赤ちゃんフィーバー
三つ子が生まれてベビー用品が足りない事態に慌てたが、すぐに解決してしまった。
キャロお嬢様のベビー用品が下賜されたのだ。
領主様は『赤子はたくさん生まれてくる』と確かにおっしゃっていた。
精霊にきちんと聞いていたら、こんな事態にならなかったんだ……。
……シロはまだそこまで信用できない。
ぼくに不都合なことはしないはずなのだが、シロの選ぶ情報にそもそも偏りがある気がしてならないのだ。
キャロお嬢様のお下がりのベビーベッドは、天蓋付きで白地にピンクのお花が描かれたお姫様仕様の大きなものだった。
ベビーメリーを取り付けるために天蓋は外されてしまったが、他の二台よりも豪華すぎる。
赤ちゃんたちは三人そばに居ることを好んだので、ミルクを飲んだらこの豪華なベッドに三人で寝ている。
双子に備えて搾乳器とたくさんの哺乳瓶を用意していたので、お婆とマナさんと父さんと母さんは二交代のシフトを組んで、お世話をしている。
哺乳瓶用の食洗器をスライムたちが、オムツ用の洗濯機を猫たちが、張り切って稼働させるので、出番のないシロがむくれている。
家族の信頼を勝ち取ったら、きっと出番もあるはずだ。
赤ちゃんたちの名前は、濃紺の髪のつむじが、右寄りがクロイ、左寄りがアオイ、唯一の女の子がアリサとなった。
兄貴はすっかり赤ちゃんたちの虜で、今では三人に寄り添っている。
ぼくとケインは、赤ちゃんたちの首が座るまでは、大人の付添なしに抱っこは禁止だ。
だが、見ている分には構わないので、始終ベビーベッドのそばに居た。
それなので遠くなってしまった遊び部屋にはすっかり行かなくなってしまった。
味噌や醤油造りのときに懲りたはずなのに、キャロお嬢様を放置した形になったせいなのか、お嬢様が突撃してきた。
「かわいい赤ちゃんたちですね」
お嬢様はシロを横に座らせてモフモフしながら、赤ちゃんたちが三人並んで自分が使っていたベッドに寝かされているのを見て喜んでいる。
「みなさんには、まだないしょですが、わたくしもお姉さまになるのです」
エミリアさんの説明によると、キャロお嬢様のお母さんの妊娠は発表になったが、出産時期はまだ公表されていないので内緒話なのだ。
どうしてもうちの子育てが気になるので偵察に来たようだ。
オルゴール内蔵のベビーメリーを気に入り、お婆に発注しそうになったが、忙しそうなので思いとどまっていた。
「オルゴールと玩具を回転させる魔術具は、出来上がっているものがありますから、それでよろしければお使いください」
お婆はこういう事態を見越していたのか、玩具の部分がついていないだけの、金ぴかで豪華なベビーメリーを用意していた。
「ありがとうございます。実は、あつかましい質問がありまして………」
お婆を台所の方に連れて行って、搾乳機を胸に当てて使用方法を聞いたりしていた。
生々しい行動は、いつも冷静沈着なエミリアさんとは思えない。
「赤ちゃんはおっぱいを飲むか、寝てばかりいるのですか?」
「よく寝るけど、起きているときは、だっこをせがんでばかりいるよ。ぼくたちは赤ちゃんがもう少し大きくなるまで、だっこできないんだ」
ケインがお兄ちゃん面で説明をしている。
「こうやって、鈴のぬいぐるみを振ってやると、目で追いかけるよ」
赤ちゃんたちの視力ってそんなに早く物が見えるのだろうか?
兄貴がケインの後ろに回った。
なにかやったのか?
