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根回しの結果

 露天風呂を堪能したぼくたちは南東の教会都市の教会の夕方礼拝に向かった。

 一般巡礼者と同じように教会前の祭壇で済ませようとしていたら、いました!と教会関係者から声が上がった。

 話を聞こうにも夕方礼拝の時刻だったので教会内に通されたぼくたちは礼拝所で魔力奉納を済ませると、教会関係者にぼくたちを探していた理由をきいた。

「教皇猊下がお話になりたいことがあるそうなので、後ほど滞在先の宿にお伺いしますが、宿屋の人たちに気を使わせたくないので、商人の格好でお邪魔するそうです」

 何事か!と気をもんでいたノア先生は、教皇猊下もお忍びの行動で夕飯を一緒に食べたいのだろう、くらいの軽いノリだと考えたのか安堵の表情を見せ快諾した。


 夕方礼拝の参拝者たちを目当てに出店している露店でフラフラと買い物をした後に宿に戻ると、お客さんがいらしているので食堂に通した、と宿の従業員に告げられた。

 のんびりしすぎた、とあわてて食堂に向かうと、ぼくたちの席に通されていたのは教皇一人ではなく月白さんも一緒にいた。

「お話を伺っていたのにお待たせしたようですみません。育ち盛りの子どもたちのために屋台で丸鶏焼きなどを購入していました」

 デイジーが食べ物の露店で物欲しそうに立ち止まるたびに購入していたから遅くなったのだ。

「いえいえ、私たちも今来たところです。ジュードが鍋一つ煮込み料理を持たせてくれたので、宿の皆さんが振る舞ってくださっているから、味見してください」

 席に着くとボルシチのような真っ赤な煮込み料理を宿の従業員が盛り付けた。

 品数が増えたことにデイジーは満面の笑みになった。

「赤カブの煮込みですか。ガンガイル王国ではこの料理にサワークリームを入れることが多いですね」

 ハルトおじさんは馴染みのある料理だと言いながらも、帝国北部の料理に顎を引いて警戒した。

 豊かになった土地で牧畜も盛んになったことで、伝統料理にも出汁になる牛骨や乳製品をふんだんに使用できるようになったガンガイル王国では郷土料理の味も向上していたが、帝国料理は質素路線が貫かれていたこともあり、ハルトおじさんは訪問先で振る舞われる料理に辟易していたのだろう。

「これはジュードが腕を振るった料理だからどんな味がするのか私も楽しみです」

 持ち込んだ教皇本人も味の予想がつかないようだ。

 ガンガイル王国の料理を食べ慣れたジュードさんが用意したものなら期待できる、とハルトおじさんの頬が上がった。

 宿で用意していた夕食とぼくたちが持ち込んだ屋台料理と教皇の差し入れのボルシチがテーブルいっぱいに並べられると、人払いの打ち合わせがあったのか宿の従業員たちは下がってしまった。

 それでも食堂には他の宿泊客がいたのでぼくが内緒話の結界を張ると、教皇は安心したように頷いた。

「今日は飛行魔法学講座の皆さんの検証の成功のお祝いと、オーレンハイム卿夫人による緑の一族に受け継がれた歌の解明が進んだことへのお礼を言いに来ました」

 教皇の話が悪い話ではなかったことにノア先生と助手は顔をほころばせた。

 ジュードさんのボルシチは牛テールからじっくり出汁を取ったコクのあるスープで、ぼくたちは美味しい夕食を食べながら今回の検証内容や、人の営みを謳い続けた緑の一族の歌の話に盛り上がった。

 明日の検証には教皇の通達が行き届いているはずだから、どこに着陸するかわからない領空を飛行する通行税を後払いする問題しかないだろう、と飛行魔法学の面々は高をくくっていた。

「明日行う北の検問所に向かって飛行したタイルの検証なのだが、膨張した世界の歪によって、ガンガイル国側ではなくもう少し東寄りの北に向かう可能性を考え、広範囲に飛行検証の通達を出したんだ」

