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ガンガイル王国からの風

 魔法の絨毯にアリスの馬車を載せて魔法学校から出発したぼくたちは、軍属学校の敷地から出発する軍関係者たちを見下ろしながら加速した。

 到着時間に大きく差が出ることを確信したぼくは、興奮するノア先生を助手と一緒に宥めると、操縦をぼくのスライムに任せて寛ぐことにした。

 魔獣たちはハルトおじさんのスライムと魔獣カードで遊び、のんびりと眺めているウィルたちと合流した。

 女子たちは円陣を組んでお喋りを楽しんでいた。

「それでは、校外実習に参加する部外者がいると噂されていたのは、第七皇女殿下だったのですね」

 小さいオスカー殿下の恋バナを聞き出していたキャロお嬢様が、あらまあ、と口元を抑えながら言った。

「第七皇女殿下からお声がかかるなんて、やっぱり皇女殿下のお付きの女子生徒が取り次いでくださるんでしょう。うふふ。何か進展がありましたか?」

 マリアの質問に、いやあ、と照れながらも小さいオスカー殿下は表情を曇らせて首を傾げた。

「その、第七皇女殿下が彼女との仲を取り持ってくださるのではなく、ガンガイル王国留学生たちと親しくしている私の価値が急上昇したから、第七皇女殿下の親族側から圧力がかかって、仕方なく声掛けしてくださった可能性があるんだよね。そこのところをはき違えないように気を引き締めているんだ」

 慎重な発言をした小さいオスカー殿下に、勘違いしない方がいい、とキャロお嬢様とデイジーが相槌を打つと、小さいオスカー殿下は苦笑した。

「うん、そうだね。でも、彼女から話しかけられる機会が増えると、正直とても嬉しいよ」

 にやけて話す小さいオスカー殿下に、みぃちゃんとみゃぁちゃんが顔を見合わせてクックックと笑った。

 かつてのオーレンハイム卿のようだ、とハルトおじさんは小声で言った。

 好きな女の子に嫌われないギリギリの距離を保つとストーカー一歩手前になる、ということだろうが、お婆から具体的なエピソードを聞いているぼくとケインは、小さいオスカー殿下ではオーレンハイム卿の比較対象になる相手ではない、と首を横に振った。

「せっかくお近づきになる機会でしたのに、お断りしてよかったのですか?」

 マリアがそれでいいのかと尋ねると、小さいオスカー殿下は力なく笑った。

「第七皇女の護衛たちは皇女を守るだけだから、付き添いの彼女をハイエナの群れに近づけたくなかったんだ」

 小さいオスカー殿下の発言は、校外実習が決まりそうになった時に真っ先にお婆を大聖堂島でスライムの乗るタイルの到着を待ち受ける係りに推したオーレンハイム卿の行動と寸分も変わらなかった。

 そら見たことか、とハルトおじさんが口だけ動かすと、ぼくたちは、そうですね、と頷くしかなかった。

「そうですね。己の才覚で身を立てるすべのない男性に言い寄られるなんて、不快な思いをさせるとわかりきっている場に彼女を近づけない方がいいでしょうね」

 キャロお嬢様の言葉に女の子たちは頷いた。

「第七皇女殿下とお付きの彼女は上級魔法学校二年生だから、婚約内定の適齢期ですもの、同年代の少年ならばいざ知らず、売れ残りのおじさんたちに言い寄られるなんて嫌ですよね」

 クレメント夫人として女子の輪に入っているクレメント氏の発言に女子たちは頷いた。

 今回の実習でお姫様たちはそれぞれお目付け役と護衛を同伴することになり、キャロお嬢さまには女子寮監ワイルドとハルトおじさん、マリアにはアンナさんとエンリコさん、デイジーにはバヤルさんとガンガイル王国寮からクレメント夫人を派遣した。

 同伴者とお目付け役は、ぼくたちがタイルの検証をしている間に軍関係者たちの動向に目を光らせる役割になっていた。

「出会いの場が欲しければ積極的に帝都に出向けばいいところを、伝統を守り続ける誇りのせいか、外に出るものを、国を捨てた、と表現されるから、独身男性たちはなかなか地元を出たがらないんだ」

