りの教会に向かうはずなので、ぼくたちが堂々と教会に転移魔法を使用できる状況にしておく必要があるのだ。
「ええ、今のところ、誰が未成年で上級魔導士になったかを伏せておくのは、誰でも彼でも受験できるわけではないのに、ガンガイル王国から四人も未成年の上級魔導士が誕生したことを公表しない方がいい、とガンガイル王国側から申し出があったんだ」
教皇はあくまで特殊な上級魔導士が存在することを教会内の情報のみで留めておくことになっていると説明した。
「教会に所属しない上級魔導士が誕生したのですから、世間に公表されたら大騒ぎになりますね」
ジュードさんの言葉に教皇は頷いた。
「今のところは神学校増設前の暫定処置、としておくが、いずれ、教会に所属しない魔導士がたくさん誕生するだろう。地方の死霊系魔獣討伐にいちいち上級魔導士を派遣しなくてもよくなれば、教会所属の上級魔導士は教会の仕事に専念できるようになる」
教皇は教会改革で詠唱魔法を教会で独占しない未来を選択していた。
「教会が祈りの仕事に集中できるようになれば、世界中に魔力が満ちるのですから、その方が明るい未来になりますね」
ジュードさんは緑がまばらな原野の遠くを見ながら、そう遠くない未来にここも鬱蒼とした緑に覆われる事を夢見るかのように目を細めた。
「我々が世界を変えていくんだ」
教皇の言葉にぼくたちは頷いた。
「順調に片付いたようだね」
宿泊施設に戻ると兄貴とジェイ叔父さんに声をかけられた。
ぼくたちはつなぎの襟の裏側につけた上級魔導士のバッチを二人にチラッと見せた。
「ケインとウィルの魔法の相性がよくって、見えないけれど存在するものを上手く可視化することができたよ」
夕方礼拝前に大浴場に移動するタイミングで合流したぼくたちは入浴を済ませて何食わぬ顔で夕方礼拝のために大聖堂に行った。
ぼくたちが邪神の欠片を消滅させて上級魔導士に昇格したことをお祝いするかのようにいつもより多めに精霊たちが礼拝所内に溢れた。
邪神の欠片を消滅させるためにぼくたちが中座したことを知る面々がぼくたちに笑顔を見せた。
その笑顔にぼくたちは癒される。
忙しくても心をなくさないように保つことが邪神に影響されないために必要なのだ。
大聖堂の外では日没後の薄暮の空に精霊たちがいつもより多く広がっているのを巡礼者たちが見上げていた。
まるで自分たちが奉納した魔力が世界中に広がっていくのを見るかのようだ、という感想にぼくたちは頷いた。
見えない物が見えることで実感できることもある。
翌朝、早朝礼拝の後、朝食を済ませると、飛行魔法学講座の面々と共同研究の三人は南東の検問所に移動した。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
治安警察でグライダーの魔術具への搭乗を志願した隊員がぼくたちに元気よく挨拶をした。
「本日はスライムたちの飛行検証にこのグライダーの魔術具で教会都市の管轄内のみ試験飛行で追跡飛行します。この魔術具は発着時に大量の魔力を使用するので、本日はイザーク君のスライムに協力してもらいます。細かい操縦もイザーク君のスライムに任せて大丈夫です」
オレールの説明に一番熱心に聞き入っていたノア先生が治安警察隊員と一緒に頷いた。
「回線橋の先端から湖に向かって勢いよく走ってジャンプしてから、ここに足をかけてください。このレバーを引けば上昇し、押せば下降します。どのタイミングで上昇下降をすればよいかは、まずスライムに任せてください。飛んでみたらわかります」
オレールのざっくりとした説明にイザークのスライムが、任せておけ、と胸を張った。
「細かい説明を聞くより体で覚えるのが一番ですよ。風を捕まえて上昇するように設計されていますから風に乗る感覚を身につけてください」
シモンの説明に辺境伯領出身者たちは、第六師団長も乗ったんだ、と驚いたが、咳払いをして平静を装った。
「小型で軽量で折り畳みができて、持ち運びに便利で、これは素晴らしいですね」
ノア先生はスライムたちが乗っているタイルをそっちのけでオレールのグライダーの魔術具に見入っていた。
「ノア先生!始めますよ!」
飛行準備万端のスライムたちがタイルの上でしびれを切らしてお尻をぷりぷり振っているのを見かねたオーレンハイム卿が声をかけた。
