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紅蓮魔法の火竜

 “……ご主人様。太陽柱の映像には各種多種多様な状況に陥る未来の映像がたくさんありますが、キュアたちが向かったことで本格的な紛争の映像はすべて消えました。このまま成り行きに任せて大丈夫でしょう”

 シロの精霊言語に兄貴とデイジーが頷いた。

 紛争に繋がらないのなら一安心だが、現地がどうなっているのか魔法の絨毯の上の面々も知りたいだろうと気を利かせたみゃぁちゃんのスライムがスクリーンに変身して、キュアの背中から見えるみぃちゃんとジェイ叔父さんのスライムたちからの映像を映し出した。

「ああ、現地に向かう飛竜からの映像か!何でも変身できるスライムが便利過ぎだ!」

 スクリーンに映しだされた動画がキュアの背中に乗るスライムの視点だと気付いた助手が驚嘆した声をあげると、何でもできるんだ、とノア先生は得意気に頷いた。

 ぼくたちが驚愕したのは二画面のスクリーンになったことだけでなく、黒く茂る森の中に潜む自警軍人たちの魔力の量を現す数値をスライムの単位で画面上に表示したみぃちゃんのスライムの機転だった。

 総勢二百人以上潜伏している軍人の個別の推定魔力量が、三スライムや四スライムとスライムの形の中に数字で表記され、森の中に折り重なって表示されているが、大多数が一スライム以下の魔力量で、正規の自警軍の軍人というより、近隣の村の農夫を寄せ集めただけのようだった。

 まあ、実際のところ昨日の今日で戦闘員を搔き集めるとしたら、そこらあたりの農夫を駆りだすしかなかったのだろう。

「ああ、これは、魔力攻撃がドグール王国側に及んでカテリーナ妃殿下の火竜から反撃され、多くの犠牲者がでるようにと仕込まれているのかもしれないな。まるで、過剰な反撃を受けた報復戦を仕掛けられるように誘導されている配備だ」

 帝国軍が自警軍を犠牲にして戦争勃発を目論んでいる、とハルトおじさんの歯に衣着せぬ物言いで言うと、マリアの肩に力が入った。

「汚いやり方ですね!スライムたちに攻撃魔法があたるように配備しつつ、ドグール王国側の反撃には生贄のように搔き集めた農夫たちを最前列に配置しているのですね!」

 憤るキャロお嬢様の言葉にウィルが追い打ちをかけた。

「貴族の招集を拒めない農夫たちを犠牲に自国民への被害規模を大きくし、軍が交戦を開始するための口実にするのでしょう」

「ああ、そんなやり方をされたら、うちの国ならひとたまりもないな」

 アーロンのぼやきに、ガンガイル王国を隠れ蓑にしているくせに、と言いたげな視線をハルトおじさんがアーロンに向けたが、国民一丸となって帝国軍を退けてきた歴史のあるマリアが眉を顰めた。

「……叔母様は容赦しないでしょうね」

 悲惨な事態を想像しているマリアにどう声をかけようかと考えていたら、あっけらかんとしたキュアの精霊言語が脳内に聞こえた。

 “……ヤッホー!カテリーナ妃殿下!聞こえますか!お久しぶりです!あら、やだ!人間が森にいっぱい潜んでいるよ。なになに、えっ!かくれんぼをしているの?”

 高速飛行で現場に到着したキュアが山脈の向こう側のドグール王国に向かって精霊言語で叫ぶと、さも今通りかかって見つけたかのように森の中に潜む自警軍に声をかけた。

 スクリーンに表示された一スライム以下の数値の個体が動揺したように無秩序に動くと、まったく統制が取れていないじゃないか!とハルトおじさんが突っ込んだ。

 統制の取れたそこそこの数値の軍人たちによって攻撃の威力が百スライムの魔術具がキュアに向けられたが、士官と思われる五十スライム越えの軍人が発射を止めるかのように小さく震えた。

 山脈の向こうからまるで火山が噴火したかのように真っ赤な炎が上がったからだろう。

 視力強化をすると肉眼でも山脈の奥から火竜が天に上るかのように首をもたげているのが見えた。

「本家はカッコいいな!」

 ハルトおじさんの言葉にマリアが頷いた。

「カテリーナ叔母様は自警軍人たちが領界侵犯をしたので激怒していますわ」

「すでに国境線を越えているのか!」

 ノア先生の言葉に頷いたマリアはスクリーンを指さした。

「この辺りから、緑が濃いでしょう?見えにくいですが、ここに沢があるのです。すでにこっち側にいるのでガッツリ入り込んでいますね」

 上空を飛行するスライムたちを打ち落とすために潜伏するなら、茂みの濃いところに隠れる必要があるので、自警軍たちはドグール王国に密入国した状態になっていた。

「攻撃の魔術具を携えて大量の軍人が密入国したら、問答無用で火竜に焼かれても仕方ないでしょうに」

 アーロンのぼやきに小さいオスカー殿下も頷いた。

「まったくもう!これは皇子として見逃せない事態ですよ」

 “……ヤッホー!カテリーナ妃殿下!間もなくカイルたち飛行魔法学講座で検証中の魔術具のタイルに乗ったスライムたちが山脈を越えるよ!”

 キュアの呼びかけに、了解!と返答するように火竜は天空に向かって一発小さな炎を放った。

 “……キャー!カッコいい!でも、かくれんぼしている人たちは火の粉がかかるから危ないよ!せっかくだから、もっと開けたところで見たらいいのにね”

 キュアの呼びかけにも自警軍は森の中で右往左往するばかりで、撤収の指令が出ないと動けないようだった。

 領界侵犯を続ける自警軍を威嚇するように火竜は大きめの炎を天に向かって吐きだした。

 “……ええ!もしかして、かくれんぼしているのは、カテリーナ妃殿下の国の国民じゃないの?”

