泥棒パンダ
“……儂と出会った時とずいぶん反応が違うじゃないか!”
可愛い!と連呼するぼくの魔獣たちの反応に水竜のお爺ちゃんが嘆いた。
「大型魔獣でも、もこもこで、フワフワで、白黒で、可愛い要素が多いパンダと、厳つい水竜のお爺ちゃんじゃねぇ。比べちゃいけないよ」
ぼくのスライムの言葉に、喋るスライムか!とパンダが驚き、厳ついは誉め言葉だよな、と水竜のお爺ちゃんはみぃちゃんに確認した。
「鱗が剥がれたら素材になるし、真夜中に邪神の欠片の行方を追う名探偵になる水竜のお爺ちゃんの方が、森の中で隠遁生活をしているパンダよりは活躍しているよ」
みぃちゃんの言葉に気をよくした水竜のお爺ちゃんが笑うと、千年近く寝ていたくせに!とパンダがむくれた。
“……まったく、竜族ときたら人間に懐き過ぎだよ”
「わたしにとって、人間は親の仇だけど、カイルと飛竜の里の人たちは親代わりで親友だよ。飛竜族は子育ての大変な時期に人間の手を借りる代わりに、少しばかり人間に手を貸してあげるだけだもん」
飛竜も喋るのか!と驚きつつパンダは少し小馬鹿にしたように笑った。
“……竜族は子育ての期間が長いから、天敵の人間と手を組んだ方が効率いいのか”
「ちょっと待った!人間と一括りにいっても、一人一人は千差万別なんだ。パンダだって毛色が茶色ならほぼほぼ大熊だけど、魔獣図鑑で熊とひとくくりにされたくないでしょう?人間だって世界中に生息していてそれぞれの文化を持っているんだ。その中でも、人それぞれ性格は違うんだよ。珍しい魔獣を見たら、それ!皇帝陛下に献上だ!となる人間もいれば、可愛いね、で済ませる人間もいるんだよ」
ぼくの力説にキュアが頷くと、珍魔獣狩りにあったことがあるのかパンダは唸った。
パンダの周囲に現れた森の精霊たちは、ぼくの言葉に賛同するようにぼくとぼくの魔獣たちのそばにフワフワと移動した。
“……さすが、混ざりものの精霊を僕にする少年だ。精霊たちを手懐けるのが早い”
「ちょっと待った!うちのシロを侮辱する発言は、いくら可愛いパンダでも許さないよ!出身地の違う精霊たちが合わさることに何の問題があるんだ!最近、誕生した発酵の神に至っては複数の上級精霊の集合体なのに、神を侮辱するような発言をしたら、お前の食べた笹を腸内で……」
「ご主人様!祝詞になってしまうとパンダの腸内で異常発酵が起こってパンダのお腹が破裂してしまいます!」
貴重なパンダを内側から破裂させてしまうわけにはいかないので慌てて口を噤むと、妖精型で出現したシロから精霊言語で内臓破裂の映像を受取ったらしいパンダが膝をついて両手を地面につけて平伏した。
“……申し訳ありませんカイル様!”
ガクブル状態で平たくひれ伏したパンダに、お喋りもできないくせに偉ぶったらだめだよ、とぼくのスライムが語り掛けながら近づくと、パンダは全身の毛を総立にさせて体を震わせた。
“……これはこれは、スライム様!申し訳ございません!”
顔を上げたパンダはぼくのスライムを見るなり、涙を流した。
“……命の恩人に無礼な口をききました。申し訳ございません”
初対面のパンダに命の恩人といわれる理由がわからないぼくのスライムが、体をよじってぼくとパンダを見比べた。
太陽柱で確認したのかシロが眉を顰めた。
「魔力泥棒のパンダですね」
“……申し訳ありません。生きのこるために必死だったのです!儂はご神木を守ることで若さと永遠の命を手に入れました。人間の護りの結界からこの森を維持する魔力を引き出して安穏と暮らしていました。ですが、人間が戦争とやらを始めると、この土地の魔力も帝国全体の大きな結界に引きずられて魔力が流出してしまい、ご神木の魔力を調達するため、教会の護りの結界を経由して世界の理から魔力を引き出すことに全力を尽くすことになりました”
パンダの告白は、帝国全体の魔力量が少なくなると帝国の護りの結界と連動しているジャミール領の護りの結界から魔力が引き出されてしまい、ご神木が弱ってしまったことを危惧したパンダが、教会の結界が大聖堂島と世界の理にしか繋がっていないことに目をつけて、教会の護りの結界から多めに魔力を引き出していた、ということだった。
ジャミーラ領の緑の豊かさはジャミーラの領民の魔力だけでなく、世界の理から流用して成り立っていたのか!