“……何もやってないよ。寄り添っていただけだよ。ケインの時もそうやっていたから問題ないはずだよ”
“………ご主人様。問題はございません。あれは音に反応しているだけです”
そうだよね。胎教音楽だってあるのだから、音は聞こえているよね。
みぃちゃんとみゃぁちゃんがぼくたちの足元にやってきた。
猫用のアーチ型の洗浄の魔術具を潜り抜けてから、ベビーベッドに飛び乗った。
「あれで、きれいにしないと赤ちゃんに近づかない約束をしたんだよ」
「これはべんりですね!うちのペットにも、ほしいですわ」
みぃちゃんとみゃぁちゃんは赤ちゃんたちに両側から寄り添うと、しっぽでお腹をポンポンし始めた。
「「「かわいい!!!」」」
冬の間にカメラを作っておけばよかった。
授乳時間になって赤ちゃんたちが連れ去られてしまうと、ぼくたちもおやつにした。
冷蔵庫に冷やしてあったプリンとあったかいミルクティーだ。
「このくちどけ、この黒いシロップ、ぜんぶ美味しいです」
キャロお嬢様の瞳が輝いている。
夜中に授乳する人の心と体の栄養のために各種スイーツをたくさん常備しているので、お土産に持たせても大丈夫だ。
「みなさん、お忙しいでしょうに、デザートまで作り置きがあるのですね。カイル君やケイン君が作っているのですか?」
本当はスライムたちも手伝っている。
「意外でしょうが、イシマールさんが手伝ってくれます」
「「!!」」
お嬢様もエミリアさんも、イシマールさんがエプロン姿でスイーツを作っている絵面が想像しにくいのだろう。
「イシマールさんは上手だよ」
イシマールさんは分量も火加減もレシピに忠実で、初見でも失敗作はないのだ。
「騎士団だけでなく、私たちにも作り方を伝授してほしいです」
エミリアさんがしみじみと言った。
そのうちお料理学校でも開こうかな。
キャロお嬢様たちと入れ違いに父さんが、やけに早く帰宅した。
ぼくをわざわざ父さんの工房まで連れて行くのだから、面倒な内緒事でもあるのだろう。
領主様からの無茶ぶりで孫が生まれる時にうちのように派手に精霊たちを飛ばしたいというのだ。
きっとまた夢で見たのだろう。
……自分でやればいいのに。
「お城には精霊神の祠があるのだから、きっかけさえあれば精霊たちは集まって来ると思うんだよね」
ぼくはシロに妖精型になって、話に参加するように命じた。
「私が行けば可能ですが、三つ子が生まれた時ほど大騒ぎをしてくれないでしょう」
「シロはカイルがいないと城には行かないだろ?」
「ご主人様のお側は離れません」
……ぼくは行きたくない。
「スライムに打ち上げ花火を出してもらえば、精霊たちもはしゃぎそうだけど、スライムが今後武器として扱われるようになるのが、嫌なんだ」
「うん。俺もその意見に賛成だ。蛍のような昆虫型の魔術具をいくつか打ち上げるようにしてみようか?」
なんだかおもしろそうな案だ。
「それでしたら、精霊たちも気に入ります」
「虫たちの動きを制御出来たら、空に幾何学模様を描き出せるよね」
小型ドローンのように、空をキャンバスにした素敵なショーができるだろう。
「それが実現するのなら、精霊たちも間違いなく大騒ぎします」
領主様のお孫さんの誕生は街を上げてのお祭りになりそうだ。
「父さん。作れそうかな?」
「難しくないから、すぐできるぞ。試作品さえ作れば、量産は人任せにするから問題ない」
「屋台の人たちに仕込みを多くするように言っといた方がいいよ。当日は空を見上げたら、誰でも見れるから、広場に人が集まるよ。商機を逃すのはもったいないよ」
「いつご誕生するかお知らせした方がいいですか?」
シロが人に聞く配慮ができるようになった!
成長したなぁ。
魔術具を作るタイムリミットがあった方がいい。
「教えてくれるかい」
父さんは迷わず聞いた。
シロが確認するようにぼくを見た。
ぼくも迷わず“いいぞ”と思念を送った。
「八日後です」
「大丈夫だ。間に合うぞ」
当日は家からも見えたらいいな。
「カイル。もう一つ大事な話がある」
真面目な顔で父さんが言った。
「お前の父方の村のその後だ」
胸の奥がドンと重苦しくなる。
要約してしまうと、冬を越えられるかが難しいとうちの家族が知った時点で、援助の計画が持ち上がった。
ただ、この冬を持ちこたえる援助をしても、自助努力ができなければ援助し続けることになるのを懸念していた。
だが、領主様もこの問題に着手されて、文官を派遣してくれたのだ。
村長は、村の共有財産を私物化しており、不正が明らかになり断罪された。
村長の大きな館は、本来は公民館で、怪我や病気の療養所や、図書室の開放、冬季間の学校も兼ねていたはずなのに、村人には知らされていなかったのだ。
村長を排除してもまだ派閥があった。
このまま食料を援助しても、一部の村人に搾取されてしまう可能性があり、村の体制そのものを変える必要があった。
そこで派遣された文官は、この冬の間に不自然な死亡者がいたら、春以降に進める新しい農作物の試験栽培にここの村人では不適格として、村人を鉱山の炭鉱夫にして、よそから農民を連れてくる、と通告したのだ。
