ジャミーラ領城の晩餐会
領城での部屋分けがお姫様たちと男子が別の階に案内されたのは想定内だったので、魔獣たちが女子の階の廊下をうろうろしてパトロールを担当した。
お姫様たちが晩餐会の支度におおわらわになっているころ、小さいオスカー殿下とアーロン以外、明らかに従者用の大部屋を割り当てられたぼくたちは、採掘した土から白砂を発見し大喜びしていた。
それでも。お姫様たちが支度を終える前にはぼくたちも身支度を終えており、ハルトおじさんがぼくたちのサッシュにいつの間にか増えた勲章をつけてくれた。
支度を終えたノア先生と階段横のホールで合流すると、ぼくたちのサッシュにつけた勲章の多さを見て苦笑した。
「いや、本当にそれだけの功績を残していることを知っているから、空恐ろしいのですよ」
サッシュに一つだけ勲章をつけたノア先生の呟きを聞きつけた魔獣たちが笑った。
「私も帝都魔術具暴発事件の叙勲しかありませんが、あの時より、休暇中に魔力不足の領の地を訪問して魔力奉納をして回った旅のことの方が誇らしい気分になります。皇族だから当たり前の行動なのかもしれませんが、地道にすべきことをしていることを誇りに思いたいのです」
小さいオスカー殿下は、勲章の数ではなくノア先生の長年の研究に誇りを持とう、とノア先生を励ました。
「お待たせいたしました。姫様たちの支度が整いましたよ」
アンナさんの前触れの後、美しいドレスで着飾ったお姫様たちが合流すると、ぼくたちにお茶を振る舞っていた領城の使用人の男性たちがゴクンと生唾を飲み込んだ。
既婚者の使用人を女子寮監ワイルドとクレメント夫人が手配していたはずなのに、城に勤める男性たちがあまりにも女性に免疫がなさすぎるのか、お姫様たちを直視できずに頬を赤らめた。
晩餐会では飛行魔法学講座の実習生というより、国を代表する公人として国力を誇示すべく立場にあるお姫様たちは、高級な生地をふんだんに使用したドレスを身に纏っており、美少女ぶりをあげていたせいなのかもしれない。
ぼくとウィルがマリアとデイジーをエスコートするのは卒業記念パーティーの延長の流れで、成り行きでケインがキャロお嬢様を、ボリスがミーアをエスコートすることになった。
ジャミーラ領で一番注目を浴びる立場の小さいオスカー殿下が女子寮監ワイルドをエスコートすると、身長差がある凸凹カップルにもかかわらず、エレガントに殿下に手を添えた女子寮監ワイルドの気品に不思議と不自然さが掻き消されていた。
ノア先生がクレメント夫人を、助手がアンナさんをエスコートし、仮面の紳士ジェイ叔父さんがアーロンに手を差し出すとアーロンは苦笑しつつ並んで晩餐会の会場に向かった。
案内された晩餐会の会場に入ると、参加者たちの総立ちの拍手で出迎えられた。
お姫様たちの入場に、おおおおお!と歓声が上がり、ぼくたちは緊張した面持ちで歩いていたが、ジャミーラ領領主の隣の上座にパンダが起立して拍手をしているのを見ると即座に腹筋と表情筋に身体強化をかけた。
どういう前振りがあってパンダが上座にいることに参加者たちは納得しているのだろう?
