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湖畔の遊び

 一人焦りを感じたぼくを諭すワイルド上級精霊の言葉にマナさんは頷いた。

「アリオが邪神の欠片の魔術具を携帯しているならもっと精霊たちの目撃情報があるはずなのに、一向に手がかりがないのはおかしいね。緑の一族でアリオを発見しても泳がせておくことにしよう」

 マナさんは太陽柱の映像でアリオが見えないのは邪神の欠片を携帯しているからだとしても、邪神の欠片を携帯しているアリオの情報が精霊たちから上がらないことを不審に思っているようだ。

 “……若いカカシさんよう。あんたが見た目ほど若くないのは、あんたから上級精霊の気配を感じるからわかっているんだが、儂からしたらまだまだ若い”

 水竜のお爺ちゃんの、見た目ほど若くない、という言葉にマナさんだけでなく二人の上級精霊まで笑ったが、状況が理解できない教皇は、女性に言う言葉じゃない、と苦笑した。

 “……あんたは精霊たちのことをよく知っているようだが、それでもカイルの親族らしく、物事のいいところを見ようという気質があるせいか、精霊に甘いのか、もうちょっと精霊の本質を見ようじゃないか。精霊は嘘をつかないが、本当のことを言うとは限らない。埋没された邪神の欠片はいつまでもそこにあるから泣き言を言うが、アリオが立ち去ったら自分たちに関係のないことになってしまうから思い出さないだけじゃないのか?”

 水竜のお爺ちゃんの核心をついた言い方に、そうだな、とシロも二人の上級精霊も苦笑した。

「確かに、アリオは世界的に数少ない上級魔導士ではあるが、驚異的な魔力量を持つわけでもなく、個性的な魔力でもなく、凡庸な顔立ちの爺さんだから、自分たちに今、害をなさなければ、取り立てて気にしなくなる精霊がいてもおかしくない」

 月白さんのアリオの評価も大概だが、小さな個体の精霊が世界の行く末に気をもみアリオひとりに注目するとも思えないのは、もっともだった。

 ぼくのスライムとみぃちゃんは、あいつは薄ら禿の爺だよ、とさらに口汚い言い方をした。

「ふむ。確かに精霊たちは過ぎてしまった災いをそこまで気にしないかもしれないが、帝都の魔術具暴発事件ほどの装備だったなら精霊たちも気にかけるじゃろ?」

「どこかに隠している説を捨てない方がいいのでしょうね」

 マナさんの発言をウィルが補足すると教皇も頷いた。

「アリオがどこにいたとしても逃走経路に利用される教会の魔法陣に接触させないように、注意喚起を出しておこう。教会の立ち入り禁止区域に近寄る者には問答無用で魔法攻撃を使用するよう許可を出す」

 教会の警備を強化しアリオの逃走経路を潰す、と教皇が強硬手段を発動すると宣言すると、ワイルド上級精霊がぼくのスライムを見た。

 ワイルド上級精霊に期待の籠もった眼差しを向けられたぼくのスライムは背筋を伸ばして、はい、行きます!と何も言われないうちに返事をした。

「邪神の欠片の捜索を水竜のお爺ちゃんと妖精に任せて、あたいはマナさんと緑の一族の人たちの開拓村に行って情報収集をしてきます!」

「アリオを発見したら奴に気付かれないよう行動範囲を追跡し、じゅうぶんな作戦会議が開けるような情報を収集しなさい」

 ワイルド上級精霊の言葉に、はい、と嬉しそうに返事をしたぼくのスライムは、分身を出現させるとマナさんの肩の上に飛び乗らせた。

 転移するぼくのスライムの分身とマナさんを見送ると、アリオの転移を防ぐ方法がチラッと脳裏に浮かんだ。

「精霊素を使用不可能にすることができれば、どんな魔法も行使できなくなるのかな?」

 何気なく呟いたぼくの発言にシロと二人の上級精霊がぼくを凝視した。

「理論上はそういうことだが、奴は世界中に張り巡らされている護りの結界から魔力を使用しているのだから精霊素の動きを止めてしまえば、この世界の護りの魔法が無効になる時間ができてしまうことになるだろうな」

