逆転の発想
光が収まると邪神の欠片の粒が仕込まれていた魔術具に興味を持ったジェイ叔父さんとハルトおじさんがぼくのそばに駆け寄った。
視力強化でカプセルの中に仕込まれた魔法陣を検分したジェイ叔父さんは、単純すぎる、と眉を顰めた。
「これは量産することを前提に魔法陣を単純化しているのでしょうか?耐久性に重きを置いていない?いや、すぐに壊れるようにして自分がいなくなってから瘴気を集めるような仕掛けにしているのかもしれませんね」
「うーん。単純だけど、よくできた魔法陣だよ。水を集めて魔力を利用している。山が枯れて魔獣たちが弱ったところに瘴気を集めて死霊系魔獣を発生させようとしていたのなら、なかなかなものだ」
ハルトおじさんの言葉に、これから冬を迎える時期に北側の森から死霊系魔獣が大量発生することの恐ろしさを知るアルベルト殿下が顔を歪めたが、ぼくとぼくのスライムを見ると危機が去ったことを思い出したかのように表情を和らげた。
「ありがとうございます。またしても助けられてしまいました」
アルベルト殿下とカテリーナ妃がぼくとぼくのスライムに頭を下げた。
「いえ、神々のご指名で特殊な魔法が行使できるようになりましたから、邪神の欠片は発見し次第、片っ端から浄化します」
ぼくとぼくのスライムが姿勢を正すと、ハルトおじさんがぼくの肩をポンと叩いた。
「気を張り過ぎてはいけないよ。邪神の欠片の浄化をカイルとカイルのスライムがすべて引き受けなければならないのは、他に誰もできないから仕方がない。だが、この様子だと仕込まれた魔術具が今すぐに発動する物ではないようだから、肩の力を抜きなさい」
ハルトおじさんの言葉に、ワイルド上級精霊が頷いた。
「邪気のない、死霊系魔獣のいない世界になると、人間も精霊たちも過ごしやすくなるのは事実だ。だからといって、カイルとカイルのスライムが血眼になって世界中を這いずり回ることを神々は望んでいない。世界はよくないものをはらみながら混濁しているものだ。悪い方向に行きすぎなければいいのだよ」
このまま光る苔の洞窟に転移して精霊たちの情報を片っ端から回る気でいたぼくとぼくのスライムにワイルド上級精霊が微笑みかけた。
ぼくのスライムは全身を細かく震わせてワイルド上級精霊の労わりの言葉に、上級精霊様♡と感動している。
神々ははなから、ぼくたちのできる範囲で、と依頼しているに過ぎないのだから、無理は禁物だ。
こんな現状でも、神々が期待しているのはぼくたちが楽しむことに違いない。
うん、そうだ。
やられっぱなしなんてよくない!
「これに仕掛けをして、もとの土に戻してみたらどうでしょう?」
ぼくの提案に亜空間にいる面々が、えっ!と驚いた表情になった。
「いや、アリオは世界を混乱させることを目的にしているだけだとしたら、仕掛けを確認しに戻ってくることはないだろう」
それは無意味だろう、とハルトおじさんが突っ込んだが、ぼくは首を横に振った。
「アリオなんてどうでもいい、いや、よくないけれど、直接、アリオに仕返しができなくても、いいのです!アリオの目的が世界を混乱に陥れることなら、ぼくはその真逆なことがしたいのです!」
ぼくの魂胆に気付いたワイルド上級精霊が、アハハハハ、と声を出して笑った。
兄貴とシロも微笑んだ。
「混乱の真逆、ということなら、秩序とか平静とかかい?いったいどうするんだい?」
首を傾げるウィルに、ちょっと違う!とぼくのスライムが突っ込んだ。
「世界を祝福するんだよ。このカプセルが崩壊した時に現れるのが邪神の欠片じゃなくて、世界を祝福する祝詞のようなものだとしたら、集まってくるのは邪気ではなく、好奇心旺盛な精霊たちになるでしょう?」
ぼくの説明に、アハハハハ、とハルトおじさんが笑いだした。
「ああ、それはいい。それは面白い。奴が呪いのようにばらまいた魔術具が世界を祝福するのか!そいつは愉快だ!」
手を叩いて笑うハルトおじさんにつられて、みんな声をあげて笑い出した。
「こんなに小さいカプセルだから、大掛かりな仕掛けはできないけれど、主旋律だけ繰り返し流れるような魔術具ならすぐにできますよ」
ジェイ叔父さんは超小型のオルゴールを提案すると、音だけでも増幅させよう、とケインとウィルも張り切った。
「ジーンさんがいたら内側に祝詞を書き込んでくれるのに!」
「はい!ぼくが書くから、祝詞を考えて!」
イザークが母さんの名前を挙げたが、祝詞を縮小して転写をするのならぼくにだってできる。
「カプセルが崩壊する時期を予測して季節の祝福をするのはどうかな?」
ケインの提案にぼくは閃いた。
「いっそ、カプセルを少し強化して崩壊する時期を整えたらどうかな?次の夏にヘルムート王子が洗礼式を迎えるんだから、お祝いしようよ!」
アルベルト殿下とカテリーナ妃が顔を見合わせて、ありがたい!と感激した。
「このノリで不死鳥の貴公子の逸話ができたのですけれど、いいのでしょうか?」
ケインが冷静に両殿下に確認すると、両殿下は笑顔で頷いた。
「ええ、ヘルムートの洗礼式は王都の教会で一般市民の子どもたちと一緒にするつもりなのです。国中の子どもたちの洗礼式を祝うことになるのですから大歓迎です」
