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軌道が語る歴史

「滑空場から飛行するスライムたちの速度が上がりましたね。大岩側のスライムたちと同じくらいの速さになりました」

 ジェイ叔父さんの報告に、ジャミーラ領の大岩の場所が特別だったのではなく、滑空場側のスライムたちに加速するために必要な飛行高度に達していないなどの問題がなかったのか?とぼくたちはデータを見直した。

「高度は大差ないですね」

「飛行予想ルートからずれている……あれ、この地点からタイルの飛行速度が上がっていますね」

 滑空場から大聖堂島に一直線上に飛行すると思われていたタイルの飛行経路は、実際に飛行した軌跡はこの世界も球体であることを証明するかのように弧線を描いていたが、滑空場から飛行した方は大聖堂島までに経由地点があるかのように弧線の軌道が一旦中折れしたようになっていた。

「……これは、かつて大岩が飛行していたルートではないでしょうか?」

 ダグ老師は、ジャミーラ領の他にも大岩の発着所があり大変栄えていたようだ、と口伝の伝説を持ち出して、滑空場から飛行したタイルはジャミーラ領とは別のルートに引き寄せられて大聖堂島に飛行しているのではないか?と仮説を披露した。

 兄貴とシロが頷いているということは間違いないだろうと思いつつもノア先生の見解を待った。

「そうですね、ありえますね。ジャミーラ領以外の大岩の発着地点というのは伝承ではどうなっていたのですか?」

「詳細については文字を失った時代に多くの文書を処分してしまったので、口伝が真実とは思えない状況になってしまっています」

 ダグ老師の前置きに、そんなものだ、とぼくたちは頷いた。

 “……大岩の発着所は……”

 魔本が精霊言語で嘴を挟もうとすると、みぃちゃんとみゃぁちゃんが、黙れ!まずは話を聞こう!と魔本を諫めた。

 大地震で地形が変化している現代と伝説との違いを押さえておく必要があるから、兄貴とシロが静観しているのだ。

 魔本もそこのところを踏まえてほしい。

 “……了解!私なりにまとめておこう”

「大聖堂島の教会都市が五つあるように大岩の発着所は五つあったと言われているが、当時の場所を発音できないうえに、大地震によって土地が大きく動いてしまったから、現在の場所を特定できないのです」

 ダグ老師はそう言いつつも、口に出せない音を抜かした発音で当時の地名を言い、地図上に、このあたりかな、と指で示した。

 ワクワクしながら見守ったぼくたちは、ダグ老師が示した場所と滑空場から飛行しているスライムたちの飛行経路が重ならなかったことに落胆した。

「大聖堂島からジャミーラ領と線対称の位置にあるキリシア公国にはそのような伝承はありません。ただ、大地が動いて山脈に囲まれた、という伝説がありますから、この山脈がこちらの山脈を押してキリシア公国が谷になったのだとすると、当時の大岩の発着場はもっと西の方だったのかもしれませんね」

 マリアの推測にぼくたちは頷いた。

「そうですね。ただ、ジャミーラ領に大地震の被害がなかったからといって、大聖堂島とジャミーラ領の距離が現在と同じとも言い切れないので、周辺地域の歴史も知りたいところですね」

 ケインの言葉に小さいオスカー殿下とジャミーラ領の三人は天を仰ぎ見た。

「帝国批判をするつもりはないのですか……」

 小さいオスカー殿下の前置きに、察しがついたぼくたちががっかりした表情になると、ダグ老師は笑った。

「ああ、そうなのです。王朝が変わると伝承の内容が史実と異なってしまったのです。私たちが受け継いでいることを迂闊に話してしまっては、私たちが国家反逆罪に問われてしまうのです」

 ダグ老師がぶっちゃけると、人間とは面倒な生き物だな、とパンダがぼやいた。

 森から出ないパンダには長生きしているのに世界の地形がどう変わったかなんてわからないだろう、とみぃちゃんが突っ込むと、この若造が、とパンダが舌打ちをした。

 歴史が時の為政者に書き換えられても、一族秘伝の口伝として残っているのは貴重だ。

 ……おや、ぼくたちは都合のいい場所に向かっているではないか!

