神罰の因果
皇族も王族も平民も関係なく雑魚寝して日の出前に起床するぼくたちにジャミーラ領の三人は慣れつつあったのか、寝ぼけ眼を擦りながら身支度を終えたぼくたちに、まだ子どもは寝ている時間でしょうに、とこぼした。
スライムが寝袋やベッドに変身したり、真夜中を過ぎると散歩から帰ったみぃちゃんとみゃぁちゃんが聖獣パンダを抱き枕にしたり、帝都で一杯ひっかけて帰ってきた水竜のお爺ちゃんがかっぱ巻きの寿司折りを手土産に持ち帰ったりと、驚くことが多すぎてそれどころではないのだろう。
地上に降りられないハルトおじさんたちを魔法の絨毯に残して祠巡りと早朝礼拝を済ませた。
二日連続でハルトおじさんのスライムの暴走を許すわけにはいかないので、キャロお嬢様のスライムがハルトおじさんのスライムを見張り、ジャミーラ領に向けてぼくとケインのスライムが飛行するのを魔法の絨毯で追跡することになっている。
お婆たちが朝食の手配をしていたのに露店主たちが差し入れを持ってくるので、結局、みんなで朝食を交換しながら食べることになった。
「じゃあ、大聖堂島が浮かんでいた時代に浮かぶ石が発着していた場所が、現代では地形が変わってどこにあるかわからないのか」
教会都市を経由しない空輸による物流改革が起こると生活に直結する露店主たちは、古代技術が判明した程度のことだと知って安堵した。
「物流の拠点が増えても教会都市は五つの都市が独自の発展を遂げている最中だから、観光都市として今後の展望があるじゃないですか?」
ウィルが尋ねると、まあ、そうなんだ、と露店主たちは発展に伴う問題点を話し出した。
観光客が増えて仕事が増えた教会都市では若者が戻ったのに、土地が少なく建物の高層化にも限度があり、付近の農村から通う人も出始めているらしい。
子どもの生まれない都市だったはずなのに、若い世帯が戻ってきたことで、懐妊の話がちらほらあるのに産婆がいない問題が起こった。
現在は近隣の町から産婆を呼んで五つの都市を船で移動して対応しているが、人口増加は待ったなしの問題で都市拡張するか新たな教会都市をつくるかの議論が盛んにかわされているとのことだった。
諦めていた孫が生まれそうだ、と嬉しそうに語る露店主に、おめでとうございます、と声を掛けたぼくたちには心当たりがあった。
教会が集めた魔力で護られていた教会都市で子どもが生まれなかったのは、教会関係者たちが世界中から子どもたちを攫っていたからの神罰のようなものに違いないだろう。
秘密組織が徹底的に糾弾され解体されたことで、産まずに子供を集める場所から、人々が普通に生活する場所となり、子宝に恵まれるようになったのだろう。
「教会都市の市民の皆さんが祠巡りや定時礼拝に毎日参加することが常識になったことで、魔力の巡りがよくなり活性化されて子宝に恵まれるようになったのでしょうね」
教会の不祥事が公表されていないことを慮ったお婆が、市民たちの行いが現状を変えた、とわかりやすいオチをつけると、露店主たちは頷いた。
大聖堂島に付随する教会都市は都市の護りすら大聖堂島の魔力を使用して特別な結界を敷いていた。
教会の罪を教会のおこぼれで生活していた教会都市の人々が被ったのだろう、と推測したぼくたちは、秘密組織を解体し残党を追う教皇の方針を神々が認めたのだと気付き無言で天を仰ぎ見た。
神罰を神罰だと認識できなかったので、ただ教会都市では不妊症が多いという扱いになっていたのだ。
過酷な環境の孤児院から保護された子どもたちに安心できる環境が用意されたことも、呪いのような神罰が終わった一因かもしれない。
朝食のパンくずを狙って集まってきた鳩が平和の象徴のように呑気に噴水広場に飛び回る様子を見ながら、みんな幸せになればいいな、とこみ上げてきた熱い思いで目頭が熱くなったのを抑えるために上を見上げ、静かに深呼吸をした。
因果は思いもかけないところに出ているのに上位者が全く気付いていないなんて、と小さいオスカー殿下が独り言ちると、慣れとは恐ろしいものだよ、とオーレンハイム卿が呟いた。
「少しずつ歪が出ているのに歪があることが日常になると、それは異常ではなくなる」
