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湯冷ましの一仕事

「今回、回収する邪神の欠片の大きさが小さければ小さいほど、細かく砕かれて数が多く、複数の場所に同じようなものが仕掛けられている可能性がある。ある程度の大きさのものが回収できればそこまで絶望的な話ではないかもしれない」

 ワイルド上級精霊が現場の状況次第で今後の予想が変わると指摘すると、そうですか、とイザークは一息ついた。

「ちょっと待ってね。イザーク先輩!このまま現場に転移してしまうとぼくは入浴中だったから、素っ裸で現場入りすることになってしまう!」

 ぼくが慌てると、フフっと笑ったワイルド上級精霊が頷いた。

 カテリーナ妃がアルベルト殿下の後ろに隠れると、大丈夫だ、ちゃんと着ている、とアルベルト殿下が声をかけた。

 急遽、亜空間に招待されたため、ワイルド上級精霊の計らいにより全裸なのに魔法で着衣を着ているように見えているだけだ、と気付いた男子たちも、本当は真っ裸なのか!と恥じらいにほんのりと頬を染めた。

「カイルたちが着替えている間に現場の捜索範囲を特定してくれるかい」

 ワイルド上級精霊がぼくのスライムに声をかけると、はい、とぼくのスライムは嬉しそうに体を震わせたが、またあの現場に戻るのか、とカテリーナ妃の妖精は恐怖で体を震わせた。

 精霊だって邪神の欠片への忌避感があるのは妖精と変わらないはずなのに、いつも何も言わずにどんな場面でも冷静に対処するシロが逞しく思えるよ。

「足手まといにならないようにするので、ぼくも現場に行きたいです!」

 ウィルが挙手をするとジェイ叔父さんとケインも挙手をした。

 光影の魔法は周囲の魔力を使用するので、仲間が多いに越したことはないが、今回はそんなに大掛かりなことにならないような気がする。

「それなら私も行きたい!」

 アルベルト殿下まで立候補するとハルトおじさんが窘めた。

「妃殿下の飛竜にお任せするべきです。殿下を前線に出さないために妃殿下が努力なさって火竜を分離させたのですよ」

 ハルトおじさんは、万が一にもカテリーナ妃の暴走を防ぐため、ドグール王国の安定のために王太子は迂闊なことをしない方がいい、と苦言を呈した。

 王族がたくさんいるのでいくらでも代替えがいるハロハロと、カテリーナ妃を抑えられる唯一無二のアルベルト殿下との扱いが全く違う。

 まあ、ハロハロの場合は実績を作って存在感を出さなくては王太子の座が危うかったから最前線にしゃしゃり出てくる必要があっただけだ。

「これまでの実績から考えても、カイルたちに任せて大丈夫です。邪神の欠片の処理とは全く関係ないノア先生たちをよろしくお願いしますよ」

 ハルトおじさんは離宮の他の実習生たちを両殿下に託す言い方をすると二人は頷いた。

「では、お風呂に戻りますから、狼狽えないでくださいね……」

 ぼくの声掛けが終わらないうちに露天風呂にぼくたちは戻っていた。


 スライムたちが湯船にぷかぷかと浮かぶ中、いいお湯ですね、とアルベルト殿下に声をかけると、とろんとした茶色い湯が肌に優しい、いいお湯ですね、とノア先生と助手が本気のコメントを返した。

 時間が少し戻っていることに戸惑いつつも平静を装っているアルベルト殿下に、先に上がりますね、と声をかけた。

 ああ、と返事をしたアルベルト殿下はノア先生と助手をサウナに誘った。

 ジェイ叔父さんは、のぼせたかな?と小芝居をしてぼくたちと一緒に上がった。

 ぼくたちは着替えを済ませると、ボリスに湯冷ましに散歩をする、と声をかけた。

 こうして、準備が整ったところでワイルド上級精霊はぼくたちを北の森に転移させた。


「怖かったよー。森に戻ったら、カイルのスライムは地面に手を当てたかと思うと、説明もなしにどんどん森の奥に入っていくんだもん」

 カテリーナ妃の火竜にしがみついた妖精が転移したぼくたちを見て安堵の表情を浮かべながら言った。

 ぼくのスライムの分身が特定した場所は、森の中にポツンとある下草のない場所、と表現したらジャミール領のご神木のあった場所と変わらなくなってしまうが、雰囲気がまるで違った。

