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自業自得の顛末

 スライムがゆっくりと着地した地点は牧草がちょろちょろっとだけ生えた、ククール領で魔力不足を偽装していた土地だった。

「これは、いい場所ですわね」

 ハルトおじさんそっくりの笑みを浮かべたキャロお嬢様の言葉にぼくたちは頷いた。

「何がいい土地なのでしょうか?」

 早馬で追いついたイーサンが尋ねると、何で?とノア先生も尋ねた。

「軍関係者にこの辺りの土地を掘り起こされたくないのですよ」

 短い説明にもかかわらずピンときたイーサンは満面の笑みを見せた。

「ええ、ここを軍関係者が掘り起こすことを領主が認めるはずがありませんよ」

 確信を持って答えるイーサンの口調にノア先生はあまりに草が生えそろっていない土地を蹴飛ばして、領主が何かしていた土地だ、と悟ったらしく追及せずにフフっと笑った。

「イーサンさんはお仕事でククール領にいらしたのですか?」

 話題を変えたノア先生の質問に、ええ、とイーサンは答えた。

「神学校新設の件でククール領都の予定地を視察しに来ていました。教皇猊下が直々に今日の視察を勧められたのは飛行魔法学の実習日だったからだったのでしょうね」

 イーサンはククール領都の教会で新設する神学校建設の膨れ上がる見積もりと予算の擦り合わせを行っていたところ、飛行魔法学講座の実習生たちが南西に流されているスライムを追っている、と手紙が届き、領境の検問所に通過させるように知らせに行く途中だったらしい。

「教皇猊下から教会の転移魔法の間の使用許可が下りたので、本日中に帝都に戻れるから引き受けたのですが、この事態を見越してのことだったのでしょうね」

「いや、偶々です」

 イーサンの言葉を即座に否定したノア先生は、大岩の発着場がどこなのか教会側もまだ暗中模索の状況だったことを説明した。

「いろいろ詳しい話をお聞きしたいので教会の転移の間を使用して大聖堂島に行きませんか?」

 “……転移の間がある教会まで移動する方がまどろっこしいぞ。儂の背に乗れば全員日没までに大聖堂島に連れて行ってやる!”

 夕日を背にした水竜のお爺ちゃんの提案にイーサンが頷くと、イーサンを追ってきたククール領の自警軍人たちが眉を顰めた。

「この土地がつい最近までどういった土地だったかを知る者は、なるべく軍の介入をさせたくない、という領主の意向に配慮した行動だとわかるはずだ。私の馬を城まで連れて行き、この土地を軍関係者が興味を示すはずだ、と伝えてくれ」

 有無を言わさないイーサンの口調に自警軍人たちは不服そうな表情で頷いた。

「老婆心ながら言わせてもらえるなら、私たちは現在ジャミーラ領に滞在していますが、軍と軍属学校関係者たちもジャミーラに視察に来ていました」

 あからさまな魔力不足の土地の形跡を見られることになる、と最年少のデイジーに忠告された自警軍人たちの背筋が伸びた。

「ジャミーラは城の杜と呼ばれる聖地がこの飛行魔術具の発着場だったので、軍関係者に見学は認められませんでした。ここは聖地と呼べる場所ではなさそうですから、同じ理由で拒否することはできないでしょうね」

 小さいオスカー殿下の言葉に自警団員たちの顔色が変わった。

「私は水竜に乗って大聖堂島に赴く。教会の視察も途中なので後日ククールに戻り詳細を報告する」

 馬の手綱を自警軍人に手渡したイーサンは、ぼくたちに続いて水竜のお爺ちゃんのしっぽに飛び乗った。

 ハルトおじさんのスライムが再びタイルに乗り大聖堂島に向けて飛行しようとすると、水竜のお爺ちゃんが大口を開けてパクっとハルトおじさんのスライムをくわえ、ひょいっとキャロお嬢様の方に放り投げた。

 “……飛行検証に付き合っていたら日が暮れてしまう。大人しくお姫様の腕の中にいなさい”