アルベルト殿下の言葉にハルトおじさんが頷いた。
「ああ、いい意趣返しになる。奴は魔力の多い子どもたちを誘拐して道具のように使用しようとしていた。奴が世界を混乱に陥れようとしていた魔術具で子どもたちの成長を祝うことができるなんて、実に痛快だよ!」
カプセルに仕込む物の方向性が決まると、後は作業を分担したので、魔術具の完成は早かった。
「これはいい土産話ができた!」
ガンガイル王国への飛行検証に戻るハルトおじさんは満面の笑みになった。
「ジーンさんとジュエルさんに協力してもらって、ガンガイル王国分の魔術具を向こうでも作りましょうね!」
アリオに邪神の欠片をばらまかれていない森にも魔術具をばらまこう!とイザークが提案するとそれは面白い、とハルトおじさんは賛成した。
「どうなることかと思ったが、かなり愉快なことになったな。それでは、それぞれの場所に転移……」
ワイルド上級精霊の言葉が終わる前にぼくたちは北の森に転移していた。
北の森の枯れ草の土にカプセルを埋め戻すと、妖精と火竜はハイタッチをして喜びをあらわにした。
「災いをひっくり返して福を呼び込めるなんて、考えてもみなかったわ。このお礼に、私も邪神の欠片がばらまかれた場所を精霊たちの集合場所で聞き込みをするわ」
妖精が宣言すると、邪神の気配が消滅したことを確認しに来た精霊たちが妖精の周りに集まってきた。
「みんなも次の洗礼式の時は子どもたちを祝福してね!」
ぼくの声掛けに精霊たちが光を点滅させて、いいよ、と答えると、ぼくたちはアルベルト殿下の離宮の庭の奥に転移していた。
「いい湯冷ましができたみたいだね」
散歩から戻ったぼくたちの笑顔を見たボリスが声をかけた。
「うん。いいアイデアが浮かんだから、たくさん魔術具を作るつもりだよ!」
洗礼式に合わせてカプセルが開いてメロディーが流れる魔術具の話をボリスにすると、それは面白い、と話に乗ってくれた。
サウナを堪能したノア先生たちや長湯した女子たちと合流する頃には、ぼくたちは複数のパーツを制作していた。
細かい作業でも分業することで効率よくパーツを制作できた。
「いつもこうやって何かちょこちょこ作っているのですよ」
ノア先生がぼくたちの作業をアルベルト殿下に説明した。
「この離宮で新しい魔術具を制作した記念に、いくつか購入させてください」
アルベルト殿下はハルトおじさんのように北の森以外の場所にも仕込みたい、と魔術具の購入を希望した。
「どうせだったら、教会の護りの魔法陣と国の護りの魔法陣が交差する場所で使用してみるのはどうでしょう?」
兄貴の提案に、それはいい、とアルベルト殿下は購入個数を増やす案に賛成した。
商売上手だな、とノア先生が感心し、こちらの言い値で大量販売することになったのにもかかわらず、カテリーナ妃は嬉しそうに頷いた。
そうこうしているとスライムたちが激しくジャンプして、ハルトおじさんのスライムがガンガイル王国に到着したことを伝えた。
ノア先生は逆走状態なのにもかかわらず予想より速く飛行したことに狂喜乱舞し、飛行魔法学講座の実習先でぼくたちが新作の魔術具を大量販売する約束を取り付けたことを問題視することを忘れ去ってしまった。
晩餐会の席では、魔術具の販売予約を取り付けたことでぼくたちがアルベルト殿下の離宮の転移魔法の間を使用する許可が下りた。
結果として、揉めた領地の上空を飛行することなく再訪し、ドグール王国の鉱山の土を研究する機会が増えたことになったので、ノア先生の喜びは継続した。
それぞれに個室を用意されていたのにぼくの部屋に集合した男子たちに、終始ご機嫌なノア先生は、就寝時間は守るように、とだけしか言わなかった。
ぼくたちが突然新しい魔術具を制作したのは邪神の欠片が関係しているのではないか?とあたりをつけていたボリスとアーロンに詰め寄られると、北の森の一件をワイルド上級精霊の干渉の部分だけ省略して説明した。
「なるほどね。カイルのスライムがカテリーナ妃の火竜を連れて北の森に行っていたのか」
若干事実と異なる説明に、ボリスは概ねのところは正しい解釈をした。
「うん。世界中に邪神の欠片の粒がばらまかれているのかと気付いた時は頭に血が上ったんだけど、腹を立てても仕方がないから祝福をばらまいてやることにしたんだ」
カイルらしい考え方だ、とボリスとアーロンは笑った。
キャロお嬢様の部屋に集まっていた女子たちに詳細を説明しに行っていたみぃちゃんとみゃぁちゃんがぼくの部屋に戻ってきた。
みぃちゃんはぼくの膝の上に乗ると、早く寝なさい、と視線をベッドに向けた。
「わかっているよ。ちゃんと寝るから」
「水竜のお爺ちゃんたちが精霊たちへの聞き込みに行くときにカテリーナ妃殿下に付きまとっている妖精も参加するようだから、真偽不明の情報ではなく確定しないと動かなくていいのが助かるね」
怖がりの妖精が現地に赴いて本気で恐怖を感じたら邪神の欠片がばらまかれた可能性が高い、と判別できるのだ。
今日はもうちゃんとゆっくり休んでね、とみんなに念を押されてお喋りの時間はおしまいになった。
魔力こそたくさん使用しなかったが、感情の起伏が大きい一日だったので、ぼくはベッドに横たわるとすぐに深い眠りに落ちた。