 一足先にここだけ霜枯れしたかのように植物が枯れているのに、魔力枯渇を起こしているようではなく、数日前に除草剤を撒いたような枯れ方だった。

 掌はほんのりと熱くなるだけで、光影の魔法をどうやって使うか具体的な方法が思いつかない。

「それほど、邪悪な気配を放っていないね」

 ぼくたちと同時に亜空間から転移してきたイザークも邪神の欠片の影響で枯れたと思われる草を蹴飛ばしながら言った。

「魔力が抜けきっていないからじゃないかな?ほら、森の中なのに水分がないからパラパラと砕けるけれど、白砂になるような感じではない」

 ジェイ叔父さんとケインが枯れ草を手で揉むと粉々になって地面に落ちた。

「枯葉を食べる虫も粘菌もいない。不自然な状態だけど、枯葉は魔力は失っていないよ」

「土も水分が抜けてパサパサになっているけれど魔力は保持しているね」

 ケインの言葉に、足で枯れ草を避けて土を掘り起こしたウィルは土の状態を確認した。

「早くアレをやっつけてよ!……何やっているの!」

 ぼくたちが屈んで枯れ草をむしり始めると、妖精は空中で地団太を踏んだ。

「邪神の欠片がこの土地にどんな影響を与えているのか調べているんだ。ついでにどのくらいの深さに埋まっているのかも探っているからちょっと待って!」

 ぼくとぼくのスライムは掌と触手がグッと熱くなる場所があるはずだと草を掻き分けていたが、ジェイ叔父さんとケインとウィルはパリパリに枯れている草を採取する傍らで、崩れない、崩れない、とイザークが呟いていた。

「どんな小さな情報でも集めておけば、他の土地で邪神の欠片を探す時に活かせるでしょう?」

「光る苔の洞窟に集まる精霊たちの情報が多すぎて、どこから行くべきかわからないから、こんな葉っぱがある所、という情報だけで絞り込むことができるでしょう?」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんは、これだから世間知らずの妖精は……、と嫌味を言った。