 ハルトおじさんのスライムはキャロお嬢様の腕の中で大人しく頷いた。

 水竜のお爺ちゃんはぼくたちを乗せて高度をあげると、地上の自警軍人たちはあっという間に小さな点になり見えなくなった。

 “……超特急で大聖堂島まで飛ぶから、たてがみの中に身を伏せておきなさい”

 はい!とぼくたちが元気よく返事をする前に水竜のお爺ちゃんは加速していた。


「おかえりなさい!」

 夕方礼拝の直前に大聖堂島に戻ってきたぼくたちに、まるで大聖堂島の観光から帰ってきた程度のように軽い言葉でお婆たちは出迎えてくれた。

 教会関係の仕事をしていたイーサンは大聖堂島に来ることは想定済みだったようで、問題なく地上に降りることができた。

 ハルトおじさんのスライムは夕方礼拝に参加する気満々で、魔法の絨毯のハルトおじさんのところに戻らず大聖堂の礼拝所までついてきた。

 夕方礼拝に参加するぼくたちの中にイーサンを見つけた教皇は、おや、という表情をした。

 ハルトおじさんのスライムが流れて行く先がククール領だと確信していたわけではなさそうな教皇の様子に、偶々だったのか、と思いながらぼくたちは夕方礼拝を終えた。


「自由に行動したスライムによって大聖堂島が浮いていた時代の発着場めがけて飛行する検証になってしまい、結果、ククール領に到着したのですね」

 夕方礼拝の後、教皇と月白さんも魔法の絨毯の上に集合し、お婆たちが用意してくれていたカレーライスに舌鼓を打ちながら、ハルトおじさんのスライムが検証した結果を報告すると、ようやく話が繋がったイーサンが納得した。

「大聖堂島を中心としてジャミーラ領が南東側の発着場だとすると、線対称なのはキリシア公国なので、ククール領は外れていると考えていました」

 教皇はイーサンにククール領の視察を頼んだのは偶々だったと強調した。

「大聖堂島まで飛行するタイルの素材があの土地の地下にあるかもしれないとなったら、がめついククール領主の出方を想像するのが嫌になります」

 神学校の規模を近隣より大きくしたい、と企むククール領主との調整のために出張していたイーサンは眉を顰めた。

 “……すぐにどうこうできる話じゃないだろうね。だって、わざと土地の魔力を抜いていたんだろう?そんな土地に埋まっている大岩はどんどん地中の奥深くに取り込まれてしまっているだろうね”

 しれっと語ったパンダの発言に驚いたぼくたちはパンダを凝視した。

「地下から魔力枯渇の白砂化が始まっていれば、砂の中の石は浮いてくるんじゃないのかい?」

 ミックスナッツの袋を振ると大きいものが浮いてくるブラジルナッツ効果を思い浮かべたぼくの質問に、パンダは首を横に振った。

 “……儂は白砂になるほど魔力枯渇を起こした土地にしたくないから頑張ったんだ。だから、白砂のことはよくわからないから儂の予想でしかないんだけど、土地の魔力が少なくなると神聖なものは地下に引っ張られ、邪なものが浮かび上がってくる気配がするんだ”

「邪気や死霊系魔獣がそうですね」

 イーサンがパンダの説明に頷いた。

 “……うちの森の周辺は儂が魔力を引っ張ってきたからバランスを取っていたが、森の周辺は死霊系魔獣だらけで酷かったぞ”

 パンダがこぼすと、どこから魔力を引っ張ってきたのだ、と即座にイーサンが突っ込んだ。

 教皇の前で高説を垂れようとしたパンダは、結局、ぼくの魔力を盗用していたことをイーサンに話す羽目になり、ジャミーラ領で採取する白砂の購入権利をぼくが独占した経緯を知られることになった。

「うーん。なるほど。ククール領には大岩が埋まっていることは、ほぼほぼ間違いないが、ジャミーラ領のように簡単に発掘できないだろう、というのがパンダ殿の見解なんだな」