“……ご主人様。聖獣パンダとしか紹介されていません。むしろジャミーラ領の貴族たちからすれば魔獣たちを伴って晩餐会の会場に入ったご主人様たちの方が非常識に見えています”
先頭を歩くキャロお嬢様とケインは着飾った正装の肩にスライムたちを乗せ、みゃぁちゃんと水竜のお爺ちゃんを伴っているし、スライムを肩に乗せたぼくはマリアをエスコートし、その両側にみぃちゃんとシロを従え、頭の上をキュアが飛行している。
案内された席にはパンダが用意させたのか魔獣たちの席もあった。
テーブルの上にはスライムたちのための場所が空いていた。
魔獣たちに城内を闊歩させる許可を取っていたとはいえ、晩餐会会場では魔獣たちをテーブルの下に待機させるつもりだったのに、ジャミーラ領に滞在中ぼくたちに不快な思いをさせないようにワイルド上級精霊に約束させられたパンダはずいぶん頑張ったようだ。
準備をした使用人たちはきっと戸惑っただろう、と思いつつも、これほどの規模の晩餐会に領主夫人はおらず、参加者の誰も夫人を伴っていないことが、ぼくたちには不可思議に感じた。
最愛の女性たちを隠しておこうとするジャミーラ領の慣習は、今までの皇帝の方針と相性がよかったのだろう。
ジャミーラ領の人々は時代の流れをまだ察知していない印象をぼくたちは持った。
軍関係者たちは晩餐会に間に合ったようで、ぼくたちが自分たちより上座にいることにあからさまに不機嫌な表情をしていた。
飛行魔法学講座の実習に視察を割り込んだ分際で太々しい態度なのだが、ぼくたちの後に紹介されたハルトおじさんが主賓の席に着くと、軍関係者たちは、なぜだ?という表情をした。
ガンガイル王国の未成年たちの魔力を借用して領地の魔力の減少を免れていたジャミーラ領領主は、子どもたちの間で話がついたこととは別に対処しなければならないことがあるので、ハルトおじさんを主賓にしなければいけない裏事情があるのだ。
ハルトおじさんが着席すると領主からの挨拶があった。
挨拶の冒頭で、飛行魔法学講座の実習生たちは留学生が多く、多種多様な食材が提供され調理法も伝授してくれたので晩餐会のメニューが特別なものになった、と感謝した。
祠巡りの後、領城に残っていたエンリコさんやバヤルさんと御者が、持参した食材の調理法がわからないでしょう、と晩餐会のメニューを変更させたらしい。
ジャミーラ領の伝統料理はちょっと残念な味付けだから変更になってよかった、と小さいオスカー殿下は小声で呟いた。
領主が続けた挨拶で、飛行魔法学講座の検証が大岩伝説のあるジャミーラ領で行われる意義を長々と説明する間、料理や飲み物が配膳された。
ここでもまだパンダが上座にいる説明がされなかった。
招待客代表挨拶はノア先生ではなくハルトおじさんが指名された。
「領城へのご招待、ならびに、私たちを歓迎してこのような素晴らしい晩餐会を開いていただき、誠にありがとうございます。明日から本格的に飛行魔法学講座の検証が始まります。検証では私たちが到着した時のような大きな飛行魔術具や天馬が飛ぶわけではなく、小さなタイルにスライムが乗り大聖堂島に向けて飛行いたします。今回の検証でガンガイル王国の魔獣が多く活躍するため、皆様に馴染みのない魔獣たちがジャミーラの地に入ることになるので、こうして私がご挨拶に伺いました。飛行魔法についてのご質問はノア先生に、魔獣たちについての質問は私がお答えいたします」
ハルトおじさんは右掌に自分のスライムを乗せて自慢するように晩餐会の参加者たちに見せびらかした。
ハルトおじさんのスライムが、よろしく、というかのように触手を人間の手の形にして親指を立てて挨拶したことに、おおおおお!とジャミーラ領の人々は感嘆の声をあげた。
幻の聖獣パンダがジャミーラ領の上座に鎮座し、ぼくたちが魔獣たちを伴って晩餐会に参加したのは魔獣が検証の主体になるからだ、とジャミーラ領の人々は勝手に解釈したようだ。
ガンガイル王国の魔獣と強調したことで、晩餐会の主賓扱いされる正当な理由を明言したハルトおじさんを軍関係者たちは苦虫をかみ潰したような表情で見た。
強引に割り込んできた両者だが、ハルトおじさんには正当性があるが、現状では軍関係者たちはただの野次馬にすぎない。
乾杯の音頭を振られたノア先生が、大岩を守り続けたジャミーラ領に感謝の言葉を述べると、ジャミーラ領の人々は誇らしげに頷いた。
「神聖なる杜に鎮座する大岩から、大岩伝説を再現するかのような検証を、杜を守る聖獣パンダ殿が見守るなか行えることに、たいへん感激しています。明日の検証の成功を祈願して皆様と乾杯させていただきます。ご起立願います」
誰も触れなかった上座に鎮座するパンダについて言及したノア先生の発言に、今回の検証のために山から下りてきた聖獣パンダ、という役回りが判明した。
伝説の杜を守る聖獣パンダ様がこのためにお姿を現したのか!と参加者たちが騒めきながら起立した。
“……儂は神聖なる杜を守りし聖獣パンダ!此度の飛行の検証は古の時代の飛行術を現代に応用した技術の検証で、森を騒がせるものではない。だが、森の奥の聖地に関係者以外が立ち入ることを、儂は認めない。検証の成功の鍵は余計な人間が首を突っ込まないことだ!”