数字上に異常事態が現れていたのに、男性ばかりの大聖堂島で暮らす教会関係者たちには教会都市で洗礼式が行われなくなったことに気付いてさえいなかったのだ。
これから生まれてくる孫を楽しみにしている露店主に、キャロお嬢様とミーアは洗礼式の踊りをするみぃちゃんとみゃぁちゃんのぬいぐるみの試作品を見せていた。
「ずいぶん精巧な動きをするぬいぐるみじゃないか!」
「いえ、まだまだですわ。腰の捻りを入れてから足をあげると重心のバランスが崩れて後ろにひっくり返ってしまうのです」
キャロお嬢様がぬいぐるみを手動で動かして倒してしまうと、そこまで体を反らさなくてもいいのじゃないか、と露店主たちは突っ込んだ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが、妥協するな、これが本物の踊りだ、と手本を示すと露店主たちは、ああ、と頭を抱えた。
「お姫様のぬいぐるみは見事だが、本物は別格の動きをするんだね」
「いやあ、ガンガイル王国ではこんな風に神々に人間として認められる洗礼式で神々の成り立ちを踊りで表現するのですね」
いいものを見せてもらった、と露店主たちが喜ぶと、スライムたちも参加して噴水広場の前で洗礼式の踊りを踊りだした。
微笑ましそうに見ていたキャロお嬢様とミーアが鼻歌を歌い始めると精霊たちも参加し始めた。
グルグルと回りながら踊るみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちと精霊たちに気分がよくなったぼくとケインも鼻歌を口ずさんだ。
「常夏の南の地から春を呼ぶ風が吹き抜けると、今年も芽吹きの季節がやってくる」
オーレンハイム卿夫人の呟きにぼくたちは鼻歌を止めて夫人を凝視した。
「あれ、これは古典芸能の命を巡る歌の一節ではないのですか?」
オーレンハイム卿夫人はぼくたちの鼻歌を古典芸能の一節だと信じ込んでいるような口調で言うと、ああああああああ!と魔本が精霊言語で叫んだ。
あまりのうるささにみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが踊りを止めると、オーレンハイム卿夫人が、違いましたか?と恐縮した。
「いえ、教会関係の書類ばかり漁っていたぼくたちにはない視点だっただけです!」
緑の一族に伝わる鼻歌の解明を教会の資料だけで解読していたぼくたちは、民間の古典芸能に残っているなんて考えてもいなかっただけだ、とオーレンハイム卿夫人に説明した。
「光の神が北国で姿をお隠しになる冬が過ぎる時、風の神が常夏の南から春の風を吹かせると、命が目覚めるのですよね。春夏秋冬の当たり前のことに喜びを見出し、神々に感謝する歌で、一年の祭りを一つにまとめた踊りがあったらしいのですが、現在では詩だけ残っている……はいはい。そうでしたわ。演劇科の古い資料にあったもので、一般教養ではありませんわ」
オーレンハイム卿夫人は精霊使い狩りが流行して身近に精霊たちがいなくなりつつあった時代に精霊を讃えずに自然を謳う流派がいたことを熱く語った。
“……精霊使いではないか、と疑われていた美青年が精霊の存在を語らずに魔法世界を仲介する存在の神聖さを芸術で表現しようとしたところから発生した流派だ。結局のところ、精霊使いの疑惑を拭えず処刑された青年を支持する流派で、廃れるのが早かった。知名度の低い古典芸能だな”
魔本の解説に、美青年を支持する超マイナージャンルに嵌った少女時代のオーレンハイム卿夫人が目に浮かんだぼくとケインと魔獣たちが、そうか、と納得した。
「この話は教皇猊下が興味を示されるはずです。ジャミーラ領に戻ったぼくたちが軍関係者たちに足止めを食らうようでしたら、その間にぼくたちが以前まとめていた資料に目を通してください」
マナさんと共同研究をしていた緑の一族の鼻歌を解析した資料をオーレンハイム卿夫人の視点で精読してほしい、とお願いした。
精霊たちが踊りの続きを要求するように魔獣たちに絡んでいたので、ぼくたちが鼻歌を続けると魔獣たちは踊りだした。
クルクルと噴水前で踊る魔獣たちと精霊たちに巡礼者たちも立ち止まって見入っていた。
