不死鳥の貴公子
子どもの個人資産が増えたからといって、日常生活には変わりがない。
赤ちゃんたちが笑ったくらいで、家族全員で大喜びしたり、幼児学習館と名称変更した遊び部屋に通ったりしていた。
領主様のお孫さんの誕生の日は特別なことはなかった。
チッチの声量もいつも通りだったし、我が家にたくさんいる精霊たちも穏やかにふよふよと辺りを漂っていた。
学習館に行くときは、兄貴が赤ちゃんたちに寄り添っているので、ケインに付いていかないのかと思ったら、ケインの掌の影に兄貴のかけらが居た。
分裂できるって便利だな。
場所と名称を変えても遊び部屋はそのままだった。
違うのは、両サイドに別館が建って、講堂と図書館ができた。
図書館は絵本と、図鑑、紙芝居など児童書ばかりなので、貸本屋さんに行く方が好みの本がありそうだ。
講堂はオーケストラピットまであり、講堂と呼ぶよりむしろ劇場と呼びたくなるものだった。
庭は小さい子どもが遊ぶのに丁度良い小ぶりの遊具ばかりで、柵を越えた向こう側に騎士ジュニアにふさわしい訓練場があるらしい。
五才未満は入場不可だ。
ぼくとケインはおとなしく幼児用の低い雲梯で、両端から高速で移動しては出合頭でじゃんけんして、負けた方が後ろに下がり、先に相手を端っこに追いやった方が勝ちという遊びをしていた。
ぼくは思念を受け取らないようにして、運と動体視力だけで勝負していたのに、なぜかケインの掌を操る兄貴には勝てず、ぼくが先に端っこに追いやられてしまった。
動体視力だけではじゃんけんに勝てない。
そもそもケインも動体視力がいいのだ。
勝負を読む力ってなんだろう。
ぼくたちの勝負が終わると雲梯には順番待ちの行列が出来上がっていた。
雲梯に挑戦する子どもたちは、じゃんけんにたどり着く前にポトリと落ちる子もいるが、後ろからすぐに次の子どもたちが来るので、落ちても場を盛り上げている。
「面白そうなことをしているね」
王都の学校に行っているはずのボリスの一番上の兄がボリスと一緒にやって来た。
…名前をすっかり忘れている。
“……ご主人様。オシムです。”
ありがたい。
「ご無沙汰してます。オシムさん」
「ごぶさたしてます」
「久しぶりだね。相変わらず君たち兄弟は行儀がいい。ボリスにもいい影響があって、助かるよ。ああ、三つ子が生まれたんだってね。おめでとう。女の子は可愛いけど大変だよ」
相変わらずのマシンガントークだ。
「かわいいですよ」
「うん。可愛いけど、どう扱っていいのかわからないんだ。一年の半分以上を王都で過ごしているから、兄弟なのに人見知りをされてしまうんだ。前みたいに泣かなくなっただけましなんだけどね」
女の子の接し方はぼくにもよくわからない。
「ごっご遊びに付き合ってあげたらいいですよ」
ケインはここでも女の子とよく遊んでいる。
ミーアがボリスを見つけて駆け寄ってきた。
「それいいな。お買い物ごっこだったら、変な格好をさせられなくていいもんな!」
「兄さまのぎんゆうしじんは、歌がへたでした」
ごっご遊びはシナリオができてから、へんてこな役が増えたのだ。
「屋台を出したお買い物ごっこは聞いたよ。羨ましいな、ぼくが小さいときにもこういう場所があったら、学校で苦労しないで済んだのになあ」
「兄さんはゆうしゅうだから早く帰って来れたんでしょう?」
「単位の修得が早く終わったから卒業試験を早く終われせられたんだ。上位成績優秀者にはなれないだろうけど、今はうちの領が王都でも話題だから早く帰りたかったんだ」
詳しく話を聞くと、卒業に十分な単位を取れば、いつでも卒業試験を受験でき、口外禁止の魔法制約をしているので、試験内容は受験時期に左右されないのだ。
下のお兄さんは卒業までの単位は取得できていないのでまだ帰れないとのことだった。
最低限の単位だけで卒業しても後々必要に応じて再受講ができるので、うちの領の騎士たちが低級魔獣使役師を頻繁に取りに来ることが話題になっていたそうだ。
「ぼくもスライムを飼い始めたから低級魔術使役師は取ったんだ。まだ他の奴らにはスライムなんかって、馬鹿にされるけど、キャロライン嬢が入学されるまで、スライムの能力は内密にとなっているんだ。まあ、あいつらになんて教えてやらないよ」
ボリスの兄から、王都の様子をたくさん聞けた。
魔獣カードはスライムと同様お嬢様の進学時まで、寮内でのみ使用可で、トイレは一部に洗浄トイレが導入されたとのことだった。
ハルトおじさんが、前髪が増えてて若返ったように見えると、学生たちの間にまで噂になっていた。
ちなみにボリスの兄も王都に行くまでハルトおじさんが王族であることを知らなかったとのことだった。
入寮時の説明事項に敬称を間違えないようにと指導が入るらしい。
「寮の食事は美味しいけれど、ラーメンもうどんもないし、ボリスから来る手紙には、焼き鳥はまだしも、クレープとかどら焼きとか、味の想像もつかないものが書いてあるんだ。早く帰りたくなって、頑張ったよ」
たぶん今日と明日は噴水広場に屋台がたくさん出るよ。
陣痛が長引いたら三日目まで屋台があるかもね。
「退役した騎士の人たちがあちこちで屋台を引いて販売していますよ」
「それを期待して、ここに通っているんだ」
もうそろそろ始まるかなと思ってお城の方を視力強化で見ると、小さなキラキラした粒が浮かびあがっていた。
あれは父さんの作った魔昆虫の輝きだ。
そろそろ本格的に精霊たちも騒ぎ出すだろう。
エミリアさんが雲梯から何度も落ちていたお嬢様を回収して、四の五の言わさず馬車に押し込んだ。
そのあわただしい所作をマークが唖然とした顔で見ていた。
もしかして陣痛が進んでいるのかな?