起立したパンダが精霊言語で軍関係者に釘を刺すと、参加者たちは一斉に軍関係者たちを無言で見た。
「聖獣パンダ殿の許可もいただきました。では皆さんグラスを手にしてご唱和してくださ……」
“……乾杯!”
器用にグラスを手にしたパンダがノア先生の乾杯の音頭を奪ってしまったが、参加者たちは自領の聖獣パンダの音頭に合わせて乾杯をした。
ハチャメチャな出だして始まった晩餐会は、ガンガイル王国から提供された食材による海鮮料理や、キリシア公国からの乳製品をふんだんに使用したピザや、東方連合国からのスパイスの効いた辛い料理に舌鼓を打った参加者たちに大好評だった。
内向き志向が強すぎて外国の文化について無知だったことを、食文化で知るのも面白い。
料理が進むと席を立つ人たちも出始め、ノア先生やハルトおじさんの席には質問したい人たちが列をなしたが、自分の番を待つ間に器用にカトラリーを駆使して料理を堪能する魔獣たちを見て喜んだ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは食事を堪能するというより、席を用意してくれたパンダに精霊言語でカトラリーの使用方法を教えていたのでとても美しい所作で食べていた。
普段は触手で手づかみのスライムたちもカッコつけてカトラリーを駆使していた。
人々は魔獣たちの所作に目を奪われつつも、美しいお姫様たちをチラ見して赤面している。
小さいオスカー殿下にお姫様たちを紹介してもらうために青年たちが殿下の席のそばをウロウロするが、女子寮監ワイルドの存在感に圧倒されて近付けないでいた。
危惧していた独身男性の言い寄りがなさそうなことに安堵したぼくたちは、聞き耳を立てることに集中した。
魔獣たちが参加する晩餐会を、文化の違い、とハルトおじさんは大法螺を吹き、聖獣パンダの生態とは?領内にパンダの安息地があるのか?などと逆に質問を連発して質問者たちを困らせていた。
ノア先生のところに検証の進捗状況を聞きに来た軍関係者たちに、明日の飛行実験の際に帝国軍から地上攻撃の誤射がないように、とノア先生が逆に念を押していた。
研究中の新素材はジャミーラ領に本当にあるのか、とジャミーラ領の人々にノア先生は何度も尋ねられたが、取り決めの内容を領主が公式発表するまであったとは言わないことにしていたから、ありそうな気がします、と曖昧な返答に留めていた。
デザートのかぼちゃタルトが配膳されると、飛行魔法学の滑空場の農場で収穫したものだ、と話題を農産物に移し、ジャミーラ領の特産品は何か?と話をすり替えてノア先生は大事なことを全てはぐらかした。
「明日は早朝礼拝前に祠巡りをしますから、私たちはここで中座いたします」
朝が早いから、と小さいオスカー殿下が退席する言い訳を口にすると、よきに計らえ、と上座からパンダがぼくたちに手を振った。
後のことはハルトおじさんに任せ、参加者たちの拍手に見送られた飛行魔法学講座一行は会場を後にした。
晩餐会の会場を出ると、スライムたちの分身がぼくたちの部屋に忍び込もうとしていた不届き者たちを縛り上げ、長い廊下にシャンデリアのように天井から吊り下げていた。
「身元は多種多様なようですね」
女子寮監ワイルドが次々と誰の手先による誰なのか身元を言い当てていくと、呼ばれた侵入者たちにぼくのスライムの分身が死なない程度の電流を流した。
“……大切な賓客の部屋に侵入しようとした不届き者にはもっと厳しい厳罰をくだせ!”
会場から飛び出してきたパンダが精霊言語でまくしたてると、領主一族も飛び出してきて、上を下への大騒ぎになった。
ぼくのスライムが捕縛した侵入者たちの半数がジャミーラ領の若手貴族でもう半数が軍関係者の従者だったことに、なんてことだ!とラグルさんが頭を抱えた。
「付文のようなものを手にした若者もいますが、年頃のお姫様のお世話をさせていただいている身としては、こういったものは迷惑千万です」
女子寮監ワイルドの冷ややかな発言に、申し訳ございません、と領主が頭を下げた。
こうして、領城内に潜むヘンタイとスパイを一晩かけて炙りだす作戦は、晩餐会の時間だけであっけなく終了してしまった。