 そうだ、というかのように火竜は小さな炎を一発放った。

 “……なんだ。じゃあ、追い出してもいいんだね!だったらさっきの大きい炎を私に向かって放ってください!”

 キュアの発言にスクリーンに表示された森の中の寄せ集めの軍人たちはパニックを起こし右往左往に動き回った。

 火竜はそんなことなどお構いなしに大きな炎をキュアに向かって放つと、キュアの背中に乗っていたジェイ叔父さんのスライムが炎に向かって魔術具を放ち、みゃぁちゃんのスライムは麓の森に向かって魔術具を放った。

 キュアに向かって放たれた業火に魔術具が飲み込まれると、炎は森の麓に向かって拡散し、自警軍が潜伏する森の端を一直線に広がり、まるで野焼きでもするように炎が流れ燃え広がった。

 山脈の裾に広がる炎を目視したガンガイル王国国民以外の飛行魔法学講座の面々が、丸焼きか!と唖然とした。

 スクリーンを凝視したぼくたちは、森に潜伏している自警軍人たちは炎が広がる直前に森の外に押し流されるように運ばれているのを確認して、二つの魔術具が上手く働いたことを確信した。

「もしかして自警軍は国境の沢まで押し出されているでしょうか?」

 マリアの質問にジェイ叔父さんが頷いた。

「そうです。紅蓮魔法の力を借りて風魔法を強化し対象者を少し浮かせて押し流してしまうのです」

「競技会で使用されたら東方連合国合同チームの選手全員が競技台から押し流されてしまうのですね」

 デイジーの言葉にボリスとミーアが頷いた。

「競技会で使用されるのが見たかったなぁ」

 デイジーが今後対策を立てることを見越したノア先生は、競技会の対東方連合国合同チーム戦では使用されないだろうと推測して嘆いた。

「森の木々には被害がないようですが、炎が立ち上がって強く燃えている箇所があります。あそこに攻撃の魔術具があったのでしょうか?」

 助手の質問に、スクリーンを見るように、とノア先生が促した。

 沢に向かって押し流された自警軍人たちのスライムの数値が折り重なるように表示されているが、取り残されていた魔術具は紅蓮魔法の炎に焼かれて魔力を消滅させていくのでスライムの数値がどんどん減っていた。

 対象物全てを焼き尽くす紅蓮魔法とは、なかなか物騒だ。

 “……ずいぶん騒がしいな!”

 水竜のお爺ちゃんは芝居ががった仰々しい抑揚をつけた精霊言語を、沢に流されて人間の土嚢のように積み重なった帝国軍人たちに向けて言い放った。

 “……教皇猊下が、大聖堂島から飛行魔法の検証をする、と通達を出している日に軍事演習などするな!”

 水竜のお爺ちゃんは自警軍の魔術具が燃え尽きたのチラッと目視してから水を噴射して森にくすぶる種火を消した。

 スライムたちの飛行の邪魔にならないように高度を下げた水竜のお爺ちゃんは、巨大化すると堆積している自警軍人たちの上を低空飛行し、自身の存在だけで威圧感を放った。

 その上空をキャロお嬢様たちのスライムたちが悠々と飛行していった。

 “……人間はよその国に勝手に入ったらダメなんだよね。後でちゃんとカテリーナ妃殿下に謝るんだよ”

 キュアが可愛らしく自警軍に警告を発すると、人間土嚢から抜け出した士官と思われる人物が項垂れた。

 水竜のお爺ちゃんは通過したキャロお嬢様たちのスライムたちを追いかけるために小さくなると山脈の方向へ飛翔した。

 “……ヤッホー!カテリーナ妃殿下!かくれんぼしていた人間たちは沢の向こうに戻ったし、スライムたちと大聖堂島の水竜のお爺ちゃんが山越えルートに入ったよ”

 キュアの呼びかけに、了解!と火竜は一発小さな炎を天に向かって放った。

「カテリーナ妃殿下の魔力量は人知を超える規模だね」

 何度も炎を放つ火竜を見てハルトおじさんが呟くとマリアが頷いた。

「普段はアルベルト皇太子殿下が抑えてくださっているから小さな火竜を出すくらいなんですけれど、激怒したらああなります」

 アルベルト王太子殿下とご成婚なさって本当に良かった、と小さいオスカー殿下がしみじみというと、ぼくたちは頷いた。


 魔法の絨毯が現地に到着する頃には人間土嚢の状態は崩れており、ちゃんと謝ると約束するなら怪我を直してあげる、とキュアに説得されても頷かない士官をよそに、寄せ集めの農夫たちが頷いてキュアの精霊言語に同意していた。

 “……ご主人様。後始末もキュアに任せて大丈夫です。骨折した農夫たちは詫び状を書いて事なきを得ますが、自警軍にはカテリーナ妃殿下が放った魔力量に相当するだけの補償金をアルベルト殿下から請求されることになります”

 シロの精霊言語で顛末を聞いたキュアは地上から、任せてちょうだい!と胸を叩いた。

 ぼくたちが地上に気を取られている間もキャロお嬢様たちのスライムたちの飛行経路を確認していたジェイ叔父さんが、あああああ?と素っ頓狂な声をあげた。

「スライムたちは山頂に着陸してしまったぞ!」

 ぼくたちが山頂に目を向けると火竜が、ここだよ!と示すかのようにスライムたちが着陸した地点に首を下げていた。

「……これは、ハァ、過酷すぎる場所だなぁ」

 あまりの立地条件の悪さにノア先生は力ない声で嘆いた。

 (そび)え立つ山脈の山頂は一足先に冬を迎えてすっかり雪化粧になっていた。

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