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あたらしい家族たち

 吹雪が続くと渡り廊下を移動することが困難となり、遊び部屋にも、製薬所にも行けなくなってしまった。

 “あと何日この吹雪が続くの?”

 精霊に頼り過ぎないことを信条としてはいるが、三日続いた吹雪に心が折れてしまった。

 “……あと二日は続きます。干渉しましょうか?”

 “この連日の吹雪で死者が出ないようなら、干渉しなくてもいいよ”

 個人の都合で天気を変えてしまったら、どこかの地域にしわ寄せがいきそうでコワイ。

 “……ご主人様は自分以外の人に気を使い過ぎです”

 シロはぼく以外にも人がいることを気にした方がいい。

 “……相変わらずおバカさんなのね。ご主人様が自分の事しか気にしない人だったら、あんたはとっくにミジンコの栄養素になっていたじゃない”

 スライムに躾されている中級精霊って珍しい状況じゃないかな。

 閉塞的だと、みんなのあたりがキツくなるから、なにか建設的なことをしよう。

 コタツ布団を大きく開けて立ち上がったら、コタツの中のみぃちゃんとみゃぁちゃんから“寒いだろ!!”と抗議の思念が飛んできた。

 申し訳ない。

 ぼくも他者への配慮を怠ってしまった。


 赤ちゃんの玩具でも作ろうと考えて、お婆の工房に行ったらケインもついてきた。

 生後間もない赤ちゃんの玩具は大したものはできないよ。

「ぬいぐるみに鈴を入れるのは、いい玩具だと思うけど、天井に玩具を吊るしてグルグル回すのは、楽しいのかな?」

「楽しそうだよ。赤ちゃんはずっと寝ているだけだから、うえにオモチャがあるといいよね」

 つい最近まで赤ちゃんだったケインの意見は説得力がある。

「それはそうだね。吊るした玩具を回すくらいなら、私にも作れるわ」

「音楽もつけられたらいいな」

 赤ちゃんが泣き止む曲とか、あったような、なかったような……。

「音を出すだけじゃなくて、演奏をするのかい?」

「録音の魔術具を作るのは難しいかな。ちょっとスライムで試してみてもいいかな」

「「スライムで!!」」

 蓄音器がスライムで再現できれば、お婆なら錬金術で作れそうだと思ったのだ。

 お婆のスライムに一定の速さで回る回転台を、ぼくのスライムにレコード盤、ケインのスライムにラッパの先っぽを針にした形に変形するように思念を送った。

 ぼくの歌声を録音するのは恥ずかしいので、オカリナを演奏することにした。

 ラッパの広い方に顔をツッコむように近づけて、子守歌を演奏した。

 スライムたちはぼくのイメージ通りの行動をしてくれたので、疑似蓄音器で録音できた。

 針をレコードの録音開始の場所に落として再生すると、きちんと再生することができた。

「「すごいね!!」

「これは赤ちゃんの玩具にしておくのはもったいないね」

 ぼくも上手い人の演奏が聴きたいから、一般普及用も作ってほしい。

 スライムが部品を再現できるんだったら、もっといろいろなことができそうだ。

 オルゴールを再現してもらったら、思念でシロから指導が入った。

 そういえば、精霊は音痴に厳しかったな。

 賑やかにスライムたちと調律をしていたら、父さんや母さん、マナさんもやってきて、結局みんなでワイワイと魔術具を作ることになった。

 退屈になりそうだった吹雪の間も有意義に過ごすことができた。



 吹雪がおさまると父さんは除雪の仕事で忙しくなった。

 父さんはスノーボードで遊ばずに、スノーモービルを制作していたのだった。

 雪を有効活用する魔術具がいくつかあるので、堆積してある雪を貯蔵庫に運搬するのに使うようだ。


 遊び部屋も再開したので、大人と一緒に魔術具を新規開発する時間はなくなってしまった。

 だがせっかく、スライムの可能性が広がったのだ、追及せずにはいられない。

 ぼくとケインは、スキマ時間を見つけては、吹雪の間に作った魔術具の改良点を検討した。スライムたちも検証に付き合ってくれた。

 その結果、スライム一匹でも蓄音器に変化できるようになり、刻まれた溝を記憶することもできたので、変化を解除した後でも録音した音楽を再生することができた。

 スライムの可能性を広く知らしめるつもりはないので、遊び部屋など人前でのお披露目はせず、家族の食卓で、遊び部屋で音楽の練習をしている子どもたちの演奏を録音したのを流して楽しむ程度にした。

