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実習の噂

 興味のあることに首を突っ込むときは極端に仕事が早いハルトおじさんは、魔法の絨毯の飛行許可も小さいオスカー殿下の祖父の領城への招待状もあっという間に取り付けてしまった。


 ガンガイル王国寮でドタバタ劇があったように、ノア先生も実習準備以外の対応に頭を悩ませることが起こっていた。

 飛行魔法学講座の教室か滑空場と寮以外ではタイルを飛行させたことがないのにもかかわらず、飛行する素材を開発したらしい、という噂が魔法学校内をかけ巡っていた。

 ノア先生は飛行魔法学講座の教室に籠ってスライムたちに遊ばせながらデータを取っていたので、噂に尾ひれがついていったのを止められなかったらしい。


「水竜と並行飛行ができるような魔術具を作ったってほんとうなの?」

 B級魔術具愛好倶楽部の部室でみぃちゃんをモデルにした魔術具の動作確認をみぃちゃんの指導のもとしていると、部員の一人に訊かれた。

「……あながち間違っていないのだけれど、どの大きさの水竜のお爺ちゃんを思い浮かべるかは聞く人次第だから、大きさの想像がつきにくいよ」

 ウィルが答えると目立ちたくない時は寮生の鞄のチャームに擬態する水竜のお爺ちゃんを見遣った部員たちは、そうだよね、と笑った。

「実物はこの大きさだよ。実際のところ決まった方向にしか飛ばないから、スライムたちの遊び道具になっているよ」

 収納ポーチから数枚のタイルを取り出すとスライムたちの分身が飛び乗った。

 度重なる検証で乗り慣れたスライムたちはタイルに飛び乗ると、大聖堂島の方向に流される姿を部員たちに見せた後、それぞれの方法で舵を切り出した。

 おおおおお、と部員たちが喜ぶと、スライムたちはキュアと水竜のお爺ちゃんたちと戯れだした。

「窓越しにこの影を目撃したら、水竜と並行飛行している、と表現するのは割と的確ですわね」

 キャロお嬢様の言葉に部員たちが頷いた。

 部員たちはすっかりキャロお嬢様の親衛隊と化しており、どんな意見にも頷きそうな勢いがあったが今回はちゃんと見たまんまの反応だった。

「新素材のタイルが凄いのか、スライムたちが凄いのわからないよ」

 部員の言葉にぼくたちは笑った。

「もとになる素材の量に限りがあるから大掛かりの魔術具はできないんだ。今度の校外実習も、どうにもスライムたちの能力に頼り切ることになるかもしれないね」

 今回の検証で飛行の途中で魔力切れを起こすスライムがいたら、キュアと水竜のお爺ちゃんに回収してもらう予定になっている。

 通常の飛行実験から大聖堂島までの使用魔力量の概算は五スライム程度だが、無風の教室内の移動距離で算出したものだから誤差の範囲が予想できない。

「そっか。滑空場での規模を越える検証をするから、大聖堂島の伝説が残る土地に出向き試験飛行を行う、大規模な実験だと勘違いしている人たちがいるみたいですよ」

「そうそう。カイル君が今年度の競技会に選手登録しないのは、新素材の研究に心血を注いでいるからだ、と噂されているけれど、うちの倶楽部にも魔獣カード倶楽部にも顔を出す余裕があるから、ぼくたちからするとそんな理由じゃない気がするんだよね」

 部員たちの指摘にキャロお嬢様が、オホホホホ、と高らかに笑った。

「今年の寮内の選抜予選がまだ済んでいませんもの。誰が出場するかはわかりませんわ」

 キャロお嬢様の言葉にマークとビンスとミーアが頷いた。

 選抜予選は着々と進んでおり、キャロお嬢様とケインとミーアが内定しているが、まだそれは内緒にしておくようだ。

 帝都の夜空を彩った三次元映像の少年キール役を演じたキャロお嬢様の人気だけで、ガンガイル王国チームのオッズが変動しかねない。

 部員たちはキャロお嬢様に、頑張ってください、と声を掛けると、必ず勝ち取ります!とキャロお嬢様は不敵な笑みを浮かべて部員たちを悩殺した。

「そういえば、校外実習に広域魔法講座の受講生以外の生徒が参加できる、という噂は本当なのかい?」

 部員の質問にぼくたちは曖昧に首を傾げた。

「元受講生や広域魔法魔術具講座の受講生たちやぼくたちが滑空場からの検証に協力するのは本当だけど、正直、滑空場横の畑の手入れに時間を費やすことになるから、校外実習への参加ではないよ」

 噂の根拠になる要素はあるけれど、実際に実習先までついてくる部外者はハルトおじさんだけのはずだ。

「そうなんだね。誰だかが参加するみたいな噂を耳にした……。ああ、そんな滑らかな動きをされても……そうか、関節や骨だけじゃなく中に詰めた綿が筋肉のように伸び縮みしなければ、滑らかな動きを再現できないんだ!」

 部室の上部でタイルを乗りこなしながら洗礼式の踊りをするスライムたちに目を奪われた部員が、試作品の欠点に気付いて膝を叩いた。

 みぃちゃんのふさふさな毛並みがみぃちゃん筋肉の動きを隠していたのでわかりにくかった体の使い方が、つるんとしたスライムなら丸見えだったので、なるほど、とぼくたちも膝を打った。