「そこのところは心配いりませんよ。ぼくたちは間もなく教会都市の上空に入ります。教会都市は帝国ではありません。ぼくたちは国籍のない場で与太話をするだけです」

 ぼくが前方に見えてきた教会都市を指さすと、ハルトおじさんがゲラゲラ笑った。

「ああ、そうだな。教会都市はどこの国家にも属さない独立地域だ。おまけに私たちは正式な滞在許可のない宙ぶらりんな状態だ。魔法の絨毯の上で四方山話をしながら時間を潰すのに持ってこいではないか!」

 ぼくとハルトおじさんの話の意図を理解したジャミーラ領の三人と小さいオスカー殿下は、そうですね、と笑った。

「教会都市周辺の農村は緑豊かですね」

「なんだかんだで、この辺りも昨年より緑が深くなったんだよ」

 キャロお嬢様とウィルの話からジャミーラ領の三人は、教会都市から続く沿線の農村部の周辺にも緑がまばらに広がっている様を見て、昨年はその緑がなかっただろうことに気付き、首を小さく横に振った。

 ジャミーラ領の三人は自分たちがいかに帝国の現状を知らなかったかを理解したようで、魔法の絨毯から見下ろす景色に目を細めてからパンダを見遣った。

 “……ジャミーラの森が枯れてからでは遅いだろう?樹齢千年の木々は千年経たなきゃ樹齢千年にならないんだぞ”

 偉そうに当たり前のことを言う、とみぃちゃんとみゃぁちゃんがパンダに突っ込むと、ぼくと兄貴とケインは咳払いをして笑いを誤魔化した。

「パンダ殿が魔力を盗用しなければジャミーラの地もこのように影響を受けたのでしょうね」

「貴族に産まれるということは人一倍努力して土地に魔力を還元することを生まれながらに求められる。だからこそ、人様が手間暇をかけて作った物を自分の汗を流すことなく口にできる。自分なりに精一杯やるだけじゃ駄目なことがある。貴族がしっかりしなければならないのはもちろんだけど、私たちの国を発展させているのは貴族だけではない。よく目を開いて見聞きし、大切なものを見極めれば、守りたいものが守れるようになる」

 ハルトおじさんの言葉にパンダが頷いた。

 “……儂は森で本当に大切なものを守るために儂の森しか見ていなかった。世界がこんな風に枯れてしまえば儂の森だけ助かるわけなどないのにな。儂は見えていなかった、いや、考えようとしなかっただけか。棲み処を追われた魔獣たちが儂の森の周辺に集まるようになっていたんだから、本当に目の前まで問題が差し迫っていることに気付かなければならなかったんだ”

 パンダの独白にジャミーラ領の三人もムクドリの群れの数の多さを思い出して項垂れた。

「物流の拠点として、再び栄えることを夢見るのなら、ジャミーラ領の周辺の発展は必要不可欠です。この教会都市の周辺の緑の豊かさを見てください。この規模で現在の教会都市への巡礼者たちを賄っているのです。これから増える聖地巡礼者に対応できる物資をジャミーラの農産物だけでは賄えないでしょう」

 小さいオスカー殿下の言葉にジャミーラ領の三人は、これから増える巡礼者?と首を傾げた。

「聖地巡礼者は現在、大聖堂島への入島制限で限られていますが、ガンガイル王国の留学生たちの行動を真似れば強くなる、と思い込んでいる魔法学校生たちが聖地巡礼の申し込みに殺到しています」

 ジャミーラ領の三人は急増した魔法学校の冒険者たちを思い出したのか、ああ、と顔を顰めた。

「それがな、教会都市で屋上の大浴場の建設が流行って、まあ、大聖堂島まで渡れなくても教会都市を観光し、大聖堂島を拝もう、という人の流れができつつある」

 ハルトおじさんの話に、白亜の都市以外でも大浴場ができたのですか!とぼくたちも食いついた。

「ああ、各都市でアイデアを出し合って個性的な風呂を考え出している。まあ、教会都市全体で地下水が豊富だから水を利用した産業も順調だ。魚の養殖も虹鱒と海老は成功したぞ」