“……世界の理から魔力を引き出すといっても、上限のような壁があり、帝国の護りの魔法陣から奪われる魔力量からすると微々たる量しか補充できませんでした”
植物の根のように地中深くに伸びて世界の理と繋がっている護りの結界は、枝分かれする部分を無視して一方にだけたくさん魔力が流れることはないのかもしれない。
“帝国の護りの魔法陣に魔力を奪われてしまうなら、儂の魔力がどこで使われたかを執念深く辿っていると、不毛の地、と呼ばれる魔力枯渇で白砂に還る寸前の土地に魔力が引っ張られていることに気付いたのです”
護りの魔法陣に流した魔力がどこまで行くのだろう、と試したことのあるぼくには馴染みのある行為だったが、水竜のお爺ちゃんは、みみっちいやつだ、けちけちするな、と小言を言った。
「いや、貴重な魔力の行く先を辿ることは、ぼくもやったことがあるよ。まあ、それで地雷を踏んだことがあるけどね」
地雷?とパンダが知らない表現に首を傾げると、教会での魔力奉納時に自分の魔力を辿り邪神の欠片に魔力を奪われて魔力枯渇を起こし、間一髪のところでワイルド上級精霊の手によって光る苔の洞窟の水に全身を浸されて九死に一生を得たときの映像を精霊言語でパンダに送り付けた。
死にかけたぼくの映像に衝撃を受けたパンダが、申し訳ございません、ともう一度地面に頭をこすりつけた。
“……遠く離れた地まで魔力を送るなんて、並大抵のことではありませんよね。なのに、儂はカイル様の魔力を頂戴してぬくぬくとこの地を緑豊かなまま維持していたのです”
パンダの告白にぼくの髪の毛の中から精霊が飛び出し、ドロボウパンダメ!とパンダを叱責し光を激しく点滅させた。
「ご主人様。この泥棒パンダはご主人様がクラーケンを撃退された後、夢枕に立った精霊の土地に魔力奉納をしたときの魔力も少量ながら盗んでいます。もちろん、この子のいた土地の魔力もです」
シロの言葉に、かたじけない、とひれ伏したままパンダが詫びた。
幼いころに精霊たちから観察されている自分を、動物園のパンダのようだ、と思っていたけれど、まさかその頃からパンダに自分の魔力を盗まれているとは仰天だ。
“……カイル殿の魔力はキラキラしていて温かい、というかわかりやすく、どこにでもあってちょっとだけいただくのに丁度よかったのです”
「まあ、ぼくはあちこちで魔力奉納をしているから、護りの結界の下側から急に魔力の流れがよくなったところから魔力を盗んでいると、いつもぼくの魔力があるから気付いた、ということかい?」
はい、とパンダが顔を上げて返事をすると、いつもぼくの髪の毛の中にいる精霊がパンダに体当たりした。
自ら攻撃することのない精霊がこんなに憤るということは、パンダは正直に話していないに違いない。
「嘘ではないが、隠し事をしているね」
“……いえ、隠し事など滅相もございません。ただ、地中の奥深くにいるスライム様が結界を繋いだところを狙えば効率的に魔力を集められるから……”
ぼくのスライムが軽く電流を流してパンダを懲らしめた。
「まあ、まあ、少し血流がよくなった程度で留めたのはえらかったね。とりあえず、話は最後まで聞いてから、盗んだ魔力の対価を払ってもらおう」
ぼくのスライムを制止しつつも、手加減の具合が絶妙だったことを褒めると、ぼくのスライムは胸を張った。
「地中にいるカイルのスライムの分身は神々に守られているんだよね。よくもまあ、神々の御使いのそばから魔力を盗もうと考えたねぇ」
呆れたようにみぃちゃんが指摘すると、パンダはブルブルと震えだした。
「ご神木のためとはいえ、帝国全土の護りの魔法陣に奪われた魔力の分だけ取り返すのではなく、ご神木が欲しがる分だけ魔力を盗んだんだね」
申し訳ございません、とひれ伏したまま言ったパンダは大きく肩を揺すって泣き出した。
樹齢千年の木々が風に揺れ、ご神木に降り注ぐ柔らかな木漏れ日も揺れた。
“……泣くな!パンダよ。泥棒を糾弾しているのに、まるで儂らがお前を苛めているみたいじゃないか”
「魔猿の村や、猛虎の森のように山枯れが起こらないようにパンダも必死だったんだろうね」
ぼくが優しく声を掛けると、顔を上げたパンダはぼくを見てオウオウと号泣した。
「樹齢千年を超える木々が守るご神木がある森を守るのは、そうとうの魔力が必要なのは理解するよ。だけど、世界中で土地の魔力が不足して多くの命が犠牲になり、死霊系魔獣が跋扈するようになったんだ。この精霊のようにギリギリのところで難を逃れた精霊たちとって、護りの結界と世界の理が結ばれて再び世界の理から流れてくる魔力が、どれほど貴重なものであったか、どれほど嬉しかっただろうか、考えてごらんよ。それを盗んだんだから、よその精霊たちは怒るに決まっているよ」
ぼくの言葉にいつも髪の毛の中にいる精霊が、ソウダ、ソウダ、と賛同すると、モウシワケナイ、とこの森の精霊たちはパンダの横に整列して身を低くした。
「ご神木を守り抜いたのは偉いけれど、自分たちだけ良ければ良し、としていたらこの世界は崩壊してしまうんだよ。泣いてばかりいないで、現実を見ようよ」
パンダにそう語りかけると、魔法の絨毯の上から見た、帝国全土の魔力のばらつきがわかる十円禿のように点在していた不毛の地寸前の緑が全くない土地の映像を送り付けた。
「現状としてはだいぶ回復したけれど、あのまま不毛の地が広がったら、ここだけ緑豊かでもいずれ土地の護りの結界そのものを人間が管理できなくなっちゃう、と思わないかい?」
世界の広さを知らなかったパンダは、世界の映像からこの森の小ささを思い知ったのか、涙が止まり、口を半開きにして茫然となった。
“……それで、カイル。このパンダの落とし前はどうつけるんだい?”
うん、まあ、それが問題だ。
「世界中に魔力を返してもらうにしても、樹齢千年の木々やご神木の魔力が足りなくなってもいけないし……」
キュアが首を傾げると、木々に影響ない範囲で時間をかけてパンダから魔力を縛り取るか?と魔獣たちは相談し始めた。
パンダに体で払わせるのか……。
魔獣たちの相談にブルブルと体を震わせたパンダが気の毒に見えてきた。
「いや、対価を払わなくてはならないのは、パンダだけじゃないよね。ジャミーラ領の領一族は自分たちの魔力奉納分を越えた魔力を得た土地でのうのうと暮らしていたわけだから、お代をしっかりいただこう!」
ぼくの提案を喜ぶかのように樹齢千年を超える木々が枝を揺すり、森の精霊たちがパンダの側で輪になると、嬉しそうに点滅した。
土星の輪のような精霊たちの中心で涙を拭ったパンダの仕草は、さすがパンダというべきか、可愛らしかった。
“……そうだな。ジャミーラの連中がお咎めなしなんて不条理だな”
水竜のお爺ちゃんの言葉に魔獣たちが頷いた。
「石垣の場所まで戻って、ドーラさんたちと合流しようか。どうせ、ラグルさんは領主一族でしょう?」
「ご主人様。正解です。ラグルは現領主長男で次期領主に内定しています」
ハルトおじさんと同じように、ラグルさんは身分を伏せることで魔法学校生と対等に話そうと努めているような気がしていたが、やはり次期領主だったのか。
「ちょうどいいね。問題を洗いざらい、ラグルさんにぶちまけてやろう」
ぼくの言葉に魔獣たちも賛成した。
泣き濡れたパンダに清掃魔法をかけて綺麗にすると、少し茶色くなっていた白い毛の部分まで綺麗になり、見栄えが良くなった。
「さあ行こう!」
人前に出ることを渋るパンダを引き連れてぼくたちは歩き出した。
「もう!どこに行っていたので……キャー!珍魔獣!パンダですね!なんて、可愛らしいのでしょう!」
森の奥から魔獣たちを連れて戻ったぼくをキャロお嬢様が責めると、ぼくたちの背後にいたパンダに即座に気づき、黄色い悲鳴を上げた。




