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パンダの告白

「……伝説のパンダが杜にまだ生息していたとは!」

 ダグ老師が後ずさって震えると、カカカ、と水竜のお爺ちゃんが笑った。

 “……たぶん儂の方が圧倒的に個体数も少ない稀代稀なる魔獣のはずなんだが、そんな儂よりパンダがいいというのなら詳しく話を聞いてやろう”

 水竜のお爺ちゃんが存在感をだすためにぼくたちを取り巻くほど大きくなると、ダグ老師とドーラさんとラグルさんが肩を竦めた。

「だから何度も説明したでしょう!大聖堂島の湖で水竜のお爺ちゃんに初めて遭遇した時には……だから、もう、実寸大の大きさを誇示しなくていいよ!」

 こうか?とばかりに森から溢れ出るほどに巨大化した水竜のお爺ちゃんを小さいオスカー殿下が叱責した。

 ダグ老師もドーラさんもラグルさんもお尻を地面につけるほど驚いたが、巨大化した水竜のお爺ちゃんの実物を初めて見たハルトおじさんは、わーい、と手を叩いて喜んだ。

「お爺ちゃん!話が進まないから元に戻って!抜かした腰は大丈夫ですか?ほら、お爺ちゃんが責任を取ってダグ老師の腰を癒してあげてよ!」

 カカカ、と笑った水竜のお爺ちゃんは小さくなると、すまなかったな、と精霊言語でダグ老師に声を掛け口から吐き出したミストをダグ老師の腰に吹きかけた。

「どうです?楽になりましたか?」

 ぼくが声を掛けると、ダグ老師はぼくと水竜のお爺ちゃんを何度も往復して見ると、ありがたや、と拝みだした。

 どうやらダグ老師の腰は回復したようだ。

 お年寄りをいたわっている間、自在に大きさを変える水竜のお爺ちゃんを見て目を白黒させていたパンダを取り巻いた女の子たちが、可愛い!と連呼していた。

「この可愛らしいパンダのしでかした悪さについて話し合いをしなければならないから、森の奥から連れ出したのですよ」

 ぼくの言葉に全員の視線がパンダに注がれた。

「話が長くなりそうだから、お弁当を食べながらにしませんか?」

 先を見越して兄貴が声を掛けると、正午を過ぎていたことに気付いたノア先生と助手が頷いた。

 この状況で昼食ですか?!と驚くジャミーラ領の三人を尻目に、ぼくたちは石垣の前に土魔法で椅子とテーブルを作り昼食会場の支度を始めていた。

「魔力の無駄遣いに見えるだろう?これがいい訓練になるんだよね。ガンガイル王国留学生一行に同行した旅で私もいろいろと学んだよ」

 呆気にとられるジャミーラ領の三人とパンダに小さいオスカー殿下が説明した。

「皆さんの分のお弁当も用意してありますよ。ああ、参加者が増えた分だけデイジー姫のお弁当が減るだけ……、デイジー姫もご持参されたんですね」

 収納ポーチから食堂のおばちゃんたちが腕によりをかけて作ってくれたたくさんのお重を取り出すと、デイジーも負けないぐらい大きなお弁当箱をいくつも取り出した。

「パンダさんも座ってくださいね。どんな悪さをしたのかは知りませんが、腹ごしらえは大事ですよ」

 パンダ専用に大きな椅子を作ったキャロお嬢様はパンダに着席するように促した。

 この状況に戸惑うような仕草をするパンダを、可愛い、と目を細めたキャロお嬢様は、自作の可愛らしい装飾を施した椅子にパンダが腰を下ろすと満足げに頷いた。

 確かに、超絶可愛らしい。

 パンダを目の保養にしつつもみんなでテキパキと配膳を済ませて席に着くと、いただきます!と元気よく言って昼食会を始めた。

「見慣れない食べ物で驚くでしょうけれど、どれも美味しい物ばかりですよ」

 お重を前に固まってしまったジャミーラ領の三人にハルトおじさんが声を掛けると、小さいオスカー殿下が頷いた。

「山奥の領を訪問するからとガンガイル王国寮の食堂のおばちゃんたちが気を使って、海産物をふんだんに使用してくれた贅沢なお弁当だね!どれも、一口サイズなので食べやすい。本当に細かいところまで気を配ってくれる!」