 ぼくとぼくのスライムは枯れ草の中心付近で掌の熱に変化が出たが、そこまで熱くならないことに首を傾げた。

「ここで間違いないと思うけれど、なんだかしっくりこないんだ。掘削の魔術具を使ってみようかな」

「だったら、あたいが掘削の魔術具に変身しようかい?」

「ああ、土ごと採取して上級精霊の亜空間で分析すればどこにも被害を出さずに済みそうだね」

 ジェイ叔父さんの提案に、亜空間で検査をしたら時間の経過を気にしなくていい、とぼくたちは賛成した。

 ぼくのスライムが光影の掘削の魔術具に変形するとイザークが声をかけた。

「カイル君のスライムは邪神の欠片を内包する土を掘削して閉じこめるが、消滅させるのは亜空間で検分した後になる!」

 光と闇とに縦に半々に分かれた卵型の光影の掘削の魔術具に変身したぼくのスライムがその場で回転して地中を掘り進んだ。

 邪神の欠片が埋まっている場所は思いのほか浅く回転はすぐ止まった。

 ぼくのスライムが邪神の欠片を内包するとすぐに亜空間に招待される感覚がしたので、ちょっと待った!とワイルド上級精霊を止めた。

「どうかしたの?カイル」

 転移の瞬間をぼくが止めに入ったことに気付いたウィルが声をあげたが、ジェイ叔父さんとケインはぼくの意図に気付いていたので足元の土を掘り返した。

「端っこから水分が戻り始めている!」

 パリパリになっていた枯れ草としっとりとしていた枯れ草の土の境目からゆっくりと水分が移動していることを確認するとぼくは頷いた。

 再び体が浮く感覚がすると、全員集合しているワイルド上級精霊の亜空間にいた。


「どうやら、水竜を警戒して水魔法を封じようとしたようだな」

 ワイルド上級精霊の言葉に水竜のお爺ちゃんが眉を顰めた。

 “……以前の儂なら水がなければ魔法を行使できなかったが、魔法陣を覚えたから水魔法以外も使えるぞ!”

「逃走中のアリオにはそんなことは想像すらできんだろう」

 ハルトおじさんの言葉にぼくたちが頷くと、魔獣が魔法陣を使用するのか!とアルベルト殿下とカテリーナ妃が驚いてぼくたちの魔獣をしげしげと見た。

「とりあえず、採取した土を広げてみたいけど、現状から体の形を変えると、邪神の欠片を消滅させてしまう気がするから、イザーク助けて!」

 ぼくのスライムが邪神の欠片を内包していることで、早く消滅させろ、という神々の意向を感じ、ぼくの掌も熱くなっている。

 これなら邪神の欠片を閉じ込めている魔術具を目視したら即座に光影の剣を出現させてしまうだろう。

「わかった。やってみる。カイル君のスライムは採取した土の検分を終えるまで邪神の欠片を消滅させない!」

 イザークの言葉に自信をつけたぼくのスライムは体を震わせると、卵型の掘削機から真っ黒なバランスボールのように体を膨らませた。

「ご主人様!この体勢はけっこうしんどい!内側を二重のボール状にして閉じ込めてあるから手を突っ込んで取り出して!」

 今のぼくがスライムに手を突っ込んで取り出したらそのまま邪神の欠片を消滅させかねないので、右手に光影の手袋を出現させ、左手に魔力を完全に遮断する手袋を装着するイメージをした。

「カイル君は邪神の欠片を消滅させずにカイル君のスライムの体から取り出すことに成功する!」

 イザークの言葉が終わると、左手をぼくのスライムの体に突っ込んだ。

 ヌルっとした感覚の中にぼくのスライムが邪神の欠片の魔術具を左手に押し付ける圧力を感じ、ぼくは邪神の欠片の魔術具と思しきものを掴んでスライムの体から引き抜いた。

 左手を抜くとぼくのスライムは内包していた土を吐き出した。

 握りしめていた左手の拳を開くと、注視していた面々から、えっ!小さい!と声が上がった。

 ぼくが握っていたのは鼻炎薬のカプセルのような大きさで、つまんで振ってみると聴力強化をしなければ聞こえないほどほんの微かに小さな砂粒が中で転がる音がした。

「極小の欠片が一粒入っているだけでしょう」

 ぼくの言葉に、そうか、とハルトおじさんはがっくりと肩を落とした。

「中の邪神の欠片だけ、消滅させるように針を刺します」

 ぼくが右手に光影の注射器を出現させるとイザークが声をあげた。

「カイル君は邪神の欠片だけ消滅させ魔術具を破壊せずに残す!」

 極細の注射針を小さなカプセルに刺すとカプセルは真っ暗の闇に包まれた後、閃光を放った。

 規模こそ小さかったが強烈な光を放ったので、居合わせた面々が腕で顔を覆う中、ワイルド上級精霊は目を細めることなくカプセルをじっと見ていた。

「ご苦労様。カイル。これが世界中にばらまかれていると考えると気が滅入るだろうが、ひとまず邪神の欠片を消滅させたことを喜ぼう」

 ワイルド上級精霊の言葉にぼくは力なく頷いた。

 湯冷ましの一仕事というには、あまりに小さな欠片の浄化だった。

 それでも、放置するには危険すぎる物なのに、一体全体あと幾つばらまかれているのだろう。

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