お誕生会
赤ちゃんたちのお世話で大変なのに、今年もぼくとケインのお誕生会を開いてくれた。
退役騎士の屋台は、脳筋の出現率が高い元騎士たちでは健全な経営ができない可能性があったため、父さんが出資した共同経営になっていた。
そのため、ぼくたちの誕生会にはたくさん屋台が集まった。
イシマールさんは大きなバースデーケーキを焼いてくれた。
学習館で仲良くなったマークと検算君ことビンスとボリスとお兄さんのオシム君とミーアを招待したのだが、エミリアさんからキャロお嬢様もお願いします、と頼まれてしまった。
弟が『不死鳥の貴公子』などとたいそうな二つ名ができたのに、自分は『我儘公女』と呼ばれるのでいじけているらしい。
キャロお嬢様の我儘は幼児としては当たり前くらいのもので、近頃は落ち着いていたのに、この評判は可哀相だ。
男の子ばかりの誕生会ではミーアもつまらないだろうからちょうどよかった。
ベビーカー三台を並べて赤ちゃんたちも参加した。
「招待ありがとうございます」
キャロお嬢様は縦巻の金髪に青いヘアバンドに花と蝶がついている。
ああいうのをアリサがつけても可愛いだろうな。
小さな招待客たちが全員そろうと、やはりみんな赤ちゃんたちに吸い寄せられた。
全員がみぃちゃんとみゃぁちゃんに洗浄の魔術具に手を入れろと促されていた。
誕生日プレゼントはみんなで示し合わせていたのか、ぼくとケインは同じもので、ペンやインク、ペンケース、レターセットだった。
ぼくたちはお勉強を頑張るイメージだったようだ。
行儀を気にしなくていいように屋台にしたおかげで、オシム君は夢がかなったと喜んでいた。
新商品の豚骨ラーメンは、匂いにびっくりされたが味は好評だった。
たくさんの種類を食べられるように今日は全ての品がお子様サイズで、母さんも喜んだ。
マークとビンスはオシム君から王都の学校の様子を聞いている。
今後の参考のためにぼくとケインも参加した。
お嬢様とミーアは、エプロン姿のイシマールさんにクッキーのアイシングをさせてもらっているから話には不参加だ。
王都の初級魔法学校はタウンハウスを持つ貴族は通いだが、騎士の子どものほとんどが寮に入っている。
「「ぼくは寮に入る予定だよ」」
マークとビンスは答えたが、たぶんぼくたち兄弟とボリスも寮だろう。
学校は初級、中級、上級と別れているが寮は一緒なので、大きな建物は男子棟と女子棟に分かれている。
学びなおしの大人もいるので建物の奥と三階が大人や上級学校生、二階が中級学校生、一階の手前に初級学校生が入居している。
初級から王都の学校へ進学する人が少ないから、初級の子どもたちは身分にかかわらず優しくされるようだ。
寮での人脈が就活にもつながるので、貴族の子弟でも次男三男は寮を選ぶことが多いので、学年が上がると貴族の占有率が上がるらしい。
オシムは辺境伯領の騎士団が希望なので、中級学校から王都に行く予定だった。
だが、キャロお嬢様が、初級学校から入学予定とのことで辺境伯領の学生の質を上げるために、急遽行かされることになったのだ。
ぼくたち全員が優秀者の素質ありと目を付けられているから、王都の学校に初級から進学するのは、ほぼ決定事項らしい。
「入学式は新入生の全員が参加しなければいけないけど、入学試験は入学式の前ならいつでも受けられるよ。入学試験とはいっても不合格者がほとんど出ない、クラス分けのための試験だから、受講クラスが決まり次第学校の施設が使えるようになるから、早めに受験した方がいいよ」
こういう助言は助かる。
「ビンスなら算数は初級を終了相当まで入試で出来たら、受講なしで単位がもらえるよ。そういう優秀者はクラブ活動を勧められるから、算術クラブに入れば王城の文官になる道も見えてくるよ」
学校でのクラブ活動は初級からあり上の学校とも交流があるので、人脈作りに役立つらしい。
「座学と武術の両方の成績がいいと帝国の学校に推薦されるけど、近年は卒業試験の成績順に推薦されているから、両方そろっていなくてもかまわないようだよ」
オシム君は帝国に進学する気はないから、ほどほどの成績で卒業試験を受けたのに、キャロお嬢様が帝国に行く可能性があるので行け、と両親に説得されているようだ。
同じ理由でここに居る全員が帝国行きもあり得るらしい。
「まあ、帝国の学校の入学試験は落ちる方が多いから試験だけは受けてみるよ」
そういう人って合格しちゃうんだよね。
「初級の入試は難しいのですか?」
やっぱりそっちが気になるよね。
「落ちる子がいないのは、解けなければそこで終了の試験だから面白いよ。読み書き計算ができれば、歴史や地理の試験になるけど、読み書きができなければ一番下のクラスになるだけだよ」
出来たらどんどん次の問題が出てくるのか。