“……ご主人様。ジーン様より早いようです。派手にやるように指示をいたしましょうか?”
“ぼくも試してみたいことがある。生まれるまでまだ時間があるかい?”
“……充分にございます。”
ぼくは精霊素より小さく薄く散らばるように思念を城の方角に向かって飛ばした。
精霊たちに、赤ちゃんが生まれるまでは、ほんのりと光りながら漂うように、生まれた瞬間から、打ち上げ花火を連発するように指示をした。
「なんだか、お城の上の方が光っているよ」
ケインが最初に気がついた。
「「「ホントだ。光っている!!!」」」
他の子どもたちも気がついて城の上空を眺めはじめたので、みんなで見学できるように、椅子を運んできた。
遊び部屋のステージの正面中央に領の旗が飾ってあった。翼を広げた不死鳥が描かれている。
領のシンボルだから最後に上空出現したら縁起がいいかな。
ぼくたちは春の陽気の中お城の上空で繰り広げられるショーを楽しんだ。
もう少し暗い方が綺麗に見えるかな?
太陽を分厚い雲が隠してしまった。
日食でも起こったかのように辺りが暗くなった。
“やり過ぎだろ!”
“……ご主人様。この程度では、天変地異は起こりません。他の地域への影響もありません。”
まあ……少し曇るぐらいなら大丈夫か。
薄暗くなって動揺している子どもたちに、ぼくは体を冷やさないために上着を着るように言った。
付添人や先生たちもテーブルや椅子を出してお城が光っているのを楽しんでいる。
ぼくのうちが光ったことをみんな知っていたので、何が起こるのかワクワクしているのだ。
おやつやジュースを飲みながらのんびり待っていると、一発目が打ちあがった。
ヒィユゥ~………バン!
効果音が遅れてきた。
再現率が高い。
その後は連続して何発も打ちあがる。
みんな初めて見る打ち上げ花火に開いた口が塞がらない。
効果音も迫力満点だ。
連打が終わると、煙の中から炎を纏った不死鳥が現れた。
不死鳥が翼を広げて飛び立つとちりじりにちぎれて消えてしまった。
不死鳥が消えると太陽を覆っていた雲も消え去り、辺りがまた明るくなった。
見事な演出だった。
ビデオカメラがあればよかったな。
「「「「「「「「「「不死鳥が現れた!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
固唾を吞んで見守っていたみんなは、やっと大声を出した時には全てが終わっていた。
派手過ぎた?
やり過ぎた!?