 皇子殿下という立場なのに食堂のおばちゃんを褒めるのか!とラグルさんが片方の眉をあげたが、ありがたいよね、とハルトおじさんが賛同したので、文化の違いと捉えたラグルさんは小さく息を吐いた。

 パンダの隣に座ったキュアが、いらないなら食べてあげようか?と精霊言語で尋ねるとパンダはお重をお腹の方に引き寄せた。

 俵型の蟹クリームコロッケを器用に摘まんだパンダが恐る恐る口に入れると、あまりの美味しさに衝撃を受けたのか目がまん丸くなった。

 “……美味いだろう?山奥ではこんなご馳走に一生ありつけない。儂が湖を離れて旅に出た理由がわかるだろう?”

 水竜のお爺ちゃんの語り掛けにパンダが頷くと、水竜のお爺ちゃんがパンダの通訳をしていたのか!とみんなは合点がいったように頷いた。

「パンダが調理された食事をとるのか!」

「ぼくの魔獣たちは調理された食事の方を好みますよ」

 “……一旦この味を覚えたら、美味い方を食べたくなるもんだよ”

 驚くラグルさんにぼくが説明すると、水竜のお爺ちゃんが当たり前だと補足した。

「さあ、いただいてください。ある程度食べてからでないと話が進みません」

 ハルトおじさんが三人に促すと、蜂の子は入っていませんよ、と小さいオスカー殿下が囁いた。

 かたじけない、いただきます、と三人が声を揃えて口にすると、蟹クリームコロッケを同時に口にしてあまりの美味しさにパンダと同じ表情になった。

「これは!美味しすぎる」

「この世の食べ物とは思えない」

「蟹って、あの蟹がこんなに美味しくなるのか!」

「沢蟹と違って海の蟹は大型で種類も多くいますわ。これは、毛蟹でしょうか?大変美味しいですわ」

 ジャミーラ領の三人の想像する蟹ではない、とデイジーが指摘した。

「ガンガイル王国から食材を直送しているのですか?」

 ドーラさんの疑問に、キャロお嬢様が頷いた。

「魔獣カード倶楽部の親睦会の食材調達ということで、空輸の魔術具の運航が認められ多めに海産物を輸入できましたから、今、寮の食材は充実しています」

「大量輸送できる飛行技術があるのに新素材を研究するのはなぜでしょうか?」

 ラグルさんの言葉にハルトおじさんが即答した。

「狙撃されず安全に飛行するためには、飛行の魔術具が軍事転用できるものでは駄目なのですよ。ガンガイル王国でも飛行運輸の商会は一社のみで、王族の保護下にあります。帝国内での運用は特別な許可がある時しか飛行させません」

「飛行魔法は大量な魔力を使用すれば、飛ぶ技術は現在すでに確立されています。軍事転用できないのはそれだけの魔力を使用するのなら地上戦に使用した方が効率いいからにすぎません。人類が簡単に空を飛ぶようになり大量殺戮に用いられるとしたら研究者としては遺憾です。ですが、大聖堂島にしか行き来しない魔術具なら軍事転用しようとすることが神々の意向に逆らう行為、とみなされるでしょうね」

 ノア先生の言葉にぼくたちは頷いた。

「そうはいっても、晩餐会には軍属学校の方々がお見えになります」

 申し訳ない、とラグルさんが謝罪すると、ハルトおじさんは軽く笑った。

「ああいった連中は屁理屈をつけて自分たちに都合のいい解釈をするだろうが、素材を渡さなければどうにもできまい」

 ハルトおじさんの一言にノア先生と助手が頷いた。

「そこが難しいところなのですよ。魔獣暴走の危険を考慮した年間の採掘量を算出しても、その枠いっぱいを供出するように強要されることが目に見えています」

「産出量と領外に持ち出せる量はだいぶ差が必要だ。交渉の糸口はそこを強調するといいだろう」

 ハルトおじさんとラグルさんの話を聞いていると、パンダの罪の落としどころが見えてきた。

「その、領外持ち出し量のいっぱいいっぱいを補填してもらえるなら、パンダの罪を許してもいいかな?」

 ぼくの言葉にパンダが晴れやかな笑顔になった。

 パンダの罪?と全員の視線がぼくに集まるなか、水竜のお爺ちゃんが頷いた。

 “……このパンダはカイルが洗礼式を終えたばかりのころから、魔力奉納をするカイルの魔力を少しずつ泥棒しておったんだ!”