「ああ、始めよう!行ってらっしゃい!」
ノア先生の言葉にお婆とオーレンハイム卿夫妻のスライムたちが飛行を開始した。
今回、選ばれた三体のスライムは、パンダの森を見たいオーレンハイム卿夫人の意向を尊重し、前回ジャミーラ領に行かなかったスライムたちが飛行することになった。
既婚者でご年配のオーレンハイム卿夫人はともかくとして、絶世の美女のお婆がジャミーラ領に行くことが心配の種だったが、ジャミーラ領の教会へ教会の転移魔法の間から転移して、こっそりと城の杜に入る手筈になっている。
お婆を目にするのは教会関係者と大岩の守り人の関係者だけなので、大騒ぎになることはないだろう。
回転橋の切れ目に向けて勢いよく走りだした治安警察隊員の乗るグライダーの魔術具を、飛べー!と叫んで見送るノア先生の声が響いた。
グライダーの魔術具は湖面すれすれを低空飛行した後ゆっくりと機首をあげて上昇した。
治安警察隊員の初飛行をサポートするイザークのスライムが隊員の恐怖心がないことを確認してから上昇したのだろう。
舞い上がるスライムたちの後方にグライダーの魔術具が飛行すると見物人たちから拍手が沸き起こった。
「いいですね。自在に操縦できるようになったら、これからは空から巡礼者たちの渋滞状況を把握することができます」
天候によって手前の町で足止めされていた巡礼者だちがどっと押し寄せる時など、教会都市の検問所手前で大渋滞が起こることがあるようで、飛行を見守っている治安警察隊員たちからオレールは感謝の言葉をひっきりなしにかけられた。
「教会都市の都市間飛行なら、タイルで飛行するよりこの魔術具の方がよさそうですね」
ノア先生の言葉に、消費する魔力量次第ですね、とオレールが問題点を指摘した。
「飛行中の魔力使用量は少ないのですが、安全に着陸するための消費魔力量を十分に考慮して飛行しなければならないのです。まあ、地上から魔力攻撃を受ける可能性がほとんどない教会都市に提供したのはその為なんですよ」
何度も墜落を経験していたオレールは故障で墜落しても、できるだけ安全に着陸するための設計をしており、不時着時の魔力を想定して飛行することを力説した。
ノア先生と助手はオレールとグライダーの魔術具について語りだしたので、スライムたちを見送ったぼくたちは大聖堂の転移の間に移動した。
上級魔導士の特権を私用で使用するのだが、飛行魔法学講座にスライムたちを迎えに行く、と言えばあっさり使用できた。
ぼくたちを迎え入れたジャミーラ領の教会では、上級魔導士になったぼくたちの襟章を司祭が二度見した。
教会関係者たちの驚きはぼくたちが上級魔導士になったこと以上にお婆の美しさだったようで、呆けたようにお婆に見とれる人が続出した。
オーレンハイム卿が背中でお婆を隠すと、不躾ですみません、と司祭が小声で謝罪した。
お婆とオーレンハイム卿夫人は認識阻害の魔法をかけ、ドーラさんと小さいオスカー殿下の案内で裏道を使用し城の奥の森の中に入った。
“……カイル!会いたかったよ!”
大岩の砦の前まで転移すると待ち構えていたパンダに抱きつかれた。
ぼくの体から滲み出る魔力を吸い取ろうとしたが体を覆う魔力の壁に阻害されてパンダは魔力泥棒に失敗した。
「あらあら、本当に懐かれているのね」
お婆は微笑ましそうにぼくとパンダを見たが、ぼくの肩に乗ったぼくのスライムが触手でパンダの右頬を殴った。
“……暴力反対!”
パンダは悲しそうな表情で訴えたが、魔力泥棒!ぼくの魔獣たちから精霊言語でツッコミを入れられた。
「そう、魔力泥棒はよくないわ。カイルの魔力が欲しいのなら、カイルのために何か働かなくてはいけませんよ」
お婆に諭されたパンダは口元を両手で覆って可愛らしく小首を傾げて誤魔化した。
「あなたはカイルのためにどんな働きをするのですか?」
このお美しいご夫人は魔獣たちの訴えを理解し、パンダの可愛らしさに誤魔化されない胆力があるのか、と老師やドーラさんがお婆に尊敬のまなざしを向けた。
お婆がパンダの可愛らしさに誤魔化されないのは、長年、みぃちゃんとみゃぁちゃんの可愛いポーズに誤魔化されなかったからだろう、と同時に考えたぼくとケインと兄貴は笑った。




