ダグ老師の聴力
パンダの告白にハルトおじさんはいつものニヤリとした笑みを浮かべ、なるほどね、と呟くと、不穏当な気配を察したジャミーラ領の三人は正気に戻った。
「結界の根から魔力を奪ったのか。それでも、ガンガイル王国の結界には呪詛返しの魔法陣が施されているはずなのによく掻い潜ったな」
“……ご主人様。ガンガイル王国の護りの結界にはラウンドール王国崩壊を反面教師として結界に侵入されると相手を呪う魔法陣が施されています”
ハルトおじさんの言葉をシロが補足説明してくれるとぼくとケインが頷いた。
“……だから、カイルの魔力は特別なんだ。慈悲深いカイルは、大地の神に自国に留まらず魔力不足にあえぐ精霊たちに向けて魔力奉納をするから国境を越えて広く世界に広がるんだ。よそにあげる魔力なんだから儂がもらってもいいだろう、とまあ、そのほんの少しだし……”
ガンガイル王国の護りの結界から魔力を奪ったのではない、とパンダが精霊言語で言うと、ジャミーラ領の三人は胸をなでおろした。
ガンガイル王国の護りの結界からジャミーラ領の護りの結界へと魔力を盗用していたとなったら、皇帝を飛び越えてジャミーラ領にだけ宣戦布告できる事案だったため、ガンガイル王国からは盗用していない、というパンダの言葉に安堵したのだろう。
それでも、ぼくが魔力奉納をしていた魔力を少しずつ盗用していたとなれば、あからさまな我田引水の事案だから袋叩きになることを悟ったジャミーラ領の三人は神妙な表情を保った。
安堵しつつも緊張感を保ったジャミーラ領の三人を楽しそうに見たハルトおじさんが口角をグッと上げると、ジャミーラ領の三人の背筋がピンと伸びた。
水竜のお爺ちゃんに腰を癒してもらったダグ老師の背中は骨盤が立ってまっすぐに伸びている。
「クラーケン撃退後のオーレンハイム卿のご子息の領地での魔力奉納といえば、ぼくやボリスもしたよね」
ぼくとハルトおじさんだけを警戒していたジャミーラ領の三人が、君たちも被害者か!とウィルとボリスを見遣り、そうです、と肯定するようにパンダが天を仰ぎ見た。
「パンダのこの様子から察すると盗用したんでしょうね」
呆れたようにアーロンが突っ込むとジャミーラ領の三人はがっくりと肩を落とした。
“……このパンダのあくどいところは大量に販売された土壌改良の魔術具からカイルの魔力を抜くだけでなく、世界中に張り巡らされた教会の結界の魔法陣からカイルの魔力を見つけると、そこからも魔力を引きだしている、と精霊たちが密告しているぞ”
尋問に慣れている水竜のお爺ちゃんが精霊たちの囁き声を聞き逃さず畳みかけるようにパンダを追い込むと、パンダはお重をテーブルの中央に押して上半身をテーブルに伏せた。
“……だって、こんなに温かくやわらかな魔力なんだもん。小柄な少年だからと控えめにほんの少しだけ魔力をもらったら、もっと欲しくなるものでしょう?”
パンダの精霊言語での主張に、ショタ?とミーアの口が声を出さずに動いたことをぼくは見逃さなかった。
ショタって言葉がこの世界に存在しているのか!