 水竜のお爺ちゃんの端折った説明は、世界の理について話したくないぼくにとって好都合だった。

「クラーケン撃退後、オーレンハイム卿のご子息の領地で大地の神に魔力奉納をしたときから、パンダはぼくの魔力を盗んでいたらしいよ」

 パンダがコクコクと頷いて罪を認めたのに、肝心のジャミーラ領の三人は、クラーケン撃退、というパワーワードにやられて口をパクパクさせていた。

「実際に撃退させたのは緑の一族の族長でしたが、ぼくたちは港町の結界を強化するために奔走して全住民に祠巡りで結界を強化するように促したのですよ」

 ウィルの補足説明に、そうなのか、と合点がいったように三人は肩を降ろした。

「どうにも、ジャミーラ領の人々は私の話を聞かなすぎなんだ。カイル君たちがクラーケンを撃退した話は前回この地を訪問した時にしたじゃないですか!祠巡りの必要性も力説したのに、城下町の人たちは祠巡りを熱心にしている様子もない。ジャミーラ領を発展させたいなら、全住民が祠巡りをすべきなのに、なんの条例も出していないのですか!」

 小さいオスカー殿下が険しい表情でラグルさんにかみついた。

「それは、全部パンダのせいですね」

 ぼくの言葉にぼくの魔獣たちは頷き、パンダは天を仰ぎ見た。

「パンダのせい?とは!?」

 唖然とする面々のなかで、最初に立ち直ったハルトおじさんの質問に、みんなは身を乗り出した。

「領主一族が身分差を気にして全住民に同じ命令を課す条例が出せないのは、魔力不足を認識していないからです。パンダは自分の棲み処が魔力不足に陥ると、いち早く対策を立ててしまったから、人間が対策を立てる必要がなかったのですよ」

 そういうことだったか、と飛行魔法学の面々とハルトおじさんは納得したが、ジャミーラ領の三人は小首を傾げた。

「午前中に教会の護りの結界が特殊だったから、と判明したではありませんか!」

 ドーラさんの言葉にラグルさんとダグ老師が、何のことだと、とドーラさんに詰め寄った。

「教会の護りの魔法陣が近隣の領の教会の魔法陣と横に繋がっていなかったからこの地に魔力がとどまった、という仮説ですが、教会全体の魔法陣から一か所だけ魔力が滞っている場所があれば、教皇猊下が気付くはずです。それがすり抜けてしまったのもパンダのせいです」

 何もかもがパンダのせい、とぼくが主張すると、ジャミーラ領の三人もようやくパンダに疑惑の籠もった視線を向けた。

「私は納得しましたよ。樹齢千年を超える樹木がこんなにたくさんあるのに、お祖父様の魔力量で護りの結界が維持できているのが不思議だったのです」

 小さいオスカー殿下が本音をぶちまけると、無作法を気にすることなくデイジーが爆笑した。

 ラグルさんがデイジーを睨みつけるが、デイジーはブフフっと笑った笑い声をオホホホホ、と変えただけだった。

「近隣の森が枯れているのに茂っている森があることは、聖獣の棲み処によくあることですわ。先日、水竜のお爺ちゃんが訪問した猛虎の森では猛虎だけでは抑えられない邪悪なものに猛虎が囚われてしまっていたそうですが、パンダは魔力泥棒をしてこの森を維持していたのですね」

 デイジーの指摘に、申し訳ない、というかのようにパンダは俯き、ダグ老師は天を仰ぎ見た。

「私が守ってきた大岩によってこの杜が守られていたのではなかったのか!」

 “……何をほざいているんだか。まったくもう!この森を守ってきたのは儂だよ!”

 唐突な精霊言語でのパンダの突っ込みに、ジャミーラ領の三人と小さいオスカー殿下が椅子から腰が上がるほど驚いた。

 “……魔法が効かない大岩に何ができるんだよ!なんでそんなに頭が固いのかね。ああ、そんなにがっかりするなよ。爺さんの一族が張っている結界は有効だよ。そいつを利用して教会やカイルの魔力を頂戴したんだ”

 パンダの告白にジャミーラ領の三人は顎が落ちるかと思うほど口をあんぐりと開けてパンダを凝視した。

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