 ハルトおじさんは上空から、あの施設だ、と示す方向を見ると湿地帯で畑にならないところに水槽があり水鳥がおこぼれにあずかろうとたむろしていた。

「将来的には浮く水槽とかできたら面白いだろうね」

「大聖堂島の周囲を浮く水槽の中で魚が泳ぐ、なんて考えたらロマンがありますね!」

 ハルトおじさんの言葉にタイルに乗って飛ぶスライムたちを見ながらノア先生が興奮気味に発想を飛ばすと、呼吸!と助手に突っ込まれた。

「信じられないような夢物語なのに実現できそうな気になってしまいますね」

 ラグルさんの言葉にダグ老師とドーラさんは頷いた。

「他人事みたいに聞いていないで、しっかりしてください!ジャミーラ領近辺が豊かで物資を送れる余裕が出なければ、ジャミーラ領は物流の拠点として発展しないのですよ!」

 小さいオスカー殿下の叱責にジャミーラ領の三人はハッとした表情になった。

「そうですね。各地からタイルを飛行させて、現在の地形でどこが最適な飛行ルートなのかを解明したらジャミーラ領よりいい発着場が見つかるでしょうね」

 冷静なジェイ叔父さんの言葉にぼくたちは頷いた。

「物資を運ぶだけなら、逸れたルートから飛行させても問題なさそうですよね。キリシア公国からも試してみませんか?」

 マリアの提案に、いいね、とノア先生は頷いた。

「我々はとことん考え方をあらためなくては、時代の流れに取り残されてしまいますね」

 ラグルさんの呟きに、周辺地域と共に発展することの必要性を実感したドーラさんが頷いた。

「ああ、一足先に滑空場から飛行したスライムが大聖堂島上空に到着したようです。可動橋の検問所に向かい下降しています。スライムたちは待ち受けているジュンナやオーレンハイム卿夫妻たちがいる噴水広場に自力飛行する許可を求めています」

 ジェイ叔父さんの報告に、ノア先生の顔は興奮で一気に赤くなった。

「自力飛行を許可する!やったー!予定時刻よりずっと速いじゃないか!大成功だ……、ああ、呼吸、呼吸!」

 深呼吸をしたノア先生は両手で頬をバシバシ叩き、湧き上がる喜びを存分に味わった。

 大岩から飛行したスライムたちも可動橋の検問所に向かって高度を下げ始めると、噴水広場を目指して自力飛行に切り替えた。

 高高度から両者を見守っていた水竜のお爺ちゃんは役目を終えて魔法の絨毯に合流し、スライムたちが噴水広場に近づくと地上から歓声が上がった。

 噴水広場で待ち受けていたのはお婆たちだけでなく、教皇や教会関係者と治安警察と行商人の顔なじみの面々だった。

 高度を下げるスライムたちは誇らしげに胸を張り触手を伸ばして手を振って地上からの歓声に応えている。

 スライムたちがひらひらと木の葉が落ちるようにお婆たちのところに着陸すると、大歓声が沸き上がった。

「魔法の絨毯はこの高度で停滞飛行させておきますね」

 ぼくのスライムの分身が操縦を代わると、ジャミーラ領の三人とパンダは、どうやって下りるのか!とギョッとした表情になった。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの首輪の陰からひょこっとみぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちが顔を出すと、スライムの一本釣りで降りるのか!とジャミーラ領の三人とパンダは顎を引いてぼくたちを見た。

 二匹のスライムたちが魔法の絨毯の端で二基のエレベーターに変身すると、ジャミーラ領の三人とパンダは目を丸くした。

「昇降機の魔術具のようなものですよ。教皇猊下にご挨拶して来ます」

「いってらっしゃい!」

 唖然とする三人とパンダを尻目にハルトおじさんはにこやかにぼくたちに手を振った。

「さあ、四方山話を始めましょう!」

 ぼくたちがスライムのエレベーターに乗り込んでいると、水竜のお爺ちゃんと顔を見合わせ満面の笑みを浮かべたハルトおじさんがダグ老師に詰め寄った。

 ガンガイル王国の子どもたちから奪った魔力で安穏と暮らしていた代償に、ハルトおじさんはダグ老師から情報を搾り取るだけ搾り取る気なのだろう。

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