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いざ検証!

「なんだかんだありましたが、時間通り検証を始められそうでよかったですよ」

 女子寮監ワイルドが持たせてくれたお弁当のおにぎりをかじりながらノア先生が言った。

 大岩の場所が森の聖地ではないとパンダに明言されたので気を使うこともなく大岩の前でお弁当を広げて、出発前の栄養補給とばかりにスライムたちもお握りを頬張っていた。

「昨日のうちに白砂を精製してパネルを制作してしまうなんて、手際がいいですね。おや、これは酸っぱい!でも美味い!」

 梅干しのお握りに顔をくしゃくしゃにしたダグ老師はそれでも気に入ったようで、食べる速度が速くなった。

 ラグルさんは梅干しが苦手だったようであからさまに避けて食べていると、ぼくのスライムが触手を伸ばして取り除くと、安堵の表情になった。

「梅干しは疲労回復の食べ物ですから、スライムたちが食べた方がいいですね」

 ぼくの言葉にスライムたちと同時に朝から走り回ったダグ老師が頷いたのでぼくたちは笑った。

「そろそろ滑空場の夜明けの時間ですよ」

 太陽の位置から飛行魔法学の滑空場の夜明けの時間を計測したジェイ叔父さんがスライムたちに準備するように促した。

 今回の検証ではスライムたちがそれぞれ自分の乗れる単位のタイルに乗り大聖堂島を目指す飛行をする。

 ぼくとケインとジェイ叔父さんのスライムは、光る苔の洞窟の水をがぶ飲みしているし、ぼくとケインとハルトおじさんのスライムは魔獣カード大会で神々のご加護を得ているので規格外のスライムに分類されている。

 規格外のスライムたちは本体ではなく、それぞれ分身をタイルに乗せて滑空場からの飛行と大岩の前からの飛行との両方の検証飛行することになっている。

 大岩前から飛行するのは、ぼくとケインとジェイ叔父さんとハルトおじさんのスライムの分身たちと、キャロお嬢様とミーアとボリスとウィルのスライムたちだ。

 ぼくとケインのスライムが乗るタイルは昨晩、試作したばかりの大岩の白砂のタイルに急遽変更になった。

 滑空場から飛行するのはケインとジェイ叔父さんとお婆とハルトおじさんのスライムたちの分身と、オーレンハイム卿夫妻のスライムたちだ。

 滑空場側のタイルに乗るスライムたちの護衛は蝶に変身したぼくのスライムの分身が担当し、大岩から出発するスライムたちの護衛はキュアが担当することになっている。

 水竜のお爺ちゃんは高度を上げて両方を広範囲に見張り、有事の際に駆けつける役割を担当する。

 飛行魔法学の面々は魔法の絨毯でスライムたちのタイルの情報を分析しながら追尾することになっていた。

 時間が来たので広げていたお弁当を手早く片付けると、魔法の絨毯を広げた。

 スライムたちが自分の乗るタイルの横で待機すると、ぼくたちも魔法の絨毯に乗り込み、それぞれが担当する計測器の魔術具を起動させた。

 配置についた面々が準備万端のハンドサインとして右手を上げて親指の人差し指でL字を作ると、ちょっと待った!とダグ老師が声をあげて魔法の絨毯に乗り込んだ。

「お願いします!この検証を私にも見届けさせてください!」

 魔法の絨毯の上でダグ老師が土下座をすると、ノア先生と助手が頭を抱えた。

「ダグ老師が同乗するのなら私も行こう!」

 領城からついてきたハルトおじさんがこの流れに便乗すると、六日分の聖水を事前に購入して大聖堂島への訪問に備えていた面々が、ルール違反だ!と突っ込んだ。

「いや、魔法の絨毯の上で待機して大聖堂島へ降り立たなかったら、別に聖水を飲まなくてもいいんじゃないかな?」

 ハルトおじさんが抜け道を提案すると、それはそうだ、とラグルさんとドーラさんとパンダまで魔法の絨毯に乗り込んだ。

 まあ、大聖堂島に降りなければ大聖堂島を訪問したとは言えないのは事実だ。

 “……どうせ行くならみんなで行こうよ!”

