守り人の息子
「いやはや、オスカー殿下からいろいろ伺っていましたが、あまりに見事な魔法の数々に感服いたしました。杜の城、ジャミーラ城にようこそお越しくださいました。私は今回の実習の最後に案内いたします場所の守り人の息子のドーラと申します」
この人が後を継ぎたくない守り人の息子さんのドーラか、と思っていると、ノア先生がドーラさんにぼくたちを紹介した。
ドーラさんはキャロお嬢様を少年と勘違いしていたようで紹介された時に引きつった表情になったうえ、ウィルの紹介の時に合点がいったように目に力が入ったので男女の認識を間違えていたことにぼくたちは気付いたが、顔に出さないくらいの表情筋は鍛えられていた。
「滞在中のお部屋にご案内いたしま……」
「予定表をご覧になったでしょう?これから祠巡りに行きますよ」
ノア先生の言葉に、ああそうでしたね、とわかっているけれど上の物に命じられていたから城の案内を先にしなければいけなかったかのような雰囲気を醸し出しながらドーラさんが言った。
「お土産は目録をお渡ししますので品物は御者から受け取ってください。私たちは予定通り、城下町で滞在御礼の祠巡りを済ませてから城に戻ってきます。大抵のことはワイルド寮監に託してくださいましたら、私たちに連絡が付きます」
ノア先生は面倒事を回避するベストな方法として本能で、領城で対応することになる付き添いの夫人たちの代表に女子寮監ワイルドを指名した。
よろしくお願いいたします、と女子寮監ワイルドが微笑むと、ドーラさんだけでなく周囲の人々が魅了されたかのようにぽうっとなった。
「部屋への荷物の搬入は私共でいたします。ご案内よろしくお願いいたします」
女子寮監ワイルドの言葉に正気に戻ったドーラさんが年配の女性に案内を頼んだ。
そうなのだ。
出迎えてくれた人たちのほとんどが男性で、女性の使用人は年配の女性が数人いただけだった。
妙齢の女性が行儀見習いと出会いの場を求めて領城に勤務することがガンガイル王国では常識だ。
客人の出迎えのような華々しい場所に若い女性が花を添えることは当たり前なのに、女子実習生受け入れのために辛うじて集めたような数人の年配女性しかいないのが、ぼくたちには不自然に思えた。
城に残る付き添いの女性(?)は、女子寮監ワイルドとクレメント夫人だけで、御者と別枠で招待を受けたハルトおじさんも残って、それぞれ仕事やおもてなしを受けることになっている。
念のために男装していたアンナさんはアルドとして祠巡りに付き合うので、ぼくたちは何の心配もいらない。
小さいオスカー殿下がぼくたちを案内しようとすると、私が案内します、とドーラさんが駆け寄った。
「軽くストレッチをして体をほぐしておいてください。ドーラさんは日頃、事務仕事が多いから心配です」
ドーラさんの体を気遣った小さいオスカー殿下の発言に、えっ!と驚くドーラさんに即座にエンリケさんが、足首をほぐして、腿上げをして、腕を振って肩回りをほぐして、と声を掛けて、強制的にドーラさんにストレッチをさせた。
魔法の絨毯の上で座ってばかりいたぼくたちも軽く体をほぐしてドーラさんのストレッチに付き合った。
「予定時間内に七大神の祠を回るために少し急ぎますよ。ノア先生たちは大丈夫ですか?」
ノア先生と助手とジェイ叔父さんとアンナさんは身体強化補助の魔術具を装備している。
お婆が、中高年が若者と体を動かす時に気持ちだけ若くて体がついていかなくて怪我をすることがないように、と体にかかる負担を補助する魔術具を開発している最中なので、試作品のデータを取るために四人に貸し出したのだ。
運動後、体のどこに無理がかかっていたかを記録しているので、後日、ストレッチや筋トレのメニューを提案し肉体改造をすることを促す健康グッズの魔術具だ。