クイズみたいで面白そうだ。
「いまの学習館の子どもたちなら初級一年の受講数がかなり減りそうだから、実技の練習にたくさん時間を回せそうだ。うらやましいよ」
「やっぱり魔法の実技は難しいのですか?」
「ぼくは魔法陣を描くのが苦手だけど、詠唱魔法も難しいね。練習時間がたくさん取れるのは良い事だよ」
魔法は早く使ってみたい。入学が楽しみになってきた。
「魔獣カードで見える魔法陣はかっこいいけど、あれを自分で描くなんて無理そうだよ」
ボリスの意見に未就学児全員が頷いた。
「あれは隠匿の魔法陣が重ねてあるからね。ジーンさんは上級学校の特待生だったんだよ。カッコいいよ。憧れるね」
母さんが褒められるとぼくも嬉しい。
「初級は基礎の基礎だから、そんなに難しくないよ。ぼくには難しいだけなんだ」
正確な円を描く練習なら今すぐできるんじゃないか。
「マークとビンスはもう少し体を鍛えた方がいいよ。王都に集まって来る地方出身者はみんな地元の優秀児だから、体術もできる子ばかりだよ。ぼくも入学したての時はつらかったよ。この領では年上の人と組んで訓練もしていたからできる方だと思っていたからね……」
オシム君の愚痴は続いていたが、ぼくは犬になっているシロとぼくのスライムに小枝と糸をいくつか持ってきてくれるように頼んだ。
思念を送ったけど、話しかけているふりはしたよ。
二本の小枝の端を紐に結び、小枝の一つを地面に突き刺し、もう一つの小枝を地面と垂直に立ててゆがみのない円を描いてみた。
「そうなんだ。こんな風にきれいな円を描くのが難しいんだ。基礎魔法陣のクラスはギリギリ合格だったよ」
イシマールさんや女の子たちもやって来た。
「騎士は魔法陣を既製品の魔術具に頼りがちだが、現場で急遽作成しなくてはならない場合もある。しっかり練習しておけよ」
魔法陣用のコンパスくらい無いのかな。
子どもたちは地面に座り込んで小枝のコンパスやフリーハンドで円を描き始めた。
ケンケンパの円のようになってきた。
「あはははは。これはいいな。美しい円は魔法陣の基礎の基礎だ。魔法の勉強はまだできないが、円を描く練習なら問題ない」
屋台の元騎士たちも、これは合格、あれは不合格と判定してくれる。
「うわぁ。こんな環境で幼児期を過ごしたかったな」
オシム君が悔しがる。
「今からでも遅くないだろ。卒業式に王都に戻る前までなら、あっちの訓練所で見てやるぞ」
遊び部屋は移転したが、騎士たちが作ったアスレチックは残っている。
「お願いします。ありがとうございます」
こうしてオシム君はイシマールさんに期間限定で弟子入りすることになった。
お嬢様たちが描いたアイシングのクッキーは乾燥機に入れられて、焼くのは明日以降になるので持ち帰ってもらうことになった。
お土産に水菓子の詰め合わせを渡しただけなのに、お嬢様の帰りの馬車は一台増えていた。
その晩は家族からも祝ってもらった。
プレゼントは、毎日使える実用品だった。
母さんからもらった新しいベルトには、裏面にびっしりと魔法陣が刺繍されていているケインとおそろいのものだった。
赤ちゃんのお世話で忙しいのに、いつの間にこんな細かい刺繡をしていたんだろう。
「赤ちゃんたちが、生まれる前に用意していたのよ。悪意のある暴力は相手に返す魔法陣を施してあるから、出かける時はそれを使ってね」
「「母さんありがとう!!」」
お婆とマナさんは、ベルトに取り付けるポーチを合作してくれた。
留め金のところはぼくが染めた魔昆虫の魔石をたくさん使った、ぼくにしか開けられない仕様になっている。
ポーチ本体は収納の魔術具で見た目以上にたくさん物が入るのだ。
「今は常識的な収納の範囲にしてあるが、お前たちの魔力に合わせて収納力が増える。市販されているものとは仕様が違うから、人前で物の出し入れをしたらいけないよ」
「「お婆、マナさん。ありがとう。気をつけて使います」」
父さんからは、素材をもらった。
劣化防止の魔術具に入った最高級の繭で特殊な糸が作れるのだ。
使用者が自分で加工した方がより良いものになるので、後日父さんと作ることになった。
「「父さん。ありがとう」」
最高級の素材も気になるけど、父さんと一緒に本格的に何かを作るのすごく嬉しい。
こんなひと時も、赤ちゃんたちの泣き声であたふたとした日常に戻っていった。
家族の主役は赤ちゃんたちでいいんだ。
教会で五才の登録をする日になった。
お婆とマナさんが赤ちゃんたちとお留守番で、ぼくと父さんで教会へケインと母さんが商業ギルドや貸本屋さんに行くことになった。
去年と同じように馬車で移動し、商業ギルドの前でケインと母さんをおろした。
もうあんな誘拐事件は起きないと思うけどなんだか心配になる。
「今日は護衛がついているから大丈夫だよ」