 本人たちの了承を得ていないからこれは盗聴なのかもしれない。

 そう気がついたので、スライムに消去を頼んだら、覚えていられなかったからすでに消えていると言われた。

 もともと興味のないことは、忘れやすいから、音楽の記録を長期間維持するのは難しかった、と落ち込まれた。

 向き不向きがあるから気にしないでほしい。

 長期間の保存はお婆が完成させた蓄音機とレコードに任せよう。

 ぼくはお婆も混ざった家族の完全版のみどりみどりの歌を三枚ほど録音した。

 一枚は家族で聞く用に、もう一枚はマナさんにあげて、最後の一枚は思い出の箱に入れた。

 兄貴に思い出箱に入れたい物の好みを聞いたら、何でもいいとしか言わなかった。

 兄貴には、自分が欲しいものがわからないのかもしれない。

 ぼくは、思い出箱の存在を父さんと母さんにも説明して、家族のちょっとした記念品があったらくれるようにお願いした。

 そうしたら、父さんがスノーボードを持ってきた。

「試作品を作っていたら、なぜか子ども用に三つも作ってしまったんだ。記念品にちょうどいいだろう」

 なんだか、兄貴より先にぼくが嬉しくなってしまった。

 うちにはもう一人、子どもがいる。

 ぼくしか知らないはずなのに、思い出箱の中の蝶ネクタイのように、父さんも兄貴の存在に気が付かないのに影響されている。

 ぼくは、目が潤むのを誤魔化すために天井を見上げた。

 ケインのそばで兄貴の喜ぶ気配がした。

 スノーボードは大きいので思い出箱ではなく、子ども部屋の隣の空き部屋にしまうことになった。

 兄貴の部屋ができたのだ。


 そんな厳しくも楽しい冬がおわり、日差しも温かくなり、日照時間が伸びてきた。

 母さんの出産も間近に迫ってきたので、遊び部屋は閉鎖となり、近所の空き地に移築された。

 当初は新築する予定だったようだが、キャロお嬢様が同じものがいいと駄々をこねたそうで、そのまま移築した方がはやいと決定されたようだ。

 父さんはうちの子ども専用の体育館を新たに作り、渡り廊下も吹雪に耐えられる仕様になった。


 その日は鶏のチッチがいつも以上に元気よく第一声を強力な思念で送ってきた。

 ぼくと兄貴は跳び起きた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんもスライムたちも集まってきた。

 誰もチッチがうるさいとは責めない。

 シロに聞かなくても小さな精霊たちがうちに集まって来ているのを感じた。

 家族のイベントを冷やかしに来たのだろう。

 母さんの陣痛が始まったのだろう。

 ぼくはケインを起こした。

 子どものぼくたちに出来ることは、日常生活の雑事をお手伝いするだけだ。


 ぼくたちは厩舎の掃除を終えると、シロに清掃の魔法をかけてもらった。

 次は炊き出しの準備だ。

 ケインは朝食の支度をするお婆から話を聞いて、ようやく、ぼくが朝から張り切っていることに気がついた。

「産婆さんとか、あとで来るのだったら、おにぎりでも多めに作っておこうかい?」

「カイルは気が利くね。ジュエルはきっと役立たずになるから、庭の竈を使おう」

 陣痛に耐える母さんを励ますしかできない男性たちは、庭で炊き出しの準備を担当することになった。

 塩蔵していた虹鱒の塩を抜いて七輪で焼いたり、ご飯が炊けるのを見はったりしたのは、結局ぼくとケインとイシマールさんだった。

 父さんは家中をうろうろして、案の定役立たずだった。

 初産の時は陣痛が三日も続いたそうだけど、ケインの時は半日ほどで生まれたから、今回も半日程度かな、とお婆は予測した。

 昼時に産婆さんがやって来て、炊き出しを男性陣が仕切っていることを褒めてくれた。

 精霊や、精霊素まで集まり始めたので、シロとマナさんの精霊に静かに見守るようにと注意してもらった。


 日が傾きかけた頃、精霊たちが一斉にやわらかく光り出した。


 生まれたんだ。


 ぼくは精霊たちに注意するのも忘れて、涙目で庭の幻想的な光景を見入ってしまった。

 ケインもイシマールさんも同様だった。

 うちの中からあがった父さんの雄叫びで状況がわかった。

「元気な男の子だぞーぉ!」

「「「やったー!!!」」」

「もう一人生まれるぞ!」

「「母さん頑張れ!!」」

 精霊たちは光りながら空に舞いあがってぐるぐる回っている。

 あんな上空で光るなんて目立つし隠しようがない。

 “どうしよう!精霊たちがはしゃぎ過ぎだよ!!”