 そうなると、ぼくたちは校外実習の噂話なんかそっちのけで、筋肉を再現するなら皮膚の張りも必要だ、と喧々諤々始めてしまった。


 そうこうしている間に校外実習日間近になると、噂がノア先生に実害となってから襲い掛かったようだ。

「ねえ、もう、聞いてくれるかい?校外実習の内容は学校長に届け出ているのにもかかわらず、職員でさえ何か誤解しているんだよ。小さなタイルにスライムを乗せて大聖堂島まで飛行させる、できるようなら帰路も飛行させるから期日延長もあり、とちゃんと明記しているのに、なんで、水竜と飛行艇を競争させることになっているのかな?飛行艇なんて言葉がどっから出てきたの!」

 教壇を叩いて嘆くノア先生に、ぼくたちはB級魔術具愛好倶楽部で聞いた噂話をした。

「窓に映る影か!スライムたちはいろいろな形になって舵取りの練習をしていたから、そう見えた可能性があるのか!」

「根拠のない話ではなかったので、噂がどんどん広がって尾ひれが巨大化したのですね」

 ノア先生と助手が嘆いた。

「軍属学校の方にその話がいってしまったようで、見学の要望が後を絶たなかったのだが、大きいオスカー殿下寮長に相談したら何とかしてくださったよ」

 うちの寮には軍の上層部にいるハントとイーサンが時折顔を出すこともあって、口添えしてもらったのだろう。

「あのう、それが、ですね、うちの祖父は断り切れなかったようで、魔法学校生の校外実習を見学するのではなく、祖父の領地を視察するという名目で実習の日に軍属学校の教官と軍関係者が訪問するようです。祖父の領は南方戦争にほとんど貢献していなかったので、そこを軍高官に突かれると弱いんです」

 小さいオスカー殿下がノア先生に頭を下げると、大人の事情だから気にしないでいいよ、と力なく言った。

「まあ、鬱陶しいだけで、白砂の素材を見せるわけでもないから見られて困ることはない」

「一族秘伝の大岩の見学は軍関係者には認めないそうですから、ずっと付きまとわれるわけではないはずです」

 小さいオスカー殿下に、そうだね、とノア先生が頷いた。

「申し訳ありません。私の叔父が小さいオスカー殿下のおじい様に無理を言ってしまい、ほぼ付き添いのような状態になってしまいます!」

 キャロお嬢様がハルトおじさんの同行をノア先生に詫びると、それは話が全く違う、とノア先生がきっぱりと言った。

「外国のお姫様が校外実習に向かうのに同伴者がいるのは当然だよ。まして、今は皇后陛下になられたけれど、かつて留学された姫君は帝国留学から一度も帰国されず、卒業と同時に当時第二皇子だった皇帝陛下がご婚姻に持ち込んだ歴史があるんだから、ガンガイル王国の姫の待遇を気にすることは帝国民として当然のことです!」

 時代の流れは帝国とガンガイル王国との友好関係を崩すな、という方向になっているから、教室内では一生徒として扱うが、教室の外では姫様です、とノア先生は力説した。

「女子生徒の皆さん全員、気を付けてください!キャロライン姫と付き添いのミーアさんやマリア姫やまだ幼いといっても過言ではないデイジー姫の容姿について質問する手紙が、叔父や従弟たちからたくさん来ました。領の治安部隊に所属している親族は南方戦線に派遣されなかったので、正直、祖父の領では男余りの状態なのです。そういった家督を継げない男性貴族は除隊したら貴族とは言えない状態になるので、貴族女性と結婚して何とか面子を保ちたいので必死なはずです。お姫様ではないミーアさんも狙われるはずです」

 小さいオスカー殿下の忠告にキャロお嬢様とミーアが顔を見合わせて頷いた。

「わかりました。単独行動をしないように気を付けます。強引な手法に出ようとする男性がいたら、躊躇わず黒焦げにいたします」

 ミーアの宣言にキャロお嬢様とミーアのスライムたちが二人の肩の上に飛び乗ると触手で力こぶを作ってみせた。

 スライムたちの体重測定からキャロお嬢様とミーアのスライムたちがそこそこの魔力量を保持していることを知っているノア先生と助手は頷いた。

「お邪魔させてもらってなんなんだけど、無礼者には過剰防衛といわれてもかまわないから、やっておしまいなさい!先方は領地経営がそこそこうまくいっていたのでガンガイル王国の支援を受けていないから、まだ一昔前の感覚が抜けていないようだ。いくつか書簡をかわすと文書の端々にそういった気配がしたんだよ。マリア姫とデイジー姫も、腕に覚えがあるからと手加減しないで初手で、ガツンとかましてください」

 マリアとデイジーも、任せてください、と頷いた。

 ノア先生と助手は知らないだろうが、キャロお嬢様とミーアはスライムだけでなく本人もとても強い。

 滞在中にどれだけの男性が黒焦げになるのか、と考えると、死なない程度に回復させる回復薬を用意した方がいいのだろうか?

 お婆も同様なことを考えていたようで、四肢の回復だけ妨げれば、足で逃げることもできないし、魔法陣を使用することもできなくなるわね……、と物騒なことをブツブツと呟いていた。

 “……ヘンタイは儂らが始末してやるから……ああ、そうかタイルについていくんだったな。みぃちゃんとみゃぁちゃんとウィルの砂鼠が夜間のパトロールを担当してくれるらしいから、女の子たちはそう気合を入れずとも夜はぐっすり眠りなさい”

 水竜のお爺ちゃんが精霊言語で声を掛けると、ノア先生と助手が安堵の表情を浮かべた。

「そうだね、魔獣たちと一緒なら安心だ」

 こうして出発前の打ち合わせは、滞在中の注意点から本題の検証の手順の確認へと移った。

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