 空いた皿を月白さんや女子寮監ワイルドが下げ、テーブルにスペースを確保し、地図を広げると、二人の正体に察しがついている面々は恐縮して丁寧に礼を告げるので、下々のものにまで心配りをする上位者の態を醸し出した。

 その様子にぼくたちはクスっと笑みを漏らした。

 女子寮監ワイルドがデザートのチーズケーキを切り分けると、月白さんがお茶を注ぎ、スライムたちが配膳した。

 ぱくぱくとチーズケーキを平らげた教皇は立ち上がり世界地図に通達を出した地域に線を引いた。

 教皇が線を描いた範囲はぼくたちの予想範囲より大きな扇形だった。

「北西や北東の大岩の発着場が判明していないので、このくらいの範囲まで網羅しておいた方が無難だろうと考えました」

 教皇の説明はジャミーラ領と大聖堂島を挟んで線対称の延長上だと考えていた南西の発着場がククール領の端だったことから、それより大きめに見積もった範囲だった。

「そうですね。やってみなければわからないことなので、事後報告になるより事前に通知しておく方がいいでしょうね。……何かありましたか?」

 ノア先生は和やかに話が進むかと思いきや、表情が険しい教皇を見ると眉を顰めて尋ねた。

「通達を出した教会の中から数か所で自警団の動きが活発になっているとの報告が上がっている。軍事演習での誤発動という形で魔力攻撃を受けるかもしれないだろう」

「ジャミーラ領で成果なく帝都に踵を返すことになった軍関係者たちが、大聖堂島から往路の検証でククール領に飛行したことを聞きつけ、ククール領に視察を申し込んでも断られたので、我々に報復したいのでしょうね」

 教皇の説明にハルトおじさんが真顔で付け加えた。

「軍の内情にお詳しいですね!」

 ノア先生はハルトおじさんが最新の軍の内情を知っていることに驚いた。

 ハルトおじさんはジェイ叔父さんをチラッと見て笑った。

「帝国軍が使用している魔術具はガンガイル王国関係者が製作したものを量産化して使用しているので、よく理解していない魔法陣をそのまま使用しているようですねぇ」

 フフっと笑いながらハルトおじさんが言った発言は、ガンガイル王国に帝国軍内部の情報が駄々洩れになっていることを暴露したも同然だった。

 ジェイ叔父さんが製作した通信の魔術具の原理を理解せずに帝国軍が使用していたら、通信内容が暗号化されていても父さんが解読してしまったのだろう。

 小さいオスカー殿下が頭を抱え、それはそうだろう、と嘆いた。

「つまり、イーサンさんが第二皇子殿下に働きかけて、帝国軍の干渉を避けてくださったのに、軍関係者たちは自分の顔が利く領地の自警軍に圧力をかけている、ということですね」

 助手の言葉にハルトおじさんは頷いた。

「ガンガイル王国に支援を受けつつも内心、面白くない連中は多い。しかも、スライムたちが自領に着陸すれば一攫千金も夢じゃないが、隣の領に着陸すれば隣が発展してしまうので、ただ指をくわえて眺めるしかできない事態になるだろう」

「それならば、いっそ墜落させてしまって検証をできないようにしてしまおう、と考えるのは、我が国らしい考え方です」

 ハルトおじさんが言及しなかった言葉を小さいオスカー殿下が呟いた。

 “……どれだけの規模の魔法を放つかしれんが、儂が抑えられないとは思えないぞ”

 “……人間は魔力だけじゃなくて知恵があるから油断していると、うちの母さんみたいに深手を負うよ”

 張り切る水竜のお爺ちゃんにキュアが諫めた。

 “……飛竜は人間にやさしいから……あ゛!儂が跳ね返して全滅させたら、教会やカイルたちの面目を潰してしまうんだな”