 イーサンのまとめにパンダは頷いた。

「護りの結界に穴を作って小銭を稼いでいたせいで、大金をもたらすかもしれない素材が地中の奥深くに潜り込んだとしたなら自業自得過ぎて愉快だな」

 祖父の行いを嫌悪していたイーサンはこの顛末を面白がった。

「古代、大岩の発着場の場所の教会の特徴として、古い護りの結界をそのまま維持しているのではないか?という仮説だが、ククール領の発着場のある土地の教会は土地の魔力減少による人口密度の減少で移転されていた。その際に護りの結界を上書きされていることが記録に残っているから、古い護りの結界、という条件はジャミーラ領だけの可能性もある」

 教会の結界と発着場に関係があるのか気にする教皇の言葉に、ハルトおじさんが頷いた。

「ジャミーラは古代から面積と人口がほとんど変わらない珍しい地域だから、変わる必要のないものは変わらない。ジャミーラ領を事例として見るには特殊過ぎるのだろうが、ククール領には聖獣伝説があったりし……ないんだね」

 眉を顰めたイーサンを見てハルトおじさんは話を止めた。

「竜族やパンダのような珍しい魔獣の話は残念ながらありません。かつて、黒豹が生息していたらしいという文献はありますが、生息地となる森の減少で近年、目撃されていません」

「聖獣パンダも伝説の聖獣で、いるかいないか確認できませんでしたが、いましたよ」

 イーサンの説明にダグ老師が口を挟んだ。

 “……人前に出る必要がないから出なかっただけで、ずっと同じ場所にいた。カイルは森の奥まで自力で辿り着き儂の棲み処まできたから、出会っただけだ”

 ご神木の前で遭遇した時に魔力盗用の謝罪をする気がなかったかのように語るパンダに、ぼくの魔獣たちが呆れた視線を向けると、パンダは恥ずかしそうに俯いた。

「魔法学校に帰ったら魔獣学のラヴェル先生に伺ってみますわ」

 聖獣の生息地から発着場を探すなら専門家の意見を聞こう、とキャロお嬢様は提案した。

「聖獣伝説なら不死鳥伝説があるガンガイル王国も北の発着場があったと考えられませんか?」

 イーサンの疑問に、うーん、とハルトおじさんが唸った。

「不死鳥が出現するような事態にならないように努力することが我が一族の使命だからな。うちの聖獣様は発着場の側にいないだろうね」

 ハルトおじさんはガンガイル王国の聖地の場所を誤魔化すように不死鳥から話をそらした。

「すべての聖獣が発着場に関連するところに生息しているわけではないが、教会の護りの要になる箇所に聖獣たちは生息している傾向がある。魔獣学をその視点から研究してもらっていいだろうか?」

 教皇の依頼に今年度、魔獣学を専攻したケインとキャロお嬢様とミーアが頷いた。

「私もククールに赴くときに魔獣の生息について調べよう」

 できるだけのことをする、とイーサンが教皇に約束すると、水竜のお爺ちゃんのがイーサンの予定を思い出した。

 “……子どもたちが寝る前に帝都に戻るんだったな。送っていくよ”

 水竜のお爺ちゃんはイーサンに、外泊したくないだろう?と気遣うと、イーサンは喜んだ。

「ありがとうございます。なるべく自宅に毎日かえって子どもたちと話をするようにしています。水竜の背に乗ったり、パンダに会ったりした、なんて言ったら、羨ましがられますね」

 こどもたちを引き取った生活を大切にしているイーサンにぼくたちは笑みが漏れた。

「ジャミーラ領に干渉しようとしている軍関係者の対応については、第二皇子殿下に進言しておきましょう」

 大岩についての情報を提供してくれたジャミーラ領の三人に便宜を図る約束をしたイーサンにジャミーラ領の三人の表情がほころんだ。


 水竜のお爺ちゃんの背に乗ってイーサンは帝都に戻ると、女の子たちはお婆とオーレンハイム卿夫人たちと大聖堂島の宿泊所に一泊し、男子は魔法の絨毯で雑魚寝することになった。

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