冬を越すのに十分な援助をとある慈善家が申し出てくれたのに、一部のものが売り払って、私腹を肥やし、立場の弱いものが飢えるような村を支援などする必要がないと、強く主張して誓約書にサインさせたのだ。
その結果、汚職村長の親族以外から選ばれた新村長が、文官の残した指示書通りに、村人たちに薬草の仕分け方を学ばせたり、男たちの冬場の仕事として炭焼きをさせたり、子どもたちに読み書きの指導をしたのだった。
「文官が雪解けを待たずに村に乗り込むと、村人の表情が全く変わっていた、と言っていたぞ」
村人は老衰等の不可避な死者以外出すことはなく、課題を達成したのだった。
もうため池もできており、水源も確保できたので、農地の整備も終わった。
「土づくりも一応はしたが、本格的な稲作は初めてだからうまくいくかはわからないのだが、お前の種もみを少しだけ分けてやってほしいんだ」
……ぼくが魔力枯渇を起こしてまでつくった種もみが父の親戚の役に立つんだ。
「ぼくを拒否した親戚を恨んではいないよ。拒否してくれたおかげで、こんなに素敵な家族ができたんだ。性格悪いやつらだなとは思っても、野垂れ死んでしまえとも思っていなかった。ぼくには何もできないとしか思っていなかった」
だけど、この話を聞いて嬉しかった。
うちの家族がぼくに黙って援助していてくれたんだから。
「ぼくの種もみが父方の親族の役に立つのなら、分けてあげていいよ。でもね、ぼくからだって、言わないでほしいな」
父さんが渋い顔をした。
「別にわだかまりがあるわけではないんだ。村の皆が助かって良かったと思っているよ。ただ、あの人たちとはもうかかわりあいたくないんだ。あの時僕を引き取れなかったのは、村の事情で仕方がなかったことだし、ぼくが村から出たおかげで、村に支援の手が伸びたんだ。お互い気まずいから、そのままの関係でいいよ」
父さんはぼくの頭をぐしゃぐしゃに撫で繰り回した。
「おまえがそうしたいのなら、それでいいよ」
「ありがとう、父さん。村を援助してくれて」
「難しいことは、大人が考えればいいんだ。ジーンやお袋、物流の面でマナさんにメイさんも協力してくれた。子どもたちは楽しいことを考えればいい」
ぼくは声もなく涙が出てきた。
人のやさしさに、その行動力に、ただ感動した。
「村一つ分の援助なんて物凄くお金がかかったでしょう」
「……お金は、カイルがうちに来てから増える一方だよ。鳩の魔術具、魔獣カード、洗浄トイレ、製薬業、各種の醸造所、開発した下着の特許料、ああ、虹鱒の養殖も始めたぞ。おまえの仮市民カードを見てみたらいい」
父さんに預けていた仮市民カードには九桁と十桁の数字が記載されていた。
「多い方は家族の資産で少ない方がカイルの資産だ。魔術具の原案料に特許使用料もついているからこれからもどんどん増えるぞ」
おったまげた!
通貨の価値もわからないけれど、数字が大きいことはわかる。
「援助は俺とジーンとお袋の個人資産から出したけど、微々たるものだ。気にするな」
「ご主人様は大金持ちですよ」
ぼくはいつの間にか大成功していたらしい。
おまけ ~真夜中は誘惑の時間~
カイルが双子を同時に授乳するのは、おっぱいが二つあっても無理だから乳しぼり機を作ろうよ、と言い出した。
確かにあったら便利だが、どこからその発想が出てくるのだろう?
まだ幼児だから、おっぱいはご飯という認識なのだろう。
最近増えたママ友の知り合いのお子さんは、五才になっても夜にはおっぱいを飲んでいるそうだから、四才のカイルもおっぱいは赤ちゃんのご飯なのだろう。
妊婦の乳房を刺激しないように、お義母さんやマナさんに実験台になってもらったの。
哺乳瓶の時の失敗を参考にして、乳房と搾乳器の接着面から母乳がこぼれないように、三人でお風呂に入りながら、何度も検証したわ。
産後は乳房が大きくなるから、お義母さんの巨乳がありがたかったの。
事前準備は万端だったはずなのに、後産かと思ったら三人目が生まれてきた時は、私も驚いたわ。
お腹があんなに重たかったのも当然ね。
初めての女の子はクリクリの髪の毛でお義母さんに似た髪色の可愛い子で全ての苦労が吹き飛んだわ。
領主様からお孫さんのベビー用品をたくさんいただいたのだけど、高級だけど使いづらかったの。
実用品は見栄えだけではダメなのよ。
本当に足りないものだけ使わせていただくことにした。
真夜中の授乳は人手があるので、私が毎日起きる必要はないのだけど、赤ちゃんが泣くとお乳がはって起きてしまうものなのよ。
搾乳器でたっぷり絞ると、専用の魔術具にしまえば、あとは皆が片付けてくれる。
私は本当に恵まれている。
真夜中に目を覚ますと小腹がすくものでしょう?
冷蔵庫に深夜の授乳の人たちのために、美味しいものが沢山入っているのよ。
カスタードプリン、ミルクプリン、桃のゼリー、水ようかん……。
熱量を気にするなら、ミルクプリンか水ようかんよ。
メイさんが海藻から寒天を作ってくれたので、驚くほど美味しいのに熱量が低いの。
……でも、ゼラチンも美味しいの。
………カスタードプリンも捨てがたい…。
「「全部食べればいいじゃない」」
お義母さんとマナさんが究極の誘惑をしてきた。
「みんなで少しずつ食べましょうよ」
これで真夜中の誘惑問題は解決です。