 水竜のお爺ちゃんの精霊言語に背中を押されたノア先生は頷いた。

「もう予定時間だ。……これで出発しよう!」

 ノア先生の言葉に応じたスライムたちが一斉にタイルに乗った。

 スライムたちがタイルに魔力を流すと浮かび上がったタイルは、大聖堂島の方向へと上昇しながら進んでいった。

「滑空場のスライムたちも飛行を開始しました。順調に高度を上げています」

 滑空場から飛行するスライムたちのタイルの高度を計測する魔術具を覗き込んでいたジェイ叔父さんが報告した。

「魔法の絨毯も飛行開始します」

 魔法の絨毯の操作を担当するぼくは魔法の絨毯を垂直に上昇させ、スライムたちより上へと高度を上げた。

 全体を統括するノア先生が魔法の絨毯に初めて搭乗したジャミーラ領の三人に飛行中の注意事項を告げる間も、徐々に高度を上げるスライムたちに合わせてぼくは魔法の絨毯の高度を上げた。

 古の時代に思いを馳せたダグ老師が感動で涙を流しブツブツ何か言っていたが、聞き流したぼくたちはスライムのタイルの飛行速度が予測より加速していることに驚いた。

「滑空場から飛行している方は予測通りですね。これだと、滑空場より大岩からの方が大聖堂島までの距離があるのに同じくらいの時間に到着することになるかもしれませんよ」

 ケインが計算機を片手に予測を修正すると、それは加速し続ける前提でしょう、とキャロお嬢様に突っ込まれた。

 “……滑空場の方のスライムたちの進路予想地点に渡り鳥の群れがさしかかりそうだ”

「了解!スライムたちに回避行動の準備に入らせます!」

 水竜のお爺ちゃんの警告に応答したジェイ叔父さんを見て、ジャミーラ領の三人は、どうやって遠方にいるスライムたちに指示を出すのか、と訝しがった。

 “……スライムたちが分裂しているからこっちのスライムが理解したら、あっちのスライムが理解するに決まっているだろう”

 人間は馬鹿だなぁ、と言いたげにパンダが精霊言語で説明すると、みぃちゃんとみゃぁちゃんが、お前だってうちのスライムたちを見るまでスライムの能力を知らなかったじゃないか!と人間には聞こえない精霊言語で突っ込んだ。

「渡り鳥の群れをどうやって回避するんだい?」

 ハルトおじさんの質問にノア先生が応えようと口を開きかけると、大岩側にも鳥の群れが接近する恐れあり!と水竜のお爺ちゃんの警告が出た。

「見てもらった方が早そうですね」

 山の緑の濃さが変わるジャミーラ領の境界あたりの森から真っ黒い雲のような小鳥の群れがスライムたちの乗ったタイルに向かって飛んできた。

「あれはムクドリだな。害虫を食べてくれる益鳥なのだが、果実をごっそり喰い荒らすこともあるから害鳥とも言えなくもない」

 “……だから、収穫期には果樹園側から追い出してやっているだろう。うるさいし、食べ方が汚いから収穫の終わりごろまで我慢させているんだ”

 ダグ老師のムクドリの説明にパンダが口を挟んだ。

 果樹園まで守っていただき、ありがとうございます!とジャミーラ領の三人がパンダにひれ伏した。

 あの大量のムクドリが果樹園に侵入したら確かに汚く食い散らかされてしまうだろう。

 護衛役のキュアが警戒するなか、スライムたちはあらかじめ決められていた役割で回避行動に出た。

 キャロお嬢様とミーアのスライムは体をプロペラに変形させて急上昇し、ムクドリの群れの動線から離れる選択をし、ウィルとボリスのスライムはムクドリの群れが近づいてからギリギリかわす選択をし、ジェイ叔父さんとハルトおじさんのスライムはなすがままぶつかってみる選択をすることになっている。

 ぼくとケインのスライムは大岩の土地から採取した白砂のタイルで飛行しているので、条件が異なるから自由行動をすることになっている。

 ムクドリを大きく回避したキャロお嬢様とミーアのスライムが乗ったタイルは、回避しないことを選択したジェイ叔父さんたちのスライムより速度が下がり後れを取った。

 スライムたちを警戒するように何度も旋回してくるムクドリの群れを寸前で回避するウィルたちのスライムたちも若干の遅れをとった。

 何もしない選択をしたジェイ叔父さんとハルトおじさんのスライムたちは交差するムクドリの群れとなぜか接触することがなく、順調に速度を落とさず飛行した。

 ぼくとケインのスライムたちはムクドリの群れと一緒に飛行し、精霊言語で今回の検証の趣旨をムクドリたちに説明していたが、ムクドリたちはスライムの群れが空を飛びまわる事態に理解が及ばずパニックに陥っていた。

 “……あんたらは自分の縄張の魔獣しか知らないだろうけれど、世界にはいろいろな魔獣がいるのよ!変な板に乗ったスライムがたくさんいるくらいで、パニックになるんじゃありません!”