“……ご主人様。領主の想定内です”
こんな派手な演出を希望していたのか。
みんなは口々に花火のような精霊の美しさと、不死鳥の神々しさを帰るまでずっと喋りつづけた。
この日生まれた男の子は、後に尊敬とからかいを込めて『不死鳥の貴公子』と呼ばれることになるのだった。
一方、ぼくの家では、赤ちゃんたちの首も座り、ぼくたちが抱っこを許されるようになった。
母さんに見守ってもらって、ぼくは腕に身体強化をかけてゆっくりアリサを抱き上げた。
母さんそっくりの緑の瞳を潤ませてにっこり笑うとぼくの心はとろけてしまう。
「つぎはぼくのばんだよ」
母さんを経由してケインもアリサを抱っこする。
ぼくは父さんからクロイを受け取った。
温かくてムチムチだ。
クロイは三人の中で一番大きく、起きているときはよく手足をバタバタしている。
「大きくなったらお兄ちゃん面をしそうだね」
「ああ、生意気になりそうだ」
父さんに手を添えてもらってケインにも抱っこさせる。
マナさんからアオイを受け取る。
クロイとそっくりだけどおとなしく、三人並んで寝かされる時はいつも真ん中になる子だ。
ぼくの顔をじっと見つめている。静かなる観察者といった風情がある。
アオイをマナさんに返すと、クロイをベビーベッドに戻した父さんに声をかけられた。
「カイル。今日は父さんと出かけよう」
珍しくぼくだけを連れて散歩でもするのかと思ったら噴水広場まで来ていた。
「光と闇の神の祠にお礼参りをしよう。あの日、俺は、おまえのご両親の冥福を祈り、おまえが元気に家で暮らしていけるように祈願したんだ」
ああ、そうなんだ。
……あの日から一年たったんだ。
「ぼくも父さんの後ろから参拝するよ」
「肩車しようか?」
「うん!」
父さんはあの日のようにぼくを抱き上げて肩車をしてくれた。
「重たくなったな」
「たくさん食べるからね」
ぼくは三つ子たちより、ずっと重いよ。
祠の手前で降ろしてもらうと、魔力奉納の順番を待つ行列の最後尾にならんだ。
「ご両親のお墓は遠いから、洗礼式を終えてから行こうな」
「うん」
両親の墓参りは、転移の魔法が使えるマナさんが行ってくれていたそうだ。
広範囲に保全管理の魔方陣を施してきたから、草木に埋もれてしまうことがないようにしてくれた。
後でお礼を言わなくてはいけないな。
ぼくたちの順番になり、父さんが光の神の祠の水晶に魔力を奉納する後ろから、ぼくもお礼を申し上げた。
ぼくが幸せに暮らせたことに、ジュエル一家の家族になれたことに心からお礼を申し上げた。
足元の魔方陣から微量の魔力を吸い取られた!
お礼参りの奉納を要求されたようだ。
闇の神の祠でも同じように父さんの後ろで心からお礼を申し上げると、微量の魔力を吸い取られた。
間違いない。
願いをかなえてもらうためには、魔力を奉納しなくてはいけないのだ。
おまけ ~とある文官の驚愕~
ジュエルさんから来る仕事が鬼畜なのはいつものことだ。
光る蝶の魔術具を6日で300匹作れとさ。
誰かが手伝いに来ても、2、3匹しか手伝ってくれない。
俺が嫌われているせいではない。
蝶が小さくて作るのが大変なのだ。
30匹作っても、これの10倍かと思うと泣けてくる。
残業を覚悟していたら、ジュエルが80匹も持ってきた。
やったー!
今日のノルマは達成だ‼
なんだかんだでほとんどジュエルが作ったので、3日で終わってしまった。
俺の仕事がジュエルの残りを作るだけだったのなら、最初にそう言っておいてほしかった。
苦労の成果を見せてやろうと言われて、工房で300匹の蝶を飛ばしたが、多すぎて前が見えないとしか言いようがなかった。
こんな蝶をどうするのだろう?
4日後に精霊神の祠の前に呼び出された。
騒がしくするから、先に魔力奉納をして謝っておけ、と言われた。
不敬に問われたらたまらないので、しっかり先に謝っておいたが、俺は何をさせられるのだろうか?
ジュエルが蝶を詰め込んだ筒を縦に置いた。
ジュエルの合図に合わせて紐を引っ張り、事が終わったら、蝶を回収すればいい、と言われた。
城の庭園にこんなにたくさんの蝶を放って大丈夫なのだろうか?
責任はジュエルがとるんだからと、合図に合わせて紐を引くと、大量の蝶が光りながら勢いよく飛び出した。
蝶はどんどん上昇し、精霊神の魔法陣を描き出した!
上空に現れた、その光る魔法陣に気を取られていたので、地上にも精霊たちが現れたことに気づくのが遅れた。
蝶の魔法陣を追いかけるように色とりどりに光るものが上へ上へと舞い上がっていくのを見て視線を地上に戻したら、俺は精霊たちに取り囲まれていたのだった!!
信じられないほど美しい光景だった。
精霊神の祠に精霊が出現することは口外法度なのだが、城で働く者たちは多分全員が知っているだろう。
本当に精霊は居たんだ!
俺が精霊を召喚したのか!!
その事実に気がついて俺は震えた。
俺は伝説の精霊使いなのか!!!
あたりが薄暗くなると、精霊たちが俺のそばにたくさん寄ってきた。
やはりそうなのかぁぁぁ!!!!
ヒュユゥ~ドンっと大きな音を立てて集まった精霊たちが打ちあがった。
俺は音に驚いて、尻餅をついて見上げると上空に光の花が咲いたのだ!
俺の人生で最もい美しいものを見た。
精霊たちは集まっては打ちあがり、美しい花を咲かせては、また戻ってくる。
俺は何も指示していないのにこんなことができる偉大な精霊使いだ!!
上空の霞が消え去ると、燃え上がる不死鳥が出現した。
おれは驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
サッサと片付けてくれないか。
庭師に言われて正気にもどった。
あれは夢か?
幻か?
散らかった蝶を風魔法でも全部集めきれないなんて、俺が精霊使いなわけないじゃん。
 




