魔獣系令嬢の手綱
魔獣系令嬢作戦!と名付けられた、校外実習への参加男子寮生の全員をハルトおじさんの養子候補にしキャロお嬢様の婚約者候補にしてしまう作戦は、本国に帰国しているハルトおじさんや王家にも認められ、正式に採用されることになってしまった。
深窓の令嬢であってもおかしくないガンガイル王国の王家の本家のお姫様が、男装の冒険者になり、帝都の夜空に大型三次元映像で芝居をする女優になり、婚約者候補の美少年たちを従える魔獣系令嬢宣言をしてしまったのに、王家がこの事態を面白がっているような雰囲気がするのは気のせいではないはずだ。
そうはいっても、キャロお嬢様は他国に嫁ぐ予定はなく、ガンガイル王国の護りの結界を維持するお役目のため王都在住の王族に嫁ぐ義務がある。
帝国での評判など意に介す必要がないし、国を護るための相応しい伴侶を探さなくてはいけないのも事実だった。
おまけに、帝国でも保守的思想の根強い小さいオスカー殿下の祖父の領地のように、文化の違う相手には、こちらの事情を説明するより郷に入っては郷に従いつつも、将来王族の身分を約束されている、として王族の権威を振りかざすのが一番だ、という実利を優先させたらしい。
こんなガンガイル王国留学生たちの事前準備に、全員に高い身分を用意することで小さいオスカー殿下の祖父の領主一族に敬意を払うことになる、とノア先生は魔獣系令嬢作戦を喜んだ。
さらに、ガンガイル王国の技術力を見せつけてやろう!と悪ノリを始めたノア先生は魔法の絨毯にアリスの馬車を載せて最後は天馬になって乗り付けてやろう、と言い出した。
「これらすべてが飛行魔法学講座の実績ではないけれど、安全に飛ぶ技術がガンガイル王国で既に確立されている、と示すことで、今はもう動かない大岩を保持しているだけでは何も発展しないことを知らしめることになるだろう」
ノア先生の言葉に助手は、伝統を守り続けることに心血を注ぎ続けたゆえに、新たな発展の目を潰していたのではないでしょうか、と続けると、小さいオスカー殿下も頷いた。
「守り人は頭が固いという自覚がなく、こういうものだ、と思い込んでいる節があるので、是非、ガンガイル王国の技術を見せてあげたいですね」
何度も手紙をやり取りしながら話が空回りする経験をしたのか小さいオスカー殿下は、見ればわかる、と何度も小さく頷いた。
伝統を守り受け継いでいくために幼いころから技術継承ができる家系継承制度はよく機能する。
でも、神々が創り給うた世界はそんなに単純ではないから、鳶が鷹を生んだり、蛙の子は蛙じゃなかったりすると、いいところがある家系継承制度であっても、頑なに長子から継承させようとすると機能不全に陥り子どもの才能を殺してしまうことになる。
伝承している当人たちにはそこのところが理解できないのだろう。
「小さいオスカー殿下が皇太子候補から外れている現状で、大岩の守り人の仕事に興味を示したから跡継ぎ候補とされてしまったのですか?」
長年、魔法学校の教員として携わってきたノア先生は小さいオスカー殿下の様子から、小さいオスカー殿下が語らない事情を察したように尋ねた。
「ええ。そうですね。守り人の仕事は城内では重責ですが、領の役職としては表舞台に出る機会がなく華がないですから、他の役職を兼任している息子さんが継ぎたがっていないようです」
「あれ、息子が他の仕事を兼任しているのなら、けっこうお年を召しているんだね。若いうちはいろいろなことに挑戦したいものだ、と考えたが、いい年をして継ぎたくないと考えているということは、向いていないのに無理をしている可能性がありそうだね」
「そうですね。長子、いえ、あの地なら男児に職業選択の自由はありませんからね。いや、向いていなくても長く続ければ技術自体は継承できるんですよ」