 小さいオスカー殿下が閉鎖的な習慣を嘆くと、しかたないですね、とマリアが眉を寄せた。

「小規模な領を中央や派閥間の影響を排除して維持していくためには、自領の貴族の帝都流出を防がなくては、魔力の面でも戦力の面でも、即、立ち行かなくなってしまいます。キリシア公国はカテリーナ叔母様が嫁ぐと皇帝陛下との縁談が破談した腹いせかのように軍事干渉が始まりましたが、結局のところ、土地の魔力が減少しただろうと足元を見られ奇襲されました。当の昔に帝国に併合されている領とはいえ、独自の文化を守り続け、派閥から距離を置く小さい領は、必死にならざるを得ないでしょうね」

 そうなのか、と小さいオスカー殿下は祖父の親族の苦悩の一端に理解を示した。

「私は祖父のことを、娘が皇帝陛下の十七番目の夫人として嫁いだのに第八夫人となったことで、帝国軍に貴族を派遣せず、ちょっとイキっているお祖父さんだと思っていましたが、独自のバランス感覚があったのですね」

 小さいオスカー殿下の言葉に、クレメント夫人は小さく頷いた。

「伝統を受け継いで護り続けていくためには内向き志向だけではなく、外にも目を配り続けなくてはなりません。ただ、そうしていても、自分の価値観で物事を見るから、時の流れを見誤ってしまうものです。私はそうしてかつて親友だと思っていた人物の裏切りに気付くことが遅れて、取り返しのつかない失敗をいたしました。小さいオスカー殿下はお祖父様の土地に新しい風をもたらし、領地の人々の視野を広げることになるでしょう。現地での不快な発言には多少なら目を瞑りますが、姫様たちは確実にお守りいたしますわ」

 多少の無礼には目を瞑ってもセクハラには即処罰を下す、とクレメント夫人は優雅に微笑みながら言った。

 女子たちの会話を小耳に挟みつつもノア先生と助手はぼくのスライムの横で操縦方法をじっと見ていたが、よくわからない、と首を傾げていた。

「ああ、もう領界を越えそうです。間もなく到着ですよ」

 すべての検問所に先払いで手数料を支払っているぼくたちは地上から見えない雲の上を飛行していたが目的地が近くなって魔法の絨毯が高度を下げ地上が見えると、ノア先生が大喜びした。

「領城の中庭に着陸許可を取ってあるから、その分のスペースを開けてくれているはずなんだけど……」

 ノア先生と助手が身を乗り出して領城を探したが、先に見つけたのは小さいオスカー殿下だった。

「あそこです!ノア先生!中庭には……もう大勢の出迎えの人たちが待っていますね」

 視力強化をした小さいオスカー殿下の指さす方角を見ると、城下町の端に深い森を背にした小ぶりの城が建っていた。

「着陸スペースが狭いですね。上空を旋回してもらっている間に場所を空けてくれるように声を掛けましょうか?」

「いや、アリスの馬車に乗り換えて垂直に着陸しよう!」

 ぼくの言葉にハルトおじさんはより派手に見えるアリスの天馬で飛び降りよう、と提案した。

「驚かせすぎても何ですから、先に声を掛けましょう」

 女子寮監ワイルドが最善策を提案した。

 魔法の絨毯で螺旋を描くように領城上空を下降しながら旋回すると、視力強化なしで人々が見えるところまで下降してから小さいオスカー殿下が拡声魔法で声を張り上げた。

「我はジャミーラ領領主エルドの孫にして帝国皇帝第十七御子、第七皇子、帝国中級魔法学校所属上級魔法学校課程専攻者、飛行魔法学講座受講生、オスカーである!我の校外研実習の滞在を歓迎し集まりし方々よ!着陸するための十分な場所を空けてください!」

 長々しい名のりの始めに祖父の名を出したことに下で待ち受ける人々から拍手が起こった。

 帝国皇子であるより領主の孫であることを強調する方が喜ばれるほどの内向き志向振りにぼくたちから苦笑が漏れた。

 小さいオスカー殿下の呼びかけに城の警備兵たちが人々を整理し始め、中庭の真ん中に広いスペースを空けた。

 ぼくのスライムは魔法の絨毯の操縦を分身に任せ、アリスと合体し天馬に変身した。

 乗員と魔獣たちが馬車に乗り込むと、みぃちゃんのスライムが馬車に合体し、馬車から翼を生やした。

 馬車本体をオスプレイ型に変形させるとノア先生が興奮で気絶しかねないので、今回はスライムたちが頑張ることになったのだ。

 それでも、ノア先生はスライムに包まれた馬車に大興奮してしまい、ノア先生の腕につけた魔術具でバイタルサインを確認している助手に、呼吸!呼吸!と声を掛けられて息を整えた。