“……ご主人様。寮生たちが作る薄い本の中にオネショタという分類がありますが、おそらく本件には当てはまりません”
ぼくの疑問にシロが即答した。
この世界にも多種多様な薄い本が存在することは大歓迎だけど、ぼくとパンダのからみは嫌だ。
「欲しいからといって、大地の神に魔力奉納したカイルや友人の少年たちの魔力を盗むことは人間社会では認められない」
“……神々に奉納された魔力を盗用することは魔獣の世界でも認められないよ。見つかったら丸焼きにされてもおかしくない”
ハルトおじさんの叱責に水竜のお爺ちゃんも賛同した。
この話の流れに恐縮しきっていたジャミーラ領の三人は節操なしにぼくの魔力を狙っていたパンダに呆れた視線を向けた。
「パンダがくすねたぼくたちの魔力は、そもそも滞在先へのお礼に奉納した魔力だったり、魔術具の初期起動のための魔力だったりするわけだから、この盗用を公にしたら各地からジャミーラ領に補填を求められるかもしれませんね」
ぼくの言葉に飛行魔法学講座の面々は頷きジャミーラ領の三人は青くなった。
「なるほど、この場で公にすることなく解決することで、この問題を帝国中に広げないようにするのか」
ノア先生の言葉にジャミーラ領の三人の顔色にうっすらと血の気が戻った。
「落としどころとして新素材の領外持ち出し分をカイルが独占購入する契約を結んでおけば、軍関係者の口出しを拒めるじゃないか」
いい話だ、とハルトおじさんが締めくくると、ラグルさんは眉を寄せた。
「カイル君に独占販売する理由の説明ができません」
「だから、今、見つかってもいない素材の話をしていることを念頭においてください。ぼくたちは大岩のそばの土地の掘削許可を求めていますが、保留になっていますよね」
ジャミーラ領の三人が頷いたので話を続けた。
「この状況下で許可しない、なんて太々しい態度をするのなら、本国と相談せねばならないな」
ハルトおじさんが呟くとダグ老師は俯いた。
「まあ、掘削できたら、という前提で話しますが、それでも新素材が発見されるとは限らないわけですよね」
ジャミーラ領の三人は頷いた。
「だから、あるかないかわからないもののためにぼくが投資をする形をとればいいのです」
「大岩の周辺を掘削するなんて認められない!」
ダグ老師が口を挟むと、左右に座るラグルさんとドーラさんがダグ老師を懇願するように見つめた。
「だから!手紙で何度も書いたでしょうに!大勢の作業員に掘削させるのではなく、飛行魔法学講座の実習生たちが魔術具で手のひらサイズの穴をあけてほんの少しの土を採取するだけだよ!地層を確認したら別の場所で同じ地層を探すから、大岩周辺で採掘をするわけじゃないんだ!」
小さいオスカー殿下が、誰も彼も文章を読めない、と嘆くと、自分たちは理解していた、とラグルさんとドーラさんは残念な子を見る目でダグ老師を見た。
「ガンガイル王国の鉄鉱石の採掘場も山の神の祠から外れている。いくつも偽の採掘場を稼働させているふりをして盗難対策をしているよ。悪い鼠がちょろちょろすることがよくあるからね」
お前はいい鼠だよ、とハルトおじさんはウィルの砂鼠に声を掛けた。
“……石の守りの爺さんや。そんなにかたくなに守っているお前の大事な石は飛ばなければただの石なんだよなぁ。大聖堂島が浮かない限りあの石は浮かないだろうから、まあ、かつて大きな石が空を飛んでいたことを偲ぶ記念品としてなら価値があるけれど、儂はあれが再び飛ぶとは思えないな”
水竜のお爺ちゃんの突っ込みにダグ老師は涙目になった。
“……まあ、そう言いなさるなよ。あの石を守る結界がしっかり地中まで伸びているから儂はカイルの魔力を辿れたん……”
「こら!パンダ!口を、じゃなかった思考を飛ばす内容を慎んだ方がいい。大岩の結界が領地を護る結界と繋がっていると言ったも同然だぞ!」
“……外国の偉い爺さん。ここにいる人間はみんな揃いも揃って王様クラスの人間ばかりじゃないか。よそから魔力をもらってこなければ魔力を維持できない領主一族よりよっぽど頼りになるよ……”
「だから、思考を慎みなさい!聖魔獣がジャミーラ領を乗っ取れと唆してどうするんだ!」
ハルトおじさんがパンダを叱責すると、ジャミーラ領の三人も、なんという発言をするのか!とパンダを睨んだ。
「パンダの気持ちも考えてあげてくださいな。ここで、魔力泥棒についての件に決着がついても、もうカイルの魔力をもらえないパンダは、この森を守っていけなくなると心配しているのですわよ」
デイジーの言葉にパンダが力強く頷いた。
「そのことなら、飛行魔法学講座の掘削を認めてくだされば、当面の間何度もこの地を訪れることになるから、そのたびにぼくたちが魔力奉納をしますよ」
ぼくの言葉にダグ老師はあんぐりと口を開けてぼくを凝視した。
「すまないが、理解が追い付かない。カイル少年は私より魔力が多いということなのか、私の魔力の属性が足りないのか、どっちなんだい?」
ダグ老師がパンダに尋ねると、ハルトおじさんが頭を抱え、ハルトおじさんの反応から状況を理解したラグルさんとドーラさんは項垂れて首を横に振った。
「口が軽い爺さんだな!」
“……この状況なら、もう全員推測できたんじゃないかな?”
「はい!ぼくは説明されないとわかりま……、いえ、推測できました!」
アーロンが名乗りを上げると、石垣の向こうに視線を向けたマリアの行動からアーロンも察したようだ。
“……人間の規則がどうなっているかなんて配慮するのは面倒だよ。この爺さんがこの領地を護る一番偉い人間だよ。お城にいる偉い人は町を護っているだけだ”
「ジャミーラ領の結界はガンガイル王国の守りの結界のように双子の結界なのですね」
“……昔、流行ったんだよね。というかこの領地はかつてガンガイル王国に憧れてけっこう真似ばかりしていたもんだ”
「水竜のお爺ちゃんのかつてとは、大聖堂島が浮いていてジャミーラが王国だった頃ですよね」
水竜のお爺ちゃんの発言に唖然とするジャミーラ領の三人にウィルが補足説明をした。
“……昔はね、東西南北の端っこの国々が仲良しでね、こんな風に子どもたちが交流していたんだよ。ここは浮く石の東の拠点として発展していたが、北方の石の拠点の町と競っていたから負けたくなくて、よいところはどんどん真似したんだろうな”
千年以上前の話を持ちだす水竜のお爺ちゃんが遠い目をすると、石が浮いていた時代の話にダグ老師が瞳を輝かせた。
「みなさんは察しが良すぎるのですよ。領主一族は二つの結界を支えるので大岩の守り人は城の杜の領主のような存在です」
観念したラグルさんの言葉に、そうじゃないかと思っていた、とぼくたちは即答した。
「祠巡りで魔力奉納をした自分の魔力を辿れば護りの結界のだいたいの形はわかりますよ」
ケインの言葉に頷くぼくたちをジャミーラの三人は驚きの眼差しで見た。
“……なあ、魔力の量とか、属性の質とか、そんなもんじゃあないんだよ。神々によく祈り魔力を捧げ、よくよく考えるから、カイルは魔力の質が変わって量も増えていったんだ”
パンダの精霊言語に水竜のお爺ちゃんが頷いた。
“……死地寸前の地の精霊が幼いカイルに助けを求めて夢枕に立つと、即座に行動を起こして大地の神に魔力奉納をしたんだ。魔力量?属性?そんな贅沢なことなんて言っていられない状況で助けられた精霊はやたら感謝をしていたぞ。そんな魔力を盗んだのがこのパンダなんだよ”
水竜のお爺ちゃんが話をパンダの罪に戻した。
「大岩のそばの土地の掘削を認めます。杜の全域の調査も……」
“……「ちょっと待った!」”
ぼくとパンダが同時にダグ老師の言葉を止めた。
「パンダの棲み処は神聖な場所なので、そこは人間が立ち入ってはいけないから、立ち入り禁止の場所があることを明確にしておかないといけません!」
ぼくの主張にご神木を守るパンダが頷いた。
「聖なる場所が存在することはガンガイル王国では常識ですから、そこは決して立ち入りませんわ」
キャロお嬢様の言葉に砦を護る一族のハルトおじさんやアーロンやデイジーが頷いた。
「ちょっと待ってくれ!認識が追い付かない。聖なる場所は石垣の中の大岩ではなく、城の杜の奥にある、ということなのか!」
頭を抱えたダグ老師をパンダが残念な子を見る目で見た。
“……儂がはなから大岩はただの石だと言っているのに、まだわからないのか!この爺さんの頭は大丈夫なのか?”
「長年一族で護ってきた場所がズレていると言われても、なかなか認められないものだよ」
小さいオスカー殿下の言葉にジャミーラ領の三人はがっくりと項垂れた。
ダグ老師の聴力は都合の悪いことは聞こえない特殊な難聴なのだろうか?
“……ご主人様。文章を読み解く力も問題があります”
これはもう、総じて自分勝手ということだろう。