 ワイルド上級精霊の返答に、禁じ手だったか、とぼくが頭を抱えると、何を言い出したのか?と教皇とウィルが首を傾げた。

「もしかして、魔法を無効にすればアリオが逃走できないと考えたのかい?」

 ウィルの言葉にぼくが頷くと、教皇が溜息をついた。

「大聖堂島に空路で訪問する魔法を開発した第一人者なのに、魔法を行使できない時間を作り出そうとするなんて、飛躍しすぎる発想についていけないよ」

 魔法がない世界の記憶があるぼくには、少しばかり魔法を使えない時間があってもいいかと思ったが、これは世界の成り立ちを根本から揺るがす発想だったようだ。

「何か、もうちょっと別の方法がないか考えてみます」

 世界の理から世界を切り離すことになりかねない発想は捨てなければいけないが、アリオだけに魔法が使用できないようにする方法を考えなければ、という発想の転換はできた。

「思い詰めてはいけないよ。息抜きに大聖堂島の湖へ遊びに行ったらどうだい?こんな昼しかない場所に長時間いるのは健全じゃないよ」

 教皇の提案に大聖堂島に長期滞在することにした下心のあるぼくとウィルは一も二もなく頷いた。


 大聖堂島の北東と北西の湖の底をさらえば残り二つの大岩の発着場に飛行する白砂が採取できるのではないか?と疑問視していたが、今まで水竜のお爺ちゃんが忙しすぎて放置していたのだ。

 ぼくとウィルは大聖堂島で知名度がありすぎて何をしても注目を浴びてしまうから、スライムの船に乗って湖底をさらうような目立つことをしたくなかった。

 そこで、二人でダイビング対決をして湖の底を探索しよう!と作戦を立てた。

 面白そうだ、と興味を示した水竜のお爺ちゃんが妖精と出かける予定を変更してしまうと、水竜のお爺ちゃんが湖底をさらった方が早いのだが、ぼくたちの気分転換も兼ねているから、まあ、これでいいのだ。

 お互いのスライムをダイビングスーツに変身させて湖底探索に出かけるとしか打ち合わせをせずに湖畔まで歩くと、各々のスライムを潜水服に変身させて身にまとった。

 ぼくとウィルとの潜水服に対するイメージの違いに、みぃちゃんとキュアと水竜のお爺ちゃんが大爆笑をした。

 ぼくは深い湖底に耐えられるように宇宙服のような大気圧潜水服をイメージしたのに、ウィルは水中の魔獣の覇者としてクラーケンをイメージしたため大きな烏賊の着ぐるみを着たようになっていた。

 ぼくの姿を見たウィルが烏賊耳を抱えてしゃがみ込むと、魔獣たちは水中で動きやすそうなのはウィルだ!とウィルに軍配を上げた。

 この世界に存在しない大気圧潜水服の方が奇妙なのは間違いないので、ウィルのイメージに合わせてぼくのスライムを変形させると、魔獣たちは、そうそう、と満足したように頷いた。

 ぼくたちが何をするのかと見守っていた漁業関係者や遊覧船の関係者たちも、高額取引されるレア魔獣カードのクラーケンだ!とぼくとウィルをまるでコスプレでも見るかのように喜んだ。

 淡水の湖に烏賊は不自然だろう、という突っ込みは本物の烏賊を見たことのない教会都市の住人から上がることもなく、ぼくとウィルは触腕を振って声援にこたえた。

 ぼくもウィルも陸上では十本の足を上手く使いこなせず、ぎこちない烏賊踊りのようによろよろしながら移動したが、頭から水中に飛び込むと筒状の胴体は潜水するのにとても適していた。

 水竜のお爺ちゃんもザブンと飛び込むと、ぼくとウィルのどちらが先に湖底に辿り着くか判定するかのように両者の間に入り込んだ。

 スライムたちは一度潜水した経験から得た知識を共有していたようで、高性能な烏賊の潜水服のお陰で水圧を体感することはなかった。

 ぼくの体に負担がないことを確認したぼくのスライムは、お腹に溜めた水を一気に噴射して潜水速度を上げた。

 ウィルのスライムもウィルの体調を確認し終えたのか、ぼくを追い抜く速度で一気に潜水した。

 大聖堂島から生えている木の根をすり抜けて潜水していくと、日差しが届かず暗くなっていく。

 触腕の先を発光させて潜水していくと水竜のお爺ちゃんの伴侶が眠る湖底が見えた。

 奥さんが目覚める時には邪神の欠片の問題が解決していたらいいな。

 そんなことを考えつつも触腕を伸ばして湖底にタッチした。

 “……勝者、カイルとカイルのスライム!”