 魔法の絨毯が高度を下げて着陸態勢に入ると、小さいオスカー殿下がもう一度声を張り上げた。

「天馬を驚かせないために皆さん声をあげるのを控えてください!」

 小さいオスカー殿下の一喝に待ち受ける人々のざわめきが止まると、今までただ馬車の御者台に乗っていただけの御者がアリスの手綱を引いた。

 魔法の絨毯から走り出したアリスが空を駆けスライムの大きな翼が羽ばたくと、ヒャッホーと声をあげたノア先生に、呼吸!と助手が突っ込んだ。

 馬車が魔法の絨毯から空に飛び立つ瞬間、みぃちゃんのスライムの翼が大きく羽ばたくと、車内ではノア先生の呼吸を整えるために全員がトントントン、トントントン、と手拍子をしていた。

 下降しながら空を駆けるアリスの馬車に、地上の人々が驚愕の表情で見守る中、地上に降り立つ衝撃を和らげるために地面すれすれでアリスと馬車は一旦停止した後、ゆっくりと着地した。

 アリスの馬車が地上に降り立つとアリスと馬車の翼を畳み、スっと消えるようにスライムたちは分離した。

 手綱を伝ってぼくの元に戻ってきたぼくのスライムを褒めている間に、御者が馬車の扉を開けた。

 小さいオスカー殿下が馬車から下りると、待ち受けた人々の盛大な拍手に出迎えられた。

 ノア先生と助手が続きキャロお嬢様とミーアが下車すると、どよめきが起こった。

 あれが姫様?お付きの少年?と人々の囁き声が混乱しているのは、ゆったりとしたつなぎの実習服で髪の毛を後ろでくくっている姿に男女の区別がつかなかったようだ。

 超絶美少年のウィルが後に続くと尚更、混乱が深まったようで、美少年?!美少女?!とざわめきが大きくなった。

 デイジーが下車すると、洗礼式直後くらいじゃないか!と驚きを通り越して呆れたような声もした。

 実習生たちの後方から付き添いの女子寮監ワイルドが下車すると、あまりの美しさに声を出すこともできずぽかんと口を半開きにする人々が多くいた。

「魔獣たちが姿を現すことをお許しいただけますか?」

 小さいオスカー殿下が出迎えてくれた人々の代表者に許可を取ると、呆気に取られていた代表者が、ええ、と頷いた。

 使役者たちのポケットから飛び出したスライムたちが主人の肩の上に乗り、みぃちゃんとみゃぁちゃんがポーチから飛び出してぼくとケインの足元で凛々しいポーズを決め、キュアと水竜のお爺ちゃんがぼくたちの上部に飛びだし出迎える人々に優雅に一礼をした。

 可愛い!とあちこちから声が上がると魔獣たちは触手や前足を振って愛嬌を振りまいた。

「この砂鼠はぼくの魔獣ですので、病原菌を保持していない清潔な鼠です。くれぐれも追い回さないでください。こうして猫たちとも仲良しです。よろしくお願いいたします」

 掌の上に砂鼠を乗せてウィルが使役魔獣だと紹介すると、ギャァと声が上がったが、ウィルの掌から飛び降りた砂鼠がみぃちゃんとみゃぁちゃんの間で立ち上がり優雅に一礼してみせたので、おおおお!かしこいぞ、という声に掻き消された。

「魔法の絨毯を片付けますね」

 ぼくは魔法の杖を一振りして、アリスの馬車の上空でぼくのスライムの分身が待機させていた魔法の絨毯をクルクルと畳むと、そのまま引き寄せて収納ポーチに片付けた。

 茫然とぼくの行為を見守っていた人々から盛大な拍手が沸き起こった。

「オスカー殿下がおっしゃっていたガンガイル王国からの風は、刺激的な香りをはらんでいますね」

 出迎えの代表者の言葉に小さいオスカー殿下が頷いた。

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