家系伝承を肯定しつつも、その重圧に押しつぶされたかつての教え子たちの顔を思い出すかのように、二人の教員はしんみりとした表情をした。
「この機会に、ガンガイル王国からの風を利用させてほしい……」
切実な思いがこもったノア先生の言葉に、ぼくは即答できないもどかしさを感じつつ、寮に帰って相談します、と言葉を濁した。
「いいじゃないか。そのほうが、ガンガイル王国の発展を熱弁してくれた小さいオスカー殿下の顔が立つよ。飛行許可が下りるように手を打っておこう」
ぼくたちの市民カードの裏書を書きにわざわざ転移して来たハルトおじさんは愉快そうに笑って言った。
「飛行魔法関係の時流を説明すると、ガンガイル王国が帝国への騎士団の飛竜部隊の派遣を打ち切ったのは、飛行魔法の魔術具の開発に成功したので飛竜部隊を縮小させたからで、両国間の友好関係が明確になると、ガンガイル王国の優秀な留学生たちが飛行魔法学講座を受講した、と世間的には考えられている」
ぼくが製作した魔術具を軍事転用されたくないので、昨年、飛行魔法学講座を避けたのだから、そういう見方もあながち間違いではない。
「今年度の飛行魔法学講座の研究は、肝心要の素材が教皇猊下の意向で非公開なのだから、飛行するタイルの技術が帝国に流れる心配はない。魔法の絨毯もペガサスアリスもガンガイル王国が非公開としている技術を見せつけることで、先方はかなり焦るだろう。小さいオスカー殿下を大岩の守り人にするより、新技術の開発に関わっている方がいい、と判断されやすくなるよ」
ハルトおじさんは状況を楽しみながらも、小さいオスカー殿下に気遣いを見せた。
ガンガイル王国の王家では義務さえ果たせば王族もかなり自由にしている。
「確かに、飛行魔法学講座ではこんな小さいタイルで検証しているのに、大型馬車を載せた魔法の絨毯で乗りつけたら、先方は仰天どころではないでしょうね」
ウィルの言葉にハルトおじさんは、寮の訓練所でタイルを乗りこなすスライムたちを見ながら笑った。
スライムたちの遊びは対戦相手の魔獣カードの技を使って推進力を得る手法が認められたことにより過激さが増し、教室の片隅で遊ぶには危険なレベルにまでなってしまい、寮の訓練所でしかできなくなってしまったのだ。
ハルトおじさんは話に聞くスライムの新しい遊びを自分のスライムにもさせたくてわざわざ転移してきたのではないか?という疑惑が湧くほど、初体験のハルトおじさんのスライムが、仮想大聖堂島へ行こう!のゲームで活躍していた。
転移してくる前に散々作戦を練っていたのだろう。
「教室でスライムたちは新しい遊びを始めたんですよ。それが、結構いい検証になるのでタイルの積載量の単位をスライム、と呼ぶようになってしまいました」
水竜のお爺ちゃんが追加で採取してきた大聖堂島の湖底の素材は、礫より白砂の方が多かったので白砂を使用し、寮生たちの標準的な体重のスライム一匹が飛行できるパネルを一スライムと呼ぶようになったのだ。
ぼくやケインのスライムたちは礫を使用したタイルでないと本体が乗って飛行することができなかったので、規格外のスライム、と呼ばれるようになった。
「ほほう。授業で使えるスライムの新しい遊びとは何だい?」
ハルトおじさんの疑問にぼくのスライムは、一スライム相当の分身を分裂させると、分身にハルトおじさんが触っていたタイルに飛び乗らせた。
「魔力を流すとタイルが浮き大聖堂島の方角に動いてしまうのを利用し、反対の方向に行くための効率的な方法を検証しつつ、スライムたちはどのスライムが一番反対方向に進むことができるのか?という遊びをしています」
「一スライムのスライムに分裂すれば、スライムたちが同じ魔力量ということになるので、飛行距離を伸ばすのは魔力量ではなく、スライムたちの創意工夫しだいになるのか」