 頭から湖底に突っ込んだウィルより先に触腕が湖底に届いたぼくたちに水竜のお爺ちゃんは軍配をあげるとウィルのスライムが悔しそうに全身を発光させた。

 烏賊の体のどこが先に湖底に着くかを決めていなかったから、先を照らしていた触腕を気にしていなかったのだろう。

 ウィルが撒き散らした湖底の白砂にウィルのスライムが発光した光が当り水中をキラキラと光の粒が漂った。

 綺麗だね。

 ぼくとウィルは勝敗の余韻に浸りながら湖底に横たわり、漂う光をぼんやりと眺めた。

 この光の粒がかつて大岩で大空を飛び交っていた事を想像するとロマンがある。

 “……ご主人様。ロマンに浸るのはいいですが、スライムがため込んでいる酸素の残量の問題があります”

 姿を消しているシロに現実を突きつけられたぼくは湖底の泥を採取すると触腕を上に向けて、浮上しよう、とウィルに合図をした。

 ウィルも泥の採取を終えると酸素が持つ分だけ水中散歩を楽しみながらゆっくりと浮上した。


 烏賊耳が湖面からニュッと二体現れると、おおおおお!と遊覧船から歓声が上がった。

 湖面ではみぃちゃんがみぃちゃんのスライムのカヌーに乗ってキュアがその上を飛んでいた。

 それを見たぼくとウィルのスライムたちは、いいねぇ!とすぐさまカヌーに変身した。

 ぼくとウィルとみぃちゃんとでスライムのカヌーで湖岸を目指して競い合っていると、船着き場でジュードさんがぼくたちに手を振っていた。

 ぼくたちが遊んでいる間に何かあったのかと急いで接岸すると、速いですね!とジュードさんがぼくたちの腕力を褒めた。

「お客様がいらしていて、大聖堂島の謁見の間でお待ちです」

 ジュードさんは大聖堂島の塔の先端に掌を向けた。

「修練の間の先に行けるようなお客様なのですね」

 ぼくの言葉にジュードさんは頷いた。

「何日も前からご訪問のご予定があったのですが、お忙しい方なのでなかなかお時間がとれずに延期になっていましたが、本日、教会の転移の間を使用して急遽ご訪問されました。お二人に是非、お会いしたいとのことで、こうしてお迎えに上がりました」

 船着き場に多くの人がいるから誰が来ているのか口に出せないのだとしたら、身分が相当高い人物なのだろう。

 ぼくとウィルはカヌーを必死にこいだ汗まみれの顔を見合わすと、無言で自分自身に清掃魔法をかけた。

「お忙しい方をお待たせするのも申し訳ありませんし、無作法ですが空からお邪魔しましょうか?」

 ぼくの提案にジュードさんは頷いた。

「助かります。お客様も作法は気にしなくてよいとおっしゃっていました」

 魔法の絨毯を取り出して魔獣たちと飛び乗ると即座に高度を上げた。

「お忙しいのに作法を気にしない高貴な方とは誰ですか?」

 ウィルがジュードさんに尋ねると、ジュードさんは言いにくそうに眉を顰めた。

「大聖堂島では王様であろうが貴族であろうが基本的には一巡礼者として扱う事になっていますが、慣例としてそれなりに丁寧な対応をすることになっています。今回、空から謁見の間を訪問することは個人的には抵抗があるのですが……陛下が望んでいらっしゃるので仕方ないです」

 第二皇子か第五皇子あたりだと想像していたぼくとウィルはジュードさんの言葉に眉を顰めた。

「帝国皇帝陛下がお待ちなのですね」

 ウィルの言葉にジュードさんが頷いた。

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