スライムたちの遊び
第五皇子夫妻の養子になった子どもたちが帝都の暮らしに馴染むころ、ケインやキャロお嬢様たちも飛行魔法学の試験に合格していた。
大聖堂島の湖底の白砂を素材として使用したタイルを制作すると、魔猿の村で制作した競技台のようにほんの少しの魔力を流すだけでタイルが浮かび上がり移動することにノア先生は狂喜乱舞するほど喜んだ。
だが、座布団ほどの大きさのタイルに乗ったみぃちゃんとみゃぁちゃんが同じ方向に流されていくのを見たぼくたちは、方向指示の魔法陣が機能していないことが判明してがっくりと肩を落とした。
いくら魔法陣を研究しても、魔猿の里で競技会ごっこをしたときに猿たちが乗った競技台から離れたパネルがすべて同じ方向に浮遊したように、飛行魔法学講座で制作した小さなタイルも大聖堂島の方角にしか飛行しなかった。
白砂と小さな礫との違いも検証すると飛行高度や速度に差はなかったが、積載量に違いがでた。
ぼくたちは、十センチ平方メートル程のタイルに白砂と礫の含有量を変えながら最大積載量の検証に心血を注いでいた。
ノア先生は操作性を上げる検証をすべきだ、と主張したけれど、ぼくたちは『神の見えざる手』ではないが、そもそも魔力が効かないこの素材に他の素材を練り合わせて形にしたのだから、飛行経路を変えることは不可能ではないか、という本能のような勘がはたらき、操作する研究は後回しにするべきだと、主張してノア先生と対立していた。
そんなピリピリした教室内の雰囲気を打破したのはスライムたちが教室の片隅で始めた遊びだった。
素材の比率を変えてたくさん製作したタイルを使って、仮想大聖堂島を教室内に設置し、速度が変わらないタイルの特徴を利用して違う地点から出発し、いかに相手を妨害して一番に仮想大聖堂島にたどり着くかを競いだしたのだ。
教室内で白熱した議論が交わされる中、ワンタンの皮のような小さなタイルに乗ったスライムたちが、ぼくたちの邪魔にならないような規模の魔法を行使して、対戦相手をゴールにたどり着く前に転覆させ地面に叩き落とすゲームを楽しんでいた。
魔力使用量は速度と高度に関係しないし、教室の片隅で授業の邪魔をしないような規模の攻撃魔法しかしないから、スライムたちの魔力量の違いは勝敗に関係しなかった。
むしろ、ぼくのスライムのように魔力の器が大きいスライムは見た目以上に体重があり、くじで引きで当てたタイルに乗ると全く上昇しない事案が発生していた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが、おデブのスライム!と精霊言語で囃し立てるので、ぼくとケインはノア先生と熱い議論を交かわしている最中にもかかわらず、盛大に吹き出してしまった。
「何が可笑しいんだ!」
「先生!無理です!後ろでスライムたちが面白いことをやり過ぎていますわ」
キャロお嬢様の言葉にノア先生が振り返ると、まるで、だるまさんがころんだをしているかのようにスライムたちはパネルに魔力を流すのを止めてぽたぽたと落ち、何事もなかったかのようなすました表情でノア先生の様子を窺った。
いや、つるんとした水饅頭のような外見に変化はないのだが、スライムをよく知るぼくたちにはそう見えただけだ。
お婆もオーレンハイム卿も堪らなくなって笑い出すと、受講生全員が大爆笑をした。
スライムたちの行動が視界に入っていなかったノア先生も、教室の端っこの床にタイルに乗ったまま落ちているスライムたちを見たら、何か遊んでいただろうことは想像がついたようで、まいったね、と頭を掻いた。
「できないことで頭を悩ませる前に、今できることをやってみた方が効率的なんだな」
スライムたちの奇行によりノア先生の頭が冷えたようだ。
そこからは、何をしていたの?とノア先生もスライムたちの遊びを見たがり、教室の真ん中でスライムたちのゲームを実演することになった。
おデブと言われたぼくのスライムは分身をパネルに乗せることで荷重制限のあるタイルを引き当ててもゲームに参加できた。
「広くなった分だけスライムたちは過激な魔法を使ってしまうだろうから、一応念のために範囲を指定して防御の壁を作っておきますね」
ぼくは教室内に競技スペースを指定し、魔法の杖を一振りして魔獣カード大会の会場に設置している魔法陣を出現させた。
ノア先生と助手がしげしげと魔法陣を観察したが隠匿の魔法陣を派手に展開しているので読み解けず、二人は額の汗を拭って解析するのを諦めた。
「こんな複雑な魔法陣を簡単に出現させてしまうなんて、恐ろしい生徒だ……」
助手の呟きにノア先生が頷いた。
「あの魔法の杖を初級魔法学校に入学して早々に作り上げてしまったのですよ」
ウィルの説明に先生たちだけでなく小さいオスカー殿下もアーロンも苦笑した。
会場が整ったスライムたちは張り切ってくじ引きで決めたポジションに移動し、審判に立候補した水竜のお爺ちゃんの開始の合図を待った。
ぼくのスライムの分身とケインのスライムはくじ運が悪かったようで最後尾からの挑戦になった。
水竜のお爺ちゃんが開始の合図を告げるなり、スライムたちを乗せたタイルが一斉に浮上した。
開始そうそう、ゴール地点に一番近いスライムに攻撃が集中し即座に墜落するかと思いきや、防御の水壁の角度を細かく調整して近くにいたスライムたちに攻撃を受け流した。
「なかなかやるな」
オーレンハイム卿が感心したように言うとぼくたちは頷いた。
自分たちの予想以上の攻撃魔法が飛び出したことに、ガンガイル王国出身者以外は口をあんぐりと開けて言葉も出なかった。
魔獣カードの技を駆使しながら激しい攻防をしあうスライムたちにノア先生と助手はすっかり魅了されてしまったようで、残念にも落ちていくスライムたちに、頑張れ!と声をあげた。
散々魔獣カードで遊んでいるスライムたちは、個体の魔力量の差ではなく状況に応じた技の使い分けで戦っているので、見ているぼくたちにもどのスライムが勝利するのか予測がつかなかった。
「なんでスライムたちはこんなに多彩な魔法を使いこなすことができるのですか?」
助手が呟くと、魔獣カードの技ですよ、とお婆が種明かしをした。
魔獣カード!とガンガイル王国出身者以外が悲鳴のような声をあげた。
「一部の魔獣たちが魔獣カードの技を使用できることは、魔獣による魔獣カード大会があるので、ガンガイル王国では有名ですよ」
帝国に来てから寮内の訓練所でしか魔獣たちは対決していなかったので、みんなが魔獣たちの能力を知らなかったのは当然だ。
帝国とガンガイル王国の友好関係が確立し、かつ、対外的にはどうであれ現状、皇帝はガンガイル王国に強く出ることはできないから、スライム飼育に関する技術を提供するように強要されることはない。
ということで、不死鳥のカードのような強力なものでなければ、ぼくたちの関係者に披露する許可が寮長から下りたのだ。
飛行魔法学の検証には個体数の多いスライムが適しているので、能力を隠しておけなくなるだろう、と許可が下りたのに、お許しが出た、と大喜びしたスライムたちが教室の片隅でこんな遊びをするとは、さすがの寮長も予測できなかっただろう。
今や片隅どころか教室の中央で激戦を繰り広げてしまっている。
ゴール前方のスライムたちが進路妨害をしまくっているせいで、ぼくのスライムの分身とケインのスライムが乗ったタイルも混戦中のゴール間際に近づいた。
これまで後方にいた二匹はそんなに攻撃を受けることはなかったが、ここにきて優勝候補の登場を許すまじ、というかのように結託したスライムたちによって集中砲火を浴びた。
ケインのスライムが球体の土壁に蔦を這わせて防御と同時に振り回した蔦で他のスライムたちを攻撃をし、ぼくのスライムの分身は飛行船のように紡錘形の繭で防御の壁を作り上げると、受けた攻撃が防御を上まってしまったかのようにクシャリと潰れた。
ああああああああ!とぼくたちが声をあげた時には、防御の繭がつぶれた空気の圧縮を利用して物理的な推進力を得たぼくのスライムの分身がゴール地点に到達していた。
“……勝者、カイルのスライム!”
「異議あり!魔獣カードの技で推進力を得るのは反則です!」
水竜のお爺ちゃんの判定にお婆が立ち上がって抗議した。
ぼくのスライムの分身がゴールした直後にお婆のスライムがゴールしていたのだ。
「あれは、魔力遮断の布に使用される昆虫の繭を使用した魔獣カードの技でゴールしたというより、過剰な攻撃によって防御が崩壊した、事故のようなものではありませんか?」
キャロお嬢様の見解に、ぼくのスライムが激しく頷いた。
いや、意図してやったに違いない、とみぃちゃんとみゃぁちゃんがぼくのスライムを睨んだ。
“……ふむ。ケインのスライムが出した蔦のようなものでタイルを引っ張って強引にゴールしたわけではないから、カイルのスライムの分身が意図したかしないかの問題ではなく、攻撃を受けた結果、推進力を得たのだから、反則ではないだろう”
水竜のお爺ちゃんの判定にお婆のスライムは悔しそうにタイルを叩いたが、ほとんどのスライムはこれで戦略の幅が広がることを喜んだ。
「あれ?スライムたちはタイルを操作しようとしたらできないわけではないんだね」
スライムたちの反応から気付いたノア先生の言葉にスライムたちは頷いた。
スライムたちは思いつくまま体を膨らませて風船がしぼむように空気を押し出したり、触手をプロペラに変身させたりして、自在にタイルを操作した。
「そうか!魔術具を載せてしまえばタイルの操作が簡単なんだ!」
パチンと手を叩いたノア先生に、だからさんざん言ったでしょう、とぼくたちはさっきまでの苦労を嘆いた。
「大聖堂島の方角にしか飛行しなくても、浮きさえすれば大量の魔力を使用して反対方向に飛行させることも可能です」
ぼくの言葉を証明するかのようにぼくのスライムの分身はゴール地点から競技開始地点までプロペラを回して飛行すると、できない、と数体のスライムたちが首を横に振った。
「逆方向に飛行しようとすると大量の魔力を使用することになるんだな」
ノア先生の言葉にスライムたちが頷いた。
「かつて、大聖堂島を行き来していた浮く石は、大聖堂島と逆方向の帰路も飛行していたはずなので、できないはずはないですよね?」
小さいオスカー殿下の疑問にぼくたちは頷いた。
「その帰路も必ず同じ場所に向かっていたのなら、浮く石の飛行地点になっていた土地に何かがあったのでしょうね」
ジェイ叔父さんの推測に心当たりがあったぼくたちは、小さいオスカー殿下の方を見ないように天井を見上げた。
心当たりがありそうな行動をしたぼくたちをノア先生が怪訝な表情を浮かべて見回した。
「私に秘密にしなければいけないような事なのかい?」
小さいオスカー殿下の母方の実家のことをここで切り出すのが適切かどうか、ぼくたちが考えあぐねていると、ノア先生の助手が小さく溜息をついた。
「おそらく、ですけれどお話を聞いたノア先生が興奮して気絶するのではないか?と生徒たちに心配されているのだと思いますよ」
ぼくたち全員が頷くとノア先生は頭を抱えた。
「あああ。多分、大丈夫だ。スライムたちの遊びを見たお陰で、いい感じに興奮して頭が冴えている」
「その興奮した状態が危ないのではないですか?」
お婆に指摘されるとノア先生にも自覚が出たのか赤面して咳ばらいを一つした。