ぼくのスライムの分身とケインのスライムの分身が風船型とプロペラ型に分かれて、大聖堂島の方角の反対で抵抗ありの飛行の距離を競った。
「おお、瞬発力は風船型に軍配が上がるが、持続力という点でプロぺラ型の方が最終的には飛距離が出るんだな!」
「平均的に魔力を使わないとプロペラ型は大聖堂島方向に流されることがありますよ」
ジェイ叔父さんの発言に、実用的じゃないな、とハルトおじさんはがっかりした。
「だからこそ、今回の校外実習で大岩の周辺の土を使用したタイルを制作し、大聖堂島に向けてタイルを飛行させて戻って来れるかを検証するんですよ」
ジェイ叔父さんがこぶしを握り締めて熱弁すると、ハルトおじさんがワクワクした表情になった。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが顔を見合わせて、ハルトおじさんがこの表情をするときは何か企んでいるよ、とぼくとケインを見た。
仮想大聖堂島に行こう!のゲームと抵抗飛行の競争を同時にしていたぼくとケインのスライムの分身たちが、仮想大聖堂島に行こう!のゲームでバルトおじさんのスライムの攻撃によってあっけなく墜落したことをハルトおじさんが喜んでいるのではなさそうだ。
「ああ、どうやら私のスライムの勝ちだな。うん。時間内に勝利するなんて、よくやった!」
勝利の喜びに弾んでハルトおじさんの腕に飛び込んできた自分のスライムを撫でるハルトおじさんが時間を気にしているということは、早く帰らなければならない事情でもあるのだろうか?
「まあ、ハルト叔父様ったら、ここにいらしていたのね。入国審査官がお見えになっていますわよ!」
キャロお嬢様とミーアが訓練所までハルトおじさんを呼びに来た。
入国審査官を呼ぶということは……。
兄貴とシロが頷いた。
「もしかして、校外実習についてくる気ですか?」
「行くよ!キャロラインのお婿さん候補を吟味するために是非とも行かなくてはならないからね」
ハルトおじさんの発言にキャロお嬢様の顔面が一気に真っ赤になった。
「もう!みんなを私の庇護下に置くだけだって、知っているくせに!そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか!」
キャロお嬢様が瞬間沸騰で激おこになると、ハルトおじさんはハハハと笑った。
「冗談でも物の例えでもなく、本気だよ。ハロルド皇太子の息子とは年が離れすぎてはいないが、彼は頼りなさすぎだ。魔獣系令嬢を射止める貴公子は、猛獣使いじゃなくてはならないから、おっと、ごめん。言い方が悪かった」
キャロお嬢様が涙目で体を震わせると、ハルトおじさんは即行で謝罪した。
「あのね。魔獣系令嬢の設定はジョシュアやケインのためにもいい方法なんだけれど、欠点があって、才覚のある美少年なら誰でもキャロのお婿さん候補に立候補できてしまうんだよ。自分が超絶美少女のお姫様だと自覚していないのかもしれないが、変な虫がつかないように、というか、押し付けられないように、婚約者候補の素行を見るという名目で、目を光らせる王族が同伴すべきだ、という王家の方針なんだ」
男装で旅をしていた時は気楽でよかったが、ガンガイル王国の姫として校外実習に出ると、滞在先はたぶん領城だろうから、独身の貴族たちに狙われる、とハルトおじさんが指摘した。
がっくりと肩を落としたキャロお嬢様は、それは面倒だ、とこぼした。
「ですが、校外実習に親族がついてくるなんて、おかしいですわ」
なおもキャロお嬢様は食い下がったが、ハルトおじさんはニヤリと笑った。
「実習先についていくのではありませんよ。先方に招待させるだけです」
ハルトおじさんは不敵な笑みを浮かべたまま、魔獣系令嬢の手綱を握るべくして入国審査を受けるために訓練所を後にした。