そんなこと露も知らないドーラさんは、大丈夫だ!と宣言したメタボ体系のノア先生がぼくたちと一緒に爆走したことに唖然とした。
「いやぁ、体をほぐしておいて正解でした」
七大神の祠巡りを終えた中央広場でドーラさんが汗を拭うと、クールダウンにストレッチをして大きく深呼吸した後に言った。
「領の治安部隊を除隊後、予備役として年に数回しか訓練に参加していなかったので、すっかり体がなまっていました。お恥ずかしい限りです」
お見通しだったのですね、とドーラさんはエンリケさんに打ち明けると、体格を見たらわかりましたよ、とぼくたちは笑った。
「みなさんあれだけ大きな飛行魔術具に魔力を供給したはずなのに、祠巡りで魔力を更に使用したうえ、身体強化でこの走りをなさるなんて感服いたしました」
「魔法の絨毯の魔力供給は魔獣が担当してくれたので、私たちに負担はありませんでしたよ」
ノア先生の回答にドーラさんはキュアと水竜のお爺ちゃんを見遣ったが、ノア先生がぼくのスライムを指さすと、えええええ!とドーラさんは顎を引いてぼくのスライムを見た。
「だから、見た目で判断してはいけないと、手紙で忠告したじゃありませんか!」
小さいオスカー殿下が嘆くと、面目ない、とドーラさんは項垂れた。
「今回の実習の参加者に高貴な女性が多いことに浮かれた領城の若いやつらのことを馬鹿にしていたのに他人事じゃなかったようだ」
祠巡りをしながら打ち解けたドーラさんから聞いた話を思い出して、ぼくたちは笑った。
長期休暇で小さいオスカー殿下が帰領した時には、帝国の派閥が瓦解し、南方戦争が終結し、小さいオスカー殿下が足場を固めに来た、としか考えていなかったドーラさんは、小さいオスカー殿下が自分の地位を固めようなんて微塵も考えていなかったことに衝撃を受けたらしい。
ジャミーラ領の気候や特産品や魔獣の生態や古臭い伝承に興味を示し、本来、守り人候補しか聞くことのできない伝承を領主から聞き出すほど、ジャミーラ領のことにしか興味を示さないことに小さいオスカー殿下こそ、真の次の守り人候補では、と領城で考えられるようになったらしい。
手紙をやり取りするうちに、伝説が史実ではないか、と守り人が狂喜乱舞してしまい、今回の実習を受け入れてくれることになったのだが、実習生たちの名簿が姫様だらけだったことで、城内は騒然となったらしい。
帝都の魔法学校でも上位クラスの生徒しか受講できない花形の学科の飛行魔法学受講のお姫様たちは才媛に違いない、高貴なお姫様たちならさぞ美人だろう、お付きの女性はいるのだろうか、と上を下への大騒ぎになっていたようだ。
「みんな、文章を読み取る力がないのでしょうかね。飛行魔法学講座の受講生たちの多くが飛び級している、と私は何回も書いたんだよ!」
ノア先生の言葉に、ドーラさんは笑った。
「いくら飛び級しているといっても、まさか、初級中級魔法学校からの飛び級だとは信じられなかったのですよ!」
「いや、その辺りも何度も書いていた」
「結局のところ、若い女性に出会う機会だ!と認識してしまったら、そのこと以外の事実を脳が拒否したのでしょうね」
ぼくがボソッと核心をつくと、そうですね、とドーラさんは爆笑した。
「いやあ、何回思い出しても面白すぎですよ。上級魔法学校二年生くらいの姫様たちが馬車から下りてくるのを想像していた連中が、実際は想像以上に幼い少年ばかり下りてくるので、まだかまだか、と期待を膨らませていたら老婦人が下りてくるんですから、内心の笑いを堪えるのに必死でした」
噴水の端に腰かけたドーラさんは思い出し笑いで腹筋を揺らした。
「絶世の美女が下車したと思えば、とてもじゃないがお近づきになれない、何とも言えない静謐な雰囲気の女性だから、城の若い連中は希望を完全に断たれてしまいました」