様子を見に来たジュードさんに、ぼくたちのまとめた資料をオーレンハイム卿夫人に見せるように、と頼んだ。
朝食会の後片付けを済ませるとジャミーラ領に向けて復路の飛行検証を開始した。
ぼくとケインのスライムの分身は安定した飛行を続け何事もなくジャミーラ領の大岩に到着した。
「鳥獣に関しては復路では鳥たちも見慣れたのか全く問題ありませんでしたね」
タイルに乗ったスライムが二体だけだったからなのか、はたまた、キュアと水竜のお爺ちゃんが二体を挟み込んで飛行していたからか飛行中に近づく鳥はいなかった。
「問題は軍関係者たちですよね」
ウィルの言葉にぼくたちは頷いた。
神聖なる城の杜を案内できる守り人と守り人候補が一晩城に戻らなかったことでしびれを切らしたのか、軍関係者たちが森に勝手に立ち入りオオスズメバチに襲われて、迷子になっている様子が上空から見えたのだ。
“……連中はずいぶんとオオスズメバチに弄ばれていたようだな。どれ、儂とパンダで森から追い出してやろうか”
ありがたい、とジャミーラ領の三人が頷くと、水竜のお爺ちゃんはパンダを背中に乗せて巨大化した。
軍関係者を水竜のお爺ちゃんとパンダに任せてぼくたちはサッサと下山した。
領城の裏庭にぼくたちが辿り着くころを狙って水竜のお爺ちゃんとパンダは軍関係者たちを下山させた。
「魔法無効の結界でも張ってあるのか火炎魔法が発動しなかったぞ!」
全身のあちこちを刺されて晴れ上がった状態の軍関係者たちは這う這うの体で裏庭に辿り着くと、文句を言ってしゃがみ込んだ。
「さすがに皆さん体力がありますね。ここまで刺されてよく下山できましたね」
ラグルさんはショック死しなかった体力を褒めると、軍関係者たちは腫れあがった顔を歪めた。
「見ている方が痛いので回復薬を噴霧しますわ」
キャロお嬢様とミーアが回復役を装填した噴霧器を噴射して離れた距離から軍関係者たちを癒した。
「立ち入り禁止といわれているのには理由があるからなのですよ。春先に新米冒険者たちが痛い目に遭った話は帝都まで伝わっていないのですか?」
ダグ老師の言葉に、誰も失敗談なんて話したがらないから噂になっていませんよ、と小さいオスカー殿下が突っ込んだ。
「魔法無効の結界なんて張っていませんよ。無効にしたら森を守れないじゃないですか」
ダグ老師は容赦なく畳みかけた。
だがしかし、と魔法が効かなかった現状を訴える軍関係者の言葉をノア先生が遮った。
「竜族が飛び立ち魔法の絨毯が飛んでいるのを見ませんでしたか?魔法が効かないならジェイ君の仮面も外れるでしょうね」
ぼくたちが問題なく魔法を使っていたことに、いや、だが、と軍関係者たちは言い淀んだ。
「魔法は行使できますよ。この森から採取された素材で大聖堂島まで往復飛行できるタイルの魔術具が作れることが検証で判明しました。ですが、このようにこの森は大変危険ですし、一度にたくさん採取できる素材ではないので、市場に流通することはないでしょうね」
ノア先生は先手必勝とばかりに軍関係者の発言を予測して新素材が軍関係者の手に渡ることはない、と明言した。
「それでも……」
「ああ、下山されましたか。自警軍に帝国軍から伝令が入りました。全員、即座に帰還せよとのことです。飛行魔法学講座の今回の実習は大聖堂と共同研究になっているので軍関係者は関与しないように、との通達でしたよ。ご確認ください」
ぼくたちを出迎えに来た女子寮監ワイルドの言葉に、イーサンの仕業だと気付いたぼくたちは、仕事が早い!と感動した。
よろよろと立ち上がった軍関係者たちに回復薬を噴霧されていることを残念そうに見遣った女子寮監ワイルドを見て、森に入るようにけしかけたのは女子寮監ワイルドではないか?と疑念が湧いた。
シロと兄貴は否定も肯定もしたくない、というかのように無表情を貫いている。
ぎこちない歩き方をする軍関係者は座り込んでいたからお尻に回復薬がかかっていなかった。
そのことにぼくたち全員が気付いたが、何も言わなかった。
高価な回復薬を恵んでもらったのに礼の一つも言えないような無礼者は、お尻くらい自力で癒せばいいのだ。