 母さんに付き添っているマナさんに、強めに思念を送って対処法を聞いた。

 “光っているだけで、悪さはしておらんのじゃ。この程度で済んで良かった方じゃよ”

 “これは結構遠くまで見えているから隠しようがないよね”

 “緑の一族からの祝福という事にでもしておこう。ああ、もう一人生まれた!”

「よく頑張った!ジーン。元気な男の子だ!!」

「「やったー!!」」

 精霊たちの光の踊りは止まらない。

「あいに行こうよ!」

「赤ちゃんは生まれた後で綺麗にしなくてはいけないから、呼ばれるまで待とうよ」

 イシマールさんは集まってきた近所の人たちに、ジーンさんが双子の赤ちゃんを出産した嬉しさのあまりに、ジュエルが光の魔術具を打ちまくっていると説明していた。

 父さんなら本当にやりそうだ。

「カイル、ケイン。赤ちゃんたちとジーンさんに会っておいで」

 マナさんに呼ばれて家に入ると居間にはハルトおじさんがいた。

「おめでとう。元気な男の子たちだよ」

 ぼくたちより先に赤ちゃんたちを見たのか!

 お婆とマナさんが赤ちゃんたちを連れてきた。

 二人とも父さんやケインと同じ濃紺の髪の毛だ。

 真っ赤な顔して、おめめを閉じた同じ表情をした、そっくりさんだ。

 一卵性双生児かな。

 部屋に漂っていた精霊たちが再び一斉に光り出した。

 庭の精霊たちもまた踊り出した。

 すると、突然二階から産婆さんの悲鳴に近い声がした。みんなに不安が走った。


「もっも、もももう一人いるーぅぅぅ!」


 一瞬、その場の全員が何が起こったのか理解するまでぽかんとしてしまったけど、すぐに歓声が上がった。

 …いったい何人赤ちゃんが生まれるんだ?!

 “……やっと聞いてくださいましたね、ご主人様。赤ちゃんは三人です”

 シロは知っていたのに黙っていたのか。

 精霊に頼り過ぎないように気を使っていたが、やっぱり頼るところは頼ろう。

 ベビー用品が足りなすぎる!

 今日イチの父さんの雄叫びがした。


「でかしたジーン!女の子だ!!」


 女の子!

 これは嬉しい!!

 先に生まれた赤ちゃんが男の子でガッカリしたわけではないが、初の女の子はなんだか特別に嬉しくなる。

 最後の生まれてきた赤ちゃんも綺麗にしてもらってから、対面できた。

 お婆に似たストロベリーブロンドの可愛い女の子だ。

 はやく『お兄ちゃん』って呼ばれたい。

おまけ ~とある中級精霊呟き~

 犬になるというのは私が考えていたより難しい事だっだわ。

 イシマールの指導は、正しい忠犬になれという事だったの。

 私に足りないのは『待て』。

 待つのは自制心が必要なの。


 中級精霊になって、最初に見えたのは、たくさんの情報のかけらよ。

 過去の出来事、いま起こっている出来事、これから起こるであろう出来事。

 空気中の水分が凍って輝くことがあるように、小さな情報の塊がそこら中に輝いて見えるのよ。

 そこには私が、ご主人様のおそばに居るものも、ミジンコの栄養素にされそうになっているものもあったわ。

 一つの情報が消えると、これから起こるであろう出来事がごっそりと消え去ってしまうの。

 刻々と変わる情報を目の当りにしたら、なるべく早めにご主人様に選んでもらはなくては、起こり得る出来事が消えてしまう……。

 

 私の焦りが自制心を無くしてしまうの。

 イシマールは『待て』と言う。

 ご主人様の考えを先回りするのは、命の危機か、狩りの時だけだというの。

 ご主人様は『精霊に頼り過ぎると良くない』とおっしゃる。

 私は生涯おそばにいるのだから、頼ってくださっても宜しいのに。

 『待て』は難しいわ。


 そんなご主人様が考えを変えてくれそうなの。

 待った甲斐があるわ。

 

 でも、ジーンの赤ちゃんが三つ子なのは、情報のかけらを見なくても、お腹を見たらわかりそうなことなのにね。

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