 やり過ぎ注意だということに気付いた水竜のお爺ちゃんは頭を掻いた。

「うーん。それならいっそ、その誤発動とやらをそのまま受けてみようか?」

 ハルトおじさんの発言に全員が驚きの視線をハルトおじさんに向けた。

 いや、デイジーは黙々とボルシチの鍋からおかわりをついでいた。

「正規ルートを飛行中に何らかの強制力が働いているのではないか?という仮説を検証するのですね」

 兄貴の言葉にハルトおじさんが頷いた。

「うん。今回の検証に参加するスライムは、ある程度魔力量があり万が一攻撃を食らっても死なない強さが必要で、補助に回るスライムは、攻撃があたる瞬間に魔法の軌道をずらす瞬発力とギリギリまで耐える胆力が求められる」

 ハルトおじさんの提案にスライムたちは、できる、と頷いた。

「はい!ぼくはそんな危ないことがわかっている検証方法には反対です」

 デイジーと兄貴がのんびりしているということは最悪な事態にならないのだろうけれど、うちの可愛いスライムたちに危険なことはさせたくない。

 ぼくが反対した気持ちをスライムたちがくみ取り感激して体を震わせた。

「そうですわね。うちの子はやり遂げるとは思いますが、はなから攻撃されることがわかっていながら見守るのは辛いです」

 キャロお嬢様も、競技会のような子どもの遊びではなく、本物の軍隊にスライムたちが攻撃されること容認したくない、と主張した。

「違う意見を提案していいですか?」

 ジェイ叔父さんが申し出ると、ハルトおじさんは頷いた。

「大聖堂島の聖獣の水竜がいるところに魔法攻撃をされて、水竜がそれを容認するはずがないので、ここは水竜の条件反射のような反撃を受け流す魔術具を使用して、自警軍に恩を売ってみるのはどうでしょう?」

 いいな、と水竜のお爺ちゃんが真っ先に賛成した。

 競技会用の魔術具だ、と心当たりのあったボリスとミーアが顔を見合わせた。

「マリア姫対策に開発していた魔術具ですが、競技会より飛行魔法学講座のこの検証の方がよっぽど意義があります!使用しましょうよ♡ハルトおじ様♡」

 胸の前で両手を握りしめて小首をかしげる可愛い姪っ子ポーズをキャロお嬢様が決めると、ハルトおじさんは苦笑した。

「ああ、競技会の手の内を一つ晒すことになるが、今回の検証の成功が早まる方を優先すべきだな」

「そうですわね。叔父様♡」

 ドレスを着ていない時はキャロお嬢様の勝気な側面しか見たことがなかった小さいオスカー殿下とアーロンは、実習服でのキャロお嬢様の可愛らしさにやられて頬を少し赤らめた。

「正規の飛行ルートにおける強制力のことは、当分の間、公表しないでもらえますか?」

 月白さんの言葉にハルトおじさんが頷いた。

「場所が限定されるとはいえ、魔法攻撃が効かない飛行の魔術具の存在が明らかになれば、帝国軍が血眼になって発着場の土地を押さえ素材を独占しようとするでしょうね」

 大聖堂島へ飛行する魔術具を軍事転用される可能性が高まる、と指摘したハルトおじさんの言葉に教皇は眉を顰めた。

「あのう。言い出しにくかったのですが、保管していた白砂を少し盗まれていました」

 ノア先生の唐突な告白に教皇は青ざめ、ハルトおじさんは爆笑した。

「ノア先生!どこの白砂が盗まれたのか言及しないと紛らわしいですよ」

「ああ、そうだったね。飛行魔法学講座で保管していた白砂を盗みに来た教員と鉢合わせして拘束したんだけど、それ以前に、ちょっぴり盗まれていたのです。ああ、大聖堂島の湖底から採取した白砂ではなく、いわゆる不毛の地から採取した魔力の抜けた土のなれの果ての白砂です」

 大事なことを最後に口にしたノア先生の言葉に、教皇は安堵し、ハルトおじさんが含みのある悪い笑顔になった。

「イーサンに活躍していただくことがまだありそうだ」

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