「だから、もう、着陸前の名のりの時に中級魔法学校所属、と強調したじゃないですか!」
私の友人たちだと何回も手紙に書いた、と憤る小さいオスカー殿下の言葉に、都合の悪いところは聞こえないものだよ、とノア先生が突っ込むので、ぼくたち全員が笑った。
ロリコンたちがひしめく領城を想像していたぼくたちは、領城に勤める若者たちの勘違いかと安堵しつつも、お婆と第七皇女御一行がこの場にいなくてよかった、とあらためて実感した。
「この検証が上手くいけば将来的に、ジャミーラ領に人が集まることになるので、若い女性と出会う機会が増えるはずですよ」
デイジーが予言のように言うと、ドーラさんは首を傾げた。
「今回はタイルのように小さい魔術具で検証しますが、素材さえ入手可能なら、大聖堂島に物資を運搬する規模の物を作れるでしょう。この地の素材を使い、この地に戻ってくる魔術具に使用するのなら、そこそこの量を採取しても問題ないかと思われます」
ぼくは大岩の周辺の土地の採掘許可を得るために踏み込んだ発言をした。
ゴクンと生唾を飲んだドーラさんが噴水の水を掌で汲んで口にしようとすると、兄貴が止めた。
「待ってくださいドーラさん!どうせ水を飲むのなら、教会で聖水を購入しましょう!今回の検証が成功した暁には、大聖堂島に行く仕事ができるはずです」
大聖堂島に赴く前に聖水を七日間も飲まなければいけない縛りがあるのだから、早めに取りかかった方がいい、と兄貴が忠告するとぼくの話に現実味を感たドーラさんは真顔になった。
「ジャミーラ領が再び大聖堂島への物流の拠点になる、と言うのですね!ああ、なんてこった!」
話ながらどんどん興奮が高まっていくドーラさんが武者震いを起こすと、息を大きく吸って!とノア先生が呼吸法の指導を始めたので、ぼくたちは吹き出した。
「ごめんなさい。ちょっと前まで、すぐ興奮して呼吸法を指導される側だったノア先生が、蘊蓄を披露しているのが可笑しくって……」
ウィルが腹筋を揺らしながらドーラさんに謝罪すると、ドーラさんはノア先生と顔を見合わせて頷いた。
「わかります!飛行魔法学講座で衝撃的過ぎることが次々と起こるんですよね!ああ、もう!魔法の絨毯と天馬の馬車を見ただけでも気絶しそうなほど興奮したのに!ああ、何ということだろう!ガンガイル王国秘伝の魔術具と諦めていました!それなのに、ジャミーラ領でしか使えない運搬の魔術具の開発だなんて!あああああ……!」
天を見上げて叫ぶドーラさんに、どうどうどうどう、とぼくたち全員が宥めにかかった。
いや、全員ではなかった。
ドーラさんの興奮に共感したノア先生のバイタルサインまで乱れたようで、呼吸!呼吸!と助手がノア先生に声を掛けた。
「予定の時間から押してしまいます。口を閉じて教会に向かいましょう!」
兄貴の言葉にドーラさんとノア先生が深呼吸をしながら頷いた。
「お話は伺っております。ですが、お話に聞く以上にたくさんの魔力を頂戴して感謝いたします。礼拝所でたくさん魔力奉納していただきいましたから、聖水をご用意するのにお布施はいただきません」
魔獣たちも魔力奉納をしたので想定外の量の魔力が集まったことに慌てることなく対応する司祭を見て、エレガントな対応とはこういうことだよ、と小さいオスカー殿下がドーラさんに目線で示した。
「いえ、今後、ドーラより高位な貴族が、ドーラよりも少ない領の魔力奉納で、聖水をよこせ、と強要する事態が起こり得ますので、どうか、お布施を払わせてください」
先を見通した小さいオスカー殿下の計らいに司祭は嬉しそうに頷いた。
幼いながらもしっかりしているでしょう?とノア先生がドーラさんに目で語ると、ドーラさんは力強く頷いた。