父さんは家に手伝いに来ている人たちの中に護衛が数人いることを教えてくれた。
商売がうまくいっているから、妬みや逆恨みがあるのは仕方がないことなのだと言った。
そういえばお婆の薬の品質が上がった時も難癖をつけられていたな。
「念には念を入れているだけだよ。町の治安維持の体制も去年とは違うから大丈夫だよ」
そんな話をしているうちに教会についた。
教会では受付を終えると、流れ作業で数人の司祭様のところへ順番に案内されるので、行列は長かったが早く呼ばれた。
司祭様の前で、ぼくは仮市民カードをすでに持っていたので、本人確認が終わると、健やかに育ちなさい、と言われて終わってしまった。
帰りは市場でケインや母さんと落ち合う予定だ。
まだ時間がはやいので、先に光と闇の神の祠の初めての魔力奉納をすることになった。
「カイル。念のために飲んでおきなさい」
父さんが『子ども元気薬』という名前がついた、子ども用回復薬を差し出した。
「味の改良は続いているから前よりましだと、お袋は言っていたぞ。カイルはすぐムキになる性格だから、初めての魔力奉納で魔力を叩きつけるように奉納しかねないから、先にこれを飲んでおいた方がいいとさ」
やらないとは、言い切れない。
実際張り切っていた。
「ほんの少し奉納するだけなら別に飲まなくてもいいんだぞ」
「……飲む!」
あれ程まずい原液を飲みにいったスライムの気持ちがよくわかる。
やった方が強くなれる気がするのだ。
ぼくは小瓶を受け取ると、一気に煽った。
……マシになったとは思えない、ひどい苦さだ。
父さんは無言で飴玉を一つくれた。
そういえば、ぼくの人生初の飴玉だ。
口に入れると唾液が苦みを流してくれた。
飴玉をなめながらお参りするのが嫌だったから、バリバリ噛んで飲み込んだ。
ケインとボリスに齧らないように言ったことを思い出したら笑えて来た。
「どうだ。元気が出たか?」
「うん。元気いっぱいだよ!」
ぼくは父さんに教わりながら光の神の祠の水晶に手を触れた。
ずわりと、魔力が引っ張り出されるのに合わせてぼくも魔力を押し出すようにイメージして奉納した。
幸せな生活をくださり、ありがとうございます。
ぼくたちがこれからも仲良く暮らしていけますように!
ぼくは本気でお祈りをした。
「その辺で止めておきなさい」
父さんからストップがかかった。
「市民カードを見せてみろ」
父さんが確認をすると、家族ポイントが60も増えていた。
「俺の奉納も60ポイント前後だから気を付けなさい。闇の神まで奉納したら倒れてしまうぞ」
「疲労感はそれほどないし、並んで建っている祠を無視することになるから、少しだけいいでしょう?」
父さんは渋ったが、闇の神の祠を無視することはできなかった。
「少しだけだぞ」
父さんに見守られながら闇の神の祠の水晶に触れたら否応なく魔力が引きずり出された。
どうか、家族が平和に暮らせますように!
これだけをお祈りして手を離したのに61ポイントも魔力を引き出されていた。
「父さんこれは不可避だったんだ。魔力を一気に引っ張り出されたんだ!」
「体に問題はないんだな」
「まだ、全然大丈夫」
「まあ、神様のなさったことだ。仕方がない。今日はもうおとなしくしてなさい」
他の祠も回ってみたかったのに、仕方がない。
ケインと母さんと合流するとそのまま帰宅することになった。
おまけ ~
カイルとケインのお誕生会はお友達も呼んで、子どもたちでワイワイとやることになった。
キャロお嬢様が参加されるのでどうなる事かと思ったけれど、『不死鳥の貴公子』がご誕生になってから、領主様もそちらにご執着が移られたようだわ。
ママ友と美味しいものを食べながら、ワイワイと赤ちゃんグッズのお話しするのもいい気晴らしになったわ。
気がついたら子どもたちが円を描き始めて、魔法陣の基礎を練習しているから、ママ友たちに驚かれてしまった。
お勉強は学習館でやってほしいわ。
誕生日プレゼントは幼児にあげるには高価なものだったけど、実用品なので問題ないわ。
あの子たちの安全のために私の持てる技術を全て詰め込んだ最強のベルトが出来上がったわ。
たとえ去年のように大男に襲われたとしても、全ての攻撃を敵に返すから心配いらないわ。
効力に時間制限はあるけどね。
カイルの初めての魔力奉納には驚いたわ。
光と闇の祠の魔力奉納をあわせたら121ポイントも魔力奉納をしたのよ!
今日の私は二つの祠をあわせても53ポイントにしかならなかったのに……。
ジュエルは、神様は魔力を搾り取れるところからはたっぷりと搾り取るが、授乳期間のジーンからは赤ちゃんたちを優先させたんじゃないか、と考察していたわ。
カイルは家族の平和を祈ったと言っていたから、家族全員分の魔力を奉納させられたのかしら?