 キュアが一喝すると、飛竜もいたことに気付いたムクドリたちは、これは敵わない、というかのように森へと戻っていった。

 “……あいつらは集団でうるさいけれど一喝したら何とかなるんだ。そう言えば、人間もあんまり変わらなかったな”

 パンダのぼやきに、みぃちゃんとみゃぁちゃんは、人間を敵に回すと厄介だから止めた方がいいよ、珍獣狙いで森ごと焼き払おうとする権力者が現れるかもしれないよ、とパンダを諫めた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの苦言が聞こえないジャミーラ領の三人はパンダの言いように苦笑した。

「滑空場側のスライムたちも渡り鳥を回避しました。こちらと同様に回避しないスライムたちは速度を落とさず順調に飛行し、回避行動をしたスライムたちが後れを取っています。後れを取ったスライムたちが自力で加速して追いつくことを要求しています!」

 ジェイ叔父さんの報告にキャロお嬢様とミーアが、自分たちのスライムも加速したがっている、とノア先生に訴えた。

「スライムたちのストレスになっても可哀想だから、加速を認めてもいいんじゃないでしょうか?」

 若干の遅れをとったウィルのスライムも訴えているようで、ウィルがノア先生に尋ねると、ノア先生は頷いた。

「二つの班の状況を見ても回避行動をしなくても鳥との衝突はなさそうなので、この検証で以後、回避行動は選択しない。スライムたちは後れを取った分だけ加速して先頭に追い付くことを認めます」

 タイルの飛行に身を任せて大聖堂島を目指す検証だが、鳥との衝突を避ける行動をとったことでスライムが舵取りをしてしまったのだから、追いつくために加速するのは認めよう、とノア先生は判断した。

 ノア先生の言葉に後れを取っていたスライムたちは嬉々として加速し先頭に追い付くと、流れに身を任せた。

「いやはや、凄いものを見せてもらっています」

 統制の効いたスライムの動きに感心するドーラさんに小さいオスカー殿下は頷いた。

「スライムたちは凄いのですよ。昨年度の競技会で最優秀選手賞をいただきましたが、実際のところあの大会で一番活躍したのはスライムたちでしたよ」

 小さいオスカー殿下の言葉にぼくたちが頷くと、スライムたちが戦うのかぁ?と今一つイメージできないのかジャミーラ領の三人は首を傾げた。

「見てください!これが帝国の現状ですよ」

 小さいオスカー殿下は、ジャミーラ領周辺を抜けると地上の緑がまばらになる現状を見るように、とジャミーラ領の三人に促した。

「これでもだいぶ回復した方ですよ。私が初めて魔法の絨毯で飛行した時は、砂漠がたくさんあったものです」

 ノア先生の言葉に、滑空場で砂まみれになった過去を思い出してぼくとウィルと兄貴が笑うと、あの時は酷かったな、とノア先生も苦笑した。

 申し訳ない、とパンダが魔法の絨毯に頭をこすりつけてノア先生に土下座した。

 ノア先生は滑空場の護りの結界からもパンダが魔力を盗んでいたことに気付き、ああ、とパンダを睨んだ。

 顔を上げたパンダは潤んだ眼で顎を引き小首をかしげ、許してくれ、とノア先生に懇願すると、ノア先生は溜息をついた。

「検証が終わってから考えよう」

 処分保留にされたパンダは舌打ちした。

 “……カイルは精霊たちには気前よく魔力を分けてあげるじゃないか!”

「命の恩人と恩人の友人に優しくするのは当たり前だよ」

 光る苔の洞窟まで誘導してくれた精霊たちの友人の精霊たちと泥棒パンダと扱いが違うのは当然じゃないか。